01 精霊召喚。契約呪文はビマイフレンッ!
「ルーシー、いや、ルシアレッタ嬢。あなたとの婚約を解消させていただきたい」
アレンお兄さまはベッドのそばに自分の婚約者を呼び、婚約解消を申し出ました。
私エミリーは、お兄さまのつきそいとしてそのお話しを聞き、そして彼女が泣きながら侍女と共に屋敷から出て行くのを見送りました。
ルーシーお義姉さまは、私より2つ年上の16歳。気立てが良くて明るい方。私たちが両親を亡くした後も変わらず支えてくれました。良い義理の姉妹になれると思っていたのに!
これからルーシーさまに良いご縁がありますように。と、私は心からお祈ります。
……私やお兄さまよりも、幸せになってほしいわ。
我が伯爵家はこれからどうなるのでしょう。
昨年末、両親は事故で儚くなりました。18歳で後を継いだアレンお兄様は、急に病気になりました。
お医者さまは、過労が原因だと言います。けれどあんなに健康で剣術の得意なお兄さまが、何ヶ月も寝たきりだなんて。
「エミリー。いや、エミリアーナ」
私がお部屋に戻ると、お兄さまがかすれた声で私の名前を呼びました。
「これを君に」
震える手から受け取ったのは、ごく小さな鍵でした。部屋の鍵ではありません。もっとずっと小さな鍵です。
「書庫に鍵付きの本がある。見つけておいで」
「宝探しね?」
声が震えないように、私は注意して答えます。ああ、こんなに苦しそうなのに、何もできないなんて!
「ああ、そうだ。こっそり探すんだよ」
そう言うとお兄さまは体から力を抜き、目を閉じました。
ずっと付き添っていた私を休ませようとしてくれたのか、本意でない婚約破棄をしたお気持ちを立て直したいのか。両方かもしれません。
私はお兄さまのほほにそっとキスをして、静かに部屋から出ました。
階段のところで、叔父と従兄に出くわしました。
「やあ、エミリー。アレンの看病、ご苦労様」
「叔父様……」
がっしりとした体格の叔父が、猫なで声で話しかけてきます。
「お気遣い、ありがとうございます」
ぎこちなく頭を下げると、今度は従兄が口を開きます。
「アレンのこと、心配だね。ああ、心配だ。でもこの伯爵家のことは僕とお父さまに任せればいい。君の将来もね。ははは!」
その態度に、思わず眉をしかめてしまいます。本当に心配なら、お兄さまがいなくなった後の話なんてしないでちょうだい!
「お兄様は今、お休みになられていますわ。どうかお静かに願います」
「そうか、じゃあ薬だけ置いておこう」
「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
私はお辞儀をして、なるべく優雅にその場を離れます。早足になってしまったら、まるで叔父たちから逃げるみたいですもの。敵前逃亡なんて思われたくないわ。
叔父さまはお薬を手配してくださる。だけど、陰で使用人たちにつらく当たる怖い人。息子はもっとひどくて、お兄さまがいなくなった後に私と結婚して、この家の家督を継ぐのが楽しみなのです。
城の階段を降り、地下書庫へ着きました。
中に入れば、小さな空間に本がぎっしりと詰まっています。先祖代々受け継がれてきた蔵書たちです。
埃っぽいけれど、まずは明かりを付けましょう。
「点灯!」
そう唱えれば、書庫内に小さな明かりが灯りました。
私は強力な魔法を使えません。照明の魔法も、いつも小さな明かりになります。だけどまったく使えないってわけではありませんし、大きな問題はありません。
代わりに、浄化魔法は得意だもの。
「清潔に!」
そう唱えれば、舞っていた埃が消え、書庫内の空気があっという間に綺麗になりました。
さて、本です。いつもは魔導書やお菓子の本を探すけれど、今日は鍵付きの本を探します。
書庫の奥の方には、重厚な革表紙の本がずらり。鍵付きの本は、表紙を表にして飾ってあります。鍵穴が合う本は……。
「これかしら?」
鍵を嵌めてみます。ぴったり合いました!
書庫の隅にある机の上に、本をそっと置きます。私が持てるサイズで良かったわ。あまり大きい本だと、重くて持てないもの。
ドキドキしながら革表紙をめくると、中身はご先祖様が書いた精霊の記述でした。
文章のほかに、美しいタッチのペン画がたくさんあります。
精霊の薄い四枚の翅、ほっそりした体。何かで固めたような縦にボリュームのある髪型。
そして何より、精霊の生き生きとした表情!
