ただの男は聖剣祭を満喫する
05
翌日は気候も穏やかで、絶好の祭り日和だった。
どんな町でも市場が開く前の時間というのは閑散としているものだが、この日ばかりは朝早くから活気のある声がそこかしこから聞こえてきて、僕もいつもより少し早く目が覚めた。
人の話し声で起こされるというのは気持ちのいいものではないけど、それでも楽しそうな人たちの声を聞いているとそんな陰鬱とした気持ちもすぐに晴れてしまう。
隣のベッドを見るとすでにイバーンの姿はなかった。どうやらもう仕事に行ったようだ。
昨日案内してくれた店はディナスカリヤードでも高級な部類に入る店らしく、一番高い奴を食ってやるなどと啖呵を切ったもののメニューの値段を見て血の気が引く音が聞こえた。
それでもイバーンは僕との約束は必ず守ると言って、料理をご馳走してくれた。正直なところ値段と店の雰囲気に飲まれて味は覚えていないが、楽しい時間だったことは間違いない。
イバーンも同じ気持ちだったのか、かなり酒が進んでいた。
明日も仕事があると言っていたから途中で抑えるように言ったのだが、どこ吹く風と言った様子で嬉しそうに飲み続けていた。商人は普段倹約生活を迫られると聞いたことがあるので、たまには羽目を外したくもなるのだろう。そう思うと強く言うことはできなかった。
そんなことがあっても翌日にはしっかり起きて仕事に向かっている辺り、イバーンからすればあの程度なんでもなかったのかもしれない。
ベッドから這い出て、グラスに水を注いで喉を潤す。一息つくと外の喧騒がより大きくなったような気がした。
「朝食は……出店で食べればいいか」
水で顔を洗い、頭の寝ぐせを整える。今日のために仕立ててもらった服に袖を通して気合は十分だ。
宿を出て大通りに出ると祭りの熱は更に強くなった。
通りの両端にずらりと並んだ店では周辺の町や村からやってきたと思われる人々が手製の衣服や工芸品を販売しており、非常に手の込んだ作りのものもある。家族連れや恋人同士が一つひとつの出店を見て、ああでもないこうでもないと会話を楽しんでいる。
噴水広場では、昨日はなかった飲食ができる出店がいくつもあり、朝から酒を片手に文字通りお祭り騒ぎをしていた。突貫で作った思われる野外劇場はまだ完成していないようで、大工が汗だくになりながらなにやら作業をしている。ただ、劇場はほとんど完成しているように見受けられるので、演劇が始まるまでには間に合うだろう。
「すみません。串焼き肉を二本ください」
「あいよ! あれ……お兄さん聖剣の儀の参加者じゃないか」
「え? ああ、そうですけど」
「ならちゃんと力つけなきゃな! ほれ、おまけでもう一本」
「あ、ありがとうございます」
「いいってこった! 頑張れよ!」
おまけとかサービスとか聞くと古傷が開きそうで、おじさんには悪いが引きつった笑顔しか返せなかった。
「さてと……腹ごなしもすんだし、先に受付だけでもすませておこうかな」
聖都ディナスカリヤードは巨大すぎる造りから全体を北区、東区、南区、西区と四分割している。
都ができた当初は区画は存在しなかったようだが、聖女の下で共に暮らしたいという教徒を受け入れているうちに、次第に居住地が不足し始め補うために拡大工事を重ね、それに伴って各区画に外から出入りできる門も作ったそうだ。
昨日僕とイバーンが通ったところは南区の城門で、今いる場所も南区のなかで丁度中央にあたる場所だ。
聖剣祭はディナスカリヤード全体で行われるが、聖剣の儀に関しては事前に参加意思を表明するために指定の場所に出向かなければならない。
このまま祭りの様子を眺めながら目的地まで行くのも楽しいかとも思う。だが、せっかく聖都にきたのだから、名物の水路での移動というのもしてみたい。
船乗り場は広場を離れてアーチ状の橋が架かっている場所にあった。
聖剣祭当日ということもあり、船乗り場には長蛇の列ができていた。この水路は各区画へ移動するには欠かせないもので、聖都全体に木の根のように張り巡らされているため陸路よりも近道をすることができ、かなりの時間短縮になる。
更に船上から見る街並みが幻想的だと評判で、多くの人気を集めている。
これはかなり待つことになりそうだと覚悟していたが、聖剣祭のために船の数を増やしているのか列の回転が速く、乗船までそれほど時間はかからなかった。
十五人乗ればそれで一杯の船はゆったりとした速度で進む。ときには水路は橋のしたを潜り、建物の間を通り、レンガで作られた洞窟のような場所を行く。
すぐそこに祭りの熱に浮かされた人々がいるはずだが、船上は物理的に距離もあるせいか穏やかで心が落ち着く空気が流れていた。
賑やかな祭りは嫌いではないが、僕はこっちの方が性に合う。
目的地の停泊所に着くまでは案外時間はかからなかった。船から降りて運賃を支払う。水路から続く階段をあがると、視界に広がるのは聖都ディナスカリヤードを象徴する建造物だ。
聖都の中心部は正式名称ではないが中央区と呼ばれていて飲食店や住居の類は一切ない。あるのは水と緑が調和する庭園と空高くプレンハウンと言う名の教会がそびえ立つのみ。
「教会って言うよりも……城だよな」
「ふふふ。始めてここを訪れる方は大抵同じように言います」
突然後ろから聞こえてきた声に振り向くと、純白の法衣を着た女性がにこやかに僕を見ていた。
「申しわけありません。驚かせてしまいましたか」
「あっと……いえ」
いきなり現れた女性に面食らっていると、彼女は笑みを湛えたまま話し始めた。
