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偽物勇者は剣を折る  作者: 雨山木一
第二章

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24/30

ただの男は聖女たちと再会する

 24

 日が落ちて市場の人影が薄くなるのを確認してから、昨日教えて貰った倉庫の軒下へ潜り牢獄へと続く通路を歩く。

 壁に左手を当てて暗い通路をしばらく進むと、視界の先にぼんやりとした蝋燭の明かりに照らされた一画が見えてきた。

 昨日通ってきた道だが、暗くて湿気のある空間はかなり気味が悪く、見えないはずのものが見えてしまいそうで、気がつくと足早に漏れ出る光に向かっていた。


「おかえりなさい」


「お、おお……ただいま」


 そして、明かりの元にたどり着くと鉄格子越しに迎えてくれたのは僕だった。


「どうですか? ほとんどレノン様でしょう」


「う、うん。なんて言っていいかわからないくらいにすごい」


 両手を広げて可愛らしく跳ねる朱人の姿はまさに僕そのもので、正直な感想を伝えると、にんまりと音がしそうなほど口角をあげて嬉しそうに笑った。

 顔は僕だというのに、その笑顔の奥にある朱人本人のまだ見ぬ可憐な素顔が浮かびあがってくるようで、直視できなかった。

 朱人の素顔なんて見たことないだろって? いいんだよ、男にはなんでもお見通し眼っていう便利なもんがついてんの!

 それにしても僕に変装している部分を抜きにしても朱人は肌が綺麗だし、唇は桜色で柔らかそうだし、こうして近寄ってよく顔を見ると隠し切れない女性の香りというか雰囲気がある。

 まだよく朱人のことは知らないけど、ミステリアスな部分もありつつ、褒められると嬉しそうにするところが可愛いな……はっ、もしかしてこの気持ちってこ──。


「変装術に関してこれの右に出る者はいないよ」


 僕が自分のなかに現れた淡いなにかに気づきそうになっていると、謎の突然背後から聞こえてきた。声もなく驚いて振り向くと、そこにはノヴァが腕を組んで立っていた。

 何故だか僕に向けられる視線に棘があるような気がして居心地の悪さをひしひしと感じる。

 まるで「これ相手になにやら浮足立っているようだが、命がかかっているというのに随分と肝の据わったことだ。案外お前は大物なのかもしれないな?」とでも言いたそうだ。

 別に僕はただ朱人の変装術に感心していただけで、なにかやましい気持ちがあったわけではないし、顔を合わせていた時間は少ないのに、瓜二つと言ってもいいほどに変装するなんてどんだけ僕のことを見ていたんだよ、と照れくさい気持ちがあったりなかったりするかもしれないわけだけれど、そんな僕の落ち着かない気持ちをノヴァにどうこう言われる筋合いなんかないわけで……。

 僕は極めて平然を装いながら咳払いなんかしちゃいつつ、緩慢な動きでノヴァに向き合う。

 ノヴァは昨日と同じ装いをしていて相変わらずの美貌を保ってはいるが、若干顔色が悪くも見えた。


「これ相手になにやら浮足立っているようだが、命がかかっているというのに随分と肝の据わったことだ。案外お前は大物なのかもしれないな?」


「浮かれてすみませんでした!」


 一言一句違わずに言われました。


 ◇◇◇


「首尾は?」


「まずまず、といったところですかね」


「ふふ。それじゃあ、戦果を聞かせてもらおうか」


 簡易ベッドに腰掛けたノヴァを前に、僕、ルカス、朱人という並びで今日の聞き取り調査の報告をすることになった。

 ちなみに最初は浮かれた罰として僕が四つん這いになって、そのうえにノヴァが座るという謎の報告方法を迫られたが、綺麗な服が汚れてしまうと言って回避できました。

 僕はできるだけ簡潔に、また、声に感情を出さないように、カリナや教徒の人たちから得た情報を坦々と告げた。

 イバーンから聞いた話は一応名前を伏せて一緒に報告することにした。

 その間、ノヴァは聖痕の浮かんだ瞳を一度も逸らさずに聞いていた。

 一通り話し終えると、ノヴァは目頭を押さえながら目を閉じて大きく溜息をついた。


「全く……。どこへ行っても頭痛の種が絶えんな」


「派閥や対立の話は本当なんですか?」


「概ねは、ね。反聖女派と呼ばれている人たちは元々監正(かんせい)委員会という組織のメンバーだった人たちなのよ」


「監正委員会?」


「最終意思決定権を持つのは聖女だけど、全く反対意見を挟めないっていうのは組織として不健全でしょ。だから、ルカス教の運営方針や聖女の発言が適切で正当性があるかどうかを客観的に判断するために十三人の司教長がくじを引いて、そのなかから選ばれた七人の司教長が、監正委員を務めることになっていてね。彼らがいるおかげで、聖女の偏った意見にルカス教全体が支配されることなく公平性を保つことができていたの。でも、私が聖女になってからの惨状を見て、委員の一部が強く批判をするようになってね」


