13 坊ちゃんとドミニク爺さん
〇マイケル・マーカム伯爵令息
エミリーのクラスメイトで幼なじみ。
「06 魔法の実技でウィンッブレイッ! https://ncode.syosetu.com/n1009hl/8/」に登場。
学校でエミリーから提供されたという特別な種が配られてから7日が経った。
今日は精霊魔法使いの適性試験の日だ。
俺、マイケル・マーカムは学校のみんなと一緒に、魔法師団の訓練場に来ていた。
魔法師団員と合わせて、200人はいるだろう。
最初に、芽が出た者と出なかった者に分かれ、今はエミリーが契約した精霊による検分が行われている。
「ふんふん、適性ありだな!」
「よし、合格!」
「おー! サニアは花まで咲いたか! すげぇな!」
サニア・ナナイモ。獣人男爵令嬢だとからかわれることも多いやつだ。最近はエミリーや侯爵令嬢と仲が良い。……やるじゃないか。
俺は芽の出た植木鉢を持って、順番が来るのを待つ。
「……お前は不合格」
「どうしてですか、精霊さま!」
「確かに芽は出てるけど、お前が世話したモンじゃないだろ」
エミリーの精霊、アッシュが冷たい声で言った。
言われたのは俺じゃない。魔法師団員だ。
だけどそれを聞いて、俺は胃がギュッとなるのを感じた。
だって、俺も庭師のドミニク爺に世話を任せた。だってその方が確実だと思ったし、ドミニクも快く引き受けてくれて……。
「精霊さま! 待ってください!」
「くどい。ウィリアム、何とかしろ!」
追いすがる魔法師団員だけど、アッシュさまは魔法師団長に命令した。
「ローランド、その団員から事情を聞け」
「了解!」
魔法師団長から指示を受けた部下が、素早く団員を拘束した。そのままどこかへ連れて行く。
アッシュさまがふわりと飛んでくる。もうすぐ俺の番だ。
「あいつ、人のモンを横取りしやがった」
アッシュさまのつぶやきが、小さく聞こえる。
横取り?
俺はドミニクの功績を奪ったのか?
そう考えると気分が悪くなってきて、足元がふらついた。
だけど、とうとう俺の番がやって来た。
「次はー、マイケルか。おいエミリー、なんでこいつにも種をやったんだ?」
「マイケルに渡したんじゃなくて、学校の先生から希望者に渡してもらったのよ」
「ふーん。ま、エミリーが言いなら、構わないけど!」
試験中のピリピリした空気を意に介さず、アッシュさまはエミリーと雑談している。
俺は我慢できず、先に白状した。
「あの、精霊さま……」
「ん?」
「あの、俺も人の手を借りたんですが……」
ごくりと唾を飲みこみ、審判の時を待つ。
「いや、お前は合格だな。手を貸してくれたヤツも合格だ」
「いいんですか!?」
「おー、いいぜ」
アッシュさまの軽い返事に、俺は気が抜けた。思わずその場にへたり込みそうになるのをぐっと耐える。
「ちょっと待て、アッシュ! どういうことか説明してくれ。このままでは示しがつかない」
魔導士団長でエミリーの婚約者が、横から割って入ってきた。
確かに、芽が出なかった奴らからの鋭い視線が痛い。
それに俺だってすっきりしない。もっと詳しい説明を聞かせてほしい。
「お? そうだな。まぁほとんど世話したのはマイケルじゃない。だろ?」
「はい……。芽が出ればいいと思ったので、種を蒔いた後は庭師のドミニクに管理を任せました」
「けど、世話したそのドミニクが、マイケルのことをめちゃくちゃ好きなんだよ」
「えっ。確かに幼い頃から当家で雇っている庭師ですが」
俺は照れ臭くなって俯いてしまう。
ドミニク爺は俺が生まれた時にはすでに庭師として当家に雇われていた。小さい頃は、母親とやってきたエミリーと一緒に庭でドミニクの仕事を手伝ったこともある。もちろんただの真似事で、今から思えば邪魔しただけだと思う。
それでもドミニクは笑顔で、ありがとうごぜぇますと言ってくれた。
エミリーに好きな花を一輪選ばせて、俺から贈るようにと渡してくれたこともある。
「うんうん。そのドミニクが、埋めた種に何度も言ってるんだ。『坊ちゃんをお願いしますよぉ』ってな。発芽したこいつもそれを了承してる。だからマイケルとドミニクは、二人で一組扱いで合格だな」
「ちょっと待て! 庭師だぞ!? 魔法師団の者ではない!」
「けど、マイケルだってサニアだって、魔法師団員じゃない。そうだろ?」
「彼女らは、数年後の魔法師団員だ!」
魔法師団長ウィリアムさまが不服そうに答える。俺だって、ドミニクが精霊魔法使いの試験に合格したことに驚いているんだから当然か。
けど、魔法師団長が承諾しなきゃ、俺も一緒に不合格だ。黙って成り行きを見守るしかない。
「なぁ、エミリーはどう思う?」
「アッシュ。私はマイケルだけじゃなく、ドミニクさんにも精霊とお友だちになってほしいわ! だってあの方、植物が大好きで、植物のお世話も大好きなのよ、悪い人じゃないわ。むしろ、とっても良い人よ!」
「さっすがエミリー! そう言ってくれると思ったぜ!」
アッシュさまはうれしそうにそう言うと、空中をくるくるっと回転した。
「……分かった。エミリーがそう言うなら、私も許そう」
「ウィリアムさま、ありがとうございます!」
「魔法師団長さま、ありがとうございます!」
エミリーと一緒に礼を述べると、魔法師団長に睨まれた。やべぇ、怖い。顔が整ってるから余計に迫力がある。
「マイケル・マーカム、その庭師と共に合格だ。今すぐ連れて来い」
「ありがとうございます! 一旦この場を失礼いたします!」
俺は腹に力を入れ、背筋を伸ばして返事をする。それから無詠唱で加速の魔法を掛けて、官舎に向かって走った。砂埃が舞うけど、構うもんか。
別魔法師団長が怖いから逃げだしたわけじゃないからな!
精霊魔法試験は、次話で終わると思います。