12 それぞれの種まき
●狐獣人ナナイモ男爵令嬢サニアの場合
「エミリーちゃん、ええの? こんな貴重なもん貰て」
「もちろん。一緒に精霊魔法を使えたら、きっと楽しいわ!」
「ありがとぉ!」
うれしくてうれしくて、サニアはやさしい友だちにぎゅっと抱きついた。貴族令嬢らしからぬ行動だったが、やさしいエミリーはぎゅっと抱き返してくれた。
学校から転送陣でナナイモ男爵領の屋敷へ戻ったサニアは、庭に種を植え、たっぷりの水を遣る。それから手を合わせ、静かに祈る。
「精霊さまと友だちのお恵みにより、この種をいただきました。どうか私の力になってください。昨日よりも私を強ぅしてください」
食前の祈りを真似た祈りだが、サニアは心を込めて何度も何度も祈った。
翌日、朝と放課後に土の乾き具合いを見てから水を遣る。
それからまた何度も祈った。
それを繰り返して3日目の夕方。
祈りを終えて目を開けると、ぴょこんと小さな芽が出ていた。
「凄ぉっ! 早ぁっ!」
サニアは狐族特有のしっぽを大きく揺らし、その場で踊った。
貴族が多い王都の学校ではできないことだが、獣人は体を動かして感情を表現する。そうすることで万物に存在する精霊と交流するのだと言われていた。
それから地に伏すようにして顔を近づける。
「こんにちはぁ。私はサニアって言います。よろしゅう……」
ドキドキしながら、芽に挨拶する。
「あ、日当たりどぉですか? 潮風がキツない所にしたんやけど。あ、ここはナナイモ男爵領って言うて、海が近くて、あ、大っきい島なんです! 人間と獣人が一緒に暮らしてて、それで、それで……」
日が暮れ、帰宅した父や兄たちがサニアを探しに来るまで、彼女はいつまでも話しかけていた。
●エドモントン侯爵令嬢ジュリアの場合
「精霊の種!? 魔法師団の適性試験を受けるだと!? 許さん! 許さんぞ、ジュリア!」
祖父の怒声と唾を真正面から浴び、ジュリアは身をすくませた。
対するジュリアの祖父は現役の騎士団長で、魔法師団とは功績を争う仲だ。
そこに、父親が割って入る。
「まぁまぁまぁ。父さん、いいじゃないですか。いくら我がエドモントン侯爵家が騎士家系とは言え、ジュリアは娘ですし」
「ただの騎士ではない! 昔は歴代の将軍職を務めた、由緒正しい大騎士の家系だ! 娘ならば、次代の騎士団を支える男に嫁ぐべきだ! それを魔法師になる? あんな若造の部下になるなんぞ、嫁の貰い手がなくなるぞ!」
「いや~、将軍ってもう200年も前の話じゃないですか。カルディマンド卿は今をときめく魔法師団長だし、騎士団に派遣される魔法師たちも優秀です。むしろジュリアが魔法師になって騎士団に来てくれたほうが、父さんはうれしいなぁ」
「お父さま……!」
「だ、だが!」
「まぁまぁ、他家の魔法を騎士団に流用すれば、騎士団も当家も強くなります。そうでしょう?」
「お前はどうしてそう搦め手が好きなんだ。騎士らしくないぞ!」
「やだなぁ、戦場でそんなことを言っていたら死んじゃいますよ。私は父さんより強くありませんからね。その分、いろんな方法を試したいんですよ」
父親はおっとりとした口調で言っているが、彼もまた騎士団の大隊の一つを任されている隊長だ。
前線で戦うよりも後方支援や攪乱が上手いとか、補給部隊をやらせたら経費が浮いて武器を増強できたとか、噂されている。策士、智将と呼ばれることもある人だ。
そんな父親に後ろ手に合図され、ジュリアはそっと、談話室から退室した。
自室に戻って、ほっと息を吐く。
窓辺に置いた植木鉢を見るが、ただ土があるだけ。芽が出る気配は少しもない。
「私に精霊魔法の適性はあるのかしら……」
ジュリアは兄や同世代の男子と体格や力の差を感じ始めた頃から、魔法師に憧れていた。
侯爵家であることから、魔力は高い。無詠唱魔法だってそこそこ使える。
だが、ナナイモ領で同級生であるエミリアーナ・ウェインフリート伯爵令嬢の氷結魔法を見た時、思ったのだ。
(力がほしい! そこそこでは我慢できない!)
ジュリアの中に流れる騎士の血が、そう叫ぶ。
そして同時に、エミリーが羨ましかった。
それまでは先祖が勇者というだけの、目立たない中級貴族だったのに。
精霊アッシュと契約してから、エミリーは変わった。控えめさが薄れ、心の強さややさしさがよく見えるようになった。
そして今日。サニアまでもが発芽させたのだ。
獣人で男爵家の者という、完全に下に見てた者から、下剋上をされた気分になった。
友だちだとしても、身分は身分。それも含めて個人の力だ。実力も含めて、個人の力なのだ。
「でもそんな気持ちだからこそ、私の種は芽が出ないのかしら」
(けれど、私も精霊魔法使いになりたい! エミリーのように、強く変わりたい!)
祖父に立ち向かえる強さ。それは、自分の人生を切り開く強さだ。
「お願い、私にも精霊魔法を使わせて!」
植木鉢に向かって、叫ぶように囁く。侯爵令嬢は感情的になってはいけないのだ。
メイドに促されてジュリアがベッドに入った後で。、
植木鉢の土が、少しだけ動いた。
●王立魔法師団???の場合
「くっ、なぜ芽が出ない!?」
「坊っちゃま、水の遣りすぎではないかと……」
「水はたくさん遣ったほうがいいだろう!?」
「怒鳴らないでくださいまし。水が多いと根腐れするので、この種ももう……」
「それを早く言え! くっ、仕方ない。出かける!」
「坊っちゃま、どちらへ?」
「ふん。芽が出ないなら、芽が出た者を探しに行けばいい」
●マーカム伯爵令息マイケルの場合
「芽が出ている! すごいじゃないか、ドミニク!」
「いやぁ、これが儂の仕事ですんでぇ」
「謙遜するな。さすが当家の筆頭庭師だ。フフフ、これで精霊魔法の適性ありと認められるぞ! 無詠唱魔法に加えて精霊魔法も……ククク」
「良かったですねぇ、坊ちゃん。これでエミリーさまも坊ちゃんに惚れ直すってもんでさぁ。儂もお役に立てて良かった良かった」
「エミリーは、どうだろうな。だが俺がかっこいい男だと分かるだろう! お前のおかげだ! 感謝する!」
●魔法師団長ウィリアム・カルディマンド侯爵令息の場合
「ふむ、これだけ用意すればいいだろう」
ずらりと並んだ9つの鉢植えには、それぞれ3種類ずつ肥料の配分を変えてある。
庭師からの助言を受け、種まきは完璧に行なわれた。
そして3通りの水やりの仕方を試す。
だが、芽は一つも出ない。
「くそっ、なぜだ!? 約束の日は明日なのに!」
頭を抱えるウィリアムの後ろで、ケルベルスの化身シュッドがポリポリと頭を掻く。
「うーん、脅かしたつもりはないんだが……」
「何をした!?」
「いや、誓って何もしていない」
「本当だろうな!?」
「……そのギラギラした目に怯えているんじゃないか?」
「ぐぬぬぬ……」
「エミリーに接するようにしてみたらどうだ?」
「安売りはしない! それではまるで浮気だ!」
「……そうか。うん、それなら仕方ないな」
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