表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/20

14 決意の魔法は、アイ・ディサイディットュー!★音声リンクあり

 

 アッシュは芽が出た方々の植木鉢を確認した後、芽が出なかった方々の植木鉢も確認していきます。

 芽が出なかったグループには、私のクラスメイトでお友だちのジュリアもいます。

 私はチワワ姿のウッドと共に、アッシュの後ろに付き従います。

 

「お、ジュリアも合格だな」

 

 アッシュはジュリアさまの植木鉢を一目見るなり、あっさりと言いました。

まわりの方々が息を飲みます。私とジュリアをチラチラ見るのは、合格がコネだと思われているのかしら? アッシュはそんなこと、しないと思うけど……。

 

「アッシュさま、よろしいのですか!?」

「おう、いいぜー! 明後日には芽が出るからな」

「まぁ、うれしい! ありがとうございます」

「合格おめでとう、ジュリア!」

「ありがとう、エミリー!」

 

 私たちはぎゅっと互いの手を握ります。少し離れた列にいる狐獣人のサニアも、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいます。これで3人とも、精霊魔法使いです!

 

 アッシュはジュリア以外にも何人かの方に合格を言い渡しました。

 そして。

 

「お、お前がさっきの魔法師団員と交換したやつか」

「そうです……」

 

 気の弱そうな団員さんが、肩身が狭そうに頷きました。抱えている植木鉢は、もちろん芽が出ていません。

 

「お前、名前は?」

「エルトン・パンプステッドです」

「エルトンは、精霊魔法使いになりたいか?」

「いや、あの、そりゃ、でも、俺は……」

 

 エルトンさんは、煮え切らない態度です。

 

「さっき連れて行かれたやつの、報復が怖いのか?」

 

 エルトンさんは俯いてしまいました。

 パンプステッド家と言えば、一代限りの騎士爵家だった気がします。お父上に爵位はあれど、その地位は男爵よりも下の最底辺、ほぼ平民です。もしかして、あの捕まった団員にいつもいじめられていたのでしょうか?

 私はとっても悲しくなりました。


 だけど同時に、このままではエルトンさんは、精霊魔法使いになれないとも思いました。

 友だちの契約魔法は、強い意思が必要なのです。友だちになることを怖がる人と、友だちにはなれません。

 

 その時、訓練場の入り口から全体へと、ざわめきが広がりました。

 

「なんだ、どうした」

 

 ウィリアムさまの問いかけに応えるように人垣が割れ、入り口から真っすぐに道ができていきます。そして人々は、次々に跪いて頭を下げていきます。


「ウィリアム、私とクリスティアーヌも芽を出すことができたぞ」


 おいでになったのは、デイビッド王太子殿下とクリスティアーヌ王太子妃殿下です。お二人のメイドと侍従が、芽を出した植木鉢を持っています。

 

 突然の王族のご光臨に、ウィリアムさまも私も、慌てて跪いて礼をします。

 

「全員、立っておもてを上げよ。ウィリアム、俺たちの種はどうだ?」

「ええ、確かに芽が出ていますね。二つとも……」

「へ~! 夫婦で仲良く世話したのがよく分かるぜ!」

「おお、精霊さま。分かってくださいますか。ありがとうございます」

 

 王太子殿下が照れくさそうにおっしゃり、妃殿下と目を合わせて微笑みました。相思相愛のラブラブです!

 

「……エミリー、殿下に種を渡したのは、まさか」

「はい、ウィリアムさま。私がクリスティアーヌ王太子妃殿下にお手紙を出して、種を二粒お贈りしました」

「妃殿下は他国の人間だぞ!?」

「精霊魔法は、人間も精霊も共に手を取り、よろこびを分かち合うための方法ですから」

「ぐっ」

 

 ウィリアムさまが苦虫を噛み潰したようなお顔をなさいました。

 逆にアッシュは、私のまわりをくるくる飛び回り、キラキラした粉を振りまいて言いました。

 

「さっすがエミリー! 国境なんてモンは、人間が勝手に作りだしたものだしな! 昔は精霊魔法の使い手がどの国にもいたもんだぜ~?」

「ぐっ」

「お前の負けだ、ウィリアム。種をありがとう、エミリアーナ嬢、それにアッシュさま。必ず平和のために使うと約束しよう」

「おーよ! よろしくな、ディビット!」

 

 アッシュの気安い言葉に、ディビット王太子殿下は軽く礼を示しました。私は内心、冷や冷やです!

