02 プリィズ・ヘルプッ、お兄さまを助けたいの!
私は精霊召喚の本を抱いたまま、アッシュと共に書庫を出ます。地下の階段を駆けあがり、お兄様のお部屋へ全速力です。
「アレンお兄さま!」
ベッドに駆けよると、お兄様は苦しそうにうめいています。私はその手をにぎります。ああ、この苦しみが私のところへ来ればいいのに!
廊下から叫んで、メイドにお医者さまを呼ぶよう言いつけます。ですが古くからのメイドたちは解雇され、叔父の言うことしか聞かないメイドばかりです。
「ああ、どうしたら……!」
「これは毒だな」
「ご病気じゃないの!? そんな……」
お医者さまは過労だと言ったのに! おかしいと思いつつも、信頼していたのに!
もう頭の中がぐちゃぐちゃです。
「さっき、叔父さまがお兄さまにお薬を持って行くって言っていたわ」
「いや、この薬は本物だな」
アッシュはベッド脇のチェストに降り立つと、そこに置いてある薬の残りを見て断言しました。
「じゃあなぜ!?」
「兄さんはこのコップで飲んだんだな。水に毒が残ってる。毒というか、薬に合わない薬草だ。巧妙だな」
「そんな……。どうやったら助けられるの?」
「兄さんの名前はアレンだな? じゃあ、こう言うんだ! Please help Alen!(プリィズ・ヘルプッ・アレン!)」
「プリィズ・ヘルプ・アレン!(Please helpu Alen!)」
その瞬間、虹色の光がお兄さまを包みました。
私はまぶしくて、ベッドに顔を伏せます。光がおさまってから、ようやく顔を起こしました。
お兄さまが、安らかな表情で横たわっています。
「お兄さま……? 大丈夫ですか?」
恐る恐る声をかけます。ですが、反応がありません。私の呪文が良くなかったのでしょうか。
「お兄さま! 起きてください、お兄様!」
「あぁ、エイミー」
お兄さまがゆっくりと起き上がりました。ご自身の力だけで! それに、青白かったお顔に赤みが差しています!
「お兄さま!」
思わず抱きつくと、ギュッと抱き返してくれました。その腕は健康だった頃より、細くなっています。ですが力強さは、昨日までと比べ物になりません!
お兄さまは、死の淵からお戻りになったのです! 涙があふれて、止まりません。
「あー、よかった。あんな発音でもいいなんて、あいつら甘すぎだろー。ったく、オレには文句言うくせによー」
アッシュが何か愚痴っていますが、私はお兄さまのことで頭も胸もいっぱいです!
お兄さま、お兄さま、お兄さま……!
「エミリー、ごめんよ。ずっと心配をかけて」
「いいえ、いいえ! こうしてお元気になられただけで、充分です」
私はお兄さまのお腹に顔を寄せたまま、くぐもった声で言いました。
「しかし、一体どうして……。あんなに苦しかったのが嘘みたいだ」
「それはアッシュが……」
その時、ドタドタと慌ただしい足音がしたかと思うと、バンッとドアが開きました。現れたのは、叔父と従兄です。
領主の寝室に、ノックもなく入るなんて!
「今のは何の光だ!?」
「ああ、叔父上。エミリーの魔法のお陰で、すっかり良くなりました。叔父上もお薬や領地のことなど、ご迷惑をおかけしてしまいましたね。ありがとうございます」
立ち上がって挨拶するお兄さまを、私はそっと支えます。いいえ、私が支えられたいのかもしれません。それほど叔父の態度は荒々しいのです。
「治った!? そんな馬鹿な! あの毒を解毒したと言うのか!?」
「毒?」
「やっぱり叔父さまが毒を盛ったのね!」
「フン、何の話だ? 証拠でもあるのか?」
「まぁ!」
しらばっくれるなんて信じられない! カップの水差しに残った毒があるというのに!
「おい、この本はなんだ?」
叔父は話を逸らすように、精霊召喚の本を手に取ります。
失敗しました。あわてた私がベッドに放り出していたのです。
「ほう、召喚の本か。初代伯爵……いや、当時は子爵だったか。偉大なるご先祖が書いた本だな」
叔父はパラパラとページをめくります。
「返してください!」
「なぜお前の物なのだ? これは伯爵家が代々受け継いで来たものだ。当然、私にも読む権利があるのだよ! もっとも、若い頃は書庫なんて行ったことがないがね!」
吐き捨てるように言って、叔父は本を構えて言いました。
「召喚!」
叔父が召喚の呪文を唱えると、三つつ首の大きな黒い犬が召喚されました。恐ろしい魔獣、ケルベロスです!
