16 アッシュと王太子妃殿下の秘密
「ではみなさま、舞踏会を楽しんでいらっしゃって。また後ほどお会いしましょう」
「はい、王太子妃殿下」
クリスティアーヌさまの取り巻きの方々が、一礼して去って行きました。
残った私たち3人は、クリスティアーヌさまと王太子妃殿下付きの侍女たちと共に、静々と王妃さまが待つお部屋へ移動します。
その途中、アッシュが気まぐれに王太子妃殿下の元へ行ったと思ったら……。
「クリスティアーヌ、お前、もう知ってるのか?」
「あら、何のことでしょうか? 王妃さまがお話される内容だったら存じませんわよ?」
「違う。お前のことだ。お腹に子どもがいるだろ?」
クリスティアーヌさまは息を飲むと、そっと辺りを見回しました。
王太子妃の妊娠は、国家の一大事です。クリスティアーヌさま自身、少し前に毒を盛られたばかりです。警戒するのは当然ですね。悲しいことですが……。
「大丈夫だ、俺たち3人にしか聞こえてない。護衛役のシャルも気づいているだろうけど、エミリーとウィリアム以外の人間には関心がない。関心を持ったとしても、エミリーが悲しむことをしたりしない」
アッシュの言葉に、私とクリスティアーヌさまはそっと安堵の息を吐きました。
それからアッシュはどこからともなく黄色のショールを取り出すと、魔法でクリスティアーヌさまの腰へふわりと掛けます。薄紫色のドレスに、光沢のある黄色いショールが華やかな印象を与えます。
「防御と加護の魔法がかかってる」
「まぁ! ありがとうございます、アッシュさま。ほんのり温かいわ!」
「必要に応じて温度調整もしてくれるんだぜ」
「アッシュ! 私からもお礼を言うわ。ありがとう!」
「へへん! 気が利く俺に、惚れるんじゃねーぞ!」
「うふふ、大好きよ!」
◆
小さめの、でも豪華なお部屋の奥の椅子に、ほっそりした女性が座っています。
豪華で繊細なティアラに、高貴な紫色のドレス。歳は50歳前後でしょうか。年齢相応の白髪や皺はあるものの、凛とした強さを感じさせるお方です。
その王妃さまが、私に値踏みするような視線を向けてきます。
それでも、あの悪意の控え室よりは随分ましです!
私はお腹に力を入れて、王妃さまと向き合います。
「そなたが、ウェインフリートの娘ね?」
「はい。エミリアーナ・ウェインフリートと申します。ご挨拶できて光栄に存じます」
「王が、そなたを側妃に迎えようとしたそうですね?」
私とアッシュがクリスティアーヌさまを毒からお救いした後、国王陛下から精霊の愛し子と認められた時ののことですね。
私が答えるより早く、アッシュが飛び出しました。私をかばうような位置で宙へ浮くと、気取った口調で言いました。
「おいおい、エミリーはウィリアムと結婚するんだ。国王から婚約の許しが出たのに、なんで蒸し返すんだ? 今度邪魔されたら、国が滅びるぜ?」
「それは精霊さまやカルディマンド魔法師団長が、国家に仇なす、と?」
「ん? うーん、ウィリアムなら、エミリーとエミリーの家族を連れて他国へ亡命する程度じゃないか?」
「ちょっと、アッシュ! ウィリアムさまは魔法師団長で、国家に忠誠を……」
「そういう話じゃなくてな。……シャル、その殺気やめろ~」
アッシュの声に振り返ると、控えているシャルから、怖い魔力が漏れています。唸るケルベルスを思い出しますね……。いいえ、シャルはケルベルスの一部。今も唸っている状態なのでしょう。
「まぁいいでしょう。済んだことだと聞いています。クリスティアーヌ、こちらへいらっしゃい」
「はい、王妃さま」
不穏な空気が分かったのか、王妃さまはそれ以上追求なさいませんでした。ご自分のお隣の席へ王太子妃殿下を呼び寄せます。もちろん私は、臣下として立ったままです。
「その黄色いショールに、精霊の魔力があるようですが……もしや加護付きですか?」
「はい。先ほど精霊アッシュさまから頂戴いたしました」
「そうなの。素敵ね」
王妃さまはクリスティアーヌさまに頷くと、私とアッシュに目を向けました。
これは!
おねだりの視線です!
アッシュはその縦長にまとめた髪の後頭部をポリポリと掻いて、考えるそぶりを見せました。
「クリスティアーヌのお姑さんよぉ、名前は?」
「アッシュったら! これ以上王妃さまに失礼な言い方をしないでちょうだい!」
「ん? 人間の法律や身分なんて、精霊には関係ないぞ? 俺のほうがはるかに年上だしな」
そうでした! アッシュは200年前に私のご先祖さまとパーティーを組み、魔物やドラゴンと戦ったのでした!
つまり、最低でも200歳を越えています。私の手に乗るくらい小さいけれど!
「私の名前は、リリィアンナ。王妃である私をそう呼ぶ人は、少ないけれど」
「リリィアンナだって!?」
驚いたアッシュが私を見ます。
リリィアンナは、私のご先祖さまで、いわゆる女勇者さまです。その名前は、内助の功で夫を助けた女性として、今も人気なのです。
市民の中には、リリーまたはアンナと短く名付ける場合もあるそうです。
「分かった。リリィアンナにはこっちをやるよ」
アッシュは空中からピンク色のショールを取り出すと、王妃さまのほうへ送り出しました。ショールが空中をふわふわと移動し、王妃さまの肩に掛けられます。
濃い紫のドレスを堂々と着ていらっしゃる王妃さまの印象が、明るくやわらかいものになりました! イメチェンというやつですね!
「よーし、エミリー。リリィアンナを包むように加護をかけてみろ。Healing、だ」
「はい!」
私はキュッとこぶしを握って気合を入れます。がんばらなくては!
アッシュが王妃さまのまわりを飛び、包む範囲を教えてくれます。
王妃さまを中心として、だいたい3メートルから3.5メートルと言ったところでしょうか。直径7メートル弱といったところですね。
私は王妃さまをピンクの大きなショールで包むイメージをします。
そしてアッシュたち精霊の力を感じながら唱えます。
「ヒーリンッ!」
『Healing!』
温かい光が、私から王妃さまへと流れていきます。そしてそれをショールが増幅、固定したような……?
「リリィアンナ、お前はまじめすぎるよな? ディビットも王太子として立派にやってんだろ? もっと自分のために生きていい。自分の美しさを開花させろ」
「孫がいてもおかしくない歳の私に、美しさなんて……」
「人間は肉体と精神が常にリンクしてるからなぁ。だからこそ落ち込むこともあるんだろうが、常に年齢相応の美しさがあるんだぜ?」
王妃さまがアッシュの話に軽く頷きます。それからやさしいお顔で、ピンク色のショールをそっと撫でるのでした。
あと二話で完結します。