 

「それよりウィリアム。お前は芽を出すことができたのか?」

「ぐっ」

 

 王太子殿下のご質問に、ウィリアムさまがまた苦虫を……。

 

「あー、ダンナはちょっと欲張りだからなぁ。精霊たちもビビっちまって」

「なぜだアッシュ! あんなにいろいろな方法で試したのだぞ!?」

「うーん、マイケルのところの庭師に助けてもらったらどうだ? 植物との付き合い方とかさ。お前、精霊のことを研究対象として見てるだろ? 怖ぇよ」

 

 アッシュが大きくブルリと体を震わせます。わざとらしい仕草ですが、半分は本気ですね。

 

「そうか、情報提供者、あるいは顧問として魔法師団に引き抜けばいいのか!」

 

 ウィリアムさまのご気分がちょっと回復しました。ドミニクさんの役割も決まって、良かったわ!

 

 アッシュが全員の植木鉢を確認し終える頃に、マイケルが庭師のドミニクさんを連れて戻って来ました。官舎で通信の魔道具と、転移陣を使わせてもらったのでしょう。

 

「さーて、エルトン。覚悟は決まったか?」

「あの、でも」


「アッシュ、一言いいか」

「おーよ。ウィリアム魔法師団長! ビシッと言ってやれ!」

 

「ハンプステッド。先ほど、サレーの事情聴取が終わった。規律違反が認められたため、減俸の上、

上級貴族しかいない部署に異動させようと考えている。人間性はともかく、魔力は多いからな」

 

 サレー家と言えば、当家と同じ伯爵家です。つまり中級貴族ですね。公爵家や侯爵家の方々ばかりの部署なら、名誉はありますが立場は一番下。つまり騎士爵家のエルトンさんと似たような立場になります。

 さすがウィリアムさまです! これでエルトンさんも、大手を振って過ごせますね!

 

「ハンプステッド、お前も規律違反の片棒を担いでいる」

「えっ!」

「えっ」

 

 私の方が大きな声で驚いてしまいました。ウィリアムさまがチラリと横目でこちらを見てから、またエルトンさんに声を掛けます。ああ、穴があったら入りたいです!

 

「当然だろう。なぜ上司に相談しない? こういう事態を起こさないよう、お前をローランド・オーウェンの下に付けたんだが?」

「オーウェン卿は子爵家の方なので、ご迷惑をかけてはいけないと、思いました……」

 

 サレー家は伯爵家。その下が子爵家です。なるほど、上司であるオーウェンさまを気遣ったというわけですね。

 

「そうか。……ローランド!」

「はっ!」

 

 ウィリアムさまの腹心であるローランド・オーウェンさまが、ウィリアムさまの前で跪きます。いつもの軽い調子が一切ありません。まわりの方々もピリピリした雰囲気で、私は怖くなりました。

 

「部下に対する監督不行き届きだな。直属の部下の信頼関係も築けないとは、管理能力を疑う」

「申し訳ございません!」

 

「ま、待ってください! オーウェン卿のせいではありません! 私は、私が……!」

「エルトン・ハンプステッド!」

「はいっ!」

 

「上司とお前自身の、汚名を晴らしたいか?」

「はい!」

「ならば、精霊魔法を使いこなし、魔法師団の務めを果たせ。それまで、お前とローランドの罪は保留とする」

「ありがとうございます! オーウェン卿の汚名を、必ず返上いたします!」

「よし!」

 

 ローランドさまを巻き込むことで、エルトンさんの気合いも入ったようです。よかったわ!

 ウィリアムさまがアッシュを見遣ると、チワワのウッドと遊んでいたアッシュが私の肩に戻ってきました。そして、適性のあった合格者さんたちの前に出ます。

 ええと、私って必要なのかしら? 恥ずかしいわ!

 

「んじゃ、決意の魔法を教えるぜ!」

 

 合格者さんたちが突然の伝授にざわめきます。学校のみんなもそうですが、大人である魔法師団の皆さんも驚いています。精霊からの魔法の伝授なんて、初めてのことですものね。

 

「ねぇ、アッシュ。決意の魔法って?」

「何々になりますとか、これから何々をしますって宣言するんだ。そうすることで目標が定まるし、俺ら精霊も加護を与えやすくなる」

「すてきだわ!」

 

 私は両手を軽く合わせて言いました。合格者のみなさんも、驚きから期待するの顔つきになっています。

 

「いろいろ応用できる呪文だけど、戦争のために使われると困るから、安全対策も兼ねてるぜ。ディビットやその嫁さんにもやってもらう」

「もちろんだ」

「かしこまりましたわ、アッシュさま」

 

