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偽物勇者は剣を折る  作者: 雨山木一
第一章

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13/30

ただの男は聖女の手を握る

 13

「私の殺害計画がある。そんな密告があったのは二月ほど前のことだ。驚きはしなかった。権力者、という表現はあまり好きではないが、そういった立ち位置の者が命を狙われるというのはよくある話だ。私も聖女としてディナスカリヤードへきたときに、そういったことがある可能性は否定できないと言われていたし、覚悟もしていた。ただ何代も前の聖女の頃ならいざ知らず、今のルカス教に表立って争う姿勢を見せる個人や団体はそういない。だから、星が私を狙って落ちてくるくらいあり得ない話だと思っていた」


 喉元の聖痕に触れながら話すノヴァの声に怯えはない。命を狙われているというのに、まるで世間話をするような声色だった。


「実際、今までも似たような密告はあったんだ。だが、いずれも実行に移されることはなかった。ディナスカリヤードの警備を突破するのは簡単じゃない。特に私が一日の大半をすごすプレンハウン教会は勇使隊の面々に過剰なほど守られている。こんなことを言うと彼らに申しわけないが、ここよりもよっぽど牢獄だよ」


「でも、聖女様を守るには仕方がないかと」


「うん。私は安心していたんだ。牢獄にいる私をわざわざ襲おうとする奴なんていない。だから、普段通りに生活をしていれば命を脅かされることなどあり得ないと。だが、その認識を改めさせられる事態が起こった。君だよ、レノン。勇者の力を宿し、聖女の守護の下に五百年も朽ちることなく存在した聖剣が、ただの男によって破壊された」


「……はい」


「別にレノンを責めているわけじゃない。形あるものはいつか壊れるからな。だから、本来こんなことを言うべきではないが、聖剣が壊されたこと自体はそこまで気にしてない」


 僕を気遣って言ったようには見えなかった。だからこそ、この発言には面食らってしまう。立場のあるノヴァがしていい発言ではないからだ。


「問題視しているのは聖剣がなくなったことで、私の暗殺計画が現実味を帯びてきたということだ。これまで明るみになったものは、勇使隊によって阻止されてきた。その結果、私にもルカス教にも大きな傷がつくことはなかった。だが、今回ばかりは話が変わってくる」


「それは聖剣のおかげで抑え込めていた勢力の動きが活発になるということですか」


「うん。今すぐにではないだろうが、聖剣の件が大陸中に知れ渡ればその可能性は高くなるだろう。仮に私の身になにかが起きれば、その影響はルカス教やディナスカリヤードのみならず全世界に波及してしまう。これはうぬぼれではなく事実だ」


 ノヴァの懸念は十分理解できる。それだけの影響力を聖女という存在は持っている。だが、そうなるとノヴァの行動には整合性がないように思う。


「それなら何故僕に協力を仰ぐんですか。聖女様からすれば、僕が一番怪しい人物ということになるでしょう」


 現状、一番怪しいのは僕だ。明確な敵対行動をとり、ルカス教や聖都に混乱をもたらしている。どう考えても頼む相手にはふさわしくない。


「私も始めはそう思い警戒したさ。でもレノンの目的が私の暗殺なら、わざわざ聖剣を破壊する必要なんてないだろう? 聖剣の儀では私と勇者候補者は手を伸ばせば届くくらいの距離にいる。その気になれば殺す機会はいくらでもあったはずだ。だけど、レノンはそういった素振りは一切見せなかった。それに本当に暗殺が目的なら聖剣の儀に参加するなんて目立つような行動はとるわけがない。暗殺とは読んで字のごとく暗に殺すのだから。そう考えれば少なくともレノンは容疑者ではないと結論付けられる」


「でも、全部証拠のない話ですよ」


「確かにね。今言ったのは所詮状況証拠からの推測だ。だが、私は違うと確信している。何故だと思う?」


 答えのわからない僕は、ノヴァの問いにためらいがちに首を横に振った。


「それはね、ルカス様が君の側にいるのを二度も目撃してしまったからだ」


「二度もってことは、もしかしてあのときも見えてたんですか?」


「うん。君が捕らえられたときと、今この瞬間も。我らにとってルカス様は全知全能の神であり、弱きを助け強きを挫く世界の救世主。もしレノンが悪に染まった心の持ち主なら、そんな善神であらせられるルカス様が二度も現れるものか。これこそ、私が確信している理由だよ」


