14 決意の魔法は、アイ・ディサイディットュー!★音声リンクあり
アッシュは芽が出た方々の植木鉢を確認した後、芽が出なかった方々の植木鉢も確認していきます。
芽が出なかったグループには、私のクラスメイトでお友だちのジュリアもいます。
私はチワワ姿のウッドと共に、アッシュの後ろに付き従います。
「お、ジュリアも合格だな」
アッシュはジュリアさまの植木鉢を一目見るなり、あっさりと言いました。
まわりの方々が息を飲みます。私とジュリアをチラチラ見るのは、合格がコネだと思われているのかしら? アッシュはそんなこと、しないと思うけど……。
「アッシュさま、よろしいのですか!?」
「おう、いいぜー! 明後日には芽が出るからな」
「まぁ、うれしい! ありがとうございます」
「合格おめでとう、ジュリア!」
「ありがとう、エミリー!」
私たちはぎゅっと互いの手を握ります。少し離れた列にいる狐獣人のサニアも、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいます。これで3人とも、精霊魔法使いです!
アッシュはジュリア以外にも何人かの方に合格を言い渡しました。
そして。
「お、お前がさっきの魔法師団員と交換したやつか」
「そうです……」
気の弱そうな団員さんが、肩身が狭そうに頷きました。抱えている植木鉢は、もちろん芽が出ていません。
「お前、名前は?」
「エルトン・パンプステッドです」
「エルトンは、精霊魔法使いになりたいか?」
「いや、あの、そりゃ、でも、俺は……」
エルトンさんは、煮え切らない態度です。
「さっき連れて行かれたやつの、報復が怖いのか?」
エルトンさんは俯いてしまいました。
パンプステッド家と言えば、一代限りの騎士爵家だった気がします。お父上に爵位はあれど、その地位は男爵よりも下の最底辺、ほぼ平民です。もしかして、あの捕まった団員にいつもいじめられていたのでしょうか?
私はとっても悲しくなりました。
だけど同時に、このままではエルトンさんは、精霊魔法使いになれないとも思いました。
友だちの契約魔法は、強い意思が必要なのです。友だちになることを怖がる人と、友だちにはなれません。
その時、訓練場の入り口から全体へと、ざわめきが広がりました。
「なんだ、どうした」
ウィリアムさまの問いかけに応えるように人垣が割れ、入り口から真っすぐに道ができていきます。そして人々は、次々に跪いて頭を下げていきます。
「ウィリアム、私とクリスティアーヌも芽を出すことができたぞ」
おいでになったのは、デイビッド王太子殿下とクリスティアーヌ王太子妃殿下です。お二人のメイドと侍従が、芽を出した植木鉢を持っています。
突然の王族のご光臨に、ウィリアムさまも私も、慌てて跪いて礼をします。
「全員、立って面を上げよ。ウィリアム、俺たちの種はどうだ?」
「ええ、確かに芽が出ていますね。二つとも……」
「へ~! 夫婦で仲良く世話したのがよく分かるぜ!」
「おお、精霊さま。分かってくださいますか。ありがとうございます」
王太子殿下が照れくさそうにおっしゃり、妃殿下と目を合わせて微笑みました。相思相愛のラブラブです!
「……エミリー、殿下に種を渡したのは、まさか」
「はい、ウィリアムさま。私がクリスティアーヌ王太子妃殿下にお手紙を出して、種を二粒お贈りしました」
「妃殿下は他国の人間だぞ!?」
「精霊魔法は、人間も精霊も共に手を取り、よろこびを分かち合うための方法ですから」
「ぐっ」
ウィリアムさまが苦虫を噛み潰したようなお顔をなさいました。
逆にアッシュは、私のまわりをくるくる飛び回り、キラキラした粉を振りまいて言いました。
「さっすがエミリー! 国境なんてモンは、人間が勝手に作りだしたものだしな! 昔は精霊魔法の使い手がどの国にもいたもんだぜ~?」
「ぐっ」
「お前の負けだ、ウィリアム。種をありがとう、エミリアーナ嬢、それにアッシュさま。必ず平和のために使うと約束しよう」
「おーよ! よろしくな、ディビット!」
アッシュの気安い言葉に、ディビット王太子殿下は軽く礼を示しました。私は内心、冷や冷やです!
