ただの男は聖都へ行く
──偽物勇者は剣を折る──
第一章
身じろぎすると両手の錠に繋がる鎖が無機質な音を立てる。たったそれだけのことなのに、ざわついていた室内がしんと静まりかえり緊張が走るのがわかった。
目の前には一段高くなった場所からずらりと横並びで見下ろしてくる十三人の老人が、目を見開いて喉を鳴らし、後ろで控えている勇使隊の面々が腰の剣に手をかける気配があった。
皆怖いのだ。今まで誰も成し得なかった偉業──いや、悪行をやってのけた僕のことが。
そんななか老人たちよりも更に一段高い位置で不遜な態度で僕を見つめていた男が口を開いた。
「それでは判決を言い渡す」
大司教の名に恥じない威厳が張りついた顔は石像のようで生気が一切感じられない。ただ一つ言えるのは、僕を見る瞳に憎悪の色が滲んでいるということだけだ。
そんな怨嗟のこもった視線を浴びせられる僕は、畑に立てられる案山子のように佇むことしかできない。
大司教が静かに息を吸い、そして告げる。
「判決。被告レノン・ハルマイトをルカス教への反逆行為、及び、聖剣破壊の罪により──死刑に処す」
01
「坊ちゃん、起きてください。そろそろ聖都が見えてくるころですよ」
肩を優しく揺すられてうつらうつらとしていた意識が引き戻される。
口元の涎を袖で拭き隣に視線をやると、恰幅のいい男が細い目を更に細くしてこちらを見ていた。
「昨晩はやはり眠れませんでしたか?」
「ああ、うん……いや、そんなことはないんだけど、なんか荷馬車に揺られているうちに眠気が」
「そりゃあ坊ちゃん行商人の才能がありますよ。こんな乗り心地の悪いもんのうえで居眠りできるなんて」
隣の男イバーン・フルロートは空に向かって太鼓を叩いたような大声で笑った。
確かに荷馬車に乗った初めのころは荒い路面からくる突きあげるような衝撃に尻が痛くなったり気分が悪くなったりしていたものだけど、人の環境適応能力というのは素晴らしいもので、今ではこの乗り心地の悪さが旅の醍醐味だと感じるようになっていた。
「そうかな。じゃあイバーンの弟子になろうかな」
「そりゃ是非に! と言いたいところですが、坊ちゃんには成さなければならないことがありますからねえ。私ごときが貴重な時間を奪うわけにはいきません」
イバーンは二十顎で回りにくそうな首をこちらに向けて不格好なウインクを寄こしてきた。
「それにしてもあの小さかった坊ちゃんがもう十七歳ですか。時が経つのはあっという間ですね……」
「またその話? 何回するんだよ」
「何回でもいたしますとも! 私と坊ちゃんの出会いはまさに奇跡そのものでした。あれは冬の一番深まるころのこと。私は王都で買いつけた商品を一つ山を越えた先にある町に売りに行く行商の最中に盗賊に襲われたのです。彼奴等は十名の中規模盗賊で、非常に統率のとれた動きで私は成す術なく捕らえられてしまいました。商人にとって商品は子供同然。その子供たちを略奪されていく様に涙しながら耐えていると、一人の盗賊は私の元へやってきてナイフを首元に突きつけてきたのです。私は死を覚悟いたしました。故郷に残してきた妻や子に最後に一目会いたかった。家族に愛しているよと最後に伝えたかったと後悔しながら目を瞑って凶刃が振るわれる瞬間を待ち続けていましたが、不思議なことにいつまで経っても刃が喉を切り裂く感覚がやってこないのです。なにかおかしい、そう思った私は恐る恐る目を開きました。するとどうでしょう。私の眼に映ったのは一振りの剣を携えた少年がいたのです! なにが起こったのかわからない私を置いて、少年が手近な一人に切りかかる。そのあまりにも速い斬撃の前に盗賊たちは呆けたまま抵抗する間もなく次々と切り伏せられていったのです。そして少年は肩越しに振り返り、私を見て言いました」
興奮した様子で捲し立てたイバーンは額に掻いた汗を手のひらで拭うと、拳を突き出し親指を立てて言った。
「輪廻の記憶に誘われて永劫の定めを果たしにきた、と」
