ただの男は聖都へ行く②
02
ルカス教とは今から約五百年前に魔王が引き起こした戦争と、それが起因となって流行した疫病に侵された世界を救ったとされる勇者ルカス・ヴィンセントを勇者神として信仰している世界最大の宗教団体だ。
ルカス教の始まりは一人の少女だったという。勇者ルカスが亡くなり世界中が悲嘆にくれるなか、右目と喉元に聖痕が浮かびあがった少女が現れ勇者から授かったとされる力を使い荒廃する世界に秩序をとり戻させた。そして、いつか再び現れる勇者と今度こそ共に人生を歩むためにその土台を築いていこうと声高に叫んだという。
指標を失った人々は新たに現れた指導者に希望と未来を見出し、少女を勇者の聖なる力を継いだ聖女と呼び、聖女を中心にルカス教を興した。
現在ルカス教はジバルグ大陸を治めるデルガドス国の国教となっており、絶大な信頼と力を一身に集めるようになった。
そのルカス教の総本山の位置づけなのが、今向かっている聖都ディナスカリヤードだ。
「ほら見えてきましたよ」
なだらかな丘陵をいくつか越えて見えてきたのは堅牢そうな純白の市壁だ。左右に広がる市壁は先が見えないほどに続いている。そのなかで一際目を引くのは開閉を二十人がかりで行うという強大な城門だった。
「話にはきいてたけど、実際に目の当たりにすると言葉が出ないな」
僕の感想にイバーンは自分事のように誇らしげに何度も頷いている。
「それに街道に入ってから急に人が多くなってきた」
これまで進んできた行商路ですれ違うのはイバーンと同じ商人がほとんどだった。しかし、ディナスカリヤードに繋がる大きな街道に入ってからは近隣の村からやってきたと思われる農民や、淑やかに歩く修道女、腰に剣を帯び筋骨隆々な冒険者など、様々な身なりの者たちが目立つようになってきた。
「今日の街道はいつにも増して賑やかですな。やはり皆さん聖剣祭に参加されるのでしょうね」
「まあジバルグ最大の催し物だからな」
聖剣祭は元々初代聖女が勇者を敬い、教徒と共に信仰を深めるために始まった祭典だったとされている。それが長い年月のなかで段々と儀式の要素が薄まり、今ではルカス教を信仰しているか否かは関係なく、万人に開かれたお祭りという色が強まっている。
七日間にわたって行われる聖剣祭の最中は、普段は慎ましやかな雰囲気が漂うディナスカリヤードも朝から晩まで喧騒な雰囲気に包まれるそうだ。
「主要な通りには様々な出し物が開かれていて、この辺では滅多に見られない食べ物や工芸品なんかはそれこそ無限と言ってもいいほどに溢れかえり、聖都が認定した九つの劇団が一日中古今東西のあらゆる劇を公演します。普段は物静かで清貧な街並みも、このときばかりは華やかに彩られ純白の花瓶に色とりどりの花々を活けたようになるのです」
「へえ……それは見てみたいな」
「それにやはり聖剣祭の一番の目玉と言えば聖剣の儀でしょう」
イバーンは声をうわずらせながら言った。
「次代の勇者の選別として三代目聖女様の時代から始まった儀式ですが、これがやはり一番の注目を集めるのです。次代の勇者にしか引き抜くことができない伝説の聖剣。もし引き抜くことができれば、その者は勇者の力を引き継ぎ世界に平和をもたらすことができる。この言い伝えを信じ、今まで数多の若者が自身を勇者と疑わずに挑み散っていきました。今では勇者になるためというよりか、度胸試しや成人の儀式としての側面が強くなってきていますが、それでも真剣に勇者になりたいと思って挑む人もいます」
「その聖剣ってそんなにすごいものなのか」
「一説には一振りで山を真っ二つに断ち切ったとも、空を切り裂いたとも言われています。他にも言い伝えでは腰に帯びているだけで身体能力が向上するとか、遥か遠くの景色が見えるようになるとか言われていますね」
「なんだそれ。最後のは剣関係ないじゃん」
「まあ、言い伝えですからどこまで本当のことなのかはわかりません。ただ、五百年も前の剣だというのに錆びることも刃こぼれすることもないそうです。だからルカス教の教徒たちは聖剣を聖遺物として崇めているようです」
「ふーん。なんか陳腐だな」
「それ聖都に入ったら言わないでくださいね? ルカス教の皆さんは温厚な人が多いですけど、全員がそうだというわけではないのですから」
「あーい」
「実は私も参加したことがあるんですよ」
「へえ、どうだったんだ?」
「聞くまでもないでしょう。聖剣には選ばれませんでした。当時の私はそれはそれは自信家で、大勢の前で啖呵を切ったのはいいものの、聖剣はうんともすんともしなくて諦められない私は顔を真っ赤にして奮闘しましたが、結局力みすぎで失神してしまいまして。気がついたときには、宿屋のベッドのうえでした」
「うわ……恥ずかしすぎ」
「ええ。ですが人生を見つめ直すきっかけにはなりました。根拠のない自信に満ち溢れていた自分を顧みて、歩むべき道を模索することができました」
「それで鍛冶職人になろうとしたり、商人になってみたりしたわけね」
「坊ちゃん、私は鍛冶職人にはなってます」
「はいはい」
聖都ディナスカリヤード城門前は人でごった返していた。
「すごい列だな……」
「こればかりは仕方がないですね」
城門の前には検問待ちの二つの列ができており、一つの列には僕たちのような荷馬車や大きな荷物を背負った商人たちが並んでいる。もう一つの列には祭りへの参加者やそれ以外の目的のためにやってきた人たちが並んでいるようだった。特に僕たちが並んでいる列が長く、進みもとても遅かった。
「これじゃあ、いつ入れるかもわからないな」
「商売がら武器を扱う者もいますからね。商品として売りにきていると見せかけて……なんて輩がいるとも限りません。だから品物や仕入れ先の確認の手続きは欠かせないんです」
「ここでそんなこと考える奴なんているのか?」
「過去に例はありません。が、何事にも始めてというものはあります。それに聖剣祭では普段の何倍もの人が出入りしますから、警備が厳しくなるのは仕方がないのです」
「まあ考えてみればそうか」
荷台から立ちあがって列の先を伺うと、五人の兵士が一人の商人を囲んであれこれ尋ねている様子が見えた。兵士の手には分厚い髪の束が握られており、一枚一枚紙をめくりながら持ち込もうとしている商品と照らし合わせているようだった。
受け答えをしている商人は笑みを絶やさず淀むことなく口を動かしていて、一切臆しているようには見えない。
僕だったら鎧を身につけた兵士に周りを囲まれて平然を装うなどできはしないだろう。
感心していると、隣のイバーンが不意に笑った。
「商人は神経が図太くないと続けられませんから」
僕の心を読んだかのようにいうイバーンに僕は溜息を吐きながら答える。
「それじゃあ、僕にはできそうにないな」
「そんなことはありません。私は坊ちゃんがやるときはやる男だと知っていますから」
そう自身たっぷりに言うイバーンに、僕は苦笑いを返すだけで精一杯だった。
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