ただの男は聖都へ行く③
03
「レノン・ハルマイト様ですね。イバーン様からお話は伺っております。お部屋は階段をあがって三階、廊下を突きあたった先の部屋になります」
「ありがとう」
結局検問を通過することができたのは昼間近だった。
急ぎの仕事があるというイバーンは、宿の前に僕をおろすとそのまま荷馬車でどこかへ出かけてしまった。
待ち疲れたということもあり先に少し休ませてもらおうと宿に入ると、案内人がすぐさま僕の元へやってきた。名を告げるとイバーンが先に話を通していてくれたらしく、手短に受付をすませることができた。
「案外綺麗じゃないか」
部屋に入りまず出た感想がこれだった。
指定された部屋はベッドが二台と小さな机に椅子が一脚だけというシンプルなもので、調度品が白で統一されていて小奇麗な印象だった。宿の外観から部屋はあまり期待はしていなかったが、清潔感も十分だし、快適にすごせそうだ。
荷物をベッドの脇に置くと備えつけの窓に手を伸ばして開け放つ。
「これが聖都ディナスカリヤードか……」
眼前に広がる街並みを見おろしながら溜息をついた。
聖都ディナスカリヤードは別名純白の都と呼ばれており、その由来は都全体が白を基調とした色合いの建物が多いことからきている。
町の作りとしては巨大な一輪の花を想像してもらうとわかりやすい。花の中心部にあたる部分にはプレンハウン教会が建っていて、そこを起点に花弁の部分にあたる箇所に居住区や商業区などが作られている。
世界最大級の都市と言われるディナスカリヤードは端から端まで歩くとなると丸一日かかるほどで、大きさだけで言えばジバルグ大陸を統治するデルガドス王が御和す王都デルガドスを越えてくる。そのせいというかどこへ行くにも移動にかなりの時間を要するディナスカリヤードでは地下水脈の組みあげや、近くを流れるハルホート川から引いてきた水路がいたるところに通っており、船を使った移動手段が主に使われる。
僕が泊まっている宿のすぐ側にも大きな水路があり、先ほどから数艇の客船がたくさんの人や物を摘んで航行しているのが見える。
「腹減ったな」
朝食に干し肉を齧っただけで、それからなにも口にしていない。
「いつ帰ってくるかわからないし、イバーンには悪いけど外に食べに行ってくるか」
荷物から財布をとりだし、一階に向かう。階段をおりて先ほどの案内人に外出の旨を伝えると柔らかい笑みで送り出してくれた。
「さて、なにを食べようか」
宿の裏手にある路地から大通りに出た。翌日から聖剣祭ということもあってか、人の数はとても多い。
せっかくここまできたのだから普段食べられないようなものでもと考えて店を探す。が、しばらく進んでも飲食ができそうな店は見当たらない。
明日から聖剣祭が行われるということもあり、通りや広場では出店がいくつも軒を並べているが、どこも準備中といった様子だった。
酒場くらいその辺にあるだろうと、宿で食事ができる場所を聞いてこなかったことを後悔しても後の祭りだ。
「すみません。どこか近くに食事ができる場所はありませんか」
このままあてもなく彷徨っても店を見つけられないだろうと考えた僕は、近くの建物の前で花壇に水をあげている住人らしき女性に声をかけた。
「あら、旅の人?」
「そうです。やっとの思いで検問を通過して一休みもすんだので昼食にしようと思ったのですが、この人の波と町の広さに参ってしまって」
僕がそう言うと女性は笑みを浮かべる。
「そうでしょう。普段はここまで人は多くないのだけど、明日は聖剣祭ですからね。聖都は始めて?」
「はい」
「じゃあ余計に困っちゃうわよね」
女性は苦笑しながら手にしていたジョウロを置くと、人波の流れの先を指差した。
「ここの通りを後少し行くと噴水のある広場に出るの。そこにアーケットという酒場があるからそこで食事をするといいわよ。大きく看板が出ているから迷わないと思うわ」
「そうですか。ありがとうございます」
礼を言ってその場を後にする。途中振り返ると、女性が胸の前で小さく手を振っていてくれた。