「意味わかんねぇしダセェ!」
「ええ? だめですか?」
「ダサすぎるだろ。ていうかどんだけ長い嘘つくんだよ。また寝るかと思ったわ」
実はこの一連の流れは始めてではない。もう数えてすらいないが、一昨日は海で溺れているイバーンを百隻の船を引きつれた僕が颯爽と現れ救い出し、そのまま海王になるために旅に出た話だったし、昨日は商売敵に騙されたイバーンが奴隷として売り払われる直前に僕に救われ、そのまま相手方の商会に乗り込む話だった。
共通しているのは困難に直面したイバーンを僕が助けるという流れなのだが、よくもまあ毎日違う話を思いつくものだと呆れと感心が同時にやってくる。
「そもそもイバーンと出会ったのは、僕が五歳のころだろう?」
「ああ、あの頃の坊ちゃんは天使のように可愛らしく、私の作り話をくりくりした目を輝かせながらせがんでくれました。私はそれが嬉しくてつい作り話をたくさん吹き込んでしまったものです」
「小さい僕になにしてくれてんだ! ちょっと待てよ、もしかして砂漠の町で空を覆い尽くさんばかりの大鷲に出会った話も嘘なのか!?」
「いや坊ちゃんってば、その話が一番嘘臭いでしょうに」
おいマジかよ。あの話大好きだったのに……。
「いやはやそれにしても近頃は長く荷馬車に乗っていると体が固まってしまって痛くて痛くて。これでも昔は剣士を目指して鍛えていたんですがねえ。衰えというのは無慈悲なものです」
露骨に話題を変えてきたイバーンは、よよよ、と嘘泣きをしながら言う。
「なんだよ、まだ僕気持ちの整理がついてないんだけど」
「ただ私には素質がなかったらしく、それならば世界一の鍛冶職人になろうと一念発起したのです!」
僕が批難の視線を向けてもイバーンはこちらを見向きもしない。どうやら僕の意見に耳を貸すつもりはないようだ。
「それも長続きしなくて今度は商人の弟子になったんだろ。でも弟子入りするには歳が行きすぎてたから、年寄りの露天商に老後の世話をするからと言って無理やり弟子にしてもらった」
「そんな浮気性みたいに言わないでくださいよ。親方から免許皆伝のお墨付きを頂いたら商人になりたいと思っちゃっただけです。それに商売の師匠とはちゃんと双方納得のうえでのことで、最後に彼は涙を流してありがとうと言ってくれたんですから」
イバーンはそう言うが弟子入りしていた期間はたったの二年で、師匠が亡くなり葬儀が終わると残された露店に関する道具をさっさと売り払い、税金などの支払いを済ませるとその足で行商に出てしまったというのだから怪しいものだ。
流石に人殺しをするような人間だとは思っていなが、なにか裏がありそうではある。
「そして行商の最中に流行り病に罹ってしまったところを救ってくださったのが坊ちゃんの御父上です。どこの馬の骨とも知れない小僧の命を救うだけに留まらず、軌道に乗らない商売の手助けまでしてくださった。私にとって御父上は二つの意味で命の恩人なのです」
始めて僕がイバーンと出会ったのは、多分彼が病から回復してしばらく経ってからのことだと思う。多分と濁すのは単に覚えていないからだ。
気がついたときには仲良くなっていて幼い僕は行商の最中に聞き集めたという異国で行われる祭りの話や冒険譚などを聞くのが楽しみだった。
僕にとってイバーンは年の離れた兄のような存在だ。言うと暑苦しくなるから本人に伝えたことはないが。
「だから聖都で行われる聖剣祭は私にとって人生の転換点であり、原点でもあると言えるかもしれません。そんな場所に坊ちゃんを連れ立って行けるなんて感慨深いものがあるのです」
「もうその話は何回も聞いたって。でも……ありがとう」
照れくさくて視線を逸らしてしまった。が、返ってきたイバーンの声色は穏やかでとても優しいものだった。
「とんでもない。大切な坊ちゃんのためなら、私はなんでもいたしますとも」
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