振り向かずの小径
「振り向いてはいけない小径」
その道で丑三つ時に振り向いたら、その人は連れ去られてしまう——。
「振り向いてはいけない小径」
その道で丑三つ時に振り向いたら、その人は連れ去られてしまう——。
そんな噂が広まって久しい、小さな町の外れにある古びた小径。地元の老人たちは、その道を決して夜に通るなと口を酸っぱくして言い聞かせる。だが、それでも好奇心や恐怖心を試す若者は後を絶たず、ときどき行方不明者が出ることもあった。
その怪異に目を付けたのは、野心的な私だった。
「これをビジネスにできないか?」
私はオカルトや都市伝説が好きなわけではなかった。ただ、人が「怖いもの見たさ」で金を払うことは理解していた。心霊スポット巡り、ホラーアトラクション、VRお化け屋敷——恐怖は立派な市場価値を持つ。
そして何より、「本物の恐怖体験」を売りにすれば、他のどんな娯楽コンテンツにも負けないと確信していた。
私はまず、その小径の周辺の土地を買い占めた。昼間は何の変哲もない森の道だが、丑三つ時になると様子が変わる。私はそこに監視カメラを設置し、深夜に近づく人々を記録した。
さらに、ネットで話題にするために、「挑戦者募集」のサイトを立ち上げた。
『振り向いてはいけない小径——あなたは耐えられるか?』
『賞金100万円!丑三つ時にこの道を通り抜けるだけ!ただし、振り向いたら…?』
SNSはすぐに騒ぎ始めた。話題性は抜群だった。
最初のチャレンジャーは、心霊系YouTuberの「JUN-HORROR」だった。彼は登録者数50万人を誇る人気配信者で、肝試し企画を売りにしていた。
カメラを回しながら、彼は笑顔で言った。
「まあ、こういうのって大体仕込みなんですよね。オーナーさんも商売上手だなぁ」
しかし、丑三つ時——彼が小径を歩き出すと、空気が変わった。辺りが妙に静かになり、木々の葉擦れの音さえ聞こえない。足元の土がしっとりと湿り、まるで誰かが背後に立っているような気配がした。
それでもJUNは歩き続けた。視聴者のコメントが流れるスマホ画面をチラリと見たとき、「うしろ!」という言葉がいくつも流れているのが目に入る。
彼は笑って、スマホを掲げた。
「ほら、みんな怖がりすぎ——」
その瞬間、耳元で囁き声がした。
「…みてるよ」
彼は条件反射的に振り向いた。
次の瞬間、カメラは地面に落ちた。画面は激しく揺れ、闇の中で彼の悲鳴が響いた。
配信はそこで途切れた。
翌朝、私は映像を確認したが、JUNの姿はどこにもなかった。ただ、落ちたカメラの向こうに、森の奥で何かが動く影が映っていた。
「……やはり、本物か」
私は興奮していた。恐怖の商売は成功する——それどころか、これはもっと大きな可能性を秘めている。
「……ならば、次の実験をしよう」
私は新たな挑戦者を募ると同時に、次のプランを考え始めた。
「人は、どこまで“本物の恐怖”に耐えられるのか?」
私の野心は、ただの怪談ビジネスにとどまらなかった。私は知りたかった。
この道の“向こう側”に、何があるのかを——。
む