「そんなことで……」


「そんなことだからこそ、大切なのだよ」


 ノヴァが知るルカスは伝説の勇者で人々のために立ちがった人格者。その前提があるから、こんなことを平然とした顔で言い切れるのだ。だが、それはほとんど希望的観測みたいなもので、命のかかった状況で採用すべき考えではないと思う。しかし、ノヴァは自信たっぷりに続ける。


「そこで私は今回の件をこう考えた。レノンは悪意のあるものに利用され、巻き込まれただけなのだと。恐らく奴らは私の殺害を企てたはいいもの、プレンハウン教会に侵入する手段が用意できずに困っていたのだろう。だから、突っ張口を作るために君を使って混乱を起こし、その隙に計画を実行しようと考えているんだ」


 確かにあり得ない話ではない。だが、その説には異論がある。


「ありそうな話ではあると思いますけど、そもそも聖剣を破壊できるだけの力があるならそんなまどろっこしいことしなくてもいいのでは?」


「そうだね。でも、実際はそうなっていない。奴らはレノンの言う、()()()()()()()やり方をとった。きっとそうせざるを得ない理由があったんだと思う」


 勇者や聖女を越える力を持ちながら、行使しない理由。

 そんなもの僕には想像もできない。


「となると、レノンは加害者ではなく被害者だ。私は聖女として悪意によって不利益を被っている者を救う義務がある。だから、これはお互いにとって悪い話ではないと思うんだ」


 なるほど。慈悲深そうなことを言ってはいるが、要は捕らわれの身の僕と命を狙われているノヴァとの間で共同戦線を組まないかと言っているのだ。

 ルカスの信頼を担保に僕を信頼するというのは、ノヴァにとって勇気のいる判断だったと思う。なにせ僕は彼女からすれば得体の知れない存在なわけだから。

 それでも逃げ出さすに立ち向かう決断をしたのは、ノヴァの言うように全世界に途轍もない影響を及ぼしてしまうからだ。


「もちろん報酬も用意してある。もし私の願いを聞き入れ、不逞の輩を見つけることができれば聖剣を折った罪を許し、更に正式な次代の勇者としてレノンを認定しよう」


「断ったらどうなりますか」


「別に現状はなにも変わりはしないさ。リーダス辺りから六日後に……もう月が傾き始めているから正確には五日後だが、君は裁判で裁かれ処刑される。裁判なんて言っているが、判決は初めから決まっているんだ。五日間という時間は、混乱しているルカス教内部の統制に必要だから設けられたにすぎない」


 これはかなり危険な話だ。なにせ聖剣を折るだけの力を有している相手の力は未知数で、僕などマッチの火を吹き消すように殺すことができるかもしれないのだ。

 そんなお伽噺に出てくるような悪魔が企む計画を探るなんて、命がいくつあっても足りない。だが、断れば待っているのは確実な死というのも事実。

 僕の返答を待つノヴァは凛とした佇まいで、挑戦的な笑みを浮かべている。

 どうする? この命を賭けた勝負に乗る度胸はあるか、とでも言いたげに。

 勝てば勇者。負ければ罪人として処刑か……。


「受けますよ。僕だってなにもせずに死を待つなんてごめんですから」


 かつてイバーンが話してくれたことを思い出す。金では本当の信頼を買うことはできない。できるのはせいぜい利害関係という疑心と虚無でできあがった紙山だけだと。

 僕たちの関係はどうだろう。一見利害関係にも見える。だが、賭けているのは金ではなく命だ。

 それに例えノヴァがルカス越しに見た僕を信じると決めたのだとしても、それが信頼であることに変わりはない。なら、今の僕には戦うための手札が二つある。

 打って出るには十分だ。


「聡明な商人ほど自分の命を賭けたりはしない。これは僕の友人が教えてくれた言葉です」


「ふん。私は商売のことは一切わからないがきっとレノンのご友人は、相当の修羅場をかいくぐってきた傑物なのだろう」


「おかげで意地悪はしてくるし、腹黒い性格になってしまいましたけどね」


 僕は立ちあがりズボンで両手を拭ってからノヴァに差し出す。


「お手伝いさせてください。僕がきっとノヴァを狙う悪を見つけ出してみせます」


「そうか。ならこれで私たちは……共犯だな」


 僕の両手を握ったノヴァは悪戯を思いついた子供のような顔で笑う。

 小さく滑らかで冷たい手に僕は思った。

 イバーン。僕はやっぱり商人には向いていないみたいだ、と。

ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

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