第一話 『血濡れの月の下にて』
私は横に座る少女をじっとみていた。
白い花畑の中、せっせと花冠を作っている少女。
そんな彼女に、私はなんとなく聞いた。
「私、この村を守るおとぎ話みたいな騎士になれるかな」
それが、私の夢だった。
理由は簡単だ。そのおとぎ話に出てくる騎士が私にはカッコよく見えた。それだけだったが、私からすればそれで十分な理由だった。
少女は少し考える素振りをした後、笑って言った。
「なれるよ、お姉ちゃんなら。だから、もし私たちが危ない目にあったら、助けにきてね」
微笑みを向ける、腰まで伸びた銀髪が特徴的な、青い目の少女。
そんな瞳に映る私は、そんな彼女に瓜二つだった。それも、怖いほどに。
「わかった、約束だよ。『フェア』」
◆
赤い三日月が目に映った。
違う、赤いのは私の目を汚す血のせいだ。
この日、私は殺戮者になった。
きっかけは、私達の村を襲った複数の盗賊から身を守りたい一心だった。
結果、瞳に映る家々は燃え盛り、地面には誰のものかもわからないほどの血に濡れていた。
「……っ、はぁっ、はあっ」
呼吸が乱れる。
疲れてた訳じゃない。しかし、視線が定まらない。
吐き気もする。心臓の音もうるさいくらいに響いていた。
ナイフから、彼らの血が滴る。
まるでそれが彼らからの報復であるかと思ってしまうほど、その時の私は動揺していた。
だから、だろうか。
その時の私は、いつの間にか目の前に立っていた女性に心から恐怖していた。
長く白い髪を後ろに束ね、黒いコートを身に纏っている美しいと言う言葉がよく似合う女性。
そして、血のように赤く黒い瞳。その双眸に、私はどこか恐怖のようなものを覚えていた。
そんな私の心を見透かしたような悪戯な笑みを浮かべると、女性はこう言った。
「素晴らしい」、と。
理解が追いつかない。
だが彼女は、私のことを身もせずに続けた。
「キミにはそれの才能がある。その才能を我々の元で生かす気はないかな?」
「……っ」
才能がある。
その言葉に反論しようと睨みつけるが、彼女は涼しい顔で話を続けた。
血に濡れたナイフを見もせずに。
「睨むなよ。キミはその血のついた服じゃ外に出れないし、何より殺人の罪を背負ってしまった。そんなキミを匿えるのは我々しかあり得ない」
「……我々?」
「『クレセント商会』。聞いたことは……なさそうだ」
彼女はより一層悪戯な笑みを濃くすると、胸元から銃のようなものを取り出し、その持ち手をこちらに差し向ける。
私がそれを凝視していると、彼女は芝居がかった口調で述べた。
「我々クレセント商会が主に取り扱うのは魔道具という商品。明かりなどの生活必需品は勿論、武器として……いや、今はどうでも良いか」
「……魔道具」
「ああ。だけど、悲しいことに我々の知らない改造された魔道具が世に出回ってしまっている。例えば、この村を燃やした火もそれが原因だ」
「どうして、それが分かるの?」
「見なよ、とっくに建物は崩れたというのにまだ火が消える気配がない。人間の知恵ではあり得ないことを起こせることこそ、あれが魔道具の炎であることの証明だよ」
「あり得ないことを、起こせる……」
彼女は燃え盛る村を見回すと、もう一度私を見る。
そして、差し出すように銃を揺らすと、またにこやかに笑う。
「人の範疇を超え、神の力をも手にしてしまった魔道具、通称『神器』を回収する。それが僕の目的であり、使命だ。そのために、キミには私を守る傭兵となってもらいたい」
「それは……」
「契約だ。僕はキミの立場上の安全を確保し、僕はキミの力を利用する。もし足りないというのなら、キミも僕を利用すると良い」
「どうして、私なの? 私が裏切ってあなたを殺す可能性だってあるのに」
「キミの力に魅入られたからだよ。裏切られた場合は……まあ、僕の目が腐ってたというだけさ」
彼女は微笑む。
しかし、その瞳に笑みはなく、彼女が初めて見せた真剣な表情だった。
……どこか、狂気的なほどに。
だから、私は銃を取った。
「ようこそ、クレセント商会へ。さて、初めにあなたの名前をお聞きしましょうか?」
「『ルーナ』。あなたの名前は?」
「僕は『レグナ』。よろしく頼むよ」
彼女は、僕を利用しても良いと言った。
なら、私の目的のために利用させてもらおう。
人の範疇を超えた神の力を手に入れた魔道具、神器。
それを手に入れて、私は……。
この村の人たちを、フェアを、蘇らせる。
例えそれが、人間にあってはならない禁忌だとしても。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
「面白い!」と思っていただけたら、ブクマ、評価。もしくは感想をいただけると幸いです。