第五話 『不穏』
あれから数時間はたっただろうか。
白い服を着た人々に、白い家。そして、足元にはピンクの絨毯。
変わらずその光景が続いている上に、足の疲れが無視できないほどに大きくなっていたため、現状はお世辞にも良いとは言えなかった。
その状況に、グレイグがつぶやく。
「……確認するが、リズはすでに宿を出ていたんだな」
「ああ。宿の受付の人に聞いたからそこは間違いない。」
頷き、悠然と答えるレグナ。
まるで、見つからないことに対してさほど危機感を抱いていないかのようだともとれる態度だが、グレイグはあまり気にしてはいない様子だった。
まるで、レグナの態度よりもリズがどこにいるかの方が重要とばかりに。
だが、私はそんなグレイグの様子よりも、どこか余裕のあるレグナの態度の方が不自然に感じる。
「レグナ、もしかしてリズの場所を知ってるの?」
「まさか。知ってたらこんなに足が棒になるまで歩かないよ。ただ、まあ……見当はついてる、かな?」
「いや、聞かれても……」
「見当はついているだと?」
何故それを早く言わなかったのか、と視線がレグナを射止める。
そんな視線が向けられていることに気付いてないのか、彼女はさも当然のように言った。
「あんなに婚約者のことについて語ってたんだから、彼女が行くところと言えば一つ、婚約者の元だろう? だけど、僕たちはその婚約者がどこにいるかはわからない。だから、見当がついていると大見えをきるのは控えたんだ」
「結局足で探すしかない、か。グレイグはその婚約者について知らないの?」
「……待て、お前たちは何を言っているんだ?」
そう語る彼の表情には、確かに疑問符が浮かんでいる。
もしかしたら、リズの婚約者の話は内緒のもので、話してはいけないものだったのかもしれない、と考え始めた時に、彼は続けて言った。
「リズの婚約者なら、既にこの世にいないぞ?」
息を呑む音がした。
それが、レグナのものか、はたまた私のものだったかはわからない。
だが、あの夜彼女は確かに婚約者に会いにきたと言っていた。
もし、死んだはずの婚約者に会いにしたというのなら。
死者を、蘇らせられるのだろうか。
その考えを遮るように、レグナは不思議そうな顔をして、
「でも、僕たちは彼女から婚約者に会いにきたと聞いたよ。それも、キミに監視されている前で。今更不審がるのも変じゃないかな?」
「盗み聞きをする趣味はない。それに、話を聞く前にお前の子供の傭兵に遮られたからな」
「こっちはこっちの仕事をしただけ」
「別に責める気はない。……だが、そうか。婚約者に会いにきた、か」
指を顎に添え、何かを考え出すグレイグ。
考えられる結論としては、墓参りを会いにきたと表現しただけだろうが、それにしても婚約者について語る彼女はやけに嬉しそうだった。
それ以前に、私は今まで口にしていなかった疑問があった。
「グレイグ、花見の人たちにリズの場所を聞けないの? リズも花見に監視されている立場だよね?」
「……出来るならとうにそうしている。俺達花見は住民につけいられないために仕事中は私語を禁止されている立場だ。たとえ同業者でも、な」
「成る程。それがその奇怪な服の正体という訳だ。花見の姿では僕たちと話せないと」
「奇怪かどうかはともかく、そういうことだ」
「……成る程、ね。とりあえず我々が抱いている今現在の疑問点はまとめられた」
片目をつむり、妖艶な笑みを浮かべながらそうレグナはつぶやいた。
彼女のどこか柔らかい雰囲気が消え去り、放たれるプレッシャーが背中を刺す。
「我々が今知りたいのはリズの居場所。まあこれは今更改めていうことでもないだろう。そこで、グレイグ。キミにまた二つほど質問が増えた」
「何だ? 言っておくが、婚約者についてはあまり俺も知らん。ただ、そういう奴がいたということだけだ」
「ああ。それは、キミが婚約者と呼んでいることから察しているよ。僕が聞きたいのは別のこと。もっと根源的なことだ」
「根源的……?」
懐疑的な彼の態度に、レグナは「ああ」と涼しく笑う。
「まず、何故我々はリズを探している? あの昼間の女性を探して捕まえれば、それで終わりだ。むしろ、花見に守られているであろうリズより、その女性の方が遥かに危険だろう?」
「それは……」
口ごもり、戸惑いを表情で表すグレイグ。
しかしそれで手を緩めることはなく、矢継ぎ早とばかりにレグナの質問が続けられた。
「それに、その女性が住民を殺せたというのも謎だ。この街の住民もその女性も花見の監視下なのだろう? その女性が花見を出し抜ける実力者だというのなら、ますますリズを探している場合ではないだろう」
「それは……そう、だが……」
「それに、だ」
突然私の肩にレグナの手が置かれ、こちらを見て微笑み、
「あの夜、花見の気配はしたかな。ルーナ」