「それよりウィリアム。お前は芽を出すことができたのか?」
「ぐっ」
王太子殿下のご質問に、ウィリアムさまがまた苦虫を……。
「あー、ダンナはちょっと欲張りだからなぁ。精霊たちもビビっちまって」
「なぜだアッシュ! あんなにいろいろな方法で試したのだぞ!?」
「うーん、マイケルのところの庭師に助けてもらったらどうだ? 植物との付き合い方とかさ。お前、精霊のことを研究対象として見てるだろ? 怖ぇよ」
アッシュが大きくブルリと体を震わせます。わざとらしい仕草ですが、半分は本気ですね。
「そうか、情報提供者、あるいは顧問として魔法師団に引き抜けばいいのか!」
ウィリアムさまのご気分がちょっと回復しました。ドミニクさんの役割も決まって、良かったわ!
アッシュが全員の植木鉢を確認し終える頃に、マイケルが庭師のドミニクさんを連れて戻って来ました。官舎で通信の魔道具と、転移陣を使わせてもらったのでしょう。
「さーて、エルトン。覚悟は決まったか?」
「あの、でも」
「アッシュ、一言いいか」
「おーよ。ウィリアム魔法師団長! ビシッと言ってやれ!」
「ハンプステッド。先ほど、サレーの事情聴取が終わった。規律違反が認められたため、減俸の上、
上級貴族しかいない部署に異動させようと考えている。人間性はともかく、魔力は多いからな」
サレー家と言えば、当家と同じ伯爵家です。つまり中級貴族ですね。公爵家や侯爵家の方々ばかりの部署なら、名誉はありますが立場は一番下。つまり騎士爵家のエルトンさんと似たような立場になります。
さすがウィリアムさまです! これでエルトンさんも、大手を振って過ごせますね!
「ハンプステッド、お前も規律違反の片棒を担いでいる」
「えっ!」
「えっ」
私の方が大きな声で驚いてしまいました。ウィリアムさまがチラリと横目でこちらを見てから、またエルトンさんに声を掛けます。ああ、穴があったら入りたいです!
「当然だろう。なぜ上司に相談しない? こういう事態を起こさないよう、お前をローランド・オーウェンの下に付けたんだが?」
「オーウェン卿は子爵家の方なので、ご迷惑をかけてはいけないと、思いました……」
サレー家は伯爵家。その下が子爵家です。なるほど、上司であるオーウェンさまを気遣ったというわけですね。
「そうか。……ローランド!」
「はっ!」
ウィリアムさまの腹心であるローランド・オーウェンさまが、ウィリアムさまの前で跪きます。いつもの軽い調子が一切ありません。まわりの方々もピリピリした雰囲気で、私は怖くなりました。
「部下に対する監督不行き届きだな。直属の部下の信頼関係も築けないとは、管理能力を疑う」
「申し訳ございません!」
「ま、待ってください! オーウェン卿のせいではありません! 私は、私が……!」
「エルトン・ハンプステッド!」
「はいっ!」
「上司とお前自身の、汚名を晴らしたいか?」
「はい!」
「ならば、精霊魔法を使いこなし、魔法師団の務めを果たせ。それまで、お前とローランドの罪は保留とする」
「ありがとうございます! オーウェン卿の汚名を、必ず返上いたします!」
「よし!」
ローランドさまを巻き込むことで、エルトンさんの気合いも入ったようです。よかったわ!
ウィリアムさまがアッシュを見遣ると、チワワのウッドと遊んでいたアッシュが私の肩に戻ってきました。そして、適性のあった合格者さんたちの前に出ます。
ええと、私って必要なのかしら? 恥ずかしいわ!
