1_93.半永久自立型対敵国無力化兵器
ドムヴァルとコルダビアの休戦を知らず、先行してムーラの森に突入したドムヴァル軍ガリンストス少尉率いる第二歩兵師団 第七連隊 第29・38・44大隊残余の40人は未だムーラの森を脱出するべく彷徨っていた。直線距離でサライ国境まであと15km程度進んだ時点で、銀色の人間に浸透し乗っ取る魔獣と遭遇し、部隊は更に人数を減らした。度重なる魔獣の奇襲や思いも寄らない出来事の数々に、大隊は進むべき方向を喪失していた。
だが突然に彼等第七連隊残余は救われたのだ。
森の魔獣達は自分達を狙わず、ただ只管北方に向かって進みだしたのだ。それのみが彼らが生き残った理由だった。見た事も無い巨大な一つ目の巨人や、大小と問わない魔獣達。それらがただ只管に北を目指して進んで行く。その進路上にはサライ国境がある。その為、ガリンストス達は直ぐに森の中でじっと動かずに魔獣が行き過ぎるのを待った。そして森は2、3日ですっかり魔獣が居ない一見平穏な状況となった。その機会を見逃さず大きく迂回してサライを目指そうとしていた。
幸いな事に森の中には人間が食べられる木の実や沢の湧き水があり、食料事情がギリギリだったがなんとかなっている。時折遭遇する逸れ魔獣とは交戦を避けてやり過ごし、迂回をする事で方向感覚を犠牲にしつつ生き残っていたのだ。そして彼等はそうとは知らずに森の最奥部である場所に辿り着いた。それは一見するとそうとは見えないツタや様々な植物に覆われた神殿がガリンストス達の目の前に現れたのだ。
「なんだこりゃ……?」
「おい、警戒しろ! バルベル軍曹右に行け。オーヌ曹長は左だ」
「了解、少尉も気を付けてください」
「おお、お前等も気を付けろ」
ガリンストス少尉らの一団は、そのまま発見した神殿に恐る恐る入っていった。神殿の正面の入り口から視界の届く明るい範囲では、巨大な石材を使ったと思われる大きな広間が広がり、例外無く草木が乱雑に成長を続けていた。そして神殿奥には周辺が暗いにも関わらず、何かの光源が光っている。
「…おい、アレ…」
「あ? ああ…光ってやがるな。お宝か?」
「なんだ…あれはなんなんだ…何故、俺に呼びかける?」
そう言うとフース二等兵は無遠慮に神殿の奥に進もうとした。
「おい、フース! 勝手に進むな!」
「大丈夫だ、あの中から呼ばれているんだ……」
理解不能な返答をしたフース二等兵は、制止を振り切ってそのまま光源に向かって進んでいった。
神殿奥の朧気な光源に向かってフース二等兵は奥へと進んだ。神殿に一歩立ち入った瞬間からフースの頭の中に声が響いていた。そしてその光源を見た瞬間からフースの頭の中の声はより一層響きわたり、この頭の中に響き渡る声の主が光源である事を理解した。フースは響き渡る声の主に、声を出して返事をした。
「なんだ! アンタ一体何だ!? 何故、俺に話しかける??」
『貴方方ノ中デ,ワタシノめっせーじヲ受信可能な者ハ貴方ダケノヨウデス』
「へ? …何を言っている?」
『我ガ領域ニ武装シテ侵入シタ貴方達ニ警告シマス.可及的速ヤカニ武装ノ解除ヲ命ジマス.コレ以上コノ領域ヘ武装シタママノ滞在ハ,貴方達ノ安全ヲ保障シマセン」
フースは進んだ先で立ち止まり呆けた顔をしながら、独り言をぶつぶつと喋ってい-た。この様子を見ていたバルベル軍曹は、フースに近づき肩を揺らしながらフースに話しかけた。
「おい、フース! 誰と話してんだ!? フース二等兵!」
「へ? いや、皆この声が聞こえないんですか? ……受信可能が俺だけってそういう意味か!?」
「ああ? 受信可能だと? お前、一体何を言っているんだ?」
「あ……バルベル軍曹、あれは…あれは何かの機械の様です。自分に警告をしてきました。こいつは俺の頭の中に直接話しかけてきています」
この魔獣の森の中で様々な体験をしてきた一行は、既にどんな事でも受け入れる程に有り得ない体験を繰り返していた。直ぐに状況に適応したバルベル軍曹はフースに説明を要求した。
「警告だと? …その機械はなんと言っている?」
「待ってください、今聞いてみます…我々に敵意は無い。お前は何者だ?」
『ワタシハ半永久自立固定型対敵国無力化兵器システム,固有名称ハかるねあノ栄光デス. 敵国ニ投下サレルト,投下サレタ土地ノ生態系ヲ改変破壊スル事ニヨリ敵国ヲ無力化スル事ヲ目的トシテイマス』
「半永久…自立固定型対敵国無力化兵器……? その、お前が投下されたのは一体何時の話だ?」
『ワタシガ稼働開始シココニ投下サレテ以降,5856年227日5時間37分ガ経過シマシタ』
「に、5856年前だってぇ?!」
「…5856年前…神代の頃じゃないか…それからずっと動いていると? 一体どういう動力なんだ?」
フースの横で聞いていたガリンストス少尉は思わず独り言を呟きつつ、魔導銃を掲げ直した。
