15 舞踏会の小鹿
精霊魔法の適性があった方々は、植木鉢を大事そうに抱えてお帰りになりました。
そのうち、それぞれ相性のいい精霊と契約するのだそうです。ビマイフレンッの契約魔法です。楽しみですね!
ウィリアムさまは、精霊魔法の適性のある魔法師団員と未来の団員合わせて30名ほどと、植物に詳しく精霊魔法の適性のある顧問を迎えられて満足そうです。
マーカム伯爵家の庭師・ドミニクお爺さんは、目を白黒させていましたけれど……。
「しかし、エミリーと同じ精霊使いになれないとは……」
「お前、草木より石の方が向いてるかもなー」
悔しそうなウィリアムさまに、アッシュかひらりと飛んで行って慰めます。
「石?」
「草木は繊細だけど、石はそこまでじゃない。一人くらいは、お前と相性のいい石が見つかるだろ」
「どうやって分かるんだ? あの種じゃなくていいのか?」
「精霊はどこにでもいる。草木にも、鉱石にも、水の中にも、風の中にも」
アッシュがちょっぴり厳かな雰囲気で言いました。かっこいいわ!
「精霊と交信することが大事なんだ。そのため取っ掛りとして世話するんだ」
「石も?」
「ああ。エミリーなら、どうやって世話をする?」
「そうね、河原の石なら時々お水に浸したりしたら喜ぶかしら? 日光に当てたり、月の光に当てるのも気持ち良いかもしれないわね」
「うんうん、世話してると石がどう感じているか分かるようになる。感じる姿勢が大事なんだ。研究対象じゃなくてな!」
ウィリアムさまが難しいお顔で考えています。そんな様子もすてきです!
◆
それからしばらくして、王城の舞踏会に出席させていただくことになりました。
突然のことに慌てましたが、ウィリアムさまがすてきなドレスを贈ってくださいました。
黄色いドレスで、アッシュを腕に乗せると、エメラルドグリーンの翅がとても映えます。
ウィリアムさまは綺麗な青色のお洋服です。落ち着いた雰囲気が、ウィリアムさまにぴったりです!
今回の舞踏会は王太子妃の快復祝いと健康をアピールするために開かれるのだそうです。
私にとっては、精霊アッシュの人間の友だちとして、そしてウィリアムさまの婚約者として、皆さまにお披露目です!
私はウィリアムさまにエスコートされ、ドキドキしながらも胸を張って王城へ参りました。
王城の大広間で、ウィリアムさまと一緒に国王ご夫妻と王太子ご夫妻にご挨拶しました。
それから宰相閣下や騎士団長さま、公爵家や侯爵家と言った上級貴族の方々へ順に挨拶していきます。みなさまニコニコしたお顔で応対してくださいました。
ですが……。
女性ばかりの控室に入った途端、空気が変わりました。
髪をアップに結い上げた、華やかで美しいデコルテのドレスを着た女性たち。その視線が鋭くなります。
「まるで笑まれたての小鹿のようにお可愛いらしいこと。おほほほほ」
「カルディマンド卿も、つぼみを手折っても香りも美しさもないでしょうに」
ふわふわした羽のついた扇の影から、あざ笑う声が聞こえます。
この舞踏会にウィリアムさま以外の知り合いがいないため、私はこの悪意と戦わねばなりません。
でも、膝が崩れそうです。
そこへ侍女服姿のシャルが、キリリどした顔つきで私に声を駆けました。
「エミリーお嬢さま」
「シャル……」
「どいつから、ブッころ、むぐっ」
アッシュが体ごとシャルの顔にぶつかって、その口を塞ぎました。ナイスです!
「ったく、何言ってんだ、てめーは!」
「シャル、人に危害を加えてはだめよっ! あなたのお仕事は、私を守ることなのだから」
「はい、お嬢さま」
アッシュと二人でささやき声で注意すると、シャルは渋々頷きました。
その時。
「あぁ、エミリアーナ。こんな所にいらしたのね。アッシュさまも、先ほどぶりですわね」
穏やかでやさしい声に振り返ると、クリスティアーヌ王太子妃殿下が取り巻きや侍女を連れて近づいていらっしゃいます!
私は慌ててスカートを摘み、それから我に返ってゆっくりと礼をしました。優雅に、落ち着いて、ウィリアムさまにふさわしい女性だと認められるように。
「よぉ! クリスティアーヌ。さっきは堅っ苦しい挨拶だけだったもんな!」
「ちょっとアッシュ!」
アッシュの気安い態度を、王太子ご夫妻はお気になさらないことは知っています。私ももう諦めました。
ですが取り巻きのみなさまの前で、この態度は頂けません!
「いいのよ、エミリアーナ。アッシュさまは精霊さまですもの」
つまり、人間がこんな態度を取ったら容赦しないと言うことですね。王族は国の権威。当然です。
私は黙って恭しく礼をします。
「それより、王妃さまがエミリアーナとお話したいんですって」
「っ、王妃さまが?」
クリスティアーヌさまのお言葉に聞き耳を立てていた控え室中の方々も、驚いたご様子です。
今夜の舞踏会の主役はクリスティアーヌさまです。
その主役が直々に呼びに来てくださり、今日は王太子妃殿下を立てて、社交を控えめにしておられる王妃さまが私をお呼びだなんて!