ただの男は聖都へ行く④
04
「おい離せよ! あーしは聖女様に会わなきゃならねえんだ!」
「こら暴れるな!」
「おいてめー今胸触っただろ! ヘンタイ! この人ヘンタイですー!」
「はあ!? 触ってないわ! ほんの少しも柔らかいところなんて……」
「あーしは貧乳じゃねえ!」
店の外は騒然としていた。黒山の人だかりで衝動の中心となっているところは見えないが、どうやら噴水の近くでなにやら男女の揉めている声が聞こえてくる。
「あの、なにかあったんですか?」
「うん? ああ、毎年恒例のアレだよ」
近くにいた男性に尋ねると、肩をすくめて笑っていた。
「あれって?」
「この時期になるとああやって自分こそ勇者だって騒ぎ出す奴がいるんだ。聖都に暮らしている俺たちは、そういう奴らを年齢病って言っている」
「年齢病? 聞いたことない病気ですけど」
「そりゃそうさ。病って言っても本当の病気ってわけじゃない。ほら、あんたもなかったか? ある一定の年齢になると自分が特別な存在なんだって思い込んだり、妄想が暴走しちまうことが」
そこまで言われて僕は察しがついた。なるほど。確かにそれは年齢病だ。
「今じゃ聖剣祭恒例の見世物みたいなもんさ。勇使隊も俺たちも慣れたもんだ」
そう言うと男性は「じゃあな」と言って去ってしまった。噴水の方に視線を戻すと、いつの間にか騒動の中心人物はいなくなったようで、足を止めて眺めていた人の山も流れ始めている。
なにか事件でも起こったのかと思って思わず飛び出してみたが、大したことはなさそうだった。
さて、それでは先ほどの甘い時間の続きを堪能しなければ。
僕は急ぎ足でアーケットに戻り、テーブルで頬杖をついている彼女に声をかける。
「ごめん。外の騒ぎはなんでもないみたいだった。それじゃあ──」
話しかけながら隣に腰をおろす。が、彼女は僕から逃れるように席から立ちあがってしまった。
「お客さんに一ついい言葉を教えてあげます」
そして僕を見おろす醒めた目つきには先ほどの熱は一切感じられない。
「好機逸すべからず。お客さんはせっかくのチャンスを逃してしまいました」
「え……」
そう言うと彼女は一転笑顔を浮かべて小首を傾げる。
「それではまたのご利用お待ちしております」
去って行く彼女の後姿を間の抜けた顔をしながら僕は思った。
こんなんだから僕は未だに女性との交際経験すらないのだと。
◇◇◇
「すみません坊ちゃん。取引先とつい話し込んでしまって」
イバーンが宿に帰ってきたのは、日も落ちてしばらく経ったころだった。
ふんふんと鼻を鳴らしながら嬉々としている様子を見るに、どうやらイバーンにはいいことがあったようだ。
「あれ、どうしたんです? 毛布に包まって。寝るにはまだ早いでしょう」
「いいんだ……。放っておいてくれ」
食事をすませたら散策でもしようかと思っていたが、アーケットで振られたことが思いのほか効いてしまって、そんな元気は残っていなかった。肩を落として宿に帰ってくると、ベッドのうえで蓑虫のようになって枕を濡らしていた。
「なにがあったかは知りません。ですが──」
イバーンは僕が横になるベッドにそっと腰をおろす。そして、そっと僕の肩に触れた。
「据え膳食わぬは男の恥ですぞ」
「うるせえ!」
かけられた言葉に僕は飛び起きた。
なんだよ。慰めてくれるんじゃねえのかよ!
「全く本当に坊ちゃんてば……。私はもう諦めかけています」
「なんだよ! なに勝手に諦めてんだよ。もっと僕に期待しろよ!」
「いやいや、あんなにわかりやすいアプローチを受けていてあれはないですわ」
心底がっかりしたという溜息と憐憫の籠った視線は、ほんとに情けないですよと思っていることが伝わってきた。
そんな目で見ないでくれ。僕だってわかっているんだから。
「だっぐぅ……。というか、なんで僕が振られたの知ってるんだ!」
「それは私がアーケットの二階にいたからですね。言ったでしょう。急ぎの仕事があるって。その仕事相手と久しぶりに雑談がてら食事でもしようという話になりましてね。それであの店に行ったわけなんですが、途中で坊ちゃんがきたのに気づいて監視していたんです」
「監視ってなんだよ。気づいてたなら声かけてくれればよかっただろ」
「相手方は人見知りするで、そういうわけにもいかなかったんですよ。私は坊ちゃんを大切に思っていますけど、それはそれ、これはこれです。大丈夫ですよ。ご両親には振られて半泣きになりながら肩を落としていたなんて言わないですから」
「なんでいちいち思い出させるんだ! せっかく心の傷が癒えてきてたのに」
「あまりにショックだったのか、支払いを忘れて危うく食い逃げとして捕まりそうになったことは絶対に言いません」
「お前、僕の心を抉って楽しいか」
一通り僕に意地悪をして満足したのかイバーンはベッドから腰をあげると、自身の荷物から財布をとり出して懐に入れた。
「なんだ、どっか行くのか?」
「もういい時間ですからね。夕食にしましょう」
「……あの店にはもういけない」
「大丈夫。私の行きつけの店があるんです。坊ちゃんを虐めたお詫びとして夕食をご馳走させてください」
「一番高い奴食ってやるぞ」
「ええ、お任せください」
イバーンはぐずる弟を宥めるように優しい笑みを浮かべて言った。
「……じゃあ行く」
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