1_92.脱出初日を終えて
120mm重迫とアパッチの攻撃は包囲陣地東方に群がる魔獣の大小を問わず掃討した。攻撃範囲内に居た魔獣の大部分はロケット弾の爆発そのものと破片によって切り刻まれて居たが、少数の運良く逃れた小型の魔獣が魔獣の死骸が散乱する脱出道の先頭を進むヴォートラン兵のカラニシコフによって殲滅されつつあった。
「おい、ガレアッツォ! 魔獣なんて御大層な名前付いてるが、こいつらあんまり大した事ねえな」
「それもこれもニッポンの航空機が大部分を掃討してるからだろうが。おっ、3時の方向に生き残ってる奴居るぞ、フェデンツィオ撃て!」
フェデンツィオの射撃は正確無比に魔獣に当たり、鉄の嵐が吹き荒れたにも関わらず生き残っいた魔獣の最後の運を刈り取った。第25区での魔獣掃討戦から包囲陣地までの戦いでヴォートラン兵達の射撃は相当に上達していた。だが、その様子を見ていたガースパレ曹長は隊の弾薬状況が初期に比べて潤沢であるとはとても言えない現状に、全員に止むを得ない場合を除いて連射での射撃を禁じ、単発射撃のみを強いていた。
「おい貴様等、ニッポン軍が補給を担当してくれているが弾は無限では無いぞ。無駄弾を撃つなよ。肝心な時に弾が無い状況を作るな。常に残弾を数えて撃て。分かっているな!」
「了解ですよ、ガースパレ曹長」
「まぁお前等はそれなりに使えてるからな。ともかく無駄弾は撃つなよ。ニッポン軍が新型爆弾を使用して前方20km地点に陣地予定の空間を確保する予定だ。我々はそこに乗り込んで陣地を構築する」
「曹長、我々も穴掘りに参加するんですか?」
「そいつはドムヴァルやコルダビアの連中に任せる。我々の任務はその周辺警護だ」
「…少し俺達ばっかり働き過ぎじゃないすか、コレ」
「彼等にそれだけ我々が頼られているという事だ。つべこべ言わずに進め!」
「了解でーす、曹長」
比較的大型の魔獣が生き残っている可能性を当初は危惧していたが、殆どの大型魔獣はアパッチによって掃討されていた。小型の魔獣の類も五体満足とは言えない状態にまでなっていた為に、ヴォートラン兵による残敵掃討は凡そ予定通りに進んでいた。問題は、目的地であるサライ城壁へ脱出する迄に弾薬が持つのかどうか、その一点だけだった。
・・・
「佐藤一佐、アパッチが二回目の出撃に向かいます。この出撃で20km地点迄の確保を予定しています」
「そうか。では、そろそろ例のアレを投下して一次キャンプの確保を行うか。…大島技官はどこか?」
物珍しそうに包囲陣地のあちこちを見て回っていた防衛装備庁から来た大島技官は、佐藤一佐に呼びつけられて指揮観測所に押っ取り刀で駆け付けた。
「大島です、お呼びになりましたか?」
「大島技官、そろそろ脱出組の先頭集団が20km地点の工程に入る。例のサーモバリックで30km地点への投下を願いたい。技官はチヌークに搭乗されますか?」
「いや、私は結構です。この観測所で状態を確認します。いやぁ、それにしてもコルダビア軍の戦車は面白い形状していますね。前面装甲に偏重した形状に、個別に無限軌道に類似したタイヤ達。彼等の運用思想が垣間見れて大変面白い物を見れますね」
「ははっ、そうですね。ですが何れその辺りは国に帰った際にゆっくり考察して下さい。サーモバリックのチヌークへの積込みは完了していますか?」
「積んだまま移動していたかと思うが確認してきましょう」
「頼みます。もし積んで居なければ直ぐに積込みを行う様に指示しますので」
こうして大島技官が投下用機体のチヌークに行き、そのまま積んである事を確認して戻って来た。この知らせを聞いた佐藤とマィニングは、大島技官と共に指揮観測所のモニターに集まった。チヌークからの映像とコールガス達が乗ったUH-1Jからの二つの映像が映し出されていた。そしてチヌークは投下予定場所まで飛行し、投下予定地点に到達した。UH-1Jからの映像は、チヌークがやってきた所を映しており、チヌークは上昇した後に爆弾を投下する様子が見えた。
チヌークから投下された爆弾がパラシュートを開きゆっくりと目標地点へと落ちていった。そして一定の高度で真っ白な霧のドームが出来たかと思うと、中心から爆炎が凄い速度で周囲に広がり、全てを爆風で吹き飛ばした後で黒い煙が立ち昇った。そして煙が晴れた頃には、投下した爆弾の周囲が吹き飛ばられて何も無くなっており、円状に魔獣の死骸が転がっている風景を映していた。この光景を見ていたマィニング大佐は、以前に見た事のある光景に思い当たり思わず叫んだ。
「あ、あれは…まるで魔法士による大規模魔法攻撃ではないか!!」
