幸せが奪われる
世界で最も有名と言っても良い、映画の賞。その音楽部門で、日本人がノミネートされたと弾んだ声がテレビから流れてきた。
その拍子に顔をあげ、画面に釘付けとなった。
テロップに表示されている名前は本名とは違っているが、その顔は間違いない。もう何年も会っていない、実兄だった。
◇◇◇◇◇
おじいちゃんが地元の名士で、会社も経営していて、そのおじいちゃんの家で暮らしているあたしは、産まれた時から不自由のない生活を送っていた。
家事はほとんど近所に住む家政婦さんがやってくれ、呼べば飛んで来てくれていた。庭師も定期的に呼ばれ、整頓されており、古風ながらもこの辺りで一番の面積を持つ我が家は、間違いなく裕福であり、この辺りの王様だった。
おじいちゃんには娘が二人しか産まれなくて、そのことで亡くなったおばあちゃんは、よく文句を言われていた。なんでもおじいちゃんは、自分の会社を息子に継がせたかったらしい。うちは代々そうしてきたのだと。だから女しか産めなかったおばあちゃんを責めた。
おじいちゃんの長女と結婚したあたしのお父さんは、おじいちゃんの会社の取引先に勤めていて、おじいちゃんが気に入ったからお母さんと結婚させたと聞く。ゆくゆくは自分の後継者にと考えていたらしいけど、お父さんは頑固に会社を辞めようとしなかった。
そういう頑固な面がおじいちゃんを段々とイラつかせ、結婚は失敗だったとよく言っていた。だけど離婚は体裁が悪いから、許さなかった。自分が気に入って婿にと引き入れたのに捨てたら、周りにどう思われるか。だから追い出しはしなかった。
そしてお母さんは、お兄ちゃんとあたしを産んだ。
待望の男児が産まれ喜んだおじいちゃんは、自分の後継者にお兄ちゃんを指名しようと考えたらしい。
幼い頃から生活面、勉強面と両親以上に口出しをしては、お兄ちゃんを注意する。
将来的にこの地元にある会社を継ぐのだから、中学までは公立へ通って、そこで顔を売れ。高校からは自分が指定した学校へ合格するようにと、よく言っていた。
そんなおじいちゃんの考えに沿うよう、お兄ちゃんは高校に合格した。ところがそこから先の進路を決める時、初めてお兄ちゃんが逆らったのだ。
「進路だけど、じいさんの決めた大学には進まない」
急にそんなことを言い始めたのだから、お母さんとあたしは、ぽかんとお兄ちゃんを見つめた。
「どういうことだ」
「そのままの意味だよ。俺は音楽がやりたい。音楽で食っていきたい。だからじいさんの会社を継がない」
もちろんおじいちゃんは怒りまくって、お兄ちゃんを殴った。でもお兄ちゃんはやっぱりお父さんの子で、頑固だった。何発殴られても自分の考えを曲げようとせず、逆に殴り返そうとしたほど。あたしはお母さんと二人、ただ怖くて震えていた。お兄ちゃんを止めたのは、仕事から帰宅したお父さんだった。
「アオイ、殴るな! それはお前が一番嫌いな解決方法だろう?」
お兄ちゃんは振り上げた拳を震わせ、やがて下ろした。
「ふん、意気地のない奴め」
おじいちゃんが挑発するように言うと、また拳が振り上げられる。今度はお父さんが肩に手を置き、黙って首を横に振った。そうするとまた拳を下ろしたので、おじいちゃんは言う。
「そんなにワシが気に入らないのか。ええ? どうなんだ!」
「ああ、気に入らない! なんでも力や金で解決しようとして、他人の思いを踏みにじるじいさんなんか、好きじゃないさ!」
そのお兄ちゃんの言葉は、さらにおじいちゃんを怒らせた。血管が切れるのではないかと思わせるほど、顔を真っ赤にさせる。
「ならば出て行け! 二度とうちの敷居をまたぐことを許さん! 高校も辞めろ! お前なんかにこれ以上、一文も出してやらん! 卒業したくば、自力でどうにかしろ!」
「分かった」
驚いた。高校を止めろ、家を出て行けと言われて、そんな簡単に頷くなんて。お兄ちゃん、一体どうするつもりなんだろう。
その疑問は、すぐに解消されることになった。
「私も出て行きます。長い間我慢していましたが、貴方のもとで子ども達を過ごさせることはできません。悪影響です。アカネ、お前も一緒に来るんだ」
