04 国王陛下、それは本当にご褒美ですか!?
応接室に戻ると、ウィリアムさまはいらっしゃいませんでした。
魔法師団長としての急な仕事が入ったようで、ここで待っていてほしいという伝言を侍女さんが伝えてくださいました。
王太子殿下に退席のご挨拶もしていませんし、ちょうど良かったです。
侍女さんがお茶と焼き菓子を供してくださいました。ちゃんとアッシュの分も!
さっそくアッシュがクッキーに飛びつきます。トンッと両足で砕いたと思ったら、すぐにかけらをほおばります。もぐもぐしている姿もかわいいわ!
「うんめぇー!」
「アッシュはクッキーが好きなのね」
「ああ。こっちの柔らかいのも好きだぜ!」
「フィナンシェね。私も大好き!」
しばらくの間ゆっくりと、お茶とお菓子を楽しみます。お茶の香りと温かさが、体をリラックスさせてくれました。甘いお菓子が、緊張で疲れた体を癒してくれるようです。
「すごかったわね、アッシュ。あんなにまぶしい光……」
「精霊たち、はりきってたからなぁ」
「そうなのね。うれしいわ!」
なんだかとっても勇気が湧いてきます。何でも任せて! と胸を張りたい気持ちです。
「……でも私、明かりの呪文が苦手なの」
私はアッシュにコンプレックスを打ち明けました。
「ふーん? 試しにやってみてくれ」
「わかったわ。……点灯!」
夕暮れ時のこの時間、明るくなったのかどうかわからないの効果しかありません。
「呪文がちがうな。点灯なら、ライタッだぜ?」
「ライタ!?」
「文字で書くと、こうだ」
アッシュが空中に光る古代文字を書きます。
『light up』。
「ライトアップ……」
「helpと一緒で、最後の『p』の文字は『プ』じゃないからな。ほとんど音として聞こえないぞー」
「分かったわ! ありがとう、アッシュ!」
「ライタッ」
『light up』
天井に光が生まれ、部屋全体を明るく照らします。ですが目がくらむほどではありません。アッシュとお話するのに、ちょうどいい加減です。私の希望通り!
でもそれが逆に。
「信じられないわ……」
「そうか? エミリーは魔法が下手ってわけじゃねーぞ?」
「そうなの!?」
「ん? どういうことだ?」
私とアッシュは、お互いに首を傾げます。
「私、学校の先生に『もっと魔法の勉強をしなさい』って言われてばかりで……」
「ふーん? 教え方が下手なんじゃないか?」
アッシュが何でもないことのように言いました。
「でも先生は、無詠唱魔法の使い手で、生活魔法が特にお得意で……」
「教師なんだろ? いくら自分が上手かったとしても、教え子に伝わらなきゃ意味がない。だろ?」
「それは……。そもそもアッシュや精霊の本が教えてくれたみたいに、誰も教えてくれなかったわ」
「失伝ってやつかな?」
アッシュが顎に手を当て、首をひねります。そしてエメラルドグリーンの透明な翅をひらめかせ、くるりと上下に一回転しました。
かわいいわ!
◆
その後、お戻りになったウィリアムさまと共に、謁見の間に移動します。
謁見! つまり国王陛下の御前に参るということです。どうしましょう!?
お洋服は伯爵令嬢としてそれなりの品ですが、ウィリアムさまに急かされるようにして王城へ来たのです。
国王陛下の御前に出るとなると、もっといいお洋服やアクセサリーでないと失礼なのですが……。
「問題ない。迅速な対応で、王太子妃殿下をお救いしたのだから」
ウィリアムさまは魔法師団長さまです。現場主義と申しますか、あまり着飾ることには頓着なさらないようですね。
「エミリーはそのままでもかわいいぜ!」
「ありがとう、アッシュ」
アッシュの慰めを支えに、伯爵であるお兄さまのお顔を潰さないように、表情と姿勢を正します。
「アッシュは陛下にご挨拶しないの?」
「ああ。王様ってやつは苦手なんだ。悪いな」
アッシュは私の肩に止まると、姿を消しました。気配はありますが、まったく見えません。
「準備はいいか?」
淡々としたご様子のウィリアムさまを見上げます。少しお疲れのようですが、端正で怜悧なお顔です。飾る必要などまったくありません!
