1_95.方針変換
佐藤一佐を始めとしたロドーニア調査地は、第一次キャンプで情報を収集しつつ逐次侵入してきた魔獣の排除を行ってきた。そこにUH-1Jが、この第一次キャンプから包囲陣地までの退路周辺での偵察結果を持って帰還し、その報告を見た佐藤は思わず苦い表情となった。
今迄の作戦は先頭集団に火力を集中し一気にアパッチによって切り開いた後の残敵掃討という方針であり、こうバラバラに動き始めた魔獣の群れに対しては現時点で極めて効果の期待出来ない状況となった。しかも統制されていない魔獣の動きは読み辛く、退路のどこに突然魔獣の群れが現れても不思議では無い。かといって全域を守備する事が出来る程に兵力も弾薬も燃料も無いのだ。全域に少数のヴォートラン兵を薄く配置した場合は、どこかで弾薬が足りなくなってたとしても補充を行える車両も無い。それに少数のヴォートラン兵を薄く配置してもどれ程に効果が見込めるのか。佐藤は心の中で頭を抱えつつ、モニターを眺めていた。
「ふむ……全域で同様の状況が発生しているのか。とすると包囲陣地での脱出待ちの後続組にも危険が及ぶな。しかも退路の安全も確保出来ないと言う事か……だが、待てよ……? 」
今迄何等かの意志や指向性を持っているかの様に見えていた魔獣の動きは、今や完全にランダムなモノとなった。だが、状況は完全に悪くなったとは言えない事に気が付いた。魔獣の動きを観察すると、群れの行動は森への帰還を目指していたからだ。つまり全体的な魔獣の動きとしては、北から南にあるムーラの森に南下する動きを緩やかに示していた。つまり包囲陣地から第一次キャンプ、そしてサライの城壁に至る迄の道程で気を付けるべきは北方からの魔獣、という事になる。一本の脱出路の左側は、森に帰ろうとする魔獣とちょうど全域が圧迫を受ける事となる。だが右側からは魔獣の攻撃は比較的無い筈であろうと佐藤は判断した。
「これは……魔獣は森を目指して移動しておりますな、サトウ隊長」
モニターを見ていたマィニング大佐は、この動きに同時に気が付いた。マィニングはモニターの表示内容をそれなりに理解し始めていた。それに軽く驚きつつ佐藤はマィニングに同意を示した。
「気が付きましたか、マィニング大佐。ですが恐らくそのような動きをしている物らしいがそう判断するには情報が足りない。引き続き情報を収集しつつ撤退を急がせなければならないでしょう。それと、我々に全てを守るだけの戦力は無い。いずれにしても効率的に、そして優先的に危険を排除する方針に変わりはないが、少々危険を冒さざるを得ない状況になったかもしれません」
「そんな事は今に始まった事ではありませんよ、サトウ隊長。我々は何れあの包囲の輪の中で全滅も覚悟しておりました。今更危険が多少増えた所で、どうという事はありますまい」
バリンストフ少佐は勢いよく佐藤に言った。
だが、この退却する先頭部分は最も火力が集中している集団なのだ。今迄は魔獣との遭遇確立も高かったが、そもそも火力で押し切れていたのだ。しかもヴォートラン兵に加えて日本の自衛隊の姿もある。だが、出発点の包囲陣地から延々と続く退却部する集団の全てに防衛力を貼り付ける事は出来ない。場合によっては全く援護も無く襲い掛かる魔獣の群れを自力で対処せねばならない状況が発生するだろう。サーモバリック試作品が全てここにあるのならば、まだ対処の方法もあるのかもしれない。もしも戦車がここに数両あれば……せめてヘリがあと数機あれば……だが、ここに無い物を考えても意味は無いのだ。佐藤の悩みは尽きなかった。だが、ここで以外な解決方法をバリンストフは提示したのだ。
「あの、チヌークと呼んでいた浮遊機ですが……あれはどの程度の物を積む事が可能なのですか?」