「……ううん、しなかったと思う。あの時私たちを監視していたのは、グレイグだけだった」
「だそうだ。さて、リズの護衛はどこへ行ったんだろうね」
「……リズが犯人だと言うのなら、動機を説明しろ」
「動機は残念ながら答えられない。だが、状況から考えるにリズが犯人の可能性だって十分あるだろ?」
「違う、彼女は……違う」
身内が犯人の可能性を提示され、身内が殺人を犯したという否定しきれない残酷な事実にグレイグの声が震える。
レグナはそんな彼の様子に気付いていないのか、また笑みを浮かべ、
「なら何故違うと言える? その根拠を教えて欲しい」
「レグナ、やめなよ」
「それは……」
「それは、なんだ?」
「レグナ!」
「……なんだい?」
悠然とこちらに振り返るレグナの表情は、私の一喝も意に介していないかのような、微笑みだった。
意に介してないどころか、先程グレイグにむけていた試すような瞳は完全に消え失せていた。
「レグナ、もうやめなよ」
「ん? どうして?」
「見るに堪えないからだよ。それに、今グレイグを追い詰めてもこれ以上の情報は手に入らない」
「そうかな? 彼はまだ、リズと接触できない理由という秘密を隠してる」
「秘密ならなんでも暴くの? いくら私たちと彼が協力関係にあるといっても、家族の問題に首を突っ込む権利なんてない」
「……そうか、そうだね。いや悪かった、グレイグ。好奇心のままに根掘り葉掘り聞いてしまうのは悪い癖だと自覚してはいるんだが」
「……いや、別にいい。だが、リズと接触できない理由については話せない。いや、話したくない」
「ついては……ってことは、他の事は話してもらえるって認識で間違いないかな?」
「ああ。まず、俺がリズを追っている理由だが……昨日よりリズを監視していた花見の姿を見かけていない。今日は別の花見が監視してはいるが……」
「それでもどういう危険がリズに迫るかわからない。今現在の状況が理解できない以上、護衛は一人でも増えたほうがいい、という訳だ。それにリズがどういう腹の内だったとしても、その方が都合がいい」
腹の内、という言葉に彼は苦い顔をする。
妹が殺人の犯人という可能性をチラつかされるのは、あまり気持ちの良いものではないだろう。
私がグレイグの立場なら不愉快な話だ。
それに、リズを探すという意見には私としては全面的に賛成したいところではあった。
彼女が妹という立場だからとか、心配だからとか、色々な要因はあるが、それよりも――、
死者を蘇らせられるというのなら、彼女から話を聞かないわけにはいかない。
しかし、レグナに興を削がれてしまってはそれが叶わなくなる。
それを妨げるために口を開くと――、
「――グレイグ」
私たちの背後から、突然声がかかる。
そこには、昨日のグレイグと同じような背格好をした花見が、仮面越しにこちらを見つめていた。
「何の用だ?」
「……あの女を見張っていた花見が消えた。それも、これを残して」
その花見は懐から何かを取り出す。
それは、ほとんど花見と同じ仮面に見えたが、グレイグの持っている黒のものとは違い、それは白に染まっていた。
「それだけじゃない。他にもこれと同じものがいくつも地面に落ちていた。同様に、他の花見も同じくだ」
「……っ」
「我々はこの事態を重く見ている。これより、花見による一斉捜索を執り行う予定だ。グレイグ、お前にも当然来てもらおう」
彼はそう言うと、真っ黒の仮面と服をグレイグに投げつける
その仮面をつけると、彼は零すように言った。
「……お前たちは宿に戻れ」
「グレイグ? 何を言って……」
「早く戻れ、さもなくば射殺する」
有無を言わせない気迫に黙り込むしかない。
しかし、レグナは変わらずその理由について問いただそうとしたため、それを妨げるように一歩前に出て、代わりにグレイグに話しかける。
今話しかけたらレグナに危害が及ぶのではないか、と本能で感じ取ったからだ。
「わかった。その代わり、理由については後で聞く」
「……助かる」
彼はそう言うと、黒い仮面をまとい先程の男性とどこかへと消える。
まるで、最初からいなかったかのように。
◆
彼の言う通り宿に戻る最中、気付いたことがあった。
どこかへと収集をかけられた花見たちはともかく、住民たちの気配がない。
彼らも花見に誘導されてどこかにいるのか。それとも……、
「……ううん、いやな考えはやめておこう」
「いや、案外的を得ていると思うよ。私も同じことを考えているから」
「……楽観的には、見られないよね」
「残念ながら」
顎をひき、同意を示すレグナ。
男性の殺害。そして、白化した仮面。
この状況でもっとも怪しいのは、間違いなく彼女だ。
「レグナ、とりあえず宿の人にリズがどこへ行ったか聞こう」
「……いや、その必要はないだろうね」
レグナが指を指す。
その方向を見ると、彼女が。
「私を、お探しでしたか?」
リズが、宿の前に立っていた。