08 セイレーン退治はビフローズン!
いよいよナナイモ男爵領近海で、セイレーン退治です。
セイレーンは上半身は女性、下半身は魚の魔物です。その美しい歌声で、海に出た男たちを惑わすのだとか。
魔法師団の方々が、防音の魔道具などの装備を持って海に出ます。
ウィリアムさまだけが私の前でひざをつき、私の手を取って言いました。
「エミリー、君はこの岬にいてほしい。アッシュ、護衛を頼めるか?」
「おうよ! エミリーは離れたところから魔法を使えるしな!」
「ええ! がんばります!」
魔法師団の小舟が七艘、沖へ出ました。
どこからともなく、歌声が聞こえてきます。セイレーンです!
「ウィリアムさま……みなさん……」
「いま防音の魔道具を展開したぞ」
アッシュが魔力の変化を感知して教えてくれました。よかった、これなら無事に……。
あら? みなさんの様子が変です! 統率の取れた師団の方々が、つかみ合いを始めました! まるで狂気に飲まれてしまったよう!
ウィリアムさまも秘書官のローランドさまと対峙しています! いけません、手が剣を握ろうとしています!
「あいつら、一応意識はあるな。体が勝手に動くみたいだ」
「あそこ! あの岩場の影に女性の影か!」
「おっ、セイレーンか!」
「あっ、ウィリアムさまたちが!」
体が思うように動かないはずなのに、魔法で小舟を操縦して、セイレーンのほうへ近づいて行きます。
「やるじゃねぇか!」
そこへ海から魚が飛び出てきて、ウィリアムさまたちを攻撃し始めました! トビウオのような魚たちが、刃となって向かっていきます。
「エミリー、今だ!」
「氷結!(ビ・フローズン)」
『be frozen!!』
「Well done!(よくやった) セイレーンとその眷属だけが凍ったぞ!」
「アッシュのおかげよ!」
セイレーンを待っている間に、人間に悪意を向ける者だけを凍った状態にするよう、魔法の設定しておいたのです。
「どうか私たちを悪意ある者から助けて下さい」
『Please help us from the bad guys!』
ウィリアムさまたちも、体の自由が戻ったようです。凍ったセイレーンとその眷属を粉々に砕いていきます。
見ていて残酷に思いますが、セイレーンの被害を断たなければなりません。大事なことです。
すべてが終わると、魔法師団のみなさんが勝鬨の声を上げました。
私たちが岬から手を振ると、声が一層大きくなります。浜辺からも、ナナイモ領の人たちの明るい声が聞こえてきます。
「よかったわ!」
「だな!」
私は人差し指を差し出し、アッシュと握手をしたのでした。
◆
ナナイモ男爵家のお屋敷へ戻って来ました。魔法師団のみなさんは、帰る準備を始めています。
私はそれを眺めながら、木陰で人を待っています。
「ねぇ、アッシュ。Be frozon!(ビフローズン)って何だかおいしそうよね?」
「ん? 凍った状態になれ、だぞ?」
「王都では、アイスクリームってものが流行っているそうなんだけど、作れたりするかしら?」
「んん? アイスクリームがほしいなら、I wanna eat some ice cream. で呼び出せるぞ?。丁寧に言いたいなら、I'd like to eat some ice cream.だな」
「some? ひとつでいいんだけど……」
「アイスクリームは数えられないだろ? 水と一緒で。だからsomeがいるんだ」
「へー?」
『I wanna drink a glass of water.』
そう言ってアッシュは、一杯の水を召喚しました。
「ほい。ここは暑いからな。水分取っとけ」
「ありがとう、アッシュ」
「あ、でもアイスクリームが食べたいんだっけ?」
「ええ。食べてみたいわ!」
「よっしゃ!」
向こうから、サニアさまがやってきました。今日はエドモントン侯爵令嬢ジュリアさまもお呼びびしていたのです。
サニアさまとジュリアさまは、セイレーンとの戦いの様子を一緒に見守ったせいか、すっかり仲良くなりました。
アッシュが、呪文を唱えます。
「『I wanna eat tHree cup of ice cream!』まぁ、tHree ice creamsだけでも通じるかな?」
アッシュが空中に浮かぶ3つのアイスクリームを渡してくれます。
それを見たサニアさまが、ものすごい勢いで走ってきます!
「アッシュ、ありがとう」
「うわー、アイスクリーム! 食べてええ!?」
「もちろん! 三人とも遠慮なく食っていいぞ!」
「ありがとお、アッシュさま!」
「ありがとうございます。アッシュさま」
「いいってことよ!」
冷たくて甘いアイスクリームを食べながら、先ほどの戦いの話や、将来についてお話しします。
「エミリーったらすっかり魔法師団の一員よね。すごかったわ!」
「ありがとう、ジュリア。すごく緊張したけど、うまくいってよかったわ!」
「エミリーも魔法師団のおっちゃんたちも、ほんまにすごかった! ほんまにほんまに、ありがとお!」
「どういたしまして!」
サニアさまのうしろで、狐の尻尾が揺れています。もふもふしていて、かわいいわ!
「ねぇ、15歳になったら王立学園へ進学よね。エミリーは魔法師科を目指すの?」
「そうね。できたら魔法師科と領主文官科の両方に行きたいわ」
「私も!」
ジュリアがうれしそうに言いました。
王立学園では、それまでに見つけた各人の適性を伸ばすところです。騎士科・魔法師科・領主文官科の三つがあります。お兄さまは騎士科と領主文官科をご卒業なさいました。
魔法師団長であるウィリアムさまは、おそらく魔法師科と領主文官科をご卒業なさっているはずです。私も婚約者として釣り合うよう、がんばります!
「サニアちゃんは?」
「んー、ウチはそれより、精霊さまと仲良うなりたいなぁ」
「あら、私だって友だちになりたいですわ!」
「アッシュったらモテモテね?」
「へへん! オレがかっこいいからって、ほれるんじゃねーぞ!」
アッシュがいつもの言葉を言うと、ちょっと気取ってポーズを取りました。薄い翡翠色の精霊の翅が、太陽にきらめきます。
明るい日差しの中、冷たくて甘いアイスクリームと友だちと。
向こうからやってくるウィリアムさまの姿に気づき、私は心から笑うのでした。