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17 夜の庭園は、ハイライラヴ・マイディ! 前編

 

 王妃さまとの会談の後、再びウィリアムさまと合流しました。

 ダンスフロアでウィリアムさまと踊ったり、アッシュと踊ったりした後、軽くお食事をとりました。

 

「エミリー、庭へ行かないか?」

「はい、喜んで!」

 

 ウィリアムさまに誘われて庭園へ出ました。

 道は石畳で舗装され、美しい花々が咲き乱れています。魔道具の明かりで幻想的になった空間は、とても綺麗です。

 ウィリアムさまが私の手を引いてくださり、東屋(あずまや)へ着きました。私たちそれぞれの護衛役であるシャルとシュッドは、外で控えています。

 

 東屋は内壁にも美しい彫刻がされていました。ソファに座って、改めて庭園を眺めます。

 闇夜に浮かぶ花々は美しく、遠くから楽団の音とみなさんの笑い声がかすかに聞こえてきます。

 

 でも私は、まだつぼみで、小鹿で……。

 夜風に、高揚した気持ちが冷えたのでしょうか。なんだか顔を上げることができません。

 他の貴婦人やご令嬢に陰口を叩かれたことが思い出されます。あんな明確な悪意は初めてです。

 精霊の愛し子として王妃さまに好印象を持っていただけたとしても。

 14歳の私は、女性としてまだまだなのです……。

 

「エミリー、これを」

 

 ふと気づくと、ウィリアムさまが私の前で膝を折っていらっしゃいます。

 そして差し出されたのは、大きな宝石のついた指輪。

 明るい黄緑色が、照明に照らされて輝いています。夜のエメラルドと呼ばれる、ペリドットでしょうか。

 

「君に受け取ってほしい」

「……ウィリアムさまは、私が精霊使いだから婚約してくださったんですよね?」

「いや、違う。以前から候補者だっただろう?」

 

 そう言えば、お父さまがそんなことを仰っていました。歳の差があるから、私が15歳になったら顔合わせをして、もし私が気に入れば正式に婚約すればいいと。

 

「でも婚約者候補が侯爵家令息だなんて、聞いていませんでした……」

 

 だって、伯爵家よりも格上の家との婚約です。私が気に入らなければ取りやめるなんて、できるはずがありません。

 だからこそ詳細を伏せていたのでしょうけれど、お父さまったら!

 

「あのジジ……いや、お父上は身分で人を語るような方ではない。そうだろう?」

「ええ。身分の高い方はもちろん、誰にでも敬意を払う方でした」

「そうだな。私はあの人の教え子だった」

「王立学校の……」

「ああ」


 お父さまはウェインフリート伯爵領の領主でありながら、どうしてもと乞われて王都の王立学校の教師をしていた時期があります。その頃はお祖父さまや頼りになる家令もいたので何とかなったのでしょうけれど。

 本来、教師は家督を継げない次男以下がなるものなのだそうです。教鞭を取るにあたり、何か特別な理由があったのでしょう。

 

「恥ずかしいことだが、当時の私はかなりやんちゃだった」

「ウィリアムさまが!?」

 

 意外です。若くして魔法師団長になるくらいですから、侯爵家令息という身分を差し引いても、学生時代からエリートだと思っていましたのに。


「まだ立太していなかったディビッド殿下と一緒に、教師を困らせるような質問をしたり、授業を抜け出したりしていたんだ。そのくせ、課題や試験はそこそこいい成績だった」

「まぁ! 王太子殿下まで! もしかして、オーウェンさまも?」

「いや、ローランドは我々のストッパーだったな。あまり役目は果たせなかったようだが」

「あぁ、おかわいそうに」

 

 王子殿下と侯爵令息を止めようとする子爵令息……。無理です。2対1ですし、何より身分差がありますぎます!

 もし伯爵令息であるお兄さまがその立場でも、なかなか苦労しそうです。

 

「言い訳をすると、当時の私と殿下はちょっとした反抗期だった。貴族によくあることだが、親は研究と領地経営にかかりっきりで。当時の私はそれが寂しかったんだと思う」

「そうだったのですね……」

 

 胸がきゅーんと痛くなりました。その頃のウィリアムさまと会えていたら、私が慰めて差し上げたかった。私と同じ14歳のウィリアムさま。きっとかっこよくてお可愛らしかったでしょうね。

……でも、クラスメイトのマイケルのように、ウィリアムさまに意地悪をされたらショックを受けたことでしょう。やはり今の関係が一番なのかもしれません。

 

「教師も私たちに手を焼いていた。だけどあの人だけが私たちに真っ向から向き合ってくれたんだ」

「そうでしたの。お父さまらしいですわ」

「説教されて、その後は延々と君の話をされたよ」

「私のことですか!?」

「ああ。ウェインフリート家の天使である、と」

「ええええー!」

 

 思わず大きな声を出してしまいました! お父さまったら、一体何を言っていたのかしら!

 ウィリアムさまが学校に通っていた頃といえば、私が生まれた頃から4・5歳まででしょうか。

 家内で私のことを天使だとか花の妖精だとか言っていましたが、外で、しかも自分の生徒に話すだなんて!

 

 思わぬことに、顔が熱くなります。もうもう、お父さまったら!


「受け取ってくれるか?」

「はいっ……!」

 

 ウィリアムさまが、私の指に指輪をはめてくださいました。

 そして隣にお座りになると、私の肩をそっと抱き寄せます。

 きゃー!

 真っ赤な顔で見上げると、ウィリアムさまは真面目なお顔で話を続けられます。長いまつ毛が伏せられた、ウィリアムさまの憂い顔……。

 

「私はウェインフリート先生から家庭の話を聞いた時、君や兄君が羨ましかった。そんな風にかわいがられるなんて、私たちの家では考えられないことだった」

「ウィリアムさま……」

 

 ウィリアムさまの手をぎゅっと包ります。緑のペリドットがきらりと光りました。

 

「……あの時も」

「え?」

「あの時も、君はこんなふうに私の心を温めてくれた」

「お会いしたことがありましたの?」

「ああ。休みの日に先生が学校に君を連れてきたんだ。私が十四歳、君は四歳だった。補習を受けていた私とディビット殿下、そしてローランドは、休憩時間に君の遊び相手をさせられたよ」

 

 お父さまったら、何と言うことを! 私は血の気が引きました。

 ですがウィリアムさまは微笑んでいらっしゃいます。

 

「すごく楽しかった。幼い君は物怖じせず、私たちを遊具か何かのように思っていたな」

「ウィリアムさま、申し訳ございません! ご勘弁くださいまし……!」

 

 熱くなった頬を押さえて身をよじります。

 

「愛されて育った君は、他人に心を開くことを知っていた。そんな君となら、きっと温かい家庭を築けると思った。精霊使いでなくても、私は君を愛している」

「ウィリアムさま……! 私も! 私もウィリアムさまをお慕いしております」

 

 微笑んだウィリアムさまが私の背中を支えると、そっと顔を近づけます。

 そのままあごを掬われると、ウィリアムさまのお顔が近づいて……。

 

 

 

 

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