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揺蕩う思い出

作者: 出雲 寛人

私はこの前不思議な体験をした。


私も妻ももう90歳になる。


体も思うように動かず、今まで当たり前のようにできていたことが難しいと感じるようになった。


そんなある日の夕食時、妻の作った味噌汁の湯気をぼーっと眺めていた。


すると時を同じくして妻も、私の目の前の味噌汁の湯気をぼーっと眺めていた。


そして私たちは図らずも、湯気越しに目が合っている状態になった。


私の視線の先と、妻の視線の先で交わったところに小さな球体が生まれ、少しずつ大きくなった。


その球体は直径が私と妻の座っている距離くらいまで大きくなった。


その球体の表面、私の目の前には、小さい頃の妻がいた。


そしてだんだんと、その球体の妻は歳を重ねていった。


私と出会った頃くらいの外観になったところで、球体の反対側からあの頃の私が歩いてきた。


ふたりは出会い、色々な思い出を作っていった。


その光景は懐かしさを感じさせた。


今まで写真には残さなかった幾分かの思い出も、再現されていた。


遂に現在くらいの見た目になったところで、その球体は小さくなっていった。


そして目の前には変わらず妻がいた。


「いやー、すごい体験だったな。今の。」


妻はその言葉に対して不思議そうな顔をしていた。


「なんのこと?」


私は説明した、湯気を見ていたら球体が大きくなってきて、昔の思い出が再現されていたことを。


「あんた、私の顔をあまりにもずっと見ていたから、目を逸らしたら負けかと思ってあんたのことをずっと見ていたのに、あんたにはそんな風に見えていたのね。」


「全てが美しい思い出だったよ。」


「ぼろぼろのじじいが何言ってんだい。ほらさっさと飲まないと味噌汁冷めるでしょ。」


いつの間にか湯気は消え、飲むと少し冷めた味噌汁だった。


湯気が出てなくても美味しいものは美味しい。


しかし今のはなんだったのだろう。


不思議でたまらないので、またぼーっとしてみせた。


「じじい!いつまでぼーっとしてんだい!さっさと食事終わらせな!」


先ほどの美しい思い出と、目の前の妻。


多少のギャップはあるかもしれないが、こんな生活も楽しいものだ。


明日からの日々もゆっくり、ほのぼのと、たまにぼーっとして、たまに味噌汁を冷まして過ごそう。


我ながらいい人生を歩ん


「おいじじい!いつまでぼーっとしてんだい!」


「うるせーな!ちょっと空想に耽ってもいいだろうがよ!」


「変な想像して球体とか言ってないで、さっさと食べて皿でも洗ったらどうだい!」


訂正しよう。多少思い通りにいかないことはあるが、それでも愛すべき人生だ。

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