つまりお父さんもこの家を出て、お父さんがお兄ちゃんの世話をみる。そう言っている。しかもこのあたしまで、誘って来た。本家直系の姫である、このあたしまで。
「嫌だ! あたしはおじいちゃんと一緒に暮らす!」
ここで暮らしているあたしには、分かっていた。
地元の多くの人が、おじいちゃんの会社で働いていることもあり、誰も我が家に頭が上がらないと。その恩恵は、あたしも受けていた。下手におじいちゃんに告げ口されて、家ごと目をつけられたくないと、誰もがあたしをお姫様のように扱ってくれると。
こんな居心地のいい場所を失いたくなく、お父さんの差し出された手を叩いて拒んだ。
結局両親は離婚。お兄ちゃんはお父さんに、あたしはお母さんに引き取られる形となった。
その際、おじいちゃんは念書を書かせた。
簡単に言ってしまえば、この家と一生の縁を断つという内容。お父さんもお兄ちゃんも、迷わずサインをして、双方同じ書類を保管することになった。
それからお兄ちゃんがどうなったのか、お父さんがどうなったのか、気にせず過ごしていた。だから朝のニュース番組で顔が写った時、うっかり箸からご飯がこぼれた。
「……あいつ……」
おじいちゃんも呆然とテレビを見ている。
おじいちゃんと仲の良いお母さんも驚き、三人で固まっていた。
「お嬢様、そろそろ出発されないと、お仕事のお時間に間に合いませんよ」
家政婦さんに言われ、時計を見る。
おじいちゃんの会社に勤めるようになり、一年は過ぎた。会社までは歩いて、数分の距離。就職難という時代、おじいちゃんの言葉一つで勤めることができ、本当にこの人の孫で良かったと思っている。
だけど社長の孫といっても、平社員。遅刻は良くないと分かっていても、テレビが気になって、すぐに動く気になれない。
「ふ、ふんっ。たかがノミネートされたくらいで騒ぎおって!」
「そうよ。それにあの子、音楽が得意だったとは思えないわ。なにかの間違いよ」
「お兄ちゃん、歌は下手だったもん。ノミネートだってミスか、誰かの手柄の横取りよ。ゴーストでもいるんじゃないの?」
この日は遅刻した。だけど社長の孫ということで、お説教はなく、明日から気をつけるようにと言われるだけで終わった。
結局お兄ちゃんはノミネートだけで、受賞はできなかった。だけど……。
「ノミネートされただけで光栄です。作品に合う曲を作ることは、とても難しく……。けれど、その曲を生かすよう撮影してくれた監督たちのおかげで、今回、ノミネートという栄誉をいただけました。そしてずっと応援してくれていた父にも、感謝を伝えたいと思います」
そんなことを語ったものだから、社内でひそひそお兄ちゃんについて語る人が増えた。
お兄ちゃんも高校の途中まではここで暮らしていたから、多くの社員が知っている。だけどおじいちゃんと絶縁したことも知れ渡っているので、大きな声で話せないのだ。
二人とも嫌で、自分から出て行ったと、嘘は言っていないのに。
「あんな才能があったとは……」
「社長は、音楽で食うと馬鹿なことを言っていたと話していたが、まさか作曲家だったとはな……」
「名前で検索すれば、日本のこの映画とかも担当している……」
「社長も二人を追い出していなければなあ……」
調べればお兄ちゃんは本名とは違う名で活動しており、最初はネットに作品を公開していた。それが日本の音楽業界の人の目につき、ついには海外の映画作品を担当されるほど有名な作曲家になっていた。
それを知ったおじいちゃんはスマホを投げ飛ばし、壁に激突したスマホの画面にヒビが入った。
「音楽なんて流行り廃りがあるもの。どうせすぐ、つまづくわ。それよりアカネ、シライ君とはどうなっているの? まだ結婚の話とかないの? 彼もお父さんの会社に勤めれば良かったのにね」
画面の割れたスマホへ一瞬だけ目を向けたけど、すぐに興味を無くしたお母さんが尋ねてきた。