『再度警告シマス.貴方達ニ敵意ガ無イ事ヲ確認出来マセン.武装ヲ解除シテ下サイ.武装解除ヲシナイ場合,防衛しすてむガ作動シマス』
「しょ、少尉! 武装解除しないと防衛システムが作動するとか言ってます!!」
「何だと? だが、6000年も昔の機械で一体何が出来るというのだ? いい加減その防衛システムとやらも壊れているんじゃないのか?」
「オーヌ曹長、早計は禁物だ。こいつは6000年近く動き続けて居るんだ。皆、急いで武器を置け!」
ガリンストス少尉が武器を置くと、皆もそれに習って武器を下に置き始めた。
そしてガリンストスはフースに聞いた。
「その…ええと無力化兵器…カルネアの栄光と言ったな? こいつは一体どこの国が作って、どこの国を相手にしているんだ? どうやったら止まるのだ?」
『ワタシノ所属ハ聖かるねあ多重神国デス.ワタシハ敵対スルらう"ぇんしあ帝国中央部ヘノ攻撃ヲ目的トシテ,コノ座標ニ撃チ込コマレタ後ニ活動ヲ開始シ,現在ニ至リマス.機能停止ニ関ワル質問ニ答エル事ハ出来マセン』
「ラヴェンシア帝国……だと? あの伝説の国の事か?」
「そうだ、ラヴェンシア帝国と言えば……突然現れた魔獣によって滅ぼされた大昔の帝国だろ?」
「まさか……これがその魔獣の……原因なのか?」
ガリンストス少尉は太古に滅んだラヴェンシア帝国の滅亡原因が、このカルネアの栄光にある事を薄っすらと理解した。そしてこの兵器は当時の敵国であるラヴェンシア帝国を滅ぼして尚、未だ活動を継続中だったのだ。もし、この力が手に入るならばヴァルネク連合と言えども形勢逆転が可能だ。問題は、この機械をどうやってこちらの命令に従わせるかだ。そして、その無力化の内容や方法を知る事が可能であれば……
ガリンストスは、改めてこの半永久自立固定型対敵国無力化兵器カルネアの栄光の設置状況を確認した。中央の祭壇のような場所に、光を放つ光球がはめ込まれた台座がある。この無力化兵器とはどこからどこまでを指すのか。祭壇迄がその機械の範囲だとすると持ち運びには難しい。だが、この光球がはめ込まれた部分のみならば搬出可能だ。だが、この場所はこの機械が言う防衛システムとやらが組み込まれているのだろう。それがどのような物か皆目見当も付かないが…
ガリンストスは周辺を見渡し、何かこちらを狙っているような武器の類を探したが全く見つける事が出来なかった。
「おい、バルベル軍曹……ここに武器らしいモノは見えるか?」
「……全くそれらしき物は見当たりませんな、少尉」
「そうだな……脅しだと思うか?」
「いや恐らくですが確実に何かあるんでしょう。少尉、ここは慎重になった方が……」
「それさえ何とかすればな……」
カルネアの栄光システムは外界の状況から機動状態にあった。
それはコルダビア軍のムーラの森侵入が発端だった。この侵入によりシステムは潜伏待機モードから状況の確認モードへと移行し、ドムヴァル軍の森への脱出行での交戦が発生した結果、魔獣達への指示を伴った影響範囲拡大モードへの遷移していたのだ。その結果、ラヴェンシア大陸北方へ向けてムーラの森からの魔獣氾濫がこのシステムによってある程度統制されながら発生したのだ。
だがガリンストスを始めとするドムヴァル兵達は、このシステムがどういった物かを理解していなかった。ガリンストスはシステムが語る生態系破壊の意味する事は単純に魔獣の氾濫を起こさせるモノと理解した。だが、このシステムが行う生態系の破壊とは、そのシステムの影響範囲内に存在する生命体を不可逆的に別の生命体へと改変する。即ち、このシステムによって齎される魔獣の出現とは、人間を含む周辺域生命体の強制魔獣化による物だったのである。
そして半永久自立固定型対敵国無力化兵器システム カルネアの栄光は、ドムヴァルの兵達との遭遇を含む現在の自らの置かれた状況を分析し、こう結論していた。
(接触シタ生命体ノ遺伝子情報ハらう"ぇんしあ人トホボ同様デアル事ヲ確認.彼等ハらう"ぇんしあ帝国ガ滅ンダト証言シタガ欺瞞情報デアル可能性ガ高イ.以降ハ現在行ッテイル北方方面ヘノ指向性影響範囲拡大もーどヲ解除シ,状況ニ応ジテ定メラレタ攻撃ヲ続行スル.ソノ為ニハしすてむノ影響範囲ヲ有効ニシナケレバナラナイ……)
そしてシステムが下した決定、即ち指向性影響範囲拡大モードの解除は、今迄法則性を持って動いていた魔獣達から法則性を奪ったのだ。それはサライ東方城壁まで70km地点に居る脱出作戦中の自衛隊を始めとする各国軍への影響となって表面化した。
久々の森の中に入ったドムヴァル軍ガリンストス少尉残存部隊の続報です。もっと早く登場する予定だったんですが、気が付いたらこんな放置状態に…という訳で早めの更新。
次回更新予定は3/9(水)なんですが…その日納車なので、もしかしたら更新出来ないかも。
※7日って今日やんww9日の間違いでした




