06 魔法の実技でウィンッブレイッ!
「それではあの的に向かって、中距離魔法を放ちなさい」
魔法実技の時間、先生の指示に従って、私たちは順番に魔法を放ちます。
「岩弾!
「炎弾!」
みんな次々と攻撃して、的にかすらせています。そして魔道具の的は、自動的に形を修復しました。
それを確認して、私は一度深呼吸をします。
「風刃!」
ああ、威力が足りません。的に到達する前に消えてしまいました。
その時シュパンッと音がして、隣の的が半分になりました。
無詠唱魔法の風刃です。しかもコントロールも威力もあります。
「ふん、どうだ! エミリー!」
「すごいわね、マイケル」
「は? 今までみたいにマイクって呼べよ!」
「もう14歳ですもの。そういうわけにはいかないわ」
無詠唱魔法を使ったのは、マイケル・マーカム伯爵家令息です。マーカム領はウェインフリート領のとなりの領地で、マイケルは幼遊び相手でもありました。
「ふん! お前、従兄と婚約解消したんだろ?」
「ええ。でも今は関係ないでしょう? 授業に集中して」
叔父たちのことを思うと、自然と冷たい声が出てしまいます。マイケルに八つ当たりしてしまいました……。
「なあ、俺の無詠唱魔法、見ただろ?」
「ええ」
「だろう? 俺は魔法師団に入る男だからな!」
「マイクなら、絶対入れるよ!」
「クラスで一番なんだから!」
「えへん! だろ!?」
クラスの男子に褒められて、マイケルは得意げな態度です。私はそっと次の生徒と交代し、後方へ向かいます。
「エミリー! どこ行くんだよ! なんなら俺が教えてやるけど?」
「遠慮します……」
私の影に隠れていたアッシュが、耳元でささやきました。
「偉そうなヤツだな」
「そうね。自信満々なところは、ちょっとだけアッシュに似てるわね」
「えっ! オレ、わざわざ好きな子をいじめたりしないぜ? 女の子には優しくするもんだ!」
「ええ。アッシュはとっても優しいわ!」
「……まぁ、エミリーが気にしてないならいいけどよ」
「何を?」
なんだか会話がかみ合っていないような気がします。なぜかしら?
「いや、いいんだ。それより明かりの呪文のこと、覚えてるか?」
「『Light up!(ライタッ)』ね?」
「そうそう。さっきの風魔法も、『ウィンッブレイッ』って感じで言ってみな? 『d』の音は、本当にかすかなんだ」
「あら、ブレードじゃないのね」
「ああ。そんで一番大事なこと! 自分と的を魔力でつなげて、押し出すんだ」
アッシュの言う通りです! 私は風魔法を的に当てるイメージばかりで、自分と的の距離感をわかっていませんでした!
「ありがとう、やってみるわ!」
「おう! 粉々にしちまえ!」
私はまた列に並び、順番を待ちながらイメージトレーニングをします。
ウィンッブレイッ! ウィンッブレイッ! ウィンッブレイッ!
声が漏れていたのか、前に並ぶ子に変な顔をされてしまいました。笑ってごまかします。
さあ、また私の番が来ました。的をしっかり見て、自分と的を魔力でつなげます。
そしてそのライン上に風の魔力を載せて……言葉の力を信じて……。
「風刃!」
『Wind blade!!』
的が木っ端微塵になりました! 土台さえ残っていません! これでは修復の魔法が発動しないのではないかしら!?
少し離れた位置で監督していた先生が、すごい勢いで走ってきました。怖いです!
「ウェインフリートさん!」
「はいっ、先生! 申し訳ございません。やりすぎました!」
「そうではありません! よくやりました!」
「え?」
まわりを見渡せば、クラスのみんながびっくりした顔をしています。マイケルだけは悔しそうです。
「この威力なら魔法師団でもやっていけるでしょう!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「すごいわ、エミリー!」
「ありがとう、ジュリア」
魔法師団。魔法で国を守る名誉と実力のある組織。ウィリアムさまが団長を務めるところです。私が入るなんて夢のまた夢だと思っていましたのに。
その後は夢心地で、残りの授業を終えました。アッシュは退屈そうに、時々私の髪をひっぱって遊んでいたような気がします。
放課後、帰ろうとすると、クラスメイトが騒ぎ始めました。
「なぁ、おい! 見ろよ!」
「あれってペガサス!?」
「うそっ!」
「あの制服、魔法師団じゃなくて!?」
「無詠唱魔法の使い手のスカウトとか!?」
「おい、マイケル! 行って……もう行ってる!?」
魔法師団長の制服姿のウィリアムさまがペガサスと共に転移魔法陣舎の前に立っています。
ペガサスだけでも珍しいのに、マント付きの魔法師団長の制服です。師団長だと分からない生徒も、なんだか偉い人のようだという目でチラチラと見ています。
「ウィリアムのやつ、むちゃくちゃ注目されてるじゃねーか。すげー度胸だな!」
のんきに言うアッシュを肩に乗せ、私は遠巻きに見守る人々の中に飛び込みました。
「ごめんなさい、通してください!」
「あっ、エミリー! お前も見に来たのか? けどチビだからなあ! なんなら俺が」
「マイケル。あなたって、本っ当に失礼ね!」
「えっ!?」
私が言葉をさえぎったせいで、マイケルが固まってしまいました。私が怒るなんて、思ってもみなかったのでしょう。
「エミリアーナ嬢」
「ウィ……魔法師団長さま」
お名前を言いかけましたが、みんなの前で親しすぎる態度はご迷惑になるかもしれないと思い直します。
「魔法師団長だって!?」
「ちょっと、あの子とどういう関係なの!?」
ざわざわする様子に、ウィリアムさまが少し眉をしかめられました。ああああ、私が不用意な発言をしたせいです!
