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第二話 『空に連なる桜の下で』

「綺麗な花には棘がある。これは基本的にバラを指す言葉だ」


 列車に揺られながら、外を見ながら彼女はそう呟いた。

 私は正面に座る彼女にならうように、窓の外を見る。

 そこには、彼女の話題の主役たるバラではなく、桜が見えた。


「だが、それは桜も例外じゃない。登ろうとする人は全身がかぶれ、凄まじい痒みに襲われるそうだ」


「……あれは登らないと思うんだけど」


「一応注意勧告というやつだよ。あの桜の木に登れば街が一望できるだろうと試されてしまっては困るからね」


 注意勧告されるまでもなく、登る気はない。

 違う、登れる気がしないのだ。


 空に連なるほどの巨大な桜が咲いている。

 その下にある白い建物に所々のピンクのまだら模様があるのは、おそらく散った花の一部だろう。


 そんな幻想的とも言える景色から一転、山に遮られ緑の世界が窓を覆い、赤色のマフラーと灰色のコートに身を包んだ私の姿が窓に映し出された。

 この服はレグナからのプレゼントで、私も若干気に入っていた。


 改めて、私は列車の車内を見渡す。

 木材が打ち付けられた壁に、それぞれの席に備え付けられた窓。

 そして、向かい合うように並べられた椅子に、その上にある緑色のクッション。


 それより目を引くのは、壁に固定された光を放つ箱。

 まさしく、これが魔道具と呼ばれるものの一つだ。

 だが一つ気になる点があるとすれば、私の村では見たことのない装飾が施されているという事だろう。

 とはいえ、気になると言っても何となく高そうだな、くらいのものだが。


「それで、レグナ。ここはどこなの? 聞いたこともないし見たこともない場所なんだけど」


「それはそうさ。だって、我々が今いるこの場所は異世界なのだから」


「……は? 異世界?」


「ああ。神器は多くの異世界に散らばっていてね。恐らくだが、ばら撒いた本人も多くの異世界を渡っていたのだろうね」


「いや、そうじゃなくて。そっちも気になるんだけど、どうやって、そしていつの間に私たちは異世界に?」


「ああ、そこか。この列車もいわゆる神器の一つなんだよ。異世界から異世界、そのまた異世界まで、線路なしの自動運転で連れてってくれる掛け値無しの神器だ」


「神器の回収が目的なのに神器を使うの?」


「はは、そこをツッコまれたら少し困るね。でもそこはほら、毒をもって毒を制すというだろう?」


「屁理屈」


「はいはい」


 困ったように笑うレグナ。

 あの夜から、一週間が経ち、私も彼女のことを多く知った。


 彼女は話好きだ。それも、かなりの。

 話す際の表情もどこか楽しそうで、あの夜の仮面のような笑みとはまるで別人に感じられるほどに。

 本人曰く、その違いは交渉の場かそうでないかが主な理由だそうだ。


「それでそれで、はじめての異世界の感想は?」


「……面白い感想とか言えないよ?」


「いやいや、そんな難しい考えじゃなくていいよ。『綺麗だ』とか、『楽しみ』とかあるだろ?」


「綺麗だと思ったけど……」


「そうか。実は僕も一度写真でこの世界を見た時はそう思ったよ。文字通り花の都、だからね」


「でも……」と意地悪そうに笑うと、彼女の言葉を遮るように不意に列車が止まる。


「到着だ。それじゃあ、まずは宿探しといこうか」



 ◆



 街の外れに列車を停めると、私たちが降りた途端に霧のように列車が消えていく。

 いや、実際に消えた訳ではなく、視覚的に見えないようになっている、とレグナが教えてくれた。


 そんな彼女はそのまま街に入り、道ゆく人混みの中で桜の木を眺めるように上を向いた。


「いやぁ、凄いね。列車から見ても壮大とも言えるほどの大きさだったけど、近くで見るとよりデカい!」


 事実、桜の木は私の正面の視界だけだと木の根ほどしか視界に入らない。見上げようとするなら、空を見上げるほどに仰がなければならない。

 彼女はその余りの巨大さに興奮冷めやらぬ様子ではあったが、私は違うことに心を囚われていた。


「散った桜がこんなにあると、掃除が大変そうだね」


 白い道。そして、同じような大きさの白い建物。

 白に統一された街を、ピンク色の斑点が色付けていく。それも、数え切れないほどに。

 これだけ巨大な桜だと、恐らく花と共に虫も落ちてくるのではないかと心配になってくる。


「さて、それじゃあ宿を取るとしようか。そこで、今日のお仕事についてお話ししよう」


「宿、どこにあるかわかるの?」


「ふふん、見渡せばわかるだろう? 大抵そういう宿は大きな建物か目立つ看板があるはず……なんだけど……」


 白い道と同じような大きさの白い家。白で統一されているこの街。

 それがどう言う意味なのか。


「……今回は、一筋縄ではいかなそうだ」


 彼女は力無くつぶやく。

 彼女の言うように目立つ看板も、大きな建物もここでは判断材料にはならない。それも、この不気味なほどに統一化された町では。

 そんな私たちの話を聞いていたのか、私たちの前から歩いてきた白い服に身を纏った男性が話しかけてきた。


「宿をお探しですか? よろしければ、ご案内しますよ」


 見ず知らずの旅行客に優しくする男性。

 私はレグナとそのあからさまに怪しい男性の間に立ち、突き放すように言う。


