27.武器と魔道具と荷物持ち
「うーん。まずは基本的な片手剣かしら」
セレはそう呟きながら、並べられた剣の棚の前へと足を向けた。店内の光が金属の刃に反射して、細かく煌めいている。
ざらついた空気の中、彼女は一本一本、真剣な表情で見比べはじめた。
「ルクだと……多少重くても問題ないわよね。というか、むしろ重い方がいいのかしら? これはちょっと長すぎるかも。バランスが――」
ぶつぶつと小声で呟きつつ、一本ずつ手に取り、重さや長さ、鍔の形を確かめていく。
その姿は、どこか楽しげで、だが同時に真剣な目をしていた。
ふと、視界の端に映る隣の棚に目をやる。
そこには、見慣れぬ形状の剣が無造作に立てかけられていた。
「あら……? これは見たことない形の剣ね。片刃、なのね。……ふむ、長さには結構ばらつきがあるのね」
セレが顔を近づけて見つめていた、その時。
「おっ、嬢ちゃん、お目が高い!」
突然、背後から声が飛んできた。
振り返ると、店主の大男が腕を組みながらにやりと笑っていた。いつの間にかすぐそばにいたらしい。筋肉の塊のような肩が上下し、鼻息もどこか荒い。
「それは最近流行りの"カタナ"って武器なんだ。帝国の特攻隊長、セイジ・カンザキ様が愛用してるってんで、今ちょっとした人気でな。うちでも仕入れてみたってワケさ」
「カタナ……ね」
セレは棚を見つめながら、そっと一本のカタナに手を伸ばした。刃渡りはおよそ七十センチ。鍔は小さく、柄はやや長め。確かに見慣れた両刃の剣とはバランスが違う。
「両手持ちで、斬ることに特化……ってわけね。でも、店主さん。あなた、あまり詳しくないでしょ?」
図星を突かれたのか、店主は豪快に笑って誤魔化した。
「へへっ、バレたか。まあ、帝国から仕入れてるだけだしな。でも切れ味は確かだぜ?」
「……なるほど」
セレは軽く頷き、そのカタナを持ってルクの元へ戻った。
「これ、どう思う?」
無言で受け取ったルクは、手の中でカタナを数度回転させる。重心、バランス、材質。柄を握る感触や、刃の返りも確かめた。
しばらくの沈黙の後、静かに口を開いた。
「……使えなくはない。でも、俺が使ったら一試合で壊れると思う」
「……なら、ダメね」
セレはあっさりと言って、カタナを受け取り直し、再び棚へと戻した。未練のない動作だった。おそらく、最初からあまり興味はなかったのだろう。
そしてまた、片手剣の棚の前に戻ってくる。
慎重に、丁寧に、何度も剣を見比べる。
その目は、戦場でのルクの姿を思い浮かべているようだった。
やがて、彼女の手が一本の剣へと伸びた。
鋼鉄のように堅牢な造り。
刃渡りは標準的で、全体の重さはやや重め。
だが、重心のバランスは非常に優れており、長期使用にも耐えられる作りになっている。
セレは軽く構えてみたあと、頷いた。
「……うん。これがいいわ」
その声には、確かな判断と、どこか母親のような気配が滲んでいた。
セレは選び抜いたその片手剣を、ルクへと差し出した。
「これにしましょう。重さも、バランスも、ルクに合ってると思う」
無言で受け取ったルクは、剣を横に傾け、手の中でゆっくりと構える。
刃が微かに揺れ、光を孕む。
その感触は――今まで手にしてきたどんな武器よりも、優れていた。
素材の質、鍛造の精度、仕上げの丁寧さ。どれを取っても、地下の闘技場で手にしてきた粗悪な武器たちとは比べものにならない。握り心地、重心、鋼の鳴る音すら、まるで違った。
……ただし、それは「セリアからもらったナイフ」を除いての話だ。
あれは別枠だ。
物の良し悪しでは語れない。語ってはならない。
ルクは言葉にこそ出さなかったが、その手にある片手剣を、一度だけ小さく頷きながら鞘に収めた。
「……あとは、そうね」
セレが、ふいに言葉を継いだ。
「ルクは投擲が得意だったわよね。投げる武器も一つくらい持っておいたほうがいいわ」
その一言に、カタナが選ばれず、今までガッカリしたように肩を落としていた店主の目が、ぱっと輝いた。
「投擲武器! あるある、一種類だけあるぜ!」
声の調子も、動きも、さっきとはまるで別人のように機敏になる。
「こっちだ! ちょっとスカスカだけどな!」
そう言いながら店主は、店の奥の方にある棚へと案内した。並ぶのは、たった一種類の金属製の投擲武器だけだった。
「これさ。“シュリケン”って名前らしい。これも帝国で最近流行ってるんだとさ。誰が使ってるかは知らんがな!」
無骨な黒鉄で作られたそれは、掌に収まる小ぶりな造りだった。
十字に広がる四枚の刃は、どこまでも直線的で、機能美の塊のように無駄がない。鋭利で、冷たく、ただひたすらに“投げる”ためだけに生まれた形。
ルクはひとつ手に取り、指先で重さを量るように回してみた。
――悪くない。
刃の厚み、素材の重さ、仕込み方、そして何より。
(重心、中央か)
職人の腕は確かだ。
すべての個体で、重心が刃の中心にぴたりと収まっていた。これにより、空気抵抗も最小限で、飛び方が安定する。
