王子様はかわいいものが好き
うちの学園には王子様がいる。
いや、本物の王族というわけではない。所謂通り名である。
彼女――そう。柏野昴は女性なのだが、中性的な顔立ちとボーイッシュな風貌、加えて高身長が他の女性の琴線に触れるらしく、よく女性陣から熱視線を浴びせられている。
そんな学園の王子様と俺はそれなりに仲が良い。
冗談を言い合える仲であり、多分友達と呼べる関係と言っていいと思う。かといってどちらから『友達になろう?』と言い出したわけではないが。
そんな昴との会話をする中で、俺はあることに気が付いてしまった。
彼女は王子様を演じている。
そう思うことは度々ある。
おそらくクラスメイトたちの幻想を壊したくないのだろう。
かといって、そんな生活を毎日続けていたらいつか彼女自身が持たなくなる。
だから俺は彼女に対してとあるトラップを仕掛けることがある。
「か、かわっ……!」
「だろ? 昴の為に『ゆるたま』のポランを取ってきてやったんだ。それ、やるよ」
ゆるたまというのは『ゆるいたまごたち』という作品名で、ポランというのはそのゆるたまに登場するマスコットキャラクターの一つだ。ゆるたまのキャラは他にも様々なものが存在する。
「……いいの?」
「いいんだよ。その為にUFOキャッチャーで取ってきたんだし」
「でも僕、圭司に何もお返しを出来ないよ?」
「別に見返りを求めてやった訳じゃねーし」
本音を言うと、学校でキャラを作っている彼女にも息抜きは必要だろうと思ったわけだ。
昴がゆるたまを好きなのは知っているからな。一緒にゲーセンに行く度に、物欲しそうにUFOキャッチャーの筐体を眺めている彼女の姿が印象的だった。
そんな彼女は、俺が持っているポランと俺の顔を交互に見る。
「――わいい」
「なんだって?」
「何でもないよ。じゃあポラン、貰うね? かーわーいーいー!」
彼女はゆるたまのキャラであるポランのぬいぐるみを俺から受け取り、それを胸元でぎゅっと抱きしめる。
ここで『お前の方が可愛いよ』とか言えればモテる男になれるのだろうか。……ないな、俺のキャラじゃない。
そんな感じで、彼女が学園でストレスを溜め込み過ぎないようにするために、たまにこうしてかわいいものを与えたり見せたりする。
ポランのぬいぐるみを幸せそうな表情を浮かべながら抱える昴を見て、こっちまで嬉しくなってしまった。
◇
翌日、玄関を通り抜けると靴箱の前で立ち尽くしている昴の姿が見えた。
その足元には大量のレターセットがばら撒かれていた。何事?
「おはよう、昴。そのレターセット、どうしたんだ?」
「圭司、おはよう。ロッカーの中にいっぱい入っていたみたいで、開けたらこうなってしまってね」
彼女はそう言いながらしゃがみ込み、レターセットを一通一通回収していく。
そのレターセットは男性から彼女に送られてきたものではない――ということを過去の経験に照らし合わせて再確認する。あれは学園の女子達が昴に対して贈ったものだ。
以前は靴箱からあふれ出すほど入っていたわけじゃないんだけどな。日に日にその枚数は増えていき、ついに今日になって靴箱が決壊するほど投函された訳だ。
「圭司は拾うのを手伝ってくれないんだね」
「だってそれ、女子たちの本気が込められた手紙だろ? 見ず知らずの男子が断りもなく触ってたら嫌な気分になるだろ」
「……いいよ、その考え方。圭司は真面目だね」
別に真面目って訳ではない。ただ本心は先ほど述べたとおりである。
全てのレターセットを回収し終えた彼女は、それらを鞄の中に入れて教室を目指す。
俺も昴のクラスメイトなので、向かう教室は必然的に一緒になる。って訳で二人して自分らの教室へと向かった。
教室の扉を開けると、女性陣達が昴の元へ駆けつけてきた。いわゆる出待ちである。教室への入室だから出待ちというのも変だが。
さて、王子様は今日も上手く王子様を演じるだろう。
俺の出番はもう無さそうかな。そう思い、俺は女子たちに囲まれている昴を差し置いて自分の席へと向かった。
* * *
僕はクラスメイトの女子たちと他愛のない会話を続ける。
「ねえ、昴くんってどんなものが好きなの?」
彼女達は僕を男子の理想像として見ている節がある。
でも、彼女達の意見に一理ある。僕は普通の女性とは異なる性格、あるいは見た目をしていると思う。