「キャッチなら結構です」


「はは、違いますよ、お嬢ちゃん。私はそういう者じゃありません。御神木様に誓いますよ」


「……お嬢ちゃん」


 恐らく、そういった意図がないのはわかる。

 しかし、それでも、その言葉で自身の身長が平均よりも低いという事実に目を向けざるを得ない。


 しかし、今はそんな私の傷心よりも、気になる単語があった。


「ところで、御神木様って……?」


「ええ。我々『純潔の街』の住民は、あの桜の木を御神木と見たて、日々感謝して暮らしております。事実、御神木様のおかげで病気や災難とは無縁の人生へと変わりました」


「へえ、興味深いね」


 レグナが私を抑え、一歩前に出る。

 それは下がって良い、という指令のようなもので、私は一歩下がって男性の目を見た。

 実際、彼の目に嘘をついていると言う印象はない。


「それで、我々に優しくしてくれる理由は?」


「御神木様の元、我々は等しく家族であり、友です。困っているのであれば、助けるのが当然。それがこの街のルールですから」


「成る程。それじゃあ頼んでもいいかな」


「ええ。喜んで」



 ◆



「まさか、本当にただ案内してくれただけなんてね」


 白い壁に囲まれた部屋を一望し、呟く。

 白いベッドに、白いテーブル。白い椅子に、白いクローゼット。

 何もかもが、白に染まっていた。


「そうだね。お礼も受け取ってもらえないとは思わなかった」


 私はコートを吊るし、そのまま椅子に座ってベッドに大の字で寝転んでいるレグナに話しかける。

 助けるのが当然。その言葉に若干の不気味さは感じてはいたが、事実彼は我々を助けてくれた。

 それに……、


「宿代もタダだとは思わなかった。凄いね、純潔の街」


「……レグナ、やっぱりおかしいよね」


「んー、そうだね。でもまだこういう街もあるんだね、としか考えられないかな。今は」


「今は、か」


「ああ。さて、お仕事の話といこうか」


 彼女はそう言うと跳ね起き、ベッドに座る。

 そして、カバンから取り出したファイルと共に、眼鏡をかけてそのファイルの中の資料に目を通した。


「レグナ、別にメガネかけるほど目悪くないでしょ」


「雰囲気だよ、こういうのは。どうかな、いつもと違うレグナは?」


「はいはい、似合うね」


 実際、ただでさえ容姿端麗ともいえるレグナなら、眼鏡が似合うのもそう驚きではない。

 だが、今聞きたいのはそちらではなく、仕事の内容だ。

 そんな私の心に気付いたのか、こほんと咳払いした後に話し始めた。


「改めて、我々クレセント商会において我々の主な仕事は神器の回収だ。そして、この街には一つ神器を使われた痕跡があると報告を受けてる」


「それは?」


「突然巨大な桜が現れ、周囲にある建物の色を奪い去った、と。紛れもなく神器だね、これは」


「じゃあ、まさかあの桜を回収するの?」


「それは無理だし、恐らくあれは神器の副産物のようなものだ。本体の何らかの力で生まれたものだろう」


「根拠は?」


「我々の服の色が失われていないからかな。もし今もその神器が動いているのなら、僕は今頃白一色。雪女と見間違えられてしまうだろうね」


「それもそれで楽しそうだ」と目を細めて楽しそうに笑うレグナ。

 その時だった。


「――っ!」


 外から怒鳴り声した。

 女性のものだろうか。声が若干高い。

 喧嘩だろうと考えもしたが、この街の住民が喧嘩を起こすことは考えにくい。


「レグナ、どうする?」


「行こう。何か情報を得られるかもしれない」


 私はポケットに隠すように銃を持ち、ゆっくりと先に部屋から出る。

 そこには、一人の白い服を着た男性と、赤を基調としたワンピースを見に纏った半狂乱の女性が相対していた。


「どうして、あなたが生きてるのっ! あの子は帰ってきてないのに!」


「えっと……? あの、どちら様でしょうか?」


「ふざけないでよ! あなたは死刑にされるはずだった! はず、だったのに……!」


 泣き崩れながら、言葉にならない言葉を糾弾する女性。

 しばらくすると、どこからか現れた黒くとがった仮面を被った黒い服の男性二人に取り抱えられ、引きずりながら何処かへと連れていかれた。

 黒い服の彼らが何者なのか、と考えを巡らせようとするが、彼女の彼への罵倒の声量にかき消されてしまう。


「死ね」


「いっそこの手で殺してやる」


 そんな内容の、これ以上ないほどに憎しみを込めた罵倒。

 しばらくして彼女の姿が消えると、先ほどまで糾弾されていた男性が振り返り、頭を下げて言った。


「騒がしくしてしまい申し訳ありません」


「……えっ?」


 それだけ、と声に出しそうになる。

 しかし、周りにいた白い服を纏った人々は納得したかのように散り散りになっていく。

 そんな中、レグナは手を上げて聞いた。


「あの、先ほどの女性は?」


「ああ、わかりません。私は……いえ、我々はこの街に来る前の記憶がないのです」


 それだけ言うと、彼は人混みの中へと消えていく。

 そこで、レグナはこぼすように呟いた。


「重要な情報を伝え忘れていたよ」


「え?」


「いいかい、ルーナ。この街の住民は……」



「全員、元死刑囚だ」

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