だがしかし。
(俺の好みじゃない)
ルクはわずかに眉をひそめた。
重心がずれているほうが、好みだった。
中心がずれていれば、回転が乱れ、軌道が不規則になる。
まっすぐ飛ばず、変則的に曲がる。
だが、それを“当てる”ことができるなら――それは予測できない殺意となる。
普通の戦士には扱えない。
けれど、ルクならできた。
重心が崩れた武器を、曲げて、狙って、当てる。
それは、誰にも真似できない“芸当”だった。
――もっとも、言葉にはしなかった。
セレの視線を感じながら、ルクは「いちおう悪くはない」という顔をして、静かに頷いた。
「じゃあ、それも買いましょう。私は――これにするわ」
そう言ってセレが見せたのは、華奢で細身の片手剣だった。
刃は薄く、硬度よりも軽さに重点を置いて作られているのが一目でわかる。鍔も小さく、鍔迫り合いを制することなど最初から捨てた構造だ。ただただ速度だけを追い求めた、そんな設計。
「すごくしっくりきたってわけじゃないけど……まあ、私がメインで使うのは魔法だし。いざってときの補助用なら、これで十分よね」
言いながら鞘に収める手付きは、案外満足げだった。
するとそのとき――
「お、決まったのか?」
間延びした声と共に、ひょっこりとカイルが顔を出した。
その腕には、槍、ハンマー、そして大剣と――明らかに“用途がバラバラ”な武器たちが数本も抱えられている。重さも構造も異なるそれらを、まるで野菜でも選んできたかのように、ルクにずしりと押し付けた。
「これとこれと……あ、あっちにも良さげなのあったな。ちょっとまた見てくるわ」
言うが早いか、再び店の奥へと駆け戻っていく。
「こら! 買いすぎよ! 無駄遣いはやめなさいってば!」
セレの制止の声が店内に響いたが、届いている様子はまるでない。
返事の代わりに、武器棚のほうでまた何か金属のぶつかる音が響いた。
「……もう、ほんとに」
セレは額に手を当て、呆れたように息を吐いた。
「セリア様からいただいたお小遣いは、私が預かってるんだから。いくら欲しがったって、絶対そんなに出してあげないんだから」
そうぶつぶつと呟きながらも、どこか面倒見の良さがにじむ口調だった。
しばしして気を取り直したセレは、奥のカウンターのほうへ歩み寄る。
「あとは……すみませーん。こちら、魔道具は扱ってます?」
店主はちょうど裏へ引っ込もうとしていたところだったが、振り返って声を返す。
「あるある! 高価だからな、表には出してねえけど。ちょっと待ってな、今持ってくる!」
奥の倉庫へと消えた店主は、やがて腕いっぱいに何かを抱えて戻ってきた。
手早くカウンターに並べられていくのは、小ぶりでありながら不思議な形状をした道具ばかりだった。金属に似た材質でありながら、どこか魔力の脈動のような光を宿している。
まるで生き物のように、時折かすかに揺れているものすらある。
セレは、並べられた魔道具を前に目を輝かせた。
無造作に並べられたそれぞれの品々に、興味と好奇心が溢れて止まらない。澄んだアイスブルーの瞳が、次から次へと煌めきを増していく。
「これは……威力を底上げしてくれるピアスね! うわぁ、強化値までついてる……でも私、ピアスの穴開いてないんだよなぁ……」
未練がましく呟きながら、指先でそっとそのピアスに触れる。
「でもこの効果は、ほんとに捨てがたいなぁ……開けちゃおうかなぁ…あ。えっ、こっちは……」
指先が、別の魔道具をすっとすくい上げた。
「魔力をチャージできる指輪! 珍しい! 発動用じゃなくて、保管用の魔道具なんてすごく珍しいのに!」
もはやその声音は、すっかり自分の世界に没頭した者のそれだった。
ぱちぱちと目を瞬かせながら、右へ左へと視線を彷徨わせては、次々に魔道具を手に取っていく。どれもこれも試してみたくて仕方がないといった風で、先ほどまで冷静だったのが嘘のようなはしゃぎぶりだった。
その様子は、まるでさっきのカイルそのものだった。
「うおおお、この槍やべえ!」
そのカイルの声が、武器棚の奥から轟くように聞こえてきた。
興奮を隠す気配もない声が、鉄と木がぶつかるような騒がしい音とともに店内に響いてくる。
セレもカイルも、まるで子供のように夢中になっていた。
そして――
ルクはというと。
カウンターの横に、黙って立っていた。
抱えているのは、先ほどセレが選んでくれた剣と、シュリケンが入った箱。そしてカイルが押し付けてきた槍、大剣、ハンマー……大小さまざまな武器が、ずしりと彼の腕に積まれていた。
表面上は平然としているが、積まれた武器の重みは確かなものだった。
彼はただ黙々と、ちょっとした荷物のようにそれらを持ち続ける。
目を伏せ、周囲に反応することもなく、立ち姿だけが静かに店内の熱気から浮いていた。
ひたすら待ち続けるが二人の熱は冷めることがない。
流石のルクも、ふと“これ、いつ終わるのか”と内心で呟いた。




