ただの男は調査を始める
第二章
15
聖剣が折られるという前代未聞の大事件があったのだから聖剣祭は中止されるものだと思っていたが、外に出てみるとそこには相変わらずの熱気に包まれた街並みがあった。
「だはははは! もっと飲めよ、おーい店主! 酒が足んねーぞ」
「今度はどこの劇団を見にいこっか。アルペリオもいいんだけど、新進気鋭のノークアッツトもよくない?」
「さあ入った入った! うちの亭主に腕相撲で勝ったら、代金はなしで好きなだけ飲み食いできるよ!」
あちらこちらから聞こえてくる声には、悲愴や不安といった負の感情は一切感じられない。まるで昨日の出来事などなかったかのような笑顔がそこかしこにあった。
「ふうん。とりあえず表面上で悪影響はないようじゃの」
「そうだな」
一先ず南区の大通りに並ぶ適当な露店で、道行く人々の様子を観察することにした。
木枠を組み立てて作られた椅子のうえで足を組み、テーブルに頬杖をつく。
「聖剣が折れたことに皆あまり興味がないのかの」
寂しそうに零すルカスに僕はなにも答えなかったが、胸のうちではそんなはずはないと確信していた。ルカス教にとって聖剣はある意味聖女よりも特別な存在だ。
僕の記憶が正しければ、聖遺物とされているのは全部で三つ。一つは聖剣フェフリンピオーダス。二つ目は魔王との闘いの際に身につけていたとされる衣服。三つ目はルカス本人の物とされている頭髪だ。
これらの聖遺物はルカス教内だけではなく歴史的に見ても非常に貴重なもので、聖剣はディナスカリヤードで管理され、衣服は王都デルガドス、頭髪はジバルグ大陸最西端にあるヴァージリオン大聖堂に保管されている。
ルカス教の信者は年齢が五十を迎える前に巡礼の旅に出る決まりがあるが、その際には聖遺物のある三箇所を必ず回ることになっている。
ある程度の認識の差はあれど、重要視されていることには変わりないはずだ。となると、人々の様子に違和感を覚えずにはいられないが……。
「こら、もっと女子らしくせんかい」
眉間にしわを寄せて違和感の正体を探ろうと耽っていると、対面にいるルカスからそんな注意が飛んできた。
「……わかってるよ」
周りの人にわからないように溜息をつく。
今の僕は精一杯のオシャレをして聖剣祭を楽しむために聖都にやってきた女の子という設定になっている
ひらひらしたスカートにヒールの高いブーツ。頭にウィンプルを被っているのは、カツラの違和感を誤魔化すため。
女性らしさを演出するために必要だからと薄く化粧をしているが、顔になにかを塗りたくるという行為になれていないからか、表情が上手く作れていない気がする。
こんな姿、絶対に家族には見せられない。
「はあ……」
今度は隠すことなく、大きなため息を吐いたのだった。
「ふんふん。レノン様は体つきこそ男性的ですが、お顔は中世的ですからお化粧映えすると思っていましたが、これはこれは」
「確かに。レノンってば可愛いわよ」
「嬉しくない……」
「よし、これで完成です」
朱人はそう言うと僕に手鏡を渡してきた。僕は逡巡した後に受けとり、薄目を開けて鏡に映った自分の顔を見る。
「おお」
飛び込んできた姿に僕は思わず驚嘆の声をあげた。ベースの白粉は肌の色に対して自然さを失わない程度にはたかれ、整えられた眉と女性らしい目元をつくるために控えめに引かれたアイラインによって、顔全体の印象がやわらかくなった気がする。今の化粧に濃い色は合わなそうということで元の唇の色に近い口紅をさしてもらったが、それがとても似合っていて、少女から大人の女性へ成長しようとしている絶妙な年頃が上手く表現された仕上がりとなっていた。
「お化粧でお顔はかなり女性的に見せることができました。体つきは誤魔化せないので薄手の外套を羽織ってください。声の方はレノン様に努力してもらうしかありませんが、それ以外は余程近くで見られなければわからないでしょう」
「ほう。意外とわからんもんじゃな」
詰め物をしてそれなりの膨らみを得た僕の胸を見ながら、ルカスはそんなことを言う。若干鼻のしたが伸びているように見えているのは僕の気のせいだろうか。
というか、下卑た視線を特定の部分に向けられると結構気分悪いな。
……これからは僕も気をつけよう。
「とはいえ、できるだけ振舞には気をつけてください。男性の目は騙せても女性の目は簡単には誤魔化せないですから」
「善処する」
「それでは秘密の出口にご案内いたしますのでこちらに」
朱人はそう言うと牢獄の扉を開けた。そういえばノヴァも普通に扉を開けて入ってきたが、ここは鍵がかかっていないのだろうか。
「なあ、今いる場所って聖都のどの部分になるんだ?」
「中央区です。正確に言えば中央区の北西にある監視塔の地下です」
この返答は意外だった。勇使隊に捕らわれて麻布を被せられたまましばらく歩かされていたので、てっきり中央区からは離れた場所にいると思っていた。
「へえ。でも、中央区ってことはプレンハウン教会の近くにあるってことだろう。それって危なくないのか? だって、ノヴァの近くに犯罪者がいるってことだろう」