「はい。よろしくお願いいたします」
「では行くぞ」
重厚な扉を抜け、ウィリアムさまの後に続いて真っ赤なカーペットの上を進みます。
前方の王座に座るのは国王陛下と王太子殿下ですね。しゅっとした王太子殿下に比べて、国王陛下はお肉が……いえ、豊かな体型をなさっています。陛下が甘いものをお好きなので、わが国は食が豊かになったという冗談もあるほどです。
その脇に控えておられるのは高位の文官……宰相閣下でしょうか? 両親のお葬式に来てくださいました。細身のダンディなお方です。
適度な距離でウィリアムさまが止まりました。私もそのとなりに跪いて、頭を下げます。優雅に、優雅に……。
「ウィリアム・カルディマンド魔法師団長、ならびにエミリアーナ・ウェインフリート伯爵令嬢。こたびの件、大儀であった。新婚早々に王太子妃が毒で身罷ったとなれば、となりの国と戦争になっておったところだ」
国王陛下が、率直にお気持ちを述べられました。
そして王太子殿下が、先ほどの砕けたご様子ではなく、きりりとした表情とお言葉で、私たちをねぎらってくださいました。
「カルディマンド魔法師団長、そしてウェインフリート伯爵令嬢、心から感謝する。クリスティアーヌは念のために休ませているが、二人と精霊さま、そして魔法師団の者たちに、とても感謝していた」
そう、王太子妃殿下クリスティアーヌさまも、病気に似せた毒で害されようとしていたのです。我が伯爵家を魔法師団の方々が調査し、それを元に王城内を調査したところ、同様の毒が出たのだそうです。
これで叔父の使った毒と同じということは、出どころは同じ……?
そんなことを考えていると、国王陛下がまたお言葉をくださいました。
「エミリアーナよ。褒美として余の側妃にしてやろう」
えええーっ!
王国臣民として大変名誉なことですが、国王陛下は私の父より少し年上です。貴族として、珍しいことではありませんが、でも王城に入ればもう気軽にお兄さまにお会いできません。
いえ、貴族令嬢として嫁ぐということは、気軽に実家に帰れるはずもありません。嫁ぎ先と夫に尽くすのが仕事なのですから。でも、でも、陛下は……。
「恐れながら申し上げます、陛下」
「どうした、カルディマンド魔法師団長」
「即断即決は国王陛下の美点のひとつでございます。しかし今回の褒美の件、王妃さまにも『事前に』ご相談申し上げるべきことかと存知ます」
「ぐぬ……王妃にか」
あら?
「それに父王陛下、彼女は14歳。王太子である私より十も年下ですよ? そして陛下にはすでに妻が四人、子どもが十人おられます。私を含めて、十一人です」
「ぐぬぬぬ……」
あらあら?
「それに陛下。ウェインフリート前伯爵である、わが友マクシミリアンは、生前エミリアーナ嬢をこちらのウィリアム・カルディマンド魔法師団長と婚約させる予定だと話しておりました。彼の者が天界へ往き、その跡継ぎが大病を患ったことでその婚約は解消されたようですが、それも叔父の謀だったとのこと」
なんと宰相閣下まで、そんなことを言い出しました。
確かに魔法師団のどなたかと婚約するというお話がありましたが、その後両親が亡くなり、お兄さまも病……いえ、毒に倒れた後、叔父が断ったはずです。私と従兄を結婚させるために。
となりのウィリアムさまをちらりと見ます。ですが相変わらずの無表情で、何を考えていらっしゃるのかさっぱり分かりません。
「分かった! この話はなしだ! エミリアーナ嬢には金貨100枚と精霊魔法師、ならびに精霊の愛し子の称号を与える!」
「つ、謹んで頂戴します」
「うむ! そのほうたちの婚約も認める!! 結婚式には、国王として参列してやろう!」
そう言うと、国王陛下は退場なさいました。
「くくくっ、出席してやるから王妃に告げ口するなよっていう口止めだな」
透明なアッシュの声が耳元で聞こえますが、それどころではありません!
私の婚約が、決まってしまいました!