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第三話 『安堵の夜は未だ遠く』

 全員が元死刑囚。

 その事実を聞いても、私は未だ釈然としないでいた。

 道を教えてくれた優しい青年も、元死刑囚だったのだろうか。


 そんな考えを、不意に鼻腔を掠める焼けた肉の匂いが邪魔をする。

 白いテーブルクロスの上で、白い皿に乗った唯一の焦茶色の食事。

 私の世界では、ハンバーグと呼ばれていた。


 少し焦げ目のついたパンと共に、それを一口頬張る。

 美味い。一度噛んだだけで染みついた肉汁が口の中を溢れ出す。

 続け様にもう一口。やはり、美味い。


「ねえ」


 レグナの呆れたような声がする。

 しかし、今はそれどころではない。熱を逃してしまっては、この味は消えてしまう。


「……聞いてないかもしれないけど、それ7個目だよ。太ってもいいのかな?」


 聞こえない。

 それに、美味いものを食べたいだけ食べて何が悪いのか。

 むしろ、我慢して食べない方が失礼にあたるだろう。


「――ふふっ」


 夢中で食べていると、隣の席からくすくすと笑いが漏れた。

 手を止めて抗議しようと笑い声の主を見ると、そこには三つ編みが特徴的な女性が、口に手を当てて笑っていた。

 上は白いシャツだが、下は黒いフレアスカート。恐らく、この街の人間ではないのだろう。


「ごめんなさい、とても美味しそうに食べていたので、つい」


「……いいです、別に。気にしてませんから」


 そうは言うものの、やはり意地汚かっただろうか。

 今度はゆっくりと咀嚼しながら味わうとしよう。


 そう決意を胸に抱いていると、すでに食事を終えたレグナが先ほどの女性に向かうように椅子を動かした。


「こんばんは。あなたもここに旅行に?」


「はい。『リズ』と言います。この街に会いたい人がいるので。あなた方も?」


「いえいえ、僕達はただの観光です。御神木様を間近で見たいと思いまして」


「ふふ、そうですか。もしかして、ご姉妹で観光に?」


 思わず、笑い出すレグナ。

 反対に、私は肉が喉に詰まり、大急ぎで水で流し込んだ。


「あはは、はい。この子ったら、いつも姉である僕の手をわずらわせてばっかりで……」


「レグナ、怒るよ」


「……とまあ、冗談はともかくとして。僕達はただの友達ですよ。僕はレグナ、こっちはルーナ」


「そうですか、ごめんなさい。とても仲がよろしいように見えましたので」


 両手を口に当て、上品に笑う女性。

 柔らかな雰囲気に、丁寧な言葉遣い。それだけで、彼女が大事にされてきたんだなとなんとなく想像がついた。

 そんな彼女の穏やか雰囲気に当てられたからだろうか。つい、口に出して聞いてしまう。


「あなたのその、会いたい人はどんな方なのですか?」


「はい。その、えっと……将来を誓い合った、仲です」


 恥ずかしそうに染まった頬を、両手で抑える彼女。

 可愛らしい様子ではあったが、同時にレグナの表情が曇っていく。

 どうしたのかと聞こうとするが、阻むように彼女が語り始めた。


「出会いは町での出来事でした。私が悪い人たちに絡まれているところを、助けていただいたのです。それから私たちの愛が生まれました。最初の頃は……」


「……ちょっと、どうするの。ルーナの責任だからね」


 肘でつつかれ、耳元でささやかれる。

 だが、私たちのそんな様子にも気付かないまま、彼女は語り続けていた。

 どうしたものか、と視線を外し、周囲を一望した。


 白い壁に、白い机、白い床。そして、同じくして白いテーブルクロスに、調理室であろう白い扉。

 広さは、客室の二倍くらいだろうか。だが、どこもかしこも白いのは変わりはなかった。


 だから、だろうか。

 私たちを影から見ている、黒い服を着た男と目があったことにすぐに気付けたのは。


「レグナ、ちょっと席を外すね」


「……なるほど。それじゃあまた、部屋で」


 私の声で真剣さが伝わったのだろうか。

 同じく真剣なトーンで返してくれるレグナ。声色で意図を読み取るのは、流石はプロの商人だというべきだろうか。

 若干残念そうな顔色を浮かべるリズを尻目に、彼らの後を追うことにした。



 ◆



 既に空は暗く、あんなに白かった国も光が当たらない箇所は黒が差していた。

 人の気配はなく、話し声もしない。だから、尾行は容易だった。


 尾行自体は、だが。


「――何の用だ」


 気付けば路地裏で、尾行していたはずの男性と挟まれるように私は壁を背にしていた。