だけど僕だって一人の女性な訳で……それはもう、思うところは一杯ある。例えば、普通の女の子になりたいとかだ。
その僕の願いを叶えてくれる人が一人だけ存在する。
「強いて言うなら、かわいいものとかかな?」
「えっ? それって……そういうことですか!?」
「どうだろうね」
何故僕に理想の男性像を求めているのかは正直分からない。
でも、時折男子に間違われるような見た目と性格をしている自分が悪いのではないかと思うことは多々ある。
それでも――それでも。彼、圭司だけは僕のことを一人の女性として扱ってくれた。
あれは遠い日の、幼き日の思い出。
僕は小学生の高学年の頃の出来事だ。
「つえーよ、あいつ! おい、おとこおんな! 手加減しろよ!」
「手加減してるからこの程度で済んでいるんだけどね」
休み時間中、校庭でクラスメイトたちとドッジボールをしていた。
ただでさえ女子の方が成長が早いお年頃。そんな中、僕は学校内で一番背が高い生徒だった。
そんな、女子とはいえ体格の良い人物のフィジカルが貧弱なわけもなく、僕はそのドッジボールで無双していた。
しかし、味方は一人、また一人とボールが直撃して脱落していく。
そしてだいぶ味方が減ったところで、僕は集中的に狙われるようになった。
相手は外野同士でボールを僕目掛けて投げてくる。
そんな中、僕は集中力を切らしかけていたのか、顔面に向かってボールが飛んでくるのに気づくのが遅れた。
世界の時の流れが遅くなり、遠景から近景にかけてゆっくりと白い靄が掛かっていく。走馬灯のようなものが頭の中を駆け巡る。
ああ、あのボールは僕の顔に当たるんだな。そう諦めかけていた時の事だった――
視界の隅から二本の腕が伸びてきた。
その腕の先の掌にボールが当たり、ボールが急激に軌道を変化して上側に弾かれていったところで、ゆっくりと流れていた時が元の流れに戻った。
「圭司、アウトー! おとこおんなを庇って退場してやんのー!」
「……だっせー」
「――は?」
「女の子には優しくしろよ。かっこわるいぞ」
男子たちは大笑いする。
「柏野が女の子だって? どこが? おとこおんなじゃん」
宙高く舞ったボールを僕はキャッチし、それを僕のことを『おとこおんな』呼ばわりする男子に向かって投げた。
バチン! という音からして痛そうな音色をそれは発しながら、味方チームの外野のもとへボールは飛んでいく。
圭司。彼だけが僕のことを一人の女子として見てくれた。
だから僕の人格は崩壊することなく、自己同一性を保っている。
僕が僕らしくあれるのは、圭司のおかげだ。自分はれっきとした女性なんだって思える。
そんな行動を繰り返す彼は私にとって、まさに王子様のような存在だった。
* * *
最近困ることがある。何がって? 昴と会話する際の目のやり場にだ。
彼女と俺の身長差からして、俺が正面を直視すると丁度昴の首から胸元が視界に映る。という訳で、自然と彼女の女性らしさを感じる部分が目に入ることがある。
昔はよかったさ、性別の垣根なんてなかったようなものだし。かといって、昴のことはきちんと女子であるとは認識していたが。
だが今は違う。最近になって昴の女性らしさというものを垣間見る機会が増えたことで、彼女が一人の女子として魅力的なことに気づきだしている自分がいる。
「ねえ。今日もそっちの家、寄って行ってもいい?」
「――ん? ああ、いいぞ」
「どうしたんだい? 上の空じゃないか」
「ちょっと考え事」
「そっか」
考え事の内容は濁す。
俺は見上げる形となり、彼女は俺を見下ろす形となる。
もうちょっと俺の身長があればな……そう思うことはあるけど、身長の伸びしろがあることに期待しつついつものように日々を過ごしている。
「はぁ……」
昴がため息をつく。
「お疲れか?」
「そうだね。癒されたいかな?」
「じゃあ一緒にゲーセンにでも行くか。ゆるたまのキャラを取ってやるよ。ポランは取ったし、次はディアがいいか?」
「――いいの?」
「勿論」
あの表情を独占できるんだ。俺としては儲けものである。
彼女の反応は本当に見ていて癒される。
かわいいものが好きなのはどちらかというと俺の方なのかもしれない。
ダブルミーニング! ってことで話は以上になります。