いえ、反省は後回し! 今はウィリアムさまのご用件が大事です!
「あの、どうかなさったんですか?」
学校にご用事でしょうか? いえ、それならここで待つ必要はありません。応接室がありますもの。
まさか、私を待っておられた?
婚約者になったことですし、放課後デートのお誘いでしょうか!? アレンお兄さまはよくルーシーお義姉さまと放課後にデートをしたそうです。
もしそうなら、ちょっと大人の気分です!
期待を込めて、ウィリアムさまを見つめます。
「君とアッシュに、国からの依頼だ。これから出発する。ペガサスに乗りなさい」
国からの依頼。
予想外の答えに、私の顔は真っ赤になりました。アッシュが不思議そうに寄って来たので、小さな体をそっと抱いて、真っ赤な顔を隠します。
「ちょっ、エミリー!? くすぐったいって!」
アッシュが身をよじりますが、お願い、少しだけ私を隠して!
「どうした、体調がよくないのか?」
「だっ、大丈夫です! 行きましょう!」
「ちょっと待ったぁー!」
その時、マイケルが飛び出してきました。学校内で身分は関係ないと言われていますが、ウィリアムさまは部外者です。新入生じゃないのだから、マイケルも分かっているでしょうに……。
ああ、気づいた先生があわてて止めに入りました。
「なんだ君は」
「失礼ですが! エミリーとはどういうご関係ですか!?」
うーわ、それ聞いちゃう? と、アッシュが小声でつぶやきました。会話が始まってしまったため、先生のお顔が真っ青です。今のウィリアムさま、無表情な上に威圧感がありますものね……。
「エミリー、だと? 君こそエミリアーナ嬢とどういう関係だ? たしかその家紋は……マーカム伯爵家の縁者か。三男がエミリアーナ嬢と同い年だったな」
ウィリアムさまはひどく不機嫌そうに、マイケルをにらみます。
制服の左右の胸元には、校章と家紋が刺繍されているのです。学内での身分はあまり関係ないとは言え、知っておけばトラブルを防げますし、交友関係も広がりますからね。
「関係!? えっと、これから! これから俺とエミリーは!」
マイケルが真っ赤になって答えますが、なんだか要領を得ません。
「エミリアーナ嬢、彼は?」
「クラスメイトで、子どもの頃の遊び相手、でしょうか? 同じ伯爵位で領地も近いので」
「今は親しくないんだな?」
「もちろんです」
さきほどチビと言われたことを思い出し、私ははっきりと答えます。
マイケルは、表情が抜け落ちた顔をしています。親しいと言ってほしかったのかしら。いつも私にキツく当たるのに?
「私はウィリアム・カルディマンド。現魔法師団長で、将来はカルディマンド侯爵家を継ぐ予定だ。エミリアーナ嬢とは先日、正式に婚約した」
「婚、約……」
「ちなみにこの婚約は、国王陛下の承認をいただいている」
「陛下……」
「彼女を気軽に愛称で呼ぶのはやめてもらおう。外聞が悪い」
「がい、ぶん……」
ウィリアムさまのお言葉のひとつひとつが、マイケルを攻撃しているようです。
遠巻きにする生徒たちのほとんどは驚いた様子ですが、何人かはマイケルに同情的な視線を送っています。
なぜ?
わけが分からずにアッシュを見ると、小さな手でパチパチと拍手しています。かわいいわ!
「えーと、マイケルさま? 大丈夫ですか?」
「エミリーは!」
マイケルが叫ぶように、私に問いかけます。
ウィリアムさまがマイケルをギロリとにらみます。
「エミリーは、納得しているのか?」
「ええ。だってお父さまが生前お決めになったことですもの」
貴族の子どもは父親同士が決めた相手と結婚します。遠方に住んでいると、結婚式で初めて顔を合わせる場合もあるそうです。
私の場合、ウィリアムさまは私をご存知のようですし、一度婚約破棄したのにまたご縁を結んでくださいました。
侯爵家の跡取りで、ご本人も魔法師団長という実力者です。
何より、年下のアレンお兄さまを軽んじることなく、丁寧に接してくださいます。これは高ポイントです!
お父さまったら、どうやってこんな方とお知り合いになれたのかしら?
マイケルが完全に崩れ落ち、お友だちに引きずられて行きます。
チビで弱い私がウィリアムさまと婚約したことがショックだったようですね。
「エミリー、行けるか?」
「はい! お待たせしました」
ウィリアムさまがエミリーと呼んでくださいました! なんだか婚約者っぽいです!
差し出された手を取り、ペガサスに挨拶してから横向きに座ります。ああ、憧れのペガサスにようやく乗れました!
白く輝く毛並みは、するりとした手触りです! やさしくて強い魔力! お尻の下で感じる、力強い筋肉!
私のすぐ後ろにウィリアムさまが座りました。がっしりしたお体に、ドキドキしてしまいます!
ウィリアムさまが手綱を握ると、ペガサスは大きく空に飛び立ちます。でもぜんぜん怖くありません!
地上の生徒たちの歓声が、小さく聞こえます。
「ウィリアムさま、どちらに参りますの?」
「ひとまず王城だ。それから転移魔法陣を使って、ナナイモ男爵領へ向かう」
ナナイモ領! サニアさまのご実家です!
初期エミリーは、ウィリアムよりお兄さま(家族)のほうが好き。