「危険がないとは言えません。ただ例えばどの区画でも構いませんが、中央区から離れた場所に牢獄を作ってしまうと、脱獄や暴動が発生したときに中央区で聖女様をお守りしている勇使隊が駆けつけるまで時間がかかってしまいます。各区画に見回りの勇使隊員を配置しておりますが、何分ここは広いので事が起こってすぐに現場に向かうとしてもかなりの時間がかかってしまいます。そうなると、周辺住民への被害も考えられますし、もし騒動が陽動だった場合、警備が手薄になった教会を攻められてしまう可能性もあります。だから、警備のしやすさを考慮して中央区に設置されているのです」
「まあ確かにそうか。でも、それなら勇使隊をもっと増やせば解決するんじゃないか?」
「勇使隊はそう簡単に増やせないんだよ」
僕の疑問に後ろをついてきていたノヴァが心底呆れたような声で答える。
「勇使隊とは亡き勇者の代わりに聖女を守る剣であり盾である。その隊員に選ばれるのはそれ相応の力や知恵を備えた者でなければならない。だが今や勇使隊は王都や地方の貴族の坊ちゃんお嬢ちゃんが華々しい経歴と出世への道を歩むための足掛かりになりかけている」
「でも、勇使隊は学校で基準を達成できた人だけが入隊を認められるんでしょう?」
「そうだ。でも、その養成学校の運営費用は主に貴族たちからの寄付で賄われている。他にも教会の維持や補修、ディナスカリヤード拡大の工事などにかかる費用も一部負担してくれているんだ。そうなると当然ルカス教としては貴族たちに便宜を図らなければならない。ルカス教も権力者とは無縁ではいられないんだ。結果、武にも知にも秀でていない役立たずばかりが増えて、定員を占めてしまう」
「それだと本当に危険が迫ったときに守れないじゃないですか。無理やりにでも増員できないんですか」
「そうしたいのは山々なんだけどね。人員の増加は勇使隊の価値を低下させるという主張をする者がいるんだ」
「は? 人を増やして皆を守る力を手に入れることのどこに価値の低下が含まれるんですか」
「さっきも言ったが、勇使隊とは知と武に秀でた特別な人間だけが入隊することができる、ルカス教の特別職なんだ。人数が少なければ少ないほど所属する人間は特別な能力を持っていると見なされ、外部からは高く評価される。そこに強く価値を見出している人間共がいるんだ。なのに人数を増やしてしまえば、相対的に価値がさがってしまうだろう」
「なんですかそれ。くだらない」
「私も同意見だ。しかし、そう主張しているのは今や隊員の半数を占めるほどに増えてしまった貴族連中の親族でね。そんな敬虔な教徒の意見を無下にすることはできないんだよ」
身につける金や宝石は限られた人間が持つからこそ、その価値を他者に示し自身の社会的な地位や権力を誇示することができる。
貴族たちにとって勇使隊は、そういった自身を着飾る装飾品と同義ということなのだろう。
「なるほど」
そして、ルカス教は資金提供の見返りとして、名誉という名の賄賂を与えている。
両者の関係は典型的な癒着と言えた。
「理解が早くて助かる。そういうわけで勇使隊の増員は望めない。だから、少数の人員で効率的にと考えると必然的に現状のようにならざるを得ないんだ」
ようやく納得がいった。組織を最適な状態で運営するよりも、メンツや組織内の政治が優先されている。
これではいざというときに命を張って聖女を守るという勇使隊本来の役目を果たせるのか。
「さあこちらへ」
朱人は地上に出る階段とは反対側へと進んで行く。そして突き当りにぶつかると壁に触れて、そのうち一つのレンガを押し込んだ。すると、レンガの壁が回転し、人一人が通れるくらいの狭い通路が現れる。
「ここを真っすぐ進むと南区と西区の境目にある市場の倉庫の床下に出られます。到着したら明け方まで待機して、市場が開く前には倉庫から出ていてください」
「わかった」
「悪いな。レノンに面倒事を押しつけるような形になってしまって。あくまでも私は秘密裏にできるだけ誰にも知られないように情報を集めたいんだ。勇使隊を使ってしまうと目立つし、あらぬ噂を立てられかねない」
暗殺計画を企てるくらいの沈着大胆な奴らでも、さすがに目立って捜索が始まれば姿をくらましてしまうかもしれない。僕のような一般人の方が潜入調査するには丁度いいのだろう。
「情報が集まる集まらないに関わらず、夜になったらまたここに戻ってきてください。そうですね……今の時間帯なら倉庫周辺は人もまばらでしょうから、比較的安全に戻ってこられると思います」
「じゃあその手はずで」
通路の天井は僕の身長よりも低く、また横幅も僕の肩幅より少し広い程度だった。少しだけ頭を屈めて入ると、思っている以上に窮屈さを感じた。
「それじゃあ、調査の方は任せる」
背中越しに聞こえてきたノヴァの声に、僕は振り向かずに肩越しに親指を立てて答えた。
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