「それが今の反聖女派に?」


「そういうこと」


「じゃあユードラル大司教もその派閥に?」


「さあね。私の知る範囲ではそこは繋がっているわけではないみたいだけど、本当のところはわからないよ。ただ大司教様も私をよく思っていないことは確実かな。だってあの人、すれ違うときとか必ず蔑むような視線を向けてくるもの」


 ノヴァも溜まっているものがあるのだろう。心底辟易するといった様子で深いため息を吐き出す。


「反聖女派なんて呼ばれているけど、彼らはあくまでも自分たちの仕事をしているだけという認識なのよ。今のルカス教は間違った聖女を祭りあげ、本来あるべき姿から外れようとしてる。だから、自分たちが聖女に対抗することで教えや、教徒たちを異物から守るために戦っているというのが、彼らの言い分。権力が欲しくてやっているわけじゃなくて正義感からくるものだから,なお質が悪くてね」


 聖女に物申す権利を持っていた人間たちが、現状を危惧して発言を繰り返すうちにいつの間にか忠告から否定へ変わり、最終的に拒絶に行きついてしまったというわけだ。

 しかし、ユードラルが反聖女派に加わっていないというのはやはり釈然としない。反聖女派からすれば、ルカス教内で絶大な力を持つユードラルは是非とも仲間に引き入れたいはずだ。にも関わらず、今日の聞き取りでもノヴァの話でも繋がりは見えてこない。


「どういうことだ……?」


 ユードラルが反聖女派ではないとすると、残りの二つの派閥に所属しているのか。いや、それはあり得ない。もしそうならばノヴァがちゃんと言及するはずだ。


「……ごめんなさい」


 僕が答えのない迷路から脱出しようと思考に没頭していると、不意にノヴァがベッドから腰をあげて深く頭をさげた。


「え、なん──」


 最後まで言えなかったのは、頭をあげたノヴァが限りなく無表情ではあるものの、聖痕の浮かんだ瞳が揺れていたからだ。


「レノンに内部事情を明かさなかったこと、怒ってるよね……?」


 僕は答える代りに真っすぐノヴァを見据えた。


「言いわけになってしまうけど、調査をするにあたって前情報のない状況で公平な視線を持ってもらいたかったの」


「どういう意味ですか」


「もし私が初めから怪しい奴の検討はついていると言えば、レノンは初めからユードラル大司教や反聖女派を犯人だと仮定して調査を進めたでしょ。それじゃダメなの。始めからこうだと決めてかかれば、得られた情報を正しく解釈できなくなる恐れがあるし、真実を見逃す可能性もある。それに裏になにかが隠されていた場合、真意を見抜くことも叶わない。だから、あえてレノンにはなにも伝えなかった」


 ずっと不思議に思っていた。こんなに浸透している話をノヴァが知らないなんてありえるのだろうかと。

 実は教徒たちへの聞き取りの際には、僕の方からこんな話があるけど知っているか、と尋ねていた。

 同じルカス教を信じる者ですと言って、いきなり知らない人間にあれこれ内部事情を話す人間はまずいない。そこで「越してくる予定だが変な噂があって困っている、実際のところはどうなのでしょうか」と話のきっかけを作るようにしていた。

 おかげでほとんどの人が疑うことなく口を開いてくれたし、たくさんの情報が集まった。


 ただ、流石に集まった噂話の全てを真実と捉えるのは考えなしがすぎる。だから、ある程度の情報が集まった段階で信頼性を計るために、聞く内容を具体的なものに変えて、それでも知っていると答えれば信頼性がある、知らないと答えればそれこそ根も葉もないものだと判断することにした。

 もちろん、このやり方では真実にたどり着くことはできない。しかし、数ある話のなかから知っている人数が多い噂をふるいにかけて抽出する必要があった。


 その結果、派閥やノヴァの出生に関するものについては、知らないと言う人は誰一人いなかった。むしろ、聖都に住む者なら周知の事実だと断言する人すらいた。

 となると、当然ある疑問が浮かびあがってくる。それはここまで浸透している噂話をノヴァが全く知らないなんてことがあるのだろうかというものだ。


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

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カクヨムにも同作を投稿しております。

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