0、プロローグ
初めて異世界転生ものを書くことになります。
しかも題名で分かる方はいると思いますが、完全にモチーフがあれになります。
しかしコンセプトは『異世界で生まれたアウトロー』なので、モデルがいることをご了承ください。
(あーーー、スライム触りてぇ)
ヒコル・クミン、もとい国見富彦は元日本人。科学実験での事故で死んで転生、赤ん坊からやり直して15年近く、前世と近い年齢をこの世で生きてきた。
どの世界に行っても勉強は大事なのだろう、だが彼は勉学にそこまで抵抗感が無かった。おかげで新たな世界で主流となっている魔法を学び良い成績まで会得している。何不自由ない家族の下で生まれ、自分専用の部屋までもらっている。学校の皆に慕われ、主席で魔術師見習いを卒業できることは確実だ。
だが、こうも本ばかりの部屋で勉強を続けていると脳がショートしてくるのは当然のことだ。息抜きが必要。時間は有限だが全く作れないわけではない。だが問題は息抜きする手段だ。
この世界には娯楽がない。正確には完全にないわけではないが、スポーツのような戯れも真剣に向き合い己の糧としないといけないくらい責任が重大。魔法を行使した盤上ゲームもあるが、やるだけで極めなければいけないという周りからのプレッシャーがあり、もっとこう......、ソフトなものではない。少しやろうとするだけで真剣に始めてしまうこの世界の住人は、ほどほどという言葉を知らない。
ヒコルは運動は得意ではない、頭は良いが息抜きにまで頭を使いたくない。もっとコンパクトにできる方法はないか......。そう考えて彼は前世で遊んだものを思い出した。
そう、それがスライムだ。
片手でスライムをねちょねちょと触って遊びながら、もう片手と目と脳で勉学に励む。これは一種の片手筋トレだ。ASMRとしても充分重宝されるスライムの音に、彼は癒される単純なタイプだ。ぜひとも欲しい。
だがこの世界には未知なるモンスターはいれどスライムは存在しない。
RPGでは雑魚モンスターとして扱われているスライム、そういった知識は前世でゲームをあまりしない彼でも知っている。もしゲーム好きの人間がこの世界に転生してスライムなんて存在しないと知れば、『こんなの異世界じゃない!!』と思うことになるだろう。
そんな無関心な彼も、今回ばかりは焦燥感が芽生えている。モンスターとはいえ、スライムさえあればモチベーションが保てるはずだったのに。
(......ないなら、作るしかないか)
かくして、ヒコルのスライム作りが始まったのだ。
*
「珍しいな、ヒコルが外出したいなんてな」
「うん、ありがとうね叔父さん」
こんな世界では日本に存在したスライムなんて作れないかもしれない。だがやってみるより他にない、科学者はまず色々試すことが心のスキルとして必要な要素だ。
外出の目的は素材探しだ。ヒコルの父親の弟は騎士の一人、モンスターが蔓延る外の世界に問題なく行くことができる。馬を二頭借りて、門の外を出てそこそこの距離を歩き、ようやく着くことができた。
ヒコルの叔父、ベルン・クミンの休暇にお願いして、塩湖まで連れて行ってくれることになった。塩湖であれば、海に入らない限りは狂暴なモンスターが出ることはない。
「とは言っても、たまにソルクラブの群れが現れるんだがな」
「ソルクラブって、あの片腕くらいの大きさのカニのモンスター?」
「そうそう、現物を見たことはなかったんだっけ?」
「図書館で絵を見た程度」
「なら情報があると思うが、奴らの甲羅の硬さは剣とは相性が悪い。俺でも十回くらい打ち付けてようやくくたばるくらいだ。だが鈍いし炎の魔法には弱いから、ヒコルでも問題なく倒せるだろう。むしろ討伐経験として出会ってほしいくらいだがな」
「大丈夫だよ、今は森のほうで演習を受けて問題なくモンスターを討伐した経験があるから」
「へぇ、最近の学校はもう実践を取り入れているとはな」
甥のために経験を積ませたいとまで考えてくれる叔父は珍しいかもしれない。せっかくの休みに付き合ってくれて、この叔父さんは良い人だと、ヒコルの中での評価が上がっている。
「しかしヒコルぅ、海に行きたいのは良いが俺とお前だけかぁ? 女は誘わなかったのかぁ?」
この下世話な性格を除けばの話だが。
叔父の発言を無視して、ただただヒコルは跡地のところで四つん這いになりながら色々な石を採取していた。
そして案の定、お目当てのものをゲットした。
スライムに必要な素材、その中の一つはこの世界で入手するのは不可能と言っても良い。だが、それに近いものがある。
この世界には、エディチュラという蜘蛛のようなモンスターがいる。その蜘蛛から出る糸を水魔法で液状化したものがある。エディートという、レンガとレンガをくっつけたり、壊れたものを直す接着用途として使われている高級品だ。
それを開発したのはヒコルの父親で、企業秘密であるためヒコルくらいしかエディートの元を知る者はいない。なおヒコルはそこまでお金を持っていないので、父の研究所から拝借することにした、無断で。