 王太子ご夫妻が頷きます。

 

「エミリー、どんな決意にしようか?」

「ええと、『私は精霊魔法を良いことのために使います!』ってどうかしら?」

「良いこと、ねぇ。定義が曖昧だな」

 

 アッシュが首を振ります。

 

「定義?」

「人間にとって都合の良いことと、俺たちにとって都合が良いことは違うからな」

「都合のいい……そんな言い方、悲しいわ……」

 

 私は少し考えます。


 先ほどの王太子殿下のお言葉。

 『必ず()()のために使うと約束しよう』


 そして、私が毎日唱えている食前の祈り。

『神々と精霊に感謝して、本日の糧をいただきます。天上の楽園のように、この大地も()()でありますように」

 

 

「じゃあ、『私は精霊魔法を平和のために使います』っていうのはどうかしら?」

「いいな。よし、それでいこう!」

 

 そこへ、王太子殿下が口を挟みます。

 

「ちょっと待ってくれ、もう少し畏まった文言(もんごん)にならないだろうか?」

「はあ~? エミリーの言うことにケチを付けるとは、いい度胸だな!?」

「ちょっと、アッシュ! やめてちょうだい!」


「申し訳ない、精霊さま。国王陛下に報告する必要があることなのだ……」

「大変だな。じゃあ『我はここに決意する。精霊魔法を平和のために行使することを!』とでも言っとけ!」

「感謝する」

「かっこいいわ!」

「どうせ呪文は変わんねーけどな。よしみんな、行くぜー!」

 

 アッシュが上空をくるりと飛んで、金色の文字を書いてくれます。

 古代魔法文字と、現代王国語です。


『I decided to use spirit magic for peace!』

(アイ・ディサイディットュースピリッメァジッ・フラ・ピース!)

 

「えっ、何だこの呪文!」

「なんでこうなるの!?」

「ユーズ(use)はどこへ行った!?」

「フォー(for)じゃないのか!?」

「最初と最後だけしか分からない!」

 

 みなさんの動揺した声が聞こえます。

 そうです! この反応が普通なんです! ついに私は、気持ちを分かち合える仲間に出会いました!

 

「おーい、唱え方を説明するぞー!」

 

 アッシュがみなさんに注目を促しました。そして、音と音が繋がること、マジックではなくメァジックなので口角を上げて発音すること、「r」の唸るような音の出し方などを、みなさんに説明します。

 不合格者の方々は解散せずにこちらを見ていますが、文字や声が分からないようでした。

 合格者のみなさんは戸惑いながらも、小さな声で不安げに練習します。

 ボソボソした声があたりに重たく広がります。

 ああ、私も一番最初はこんな感じでした! 今でも長い呪文は苦手ですけれど!

 

「おら、声が小さいぞ~! 気持ち込めて言えよ~!」

 

 アッシュが発破を掛けますが、上品なやり方とは言えません。平民のガキ大将のようです。もうっ、王太子殿下ご夫妻もいらっしゃるのに!

 

「大丈夫だ、エミリー。殿下は礼儀にうるさくない」

 

 ハラハラしている私に、ウィリアムさまが声をかけてくださいました。

  

「しょうがねぇなぁ! お前ら、大事なことなんだぞ! 次、ちゃんと言わなかったら、一人ずつディビットの前に出て言わせるからな!」

「おお、それはいい考えだ!」

 

 ディビット王太子殿下はうれしそうですが、私たちは真っ青になりました。

 そんなの、ますます声が小さくなってしまいます!

 ああ、私にできることは何かしら!?

 私はみなさんをリードするように、大きな声で呪文を唱えます。


「アイ・ディサイディットュースピリッメァジッ・フラ・ピース!」

 

 何度か練習すると、みなさん慣れてきたようです。よかったわ!


「んじゃ、そろそろ本番行くぞー。せーのっ!」

「アイ・ディサイディットュースピリッメァジッ・フラ・ピース!」

『I decided to use spirit magic for peace!』

 

 全員で叫ぶように唱えると、各自の植木鉢と私たち自身がピカリと光りました。

 そしてその光が上空へと放たれます。

 それはまるで、私たちの決意を天界へ打ち上げるような、不思議な光景でした。

 



●王太子夫妻については、「04 国王陛下からご褒美をいただきました!?(https://ncode.syosetu.com/n1009hl/5/)」を参照。

●決意の魔法(I decided to~!)は、直訳すると「私は~と決めました」

音声データ作りました。 https://youtu.be/G3zEoUjn_RE


次回、「舞踏会の小鹿」。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