シライ君というのは、あたしの初恋の人であり、彼氏である人。中学生の時からの付き合いだけど、彼は地元から少し離れた地にある会社に勤めている。実家暮らしとはいえ、会社との往復で疲れると言い、あまり会えないので寂しい。
しかもシライ君は草食男子というか……。一度も体を求められたことがない。彼が言うには、そういうことは、きちんと関係を作ってから……。つまり、夫婦になってから行うべきだと言われた。
それに、万が一結婚前に妊娠しては、君のおじいさんに殺されてしまうと言われ、つい納得し我慢しているけれど……。
結婚だって給料がまだそんなに良くないから、当分できないと言われている。
おじいちゃんの会社に来れば、そんな問題、すぐに解決できると言っているのに。それなのにシライ君は人に甘えてばかりの人間が、君を幸せにできるとは思えないと言って、結婚についても我慢している。
「結婚するには、まだ早いって。もうちょっと月給が良くなってから、考えたいって」
「ワシの会社に勤めればそんな問題、あっという間に解決するのにな。社会勉強だと言って、あいつも頑固な奴よ。アカネ、あまり頑固な男はアイツを思い出すから、薦められんな」
「だけどシライ君は、あたしの初恋の人なの! 彼以外と結婚なんて、考えられない!」
「アカネったら、一途ねえ」
それからしばらく経ち、血相を変えた社員がおじいちゃんのいる社長室へ向けて、小走りで廊下を移動していた。
「取引を止めるだと? 馬鹿な! あの会社とは何代にも渡って……!」
「しかし社長、先方は本気のようで……」
「ええい、使えん連中め! ワシが話しをつけてやる!」
おじいちゃん自身が動き、向こうの社長とも話したけれど、あちらの考えは変わらなかった。
その会社は、今も勤めているか知らないけれど、お父さんが勤めていた会社だ。
この頃知ったけれど、お母さんが結婚した頃も、取引を止められそうな雰囲気があったらしい。それで余計に、お父さんを囲いたかったようだ。自分の社員の家が困ることをするのか、そう言いたかったらしく、その効果はあったようだ。
「もっと安くて質のいい会社と取引だと? ふざけるな! お前の会社が傾いた時、誰が助けてやったと思う! うちの会社だ! その恩も忘れおって……! そんな何十年も昔の話を持ちだすな? いいや! あの時潰れていたら会社は無くなっていて、お前は今、社長になれていないのだぞ!」
お父さんという札を無くして数年後に、まさかの仕打ち。おじいちゃんは動いた。
その元取引先と関係を持つ会社に片っ端から連絡を取り、向こうと取引を続けるなら、うちは関係を考えさせてもらうと。
地元を中心に、界隈では発言力の強かったおじいちゃん。誰もが言うことを聞き、取引を中止した会社が打撃を受けると信じていた。
ところが現実は、大半の会社がおじいちゃんと縁を切った。
さらにはそれに乗じ、お母さんの妹。あたしの叔母さんの旦那が動き、役員だった彼を中心に会社は、おじいちゃんに退任を突きつけてきた。
「貴方のせいで、会社は大損害だ。今もご自分には力があり、その発言力は絶大だと評価しているようですが、それはすでに過去の話です。取引先を脅すような会社と、今の時代、好んで取引する会社はありません。それにこの辺りも別の会社が進出してきている。いつまでもこの会社が天下だと思う方がどうかしている」
寝首をかかれたとはこのことだと、その日のおじいちゃんは荒れた。
「ええい! これも全てアオイのせいだ! あいつがワシの跡を継がなかったから、ワシが一人で頑張らなくてはならないことになった! その頑張りをあいつら、否定しおって! あんな男と結婚させなければ良かった!」
おじいちゃんは叔母さん夫婦とも、敷居をまたぐな言いつけ、絶交した。
おかげであたしは社長の孫から、社長の姪になるはずが、会社を危機に陥れた罪人の孫という目で見られるようになった。融通も効かなくなり、イラつく日が増える。
一方、あいかわらずお兄ちゃんは絶好調だ。SNSを見れば、順調に仕事の依頼が入っていると分かる。
だからある日、気がついた。
お兄ちゃんの成功は、本来、あたしたちのモノとなる幸せの上に成り立っているんじゃないのかって。