「三代目聖女様の時代に聖都の建設が始まったときには、ここにはプレンハウン教会しか建っていなかったのです。しかし、布教が進むにつれ聖都に移住してくる人が多くなりました。それ自体はとても歓迎するべきことなのですが、やはり人の流入がもたらすのは益だけではありません。聖女様のお命を狙う者やルカス教を内部から瓦解させようと企む者が現れてしまったのです。そこで外部の脅威から聖女様を、ルカス教を守るために教会をとり囲むように城を建設することになったのです」
ルカス教は今や国教にも指定される世界最大規模の宗教だ。だが、現在に至るまでに他宗教との衝突や争いがあったという事実は誰でも知っているジバルグの暗い歴史だ。
そういった経緯を考えれば精神的な支えである聖女を、物質的な支えであるプレンハウン教会を守ろうとするのは当然のように思う。
「教会をとり囲んでいる城の正式名称はメンブラナフレース城。でも私たちはこの城も含めてプレンハウン教会と呼んでいます」
「そんな歴史があったんですね」
「庭園もそのときに改めて造られたのです。教徒にとって教会は祈りの場であり、庭園は交流を育む憩いの場として利用されています」
家族は僕を含め、特定の宗教を信仰しているわけではない。だから、世間一般で知られている程度の知識しかなく、ルカス教の歴史についてあまり詳しくない。
ここへきてから僕は聖都への印象を綺麗で華やかな都市だと思っていた。しかし、物事には表裏があるように聖都にもルカス教にも暗い過去というものは存在していて、裏で多大な犠牲を払った人たちがたくさんいるのだ。
そう思うと、今こうして綺麗な姿だけを見ていられることを感謝しなければいけないと強く思った。
「貴方も聖剣の儀に参加されるためにいらしたのでしょう?」
女性が首を傾げて僕に尋ねてきた。
「そうです」
「よければ私が受付までご案内いたします」
特に断る理由もなかったので、彼女の厚意に甘えることにした。
城門を潜り教会へ続く通路を歩く。眼前に見える天を衝くほど高く伸びた純白の教会は光を浴びて輝く剣のような形をしていて、恐らく聖剣を模して造られているのだろうということがわかった。
受付場は教会正面にあった。ルカス教関係者と思われる人が三人いて、その周りには僕のように右腕に腕輪をしている男女が六人いた。
「こちらで腕輪を提示してくだされば、後は係の者が対応いたします」
「ありがとうございました」
「それでは私はこれで失礼いたします」
女性は膝を曲げてお辞儀をすると去って行った。
受付に行くと柔和な笑みを浮かべた男性が話しかけてきた。
「聖剣の儀参加希望の方ですね。腕輪を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
右腕の腕輪を見せる。男性は一度大きく頷くと殊更笑みを深めて言った。
「確認いたしました。おかえりなさいませ、勇者候補様」
おかえりなさいませって……。
うやうやしく首を垂れる男性に言いようのない気味の悪さを覚えつつも、とりあえずの笑みを浮かべてその場を濁す。
「聖剣の儀は太陽刻十三の刻からとなっています。それまで時間がございますが、いかがしますか? もしよろしければこちらでご用意いたしました別室にておもてなしさせていただきますが」
「時間まで祭りを見て周りたいんですけど」
「承知しました。それでは十三の刻の前にはここへきていただけますようお願いします」
「わかりました」
どうやら彼らにとって勇者候補というのは賓客扱いのようだ。ルカス教のもてなしというのは気にはなるが、それよりも祭りが優先だ。
庭園からは各区画に続く階段がある。僕は南区に続く階段を進み、先にあった広場に着くと周囲を見渡す。中央区に隣接しているということもあってか、人通りは宿のある場所と比べて更に賑やかだった。
「さて、どこから見ようかな……」
無限に軒を並べる出店を見るのもいいが、小劇団の見世物も楽しそうだ。
とりあえず歩きながら面白そうなものを探そうと適当に歩いていると後ろから声をかけられた。
「あはようございます、坊ちゃん」
「ああ、イバーンか」
振り返るといつにも増して機嫌のよさそうなイバーンが立っていた。
「もしかして聖剣の儀の受付を?」
「うん。今すませたところ。そっちは仕事終わったのか?」
「ええ。丁度こちらの方と仕事の話を終えて歩いていたら坊ちゃんを見つけまして」
人混みで気がつかなかったがイバーンのすぐ後ろに立っている人物がどうやら仕事相手らしい。
全身黒ずくめで顔もフードを被っているせいでよくわからないが、唯一編み込んで肩から前に垂らした金髪が見える。
「ああ、すみません。お話の邪魔をしてしまって」
僕が詫びを入れると小さく頷いたのがわかった。
「じゃあ、邪魔しちゃ悪いし僕は行くよ」
黒ずくめの人物は明らかに僕を避けようとしている様子だったので、さっさとこの場を引き上げようと思ったのだが、イバーンが手をあげて引き留めてきた。
「もうこちらも解散しますので、時間まで一緒に祭りを見ませんか」
「僕はいいけど……」
僕が黒づくめの人物に視線を向けると、先ほどと同じ様に一度頷いて去って行ってしまった。
「よかったのかな」
「大丈夫ですよ。あのお方もまだやらなきゃならないことがあるようなので」
「そうなのか。じゃあ、行こうか」
「私まだ朝食をすませていないのですが、ちょっと気になる出店があったので行ってみてもいいですか?」
「いいけど、どんな出店なんだ」
「坊ちゃんを振ったウェイトレスの子が看板娘をやっている店なんですけど」
「ふざけんなよ」
そんなこんなで僕は聖剣の儀が始まる時間まで、イバーンと祭りを楽しんだのだった。
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