「よし……、準備はできた!」
早速今晩始めよう、自分の部屋なら問題ない。三分でできる、ヒコズキッチンの始まり始まり。
用意するのはこちら。
・二つの木製容器……(適当で良い、溶けてしまうようなものはないから)
・お湯
・混ぜる棒……(洗った木の枝)
・塩湖で見つけた石……(ホウ砂代わり)
・エディート……(洗濯のり代わり)
・絵の具……(にしたかったがないので、染料としてアイを用意した)
計量カップがないが、そこは目分量で行く。何回も作ってきたヒコル、いや富彦には分かるのだ。
まずは、一つ目の容器にエディートと水を入れてかき混ぜる。ヒコルは量を一対一の割合にしている。
ここで色を足すために染料を入れる。透明にしたい場合は必要ないが、色がないのはやはり味気ないものだ。
次に二つ目の容器にお湯と、塩湖で見つけた石を入れてかき混ぜる。お湯は一つ目に入れた水の半分、石といっても砂状にしたものを、隠し味のように数回つまんだものを入れる。あとはその二つをひたすらかき混ぜるだけ。終わり。
実はこの砂が一番自信がない。洗濯のり代わりのエディートはともかく、ホウ砂らしき、いやそうであってほしいものは、ホウ素がポリマーを架橋しゲル化する反応を利用するからスライムができるのだ。要するにこれがなければ固まらずスライムにならない。
とはいえ洗濯のりの主成分であるポリビニルアルコールなんて合成樹脂は自然で採れるわけがない。ホウ砂は塩湖が乾燥した跡地で手に入るとはいえ、この世界では不可能か……、
ダマにならないようかき混ぜる。
「……おぉ?」
さらにさらにかき混ぜる。
「おぉぉぉ!!?」
だんだんとヒコルが見たことのある形状に変わって行く。
「おおおおおお!!」
実験は成功だ、この感触は明らかにスライムそのものだ。
「ヒコルーーー、何してるのーー?」
部屋の外から女の声がする。これを聞いてヒコルは誰か分かった。新たな母親だ。二階のこの部屋に来るために、階段を上る足音まで聞こえてきた。
「ヒコルーー、お前私の部屋に入ったろぉ? 分かってるんだからなぁ!」
今度の低い声は、新たな父親だ。入ってはいけない父の部屋にヒコルが入ったのがバレてカンカンだ。こっちに来てる。
「ヒコルよぉ、今度の外出はどこ行くかぁ? 今度はちゃんと友達連れて来いよ!」
今度は叔父の声、おちゃらけた声でこっちに来てる。
「ヒコルにいちゃん、あそぼーよ!!」
今度は初めてできた弟、セイヤが来た。
まずい、色々とまずいことが起きた。ただ家族全員が奇跡的に自分の部屋に来たということに、まずいと思うことはあまり思わないかもしれない。しかしタイミングが悪すぎた。
まず母親、母の弱い精神でスライムなんて摩訶不思議なものを見てしまったら倒れてしまいそうだ。
次に父親、勝手に材料を使ったことは事実なので怒られてしまう。
そして叔父、騎士としてスライムという変なものを見てしまっては倒すとなって没収されかねない。
最後に弟、どんなものもぞんざいに扱ってしまう時期にスライムなんて見せたら何をされるか……。
「ヒコルーー、入るわよ。あら、ご飯食べてたの?」
ヒコルはただ無言で首を縦に振った。
「ヒコル、お前私の部屋に入っただろ? 何とか言ったらどうなんだおい!?」
ヒコルは石板に『この前入った時忘れていったものを取りに行っただけだよ』と書くと、うむそうか……、と父の怒りが収まった。
「ヒコルー、次はどこへ行こうか? 海行ったから今度は山にしようか」
ヒコルは石板に書いた字を消して『しばらくは行かなくていいや』と書くと、少しショックを受けて叔父は帰ってしまった。
「ねぇねぇお兄ちゃん……、何で口閉じたままなの?」
ヒコルは再び石板で答える。
「えーと、何て書いてあるの?」
セイヤはまだ字を読むことができない。
さっきから口を閉じている理由、それは口の中にスライムを含んだままだからだ。
どこかへ隠そうにも、この本だらけの散らかった部屋、湿ったものを置くのに向いていない上、下手にこのほこりの多いところへ置くとせっかく作ったスライムが汚れてしまう。やむを得ず、ヒコルはスライムを口の中に入れてしまったのだ。良い子は真似しないように。
「お兄ちゃんは勉強中で夜食まで用意してるくらいなんだから、遊ぶのはまた後にしましょーね! その間にお風呂入っちゃおうか」
母のナイスフォローで弟も退けた。容器を二つも用意してたのが奇跡的に誤魔化す要因となった。全員が早くもヒコルの部屋から立ち去り、さっきのドタバタした風景はもうなくなった。
(あ、扉開きっぱなしだ……)
なぜここで、スライムを吐き出してから立ち上がり動こうとしなかったのか。
スライムをどこに隠そうかあたふたした時、ふいに落としてしまった紙を踏んで、滑らせてしまった。
頭を強く打ち、スライムをそのまま飲み込んで、ヒコルは意識を失ってしまった……。
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