だって、不公平だから。
おじいちゃんは社長の席を奪われ、その秘書として勤めていたお母さんも仕事を辞めた。お母さんが親しかった副社長も、席を追われた。あたしは社内で扱いに困る人認定されている。それなのにお兄ちゃんだけ、その才能を認められ褒められ……。こんなの、おかしい。兄妹なのに、バランスが合っていない。
だからあたしは気がついた。
お兄ちゃんが成功するには、あたしたち三人から幸せを奪うしかなかったって。
それに気がついたら、お兄ちゃんが哀れに思えてきた。だって、あたしたちの幸せを奪わないと、成功できない人なのだから。そう、お兄ちゃんに実力はない。あたしたちの幸せを奪って始めて、評価される。そんな低能なのだから。
だけど残念。おじいちゃんは社長でなくなっても、お金に困っていなかった。蓄えもあったけれど、幾つか物件を持っていて、家賃収入があったから。
「ワシも年だ。あとはアカネの花嫁姿を楽しみに生きてやる。わはははは」
「まあ、お父さんったら、ふふっ」
「楽しみにしていてね、おじいちゃん」
まだあたしたちは完全に不幸せじゃない。これ以上お兄ちゃんに幸せを奪われなければ良い、それだけのこと。
だけど、どうやったら幸せを奪われないのかな? 真理に気がついても、守れなければ意味がない。
「管理人を辞めるだと?」
寝耳に水と、おじいちゃんは椅子の背もたれから背を浮かせた。
どうしたことか、示したようにおじいちゃんの物件を管理している人たちが、続々と退職希望を出してきたのだ。
「私も老いたので、これ以上はもう……」
おじいちゃんより若い人がそう言ってくる。後日社内で、その人は他の物件で管理人として働いていると聞いた。
嘘つき! 最低! 抱えていた書類を持つ力が、自然とこめられる
「なんでも給料だとか言いながら、小遣い程度だったらしいよ」
「そのわりに、ほぼ一年中働かされて……。せめて二人体制とかで、休日とかあればマシだっただろうに」
「今の時代じゃあ、あんな求人で募集がある訳ないよな。それに気がつかない時点で、あのじいさん、終わってるわ」
そう言って、おじいちゃんの出した管理人募集の求人が載っているチラシを見て、笑う会社の人たち。
最近はもう、おじいちゃんの話になっても、誰も声を潜めない。潜める時は、現社長がいる時くらい。
あんな求人って……。
ちゃんと給料も出るし、管理人室ということで部屋を無償で貸す。その代わり物件の管理を全部行うことって内容なだけじゃない。家賃を取られないだけ、お得じゃない。
でもこうやっておじいちゃんに嫌なことが起きたから、きっとまたお兄ちゃんに良いことが起きるはず。ほら、やっぱり。また賞を獲った。おじいちゃんの幸せを奪っておきながら、笑顔で受賞報告するなんて、お兄ちゃんも最低よ!
「……え? シライ君、なんて……?」
珍しくシライ君から誘ってくれたと思ったら、まさかの別れ話だった。
「そもそも俺の中では、お前と付き合っていなかったんだよ。告白された頃は、お前の家に逆らうと両親が困ると分かっていたから、話に付き合ってやっただけだ。もうその心配もないから、はっきり言わせてもらう。金輪際、俺に連絡をしてくるな。お前のことなんて、一度も好きだったことはない。なあお前、陰で自分が笑われていたって知らないだろう? それくらい俺らの世代では、お前が勝手に気持ちを押しつけてきて彼女面して、俺は長年の被害者だって有名なんだよ!」
さらには、付き合っている本当の彼女と結婚が決まったと言われた。彼の両親も祝福しているって……。
嘘……。
私の夢は、初恋の人と交際を続けそのまま結婚して、死ぬまで一緒に幸せに暮らして……。
嫌だと泣いてすがっても突き飛ばされ、見向きもされず行ってしまわれた。
嘘だ、嘘だ、嘘だ! あれがシライ君の本心なんて嘘だ! きっとこれもまた、お兄ちゃんが自分のために、あたしの幸せを奪ったから! だからシライ君、おかしくなったんだ! ほら、また新しいドラマの音楽を担当するって報告が!