「……というと?」
「この脱出路は幅4km程度に渡って森を焼き払っています。この回廊上なら森の影響を受ける事無く浮遊機を動かす事が可能なのでは? それに包囲陣地内にはコルダビア軍の補給用魔導結晶石も豊富にある筈です。サライへ脱出したドムヴァルの浮遊機は大量にある筈だ。この回廊に運ぶ事が出来れば、包囲陣地と第一次キャンプを基地として周辺警戒や偵察に使う事が出来る筈ですよ、サトウ隊長!」
「成程……現在チヌークは負傷兵の収容も終わって補給のみに使用している状況だ。とするならば……バリンストフ少佐、早速やってみましょう」
ドムヴァル軍の浮遊機でもチヌークで吊り下げられる軽量の機体をチヌークでこの第一次キャンプまで運び、ここを拠点として包囲陣地までの上空警戒と偵察、場合によっては魔獣への攻撃を浮遊機にて行うというバリンストフ少佐のアイディアは、戦力に乏しい今の自分達にとっては希望の光となるだろう。佐藤一佐は、早速その手配を開始した。
数時間後、三機のチヌークは最初の浮遊機を運んできた。それと共に運ばれてきた浮遊機のパイロット達は、第一次キャンプに到着して直ぐに、佐藤一佐の元に訪れた。
「失礼します。ドムヴァル浮遊軍第三攻撃部隊所属 ヤリ大尉です。ニッポン軍のサトウ隊長はこちらに?」
「私が佐藤です、良くぞお越し頂きました。あとどの程度期待出来ますか?」
「ははっ早速ですね。サライの南方基地には既に100機以上の浮遊機が揃っていますよ。ただ、一度に運べるのは3機までの制約がありますが、ニッポン軍の浮遊機が動き続けて頂ける限り、以降の増援は可能です」
「それも脱出組がサライ国境に近づけば近づく程、移動の距離も短くなる筈ですから今より効率が上がりそうです。さて、そろそろ我々はどのように対応すれば宜しいのですか?」
「ヤリ大尉。まずはこの脱出組の出発点である包囲陣地の周辺警戒を頼む。それと、我々が開いた場所以外は森の影響が強い可能性がある。飛行範囲に気を付け、決して魔獣の森上空を飛ばないように願います。それと既に聞き及んでいるかとは思いますが、包囲陣地の北側が要注意の可能性が高い。」
「その辺り分かっておりますよ、サトウ隊長。さて我々の機体も準備が出来た様だ。包囲陣地周辺警戒でしたね。早速向こうに行ってきますよ。補給は包囲陣地内でも行えますよね?」
「勿論です。現在包囲陣地側はコルダビア軍のリュートスキ大佐が管理しています。既にこちらから浮遊機が送られる事は連絡してありますので、補給も潤沢に受けられる筈です。簡易の駐機場も作られてますので離着陸にも問題は無い。だが、決して無理はしないで下さい。それとリュートスキ大佐の所には、我々への連絡方法が確立されています。何か問題は発生した場合は、直ぐにリュートスキ大佐に連絡を入れて下さい」
こうして第一次キャンプ内には、更に数機の浮遊機が運び込まれては包囲陣地に向かって飛び立った。都合数時間の間に包囲陣地には三個小隊分の浮遊機が包囲陣地の周辺警戒と侵入した魔獣への攻撃に対処を始めていた。そしてチヌークは更に次なる浮遊機を運ぶ為にサライ方面に飛び去っていった。そして、アパッチは2機を残して東方のサライ国境へと向けてロケット弾による退路の開拓を開始した。
・・・
包囲陣地内ではリュートスキ大佐が第一次キャンプからの出発指令が予定時間を過ぎても出ずにいた事から、佐藤隊長へ連絡しようかどうかを迷っていた。だが、予定通りに行かないという事は何等かの事体が発生したに違いないと正に通信機に手をかけた瞬間に佐藤一佐からの連絡が来たのだ。
『リュートスキ大佐ですか? 佐藤です、そちらの陣地に問題はありませんか?』