楽しげな笑顔、ちょっと怒った顔、水辺で遊ぶ様子。まるで家族や仲の良い友達のように、親し気な雰囲気があります。
「とっても素敵!」
絵に魅入ってしまいます。お兄さまもこの本を知っているから、私の気分転換になると思われたのでしょうか。どちらにせよ、お優しい方です。
「あぁ、もし精霊に会えたら絶対友達になってってお願いするのに!」
そう呟いた瞬間、本が白く輝き、浮き上がます。
「えっ!?」
ページがパラパラとめくれていきます。そして、真っ白いページで止まりました。私が恐る恐る本に触れると、文字が浮かび上がります。
『君が本当に精霊と友達になりたいなら、呪文を唱えてみるといい』
メッセージの下には、魔法文字であるイングリシュ文字と現代王国語が書いてあります。つまり、これが呪文のようね。
『If I get to talk spirit, I ask to be my friend!
もし私が精霊と話せたら、友達になりたい!』
「何これ、おもしろそう! そうなの、本当に会えたら、友だちになりたいわ!」
ドキドキしながら、呪文を読み上げます。
「イフ・アイ・ゲット・トゥー・トーク・スピリット、アイ・アスク・トゥー・ビー・マイ・フレンド!」
何も起こりません。失敗したようです。
「うーん、学校で習ったように唱えたんだけど……」
とは言え、私はあまり魔法が上手くありません。はっきり言えば苦手です。清掃の魔法を上手くできるのが不思議なくらい。
「やっぱり私じゃ力不足なのね……」
その時、開いたページに新しい文章が追加されました。現代王国第二文字です。
『イファイ・ゲットターッスピリッ、アイアースッ、トゥビマイフレンッ!』
「……もしかして、これが呪文の読み方なの!? ぜんぜんちがうわ!」
私は思わず叫んでしまいました。一人でよかったわ。
本に目を落とすと、さらに文章が付け加わりました。
「『askのアは、エの口の形でアの音を出すこと。しっかり口角を上げて、エの形だよ』……えええ、なんだかむずかしいわね。エ、エ、ア……」
声を出して練習します。ちょっと難しいけれど、本と会話しているみたいでおもしろいわ。
無事に召喚できたら最高だけど、できなくったって構わない。精霊なんておとぎ話だもの。
……でも、会ってみたいわ。憧れのご先祖さまのように、精霊と仲良くなりたい。
「でもそろそろ、お兄さまのところに戻らなくちゃ。これで決めるわ!」
深呼吸をしてから、はっきりと唱えます。
「イファイ・ゲットターッスピリッ、アイアースッ、トゥビマイフレンッ!」
『If I get to talk spirit, I ask to be my friend!』
その時、まばゆい光と魔力の風が生まれました。驚いて目を瞑ると、誰かの声がします。
「ちょーっと発音が甘いけどな。オレは女の子に優しい精霊だから、来てやったぜ!」
本に書かれていた精霊そのままの姿が、空中に浮いています。
しかも色付きです! 薄緑の翅に、濃いエメラルドグリーンの髪。肌は白く透き通るようで、大きな目は金色。
軽やかに書庫を一周し、私のところへ戻って来ました。
「素敵だわ!」
「ヘヘン! もっと褒めてくれてもいいんだぜ?」
「あなた、とっても綺麗だわ! 私、本のスケッチを見た時から、素敵だと思っていたの! 友達になれたらいいのにって」
私が心から褒めると、精霊さんは目の前を素早く飛び回ります。まるで蜂のダンスです。それとも、照れているのかしら。
それから精霊さんは私の目の前で止まると胸を張り、ちょっと偉そうに言いました。やんちゃな男の子みたいです。
「I'm cool guy, don't fall in love with me!(アイムグーガイ、ドンフォーリンラヴウィズミー!)」
「え? 何て言ったの?」
「オレがかっこいいからって、惚れるんじゃねーぞって言ったんだよ」
「うふふ、気をつけるわ!」
かっこいいと言うより、かわいいわ! でも素敵っていうのは本当よ。
私はうれしくって、顔がにやけてしまいます。淑女らしくないので、急いで両手で口元を隠します。
「よし、気に入った! お前の名前は?」
「エミリアーナ・ウェインフリートよ。家族や友達は、エミリーって呼ぶわ」
「ウェインフリート……そうか。あいつらの子孫か」
「え?」
「よし! オレは、そうだな、アッシュだ。エミリー、オレと友だちになろうぜ!」
「ええ、喜んで!」
私は本を抱きしめて言いました。本当はピョンピョン飛びはねたい気持ちです。
「じゃあ、契約の呪文をいっしょに唱えよう。呪文はこうだ。『ビマイフレンッ!』」
「分かったわ」
「せーの!」
「「ビマイフレンッ!」」
私とアッシュの胸の真ん中から、魔力があふれます。そしてそれが魔力のパイプとなって、私たちを繋げるのが分かりました。
温かく、ちょっとだけ胸が苦しいような、不思議な感じです。
その時、アッシュが首を傾げました。
「おっと? エミリーの家族が苦しんでるな」
「え!? お兄様が!? 大変だわ!」
この作品内の古代文字および発音は、アメリカ英語のつもりです。
イギリス英語なら、askのaは日本語の音に近いようですね。