「……人の幸せの上に立って、幸せそうにしてんじゃないわよ!」
怒りがおさまらなかった。
そのままスマホを操作し、お兄ちゃんのアカウントへ本音を書きこんでやった。
お兄ちゃんの音楽は評価されていても、万人に受ける訳ではない。そうよ、人の幸せを奪って得た偽物の作品の評価だって分かっている人が、ネットにはこんなにも沢山いるじゃない。
あたしはその人たちと協力し、お兄ちゃんのSNSへ引退しろ等、様々な言葉を書きこんだ。人の幸せを奪って評価され、みっともない男には、これくらいのお灸が必要だと信じ、一日に最低一回はコメントを書いた。
この頃にはおじいちゃんの物件には管理人不在で、廊下や入口の電球は変えられなかったり、なに家の不備があったりとかで、おじいちゃんの家から退去者が増えていた。
これくらいの年数の建物なら、リフォーム等の必要はない。いつもすぐ新しい入居者が決まるとおじいちゃんは言っていたけど、今回はなかなか見つからない。
「今の時代、リフォームとかせず新たな入居者を探すのは、無謀ですよ」
「昔はそれで人が入っておったわ!」
不動産の人がおじいちゃんを説得している。だけどおじいちゃんは引かない。
結局、家賃をギリギリまで下げることで一応話はついたけれど、それでも入居希望者はなかなか登場しない。
またお兄ちゃんの仕業だ……!
家賃収入に困り、お母さんがたまに訪れては電球を換えたりするようになった頃、会社の中でお父さんが、あの会社で部長になったと聞いた。出世し、将来は役員間違いなしと言われているそうだ。
お父さんまで、あたしたちの幸せを奪うんだ!
離婚して我が家とは関わりを持たないと言ったくせに! なんで、どうして、我が家の幸せを奪っていくのよ! 憎らしい。あの二人が憎らしい。家政婦さんも失った広い家に溜まっていくゴミ。それを視界に入れつつ、お兄ちゃんのSNSを監視する。
父に祝い事があったので、お祝いですと料理の写真を公開しているけれど、なに、これ。あたしに対するメッセージでしょう? 絶対にそうでしょう? ふざけないでよね!
たったったったったっ
慣れている操作でメッセージを書くと、送信する。
なにがお祝いよ! こっちは毎日コンビニ弁当で、飽き飽きしているのに! しかも最近は余裕がなくなってきたから、自炊をしてくれとおじいちゃん、お母さんに言っているし! あたしにも生活費を家に入れるよう、言ってくるし! お母さんも物件を回って忙しいから、家事をしろと言うし!
冗談じゃないわよ! あの時の選択が間違いだったなんて、言わせない!
スマホの向こう、さらに知らない場所でお兄ちゃんが弁護士と連絡を取っていることを、知らなかった。
「特にメッセージが酷い悪質な内容の中には、実の妹さんからの書きこみもありました。実の妹さんでも、嫌がらせ行為、名誉棄損で訴えますか?」
「お願いします」
お兄ちゃんがあたしたちの送ったメッセージで動いていることを、あたしは知らなかった。それがどういう結果になるかも。
お兄ちゃんが、幸せを奪うから、お兄ちゃんは幸せであたしは不幸せ。兄妹なのに、なんでアンバランスなの?
なんであたしはお兄ちゃんのように、人の幸せを奪えないの? そうすれば絶対、以前のように幸せになれるのに。なんで? なんで?
ねえ、なんであたし、不幸せなの?