「んじゃ、決意の魔法を教えるぜ!」
合格者さんたちが突然の伝授にざわめきます。学校のみんなもそうですが、大人である魔法師団の皆さんも驚いています。精霊からの魔法の伝授なんて、初めてのことですものね。
「ねぇ、アッシュ。決意の魔法って?」
「何々になりますとか、これから何々をしますって宣言するんだ。そうすることで目標が定まるし、俺ら精霊も加護を与えやすくなる」
「すてきだわ!」
私は両手を軽く合わせて言いました。合格者のみなさんも、驚きから期待するの顔つきになっています。
「いろいろ応用できる呪文だけど、戦争のために使われると困るから、安全対策も兼ねてるぜ。ディビットやその嫁さんにもやってもらう」
「もちろんだ」
「かしこまりましたわ、アッシュさま」
王太子ご夫妻が頷きます。
「エミリー、どんな決意にしようか?」
「ええと、『私は精霊魔法を良いことのために使います!』ってどうかしら?」
「良いこと、ねぇ。定義が曖昧だな」
アッシュが首を振ります。
「定義?」
「人間にとって都合の良いことと、俺たちにとって都合が良いことは違うからな」
「都合のいい……そんな言い方、悲しいわ……」
私は少し考えます。
先ほどの王太子殿下のお言葉。
『必ず平和のために使うと約束しよう』
そして、私が毎日唱えている食前の祈り。
『神々と精霊に感謝して、本日の糧をいただきます。天上の楽園のように、この大地も平和でありますように」
「じゃあ、『私は精霊魔法を平和のために使います』っていうのはどうかしら?」
「いいな。よし、それでいこう!」
そこへ、王太子殿下が口を挟みます。
「ちょっと待ってくれ、もう少し畏まった文言にならないだろうか?」
「はあ~? エミリーの言うことにケチを付けるとは、いい度胸だな!?」
「ちょっと、アッシュ! やめてちょうだい!」
「申し訳ない、精霊さま。国王陛下に報告する必要があることなのだ……」
「大変だな。じゃあ『我はここに決意する。精霊魔法を平和のために行使することを!』とでも言っとけ!」
「感謝する」
「かっこいいわ!」
「どうせ呪文は変わんねーけどな。よしみんな、行くぜー!」
アッシュが上空をくるりと飛んで、金色の文字を書いてくれます。
古代魔法文字と、現代王国語です。
『I decided to use spirit magic for peace!』
(アイ・ディサイディットュースピリッメァジッ・フラ・ピース!)
「えっ、何だこの呪文!」
「なんでこうなるの!?」
「ユーズ(use)はどこへ行った!?」
「フォー(for)じゃないのか!?」
「最初と最後だけしか分からない!」
みなさんの動揺した声が聞こえます。
そうです! この反応が普通なんです! ついに私は、気持ちを分かち合える仲間に出会いました!
「おーい、唱え方を説明するぞー!」
アッシュがみなさんに注目を促しました。そして、音と音が繋がること、マジックではなくメァジックなので口角を上げて発音すること、「r」の唸るような音の出し方などを、みなさんに説明します。
不合格者の方々は解散せずにこちらを見ていますが、文字や声が分からないようでした。
合格者のみなさんは戸惑いながらも、小さな声で不安げに練習します。
ボソボソした声があたりに重たく広がります。
ああ、私も一番最初はこんな感じでした! 今でも長い呪文は苦手ですけれど!
「おら、声が小さいぞ~! 気持ち込めて言えよ~!」
アッシュが発破を掛けますが、上品なやり方とは言えません。平民のガキ大将のようです。もうっ、王太子殿下ご夫妻もいらっしゃるのに!
「大丈夫だ、エミリー。殿下は礼儀にうるさくない」
ハラハラしている私に、ウィリアムさまが声をかけてくださいました。
「しょうがねぇなぁ! お前ら、大事なことなんだぞ! 次、ちゃんと言わなかったら、一人ずつディビットの前に出て言わせるからな!」
「おお、それはいい考えだ!」
ディビット王太子殿下はうれしそうですが、私たちは真っ青になりました。
そんなの、ますます声が小さくなってしまいます!
ああ、私にできることは何かしら!?
私はみなさんをリードするように、大きな声で呪文を唱えます。
「アイ・ディサイディットュースピリッメァジッ・フラ・ピース!」
何度か練習すると、みなさん慣れてきたようです。よかったわ!
「んじゃ、そろそろ本番行くぞー。せーのっ!」
「アイ・ディサイディットュースピリッメァジッ・フラ・ピース!」
『I decided to use spirit magic for peace!』
全員で叫ぶように唱えると、各自の植木鉢と私たち自身がピカリと光りました。
そしてその光が上空へと放たれます。
それはまるで、私たちの決意を天界へ打ち上げるような、不思議な光景でした。
●王太子夫妻については、「04 国王陛下からご褒美をいただきました!?(https://ncode.syosetu.com/n1009hl/5/)」を参照。
●決意の魔法(I decided to~!)は、直訳すると「私は~と決めました」
音声データ作りました。 https://youtu.be/G3zEoUjn_RE
次回、「舞踏会の小鹿」。