13話 試合
緊張した空気に反して、観客席には誰もいない。
無数にある一回戦のひとつでしかないから、見物人が来るわけもない。
……だからだろうか、逆に胸の奥が妙に熱い。戦いが楽しみで仕方がないのかもしれない。
直径70m程度の小さい闘技場には、静寂の中に張り詰めた熱だけが残っている。
「それでは、試合開始まで──10……」
「久しぶりだね、宮田くん。……で、合ってるよね?」
「そうですね、2ヶ月ぶりです。会ったのは誘ってもらった数秒だけですが」
話しかけてきたのは“大海原”のキャプテン、小山夏帆。
懐かしさ……と呼べるようなものがあるような、ないような。
記憶の欠片には顔にモザイクがかかったようにぼんやりと覚えている。
「7……6……」
「それにしても頑張ったみたいだね」
「これでも世界最強を目指してるんで」
「へぇ、夢が大きいのはいいことだ」
「2……1……」
「でも、手加減はしないよ。申し訳ないけど、その夢はもう少し先にしてもらうね」
「スタァァトッッッ!!!」
「今だ!──フラッシュ!!」
閃光が走り、視界を白く塗りつぶす。
そこまで強くない光だったが、初動の隙を作るには十分だった。
速水が即座に土壁を展開し、敵の隊列を分断する。
俺は分離した2人組を確認して、そっちへダッシュ。
だが、その瞬間──
シュッ、グサッ!
足元を掠めたナイフが背後で何かに突き刺さる。反射的に振り返った、その先で。
「ウィンドブレード!!」
見えない刃が風を裂いて速水を襲う。
一瞬で倒れ込むのが見えた。
「速水!!」
叫ぶが、返事はない。
「無駄だよ。だってね──」
「おーっと、速水昴、脱落! ”無名の騎士”残り2人!」
「ほらね、それでもやるかい?」
答えは決まっている。
「もちろんだ!」
狙うは市川。ナイフ使いなら、距離を取れば優位はある。
背中から弓を引き抜き、矢に雷を纏わせる。
「サンダーショット!!」
ビリビリビリビリッ!
矢が閃光の尾を引いて突き進む。だが──
「甘いな」
金属の響きとともに、光の中から盾が現れた。
半田翔。重厚な鉄盾で雷の矢を正面から受け止めていた。
「チッ、盾で防ぎやがって」
「これが戦いってもんだ。反則じゃなきゃ何でもありだろ?……それと、そろそろ壁の向こう側のお仲間が、夏帆と海和にやられてる頃だな。千もいるし、30秒も保たないだろう。諦めたらどうだ?」
「そんな情報ペラペラ喋っていいのか? 今ここでお前を倒したら、状況は変わるぜ?」
ハッタリが通じるかどうか──賭けどころだ。
「……そうか。悠長に話してていいのかな?」
「なっ──!」
キンッ!
言葉と同時に背後から飛んできたナイフをギリギリで弾く。
だが、形勢は完全に逆転していた。1対2。
しかも、1人は俺の上位互換。
ここで勝てなければ、終わりだ。
ダンッ!
地を蹴り、市川へ突進。
腰のフックにかけていたナイフを2本、連続で投げ放つ。
当然、彼女は横に避ける。……そこを狙っていた。
相手からすれば避けている間に俺の姿が消え、気づく前に背後からの小剣の一撃を貰う──筈だった。
キンッ!
小剣は弾かれる。背後に回るよりも速く反応される。
この瞬間、悟る。──想定よりも、はるかに強い。
そりゃそうだ。何を勘違いしていたんだ?あの速水が一瞬で倒されたんだ。自分の手に負える相手じゃなかった。
(……如月、耐えてくれ。あと少しでいい)
壁の向こうがどうなっているかは分からない。
だが、最悪を考えるより、最良を信じる方がマシだ。
まだ勝つ方法はある。そう信じた。
その間にも市川が駆けてくる。
時間の猶予は──3秒。
速い。速い疾い迅い!!
目で追えない。恐怖で、音と気配だけが風みたいに迫ってくる。
考えるより先に、落ちていた小剣を拾い上げ、再びナイフを2本投げる。
……これで手持ちはゼロだ。
市川が横に跳ぶ。スピードはわずかに落ちた。そこを狙って──
キンッ!!
またも弾かれる。すかさず突きの一撃。
横に滑って回避。攻防が始まる。
(……重い。速い。キツい)
金属が何度も擦れる音。
時間の感覚が狂っていく。5分?30秒?もはや分からない。いや、どっちでもいい。
腕が重い。息が焼ける。
とにかく、倒れるより先に倒さない限り俺は勝てない。
「君、かなり強いね」
その言葉で、止まっていた時間が動き出した。
「……それはどうも」
別に陰キャだから黙ってるわけじゃない。
女性と話すのが久々すぎて緊張してるわけでもない。
……いや、ちょっとはあるかもしれんけど。
流石に戦場だからね。
だが、次の言葉がすべてを断ち切った。
「──初心者にしては、だけどね。楽しかったよ」
その声を最後に、意識が落ちた。
◆◆◆◆◆
「おーい、宮田ー! 起きろー!!」
ぼんやりした視界の中、如月と速水が覗き込んでいた。
「結果は?」
「0対5で負けたよ」
……まあ、予想はしてた。
不思議と悔しさよりも、“次はどうすれば勝てるか”の方が頭に浮かぶ。
その時、視界に金髪が入った。
小山夏帆がこっちに歩いてくる。
「どうだった? 新生チームだからって、弱くないでしょ。……これから頑張ってね」
「……はい」
思ってたよりも何倍も強かった。
だけど、その言葉には少しだけ優しさがあった。
来年までに強くなろう。”大海原”を超えなきゃ、最強なんて夢のまた夢だ。
「あ、そうだ。言ってなかったね。私は小山夏帆。いずれ“最強”になるパーティのメンバーだよ」
……既に知ってる。速水のストーカー力の結晶、あのドキュメントに全部まとめてあった。怖いレベルで。