ああちょっとだめですよ、そんなことしちゃ。可愛いでしょうが。惚れたら責任とってくれるんですか。などと考えながら歩いていると、水が打ちつけられる音が近づいてきた。どうやら噴水のある広場についたようだ。
広場は大通りを越える人の数で、特に噴水の周辺では旅人と思わしき人たちがベンチや噴水の縁に腰をおろして休憩している。
女性の言う通りアーケットはすぐに見つかった。入ったのが昼時をすぎていたからか、酒場はそこまで込み合っておらず、すぐに席につくことができた。珍しそうなものをとメニューを眺めていたが、結局ウェイトレスの女の子が勧めてくれた羊肉の香草焼きを頼んだ。
「おまたせしましたー!」
溌剌な声と共にできたての料理が運ばれてくる。
骨つきの羊肉に香草が添えられた皿と小さなパンバスケットに入った焼きたてのパンに、我慢していた腹の虫が大合唱を始めた。
早速一つ手にとってかぶりつく。羊肉はクセがあって好みがわかれるところだが、刻まれた香草の香りが中和していてくれて食べやすい。更に薄くかけられたソースが絶品で、少しだけ辛いところが食欲をそそる。ナイフとフォークで肉を切りわけパンに挟んで食べてると、ふんわりとしたパンの触感と小麦の香りが合わさってまた別の美味しさを演出してくれた。
満足いくまで食事を楽しむと、給仕の女の子がジョッキを持ってやってきた。
「これ、お店からのサービスです」
給仕の女の子は持っていたジョッキを僕の前に置くとウインクをした。
「えっと……なんで?」
「お客さん聖剣祭の参加者さんでしょう」
混乱する僕を差し置いて、女の子は僕の向いの椅子に腰をおろす。そして、満面の笑みで見つめてきた。
「なんでわかったのかって聞きたそうですね」
「ええ、まあ」
「ふふん。簡単な推理です」
女の子は人差し指を立てて得意げに鼻を鳴らしながら言う。
「ズバリ! お客さんが右腕につけているその腕輪は聖剣祭の目玉、聖剣の儀に参加する人にしか与えられない特別なものだからです!」
僕は自身の右腕に嵌められている腕輪に視線を落とす。これはルカス教から送られてきた書簡に同封されていたもので、手紙には聖都ディナスカリヤードに入る際に必ず右腕に装着するように書かれていた。銀細工の腕輪は本当にただの輪っかというありふれたシンプルなデザインだった。これが特別なものだと言われてもあまりピンとこない。
「それって推理っていうか、この腕輪のことを知っている人だったら当たり前にわかることじゃ……」
「あれ、バレちゃいました?」
女の子は少し舌を出して、自分の頭をこつんと軽く叩く。
ちょっとあざとい仕草だけど、僕は案外好きですよ、はい。
「聖剣の儀に参加する人にはサービスしているってことですか?」
「そうですね。だって将来の勇者様かもしれない人なんですよ? ここで気前のいいところを見せておけば、宣伝してくれるかもしれないじゃないですか」
「それを本人に言うなよ……」
「それにー?」
女の子は突然艶のある表情を浮かべると、身を乗り出して距離を縮める。
「もしかしたら、あたしの将来の旦那様かもしれないし?」
前屈みになったことで服のある部分がたるんで、とても魅力的なあれがあれしてしまっている。
見てはいけないと思いつつも悲しいかな僕の未熟な精神力では、その誘惑に抗うことはできなかった。
なに? 誤魔化すな? わかったよ、白状すればいいんだろ。胸の谷間に視線が釘付けになってんの!
「もしよかったらこのあと──」
熟した林檎のような赤い唇が弧を描き、そして熱の籠った彼女の吐息が僕の唇にあたる。
ここから先はわかるでしょ、とても言いたげな潤んだ瞳に思わず生唾を飲み込み、その唇に吸い寄せられた瞬間──。
「あんだてめー! だからあーしは勇者だって言ってんだろ!」
店の扉を貫通するほどの怒声が響いた。
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