「問題? ……いや問題は無いが。それより朝からニッポン軍の浮遊機がやってきては周辺をぐるぐる回って戻っていったぞ? 何か問題でも発生したのか? ともあれ我々も次の出発指令を待っている。まだ出発出来ない状況なのか?」
『そうですね、その件です。未だ出発はしないで下さい。まず現状で発生している問題を説明します。
「現状で発生している問題…ですか?」
そして佐藤は、魔獣の行動に関する変化について説明を始めた。
説明が終わる頃には、第一次キャンプから飛んできた浮遊機が到着した。リュートスキ大佐は佐藤一佐の無線での説明と、やってきたドムヴァル浮遊軍のヤリ大尉から詳細を確認し、状況を把握した。
「つまり、この包囲陣地に魔獣が来るかどうか分からんという話だな。そして退路もまた然りと。ふーむ……今迄統制が取れていたのは何か指令のようなモノが魔獣に与えられていたという事か……」
リュートスキ大佐は、あの魔獣が溢れた夜を思い出していた。
休戦後に直ぐに前線を下げたその後に来た続報は、魔獣の森北側の全域に渡って魔獣が溢れたという事だ。つまりは同時多発的に魔獣が北に暴走を始めたという事だ。そう、全域で同時多発的に……これは冷静に考えたならば有り得ない話だ。
誰とも無しに言った人間の大量の血が魔獣の狂乱を呼び起こしたという尤もらしい話が当初前線で流布されていた。だが、それだと遠く離れた西方の魔獣の森から溢れた事を説明出来ない。後方の補給線を守るエストーノ軍がソルノクであっという間に壊滅している。だが、そこはここ包囲陣地から西に数百キロも離れた場所なのだ。にも関わらず同時多発の現象が起きたという事の意味する物は……?
……まさか、魔獣達の意識が共有されているのか? いや、それは有り得ない。魔獣が他の魔獣を食物連鎖のように襲う状況も確認している。共有されているならば魔獣同士が闘う事も無いのだろう。だとすると……何か大雑把な方針が与えられている? 互いに魔獣同士の本能を阻害しない程度の大雑把な……
リュートスキの思考は、飛び込んで来た兵の叫びで止まった。
「偵察中のヤリ大尉から通信がっ!! 包囲陣地北方から魔獣が接近中、との事です」
「接近中……どの程度か!」
「まばらに南下中、その数およそ50程度、との頃です」
リュートスキはまばらという言葉に反応した。
成程、今迄は固まって襲ってきていたからな。つまりはサトウ隊長の言う状況がここ包囲陣地でも現れている証左なのだな。とすると南方陣地の戦力をある程度引き抜いて北方の守備に回す方が良いだろう。
「50か……よし、北方に防衛線を張る。自走魔導砲を全て防衛線に集めろ。」
「え!? 全てですか?」
「そうだ全てだ。あの魔獣達はサトウ隊長からの情報を見るに、魔獣の森に戻ろうとしているのだ。今、あの魔獣の周辺に生い茂る魔獣の森は恐らく暫定的なモノなのだろう。だがその森がある限りは浮遊機も飛べんし、退路には魔獣が溢れている。我等の当座やる事は、陣地の北方からやってくる魔獣を駆逐する事だ。脱出のその瞬間までな」
「了解です……もっと簡単に脱出可能かと思っておりましたが……」
「希望が見えただけで十分さ。よし、最後発の部隊を中心に北方陣地構築を急がせろ!」
こうして包囲陣地周辺でも魔獣の対処が始まった。
だが、魔獣が襲ってきた当初とは全く違う、ただ迷い込んでは彷徨う魔獣達の対処は拍子抜ける程に容易な物だった。
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水曜日に納車された車に車載WiFiを積んでみた。
で、今の所快適に使えてます(かいてきを変換すると、最初に出てくるのは会敵ってww)