 幸い、彼は武器を構える様子はない。それなら、話し合いで解決できるチャンスはある。


「それはこっちのセリフ。さっき、何を盗み聞きしてたの?」


「答える必要はないと思うが」


「じゃあ違う質問。私たちに何か用?」


「お前たちに用はない。俺が用があるのは、あの女だけだ」


 黒くとがったマスクのせいで、表情が読み取れない。

 しかし、もし私たちに用があるのなら、今私を拘束して交換条件として利用した方がいいはずだ。

 故に、ひとまずはその言葉に偽りはないと判断した方がいいだろう。


 だが、彼がリズにとって敵対的な人物かどうかだけは判断しておきたい。


「……もし、私たちもあの子に用があるといったら?」


 一瞬の殺気を経て、ナイフのようなものが二つほどこちらに投げられる。

 それをかわし、懐にあるダガーを引き抜こうとすると、その腕に何かが巻き付けられる。


「……っ!」


 咄嗟に空いていた左腕でダガーを掴み、糸のようなものを切る。

 そのまま目の前の彼を見ると、そこには殺気に満ちた彼の姿と、銃口がこちらを向いていた。


 左右、そして後ろには壁。

 故に、勝利を確信していたのだろう。今までにはなかった隙が、そこには確実に存在した。


 引き金に指がかけられる。

 しかし、その銃口から銃弾が放たれることはなく、その事実に動揺したのか一歩後ずさる。

 その大きすぎる隙を見逃せるはずがない。


「――動くな」


 男の首元に、私のダガーの刃先が添えられる。

 その時の彼の表情は仮面のせいでよくはわからないが、先程の殺気とは違う何かが混じっていた。

 そのまま彼は少しの間硬直していると、彼は撃鉄の間に小石が入った銃を捨て、両手を上げた。

 私はその足元に落ちたそれを手の届かない範囲まで蹴りとばし、そのままの姿勢で威圧するように出来る限りの低い声で質問する。


「答えろ。リズに何をするつもりだ」


「……答える必要はない」


 今の状況を分かっていないのか。

 その甘い疑問が、雌雄を決していた盤面をひっくり返す。


 カラン、と音がした。


「閃光っ……!」


 正体が分かったころにはもう遅かった。

 鉄の塊のようなものが、地面に落ち――瞬間、世界が轟音とともに白に包まれた。


 目をつむり、耳をふさぐ。

 そうして、視力が戻ったころにはすでに男はいなかった。



 ◆



「へえ、昼間の黒い男たちがリズを狙ってて、仲間だってハッタリかましたら襲われた、か」


 部屋に戻ると、そこには風呂に入り終えたであろうレグナが、宿に備え付けられているであろう白いガウンを着て、ベッドに座っていた。

 対して私は、男を逃した罪悪感と悔しさで立ち尽くしている。

 しかし、彼女は特に責める様子もなく、手で近くにある椅子に座るように促した。


「……責めないの?」


「ん? 何に?」


「いや、男を逃がしたこととか、もっと有益な情報を取ってこれなかったとか」


「ううん、責めないよ。今回の結果以上の収益なんてたぶんないだろう」


 皮肉交じりのものかと思い彼女の目を見るが、その眼に悪気は一切ない。

 それどころか、どこか嬉しそうな様子でこちらを見ていた。


「男の人捕まえてきて、僕たちが口を割らせられるとは思えないからね。それに、情報を聞き出すのは僕の仕事だ。だから、本来なら追い払うだけでいい仕事だったのに、それ以上の結果を持ち出してきてくれたんだ。怒る理由なんてない、だろ?」


「……ありがとう」


「いやいや、ありがとうはこっちだよ。ルーナ」


 にこやかに笑うレグナ。

 その事実に若干の照れくささを感じながら、差し出された椅子に座る。


「さて、明日はこの街について調べないといけない。具体的には、図書館とかで桜が咲く前後と、この町がどのような立ち位置なのか、からだね」


「……そこから神器にたどり着くのに、どれくらいかかるの?」


「ほらそこ、嘆かない。これから長い旅路になるのだから今のうちに慣れないとね。……とりあえず、今日はお風呂入って寝るとしようか」


 風呂の場所は、部屋に備え付けられている小さなものだ。

 個人的には、全面が城でも違和感がない唯一の場所だと思う。そして、何よりようやく休めることに少しだけ安堵した。


「ん? ノックだ。入ってていいよ、ルーナ。私が対応する」


 しかし、その安堵は。


「……ごめん、撤回。もうちょっとお風呂我慢して」


 ノックの音とともに現れた来訪者。

 リズの敵である黒い服装をまとった男によって、崩壊した。

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