「Wooooooooooo!!」
「きゃああああ!」
「ハハハ、行け! 魔獣ケルベロスよ! あいつらを喰ってしまえ!」
「やめて!」
「エミリー! 下がって!」
お兄さまが私をかばって前に出ます。
「ふはは、美しい兄妹愛だ。だが、どちらも食われてしまえ!」
この人はなんて恐ろしいことを言うのでしょう!
私は怒りに恐怖を忘れました。そして必死で唱えます!
「プリィズ・ヘルプ・アレン!(Please helpu Alen!)」
お兄さまを助けて!
するとこちらを睨むケルベロスが、首の向きを変えました!
「Grrrrrrrrr!!」
なんと今度は、叔父と従兄に襲いかかりました!
三つの首が、二人の体に噛みつきます!
血が飛び散り、二人の悲痛な声が響きます。
「やめて! 殺さないで! 許して!」
「スタァッ!(Stop!)」
私の言葉を聞いたアッシュが、鋭く命令しました。ケルベロスが叔父たちを放し、部屋の隅に移動します。
カクンと力が抜けた私の体を、お兄さまが支えてくださいました。ですがお兄さまも、動揺しているようです。
叔父と従兄は、血を流しながら気絶しています。
「アッシュ……」
「プリィズ・ヘルプッ・ゼム!(Please help them!)で、まとめて助かるぞ。言っとくけど、ヘルプじゃねーぞ。ヘルプッだ」
「えええ、どうちがうの?」
「プの音はPだろ? 破裂するような音なんだよ。母音はいらない。ゼムは……まぁ、いいか。こいつらには適当くらいがちょうどいいさ!」
「もう、アッシュったら!」
気持ちはすごくわかるけど!
「プリィズ・ヘルプッ・ゼム!(Please help them!)
彼らの傷が大体治ると、お兄さまがロープで拘束してくれました。でもそのロープは、どこにあったのかしら。
いえ、今はケルベロスです!
何やらアッシュとすごい速さで話しています。
『よぉよぉ、オレのかわいい友だちに、血を見せるようなことするなよな!』
『フン、こっちは突然呼び出されたんだぞ? どういう状況だ、ザカリアーシュ』
『おっと! 今はアッシュって名乗ってるんだ。お前もそう呼べよー』
『フン』
『んで、こっちがオレの友だちのエミリーだ』
古代言語イングリシュでのやり取りにポカンとしていると、突然ケルベロスの三つの首が私を見つめます。
怒っているわけではないようですが、頭も首も大きいし、観察するような目が怖いです。
ですが、私は伯爵令嬢です! お父さまとお母さまの娘です! 背筋を伸ばして、笑顔を作ります。
ああ、ケルベロスにも通じますように!
「初めまして、ケルベロスさん。血を流さないでくださってありがとうございます。私はエミリアーナ・ウェインフリートと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そしてスカートをつまみ、優雅に見えるよう、ゆっくりと一礼します。
「私はエミリアーナの兄でウェインフリート伯爵家当主、アレンハルトです。巻き込んでしまって申し訳ありません。精霊さまも、ご助力ありがとうございます」
お兄さまが深々と頭を下げます。パジャマ姿でもすてきです!
「いーってことよ! 怖かったな。でももう大丈夫だ!」
「ええ。ありがとう、アッシュ」
アッシュはケルベロスさんにも素早く通訳してくれました。やっぱりすごい速さで、私とお兄さまの名前を辛うじて聞き取れる程度です。
縛られた叔父と従兄はまだ気絶しています。いつの間にか髪が真っ白になっていました。
「やれやれ、ビマィフレンッて言わないせいだ。オレたちを使役しようなんて、五百年早いぜ!」
アッシュの言葉に、ケルベロスが鼻息を鳴らします。熱い息に、ドキドキしてしまいます。
私が恐れていることを気づかれてしまったのか、ケルベロスさんは本の中に入るようにして、いなくなってしまいました。
私とお兄さまは、顔を見合わせて安堵の息を付きます。ああ、緊張した!
「それにしても、精霊さまが本当に現れるとは……」
「実は、お兄さまに教えていただいた本を使って、友だちになれたの」
「すごいじゃないか、エイミー!」
お兄さまは本の精霊の絵とアッシュを見比べて、感動しています。
どうやらお兄さまは、本のことは知っていても、召喚方法まではご存知なかったようです。
友だちになりたいなんて思うのは、子どもっぽいことなのかしら? いいえ、きっと数少ないだけよね。
「アッシュ、うちの妹をよろしく頼むよ」
「おう、任せとけ!」
アッシュがわたしのまわりをくるくると飛び回ります。私もうれしくて、その場でくるりと回ります。
バサバサバサッ!
突然、屋敷の上空から大きな鳥が羽ばたく音が聞こえました!
あわてて窓から見上げると。
「えっ、ペガサス!?」
「……王城魔法師団か……」
お兄さまが重々しくつぶやきました。
なんだか、また嵐が来たようです!
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