「ああ、ロドーニアでも同様の威力の攻撃方法があるのですね。我々はあれをサーモバリック爆弾と呼んでいます。ちなみにその大規模魔法攻撃とはどういった物なんですか?」
「いや…私も魔法に関しては詳しい事は分からないんだが…」
マィニング大佐はロドーニアの秘密兵器に属する魔法士による攻撃方法を日本の佐藤一佐に喋る事を躊躇った。だが、広がる光景は以前リュカ王国西部でヴァルネク連合のエストーノ軍が壊滅した際の光景に酷似していた。あれは長年の経験と修行を積んだ魔法士によって振り絞られた既に廃れたと思われていた魔法による大規模範囲攻撃だったのだ。だが魔法士が撃てるのは1発で、次に撃てる迄回復するには相当の日数を要し、決戦兵器として考えた場合は使いどころが難しいシロモノだ。だが日本軍は試作という言葉を使っていたが、あの大規模魔法に相当する威力の爆弾を、科学技術を用いて再現したという事になる。つまりは…あの大規模魔法の威力を持つ爆弾が彼の国では今の段階では無理だとしても何れ量産も可能という事か!? あの威力を持つ爆弾が量産されたら…それが同盟の戦力として換算されたなら…
マィニングは改めて日本の科学技術に戦慄していた。
だが、この戦慄を味わっていたのは彼だけでは無かった。
これはUH-1Jに乗っていたコールガス達も同様だったのだ。
「あ…あれは…一体なんだ…?? 一体何をやったんだ!?」
「我々が作った新型爆弾による投下試験だよ。とは言っても既に我々の世界では確立されていた物で、我々が作ったのは二番煎じのモノなんだがね。このサーモバリック爆弾の投下によって一定範囲の障害となりえる物を全て吹き飛ばして、跡地に第一次キャンプを構築する予定なんだよ」
「新型爆弾だと…? い、一体あの威力は何だ!?」
「んーと…そうだな。まぁ平たく言うと可燃性の液体をばら撒いて着火し、周辺を爆風で吹き飛ばしたんだよ」
「可燃性液体をばら撒いて燃やした? とてもそうは見えなかったが…」
「ま、詳しい事はあの爆弾を運んできた開発担当が来てるんで、その人の確認して貰えるかい?」
「そ、そうなのか…後でその人と逢わせて貰えるかな、タドコロさん」
「その人の都合もあるだろうから確約は出来んけどな」
「それでいい、頼む」
こうしてロドーニア特別調査隊を先頭にドムヴァルの脱出第一梯団がサーモバリック爆弾によって空白地帯となった場所に到達したのは、その日の夕方頃だった。包囲陣地から東方30km地点に第一次キャンプが構築され、次々と補給物資とヘリコプターの簡易離着陸場が作られ、その周辺をヴォートラン兵が交代で警戒にあたった。
その夜、第一次キャンプでは佐藤一佐を中心にマィニング大佐とモンラード大佐、そしてドムヴァルのバリンストフ少佐を含めての作戦会議が行われた。
「さて…本日行われたここ第一キャンプ迄の脱出計画第一段階に於いて、アパッチによる数度の掃討と120mm重迫撃砲の砲撃によって計画通りに予定地点まで到達した。計画では弾薬と燃料の消費に関しては概ね予定通りに推移しているものと考えている。各部署からの評価と判定を願いたい。それでは各部署の報告を頼む」
「佐藤隊長、発言宜しいですか?」
モンラード大佐は、ヴォートラン兵を束ねるコルンバーノ大尉からの報告書を元に報告を始めた。
「我々ヴォートラン兵による脱出第一梯団先頭集団の報告が来ている。ニッポン軍の砲撃によって開かれた退路の残敵掃討だが、あの航空機による攻撃によって殆どの魔獣が掃討された。我々はこの退路上で残敵掃討を行ったが、そもそもあまり魔獣達は残って居なかったのだ。だが、あの新型爆弾による攻撃は大部分の魔獣にとって効果的であったが、一部…緑色の軟体魔獣に関しては全く効果が無かった様だ。殆どの魔獣がバラバラに吹き飛んでいたが、その中で緑色の軟体魔獣だけが無傷で大量に生き残っていた。その為に、この緑色の魔獣排除に相当量の弾薬を消費している。佐藤隊長、弾薬に関して我々は以降の補給を潤沢に得られるのだろうか?」
「なるほど、緑怪に関しては爆風はそれほど効果が無い訳か…。サーモバリック弾はあと二回の実施を考えているが、その際には緑怪に対する追加攻撃を加えた方が良いだろうな。補給の面に関しては、追従する高機動車が貴軍を直援するが、包囲陣地内に集積した弾薬は何れこの第一キャンプに輸送し、継続して弾薬の支援を行うので心配しないで欲しい。報告ありがとうモンラード大佐」
補給において担保が得られたモンラード大佐は満足そうに着席した。そして次に発言したのはマィニング大佐だった。
「例の新型爆弾…ですか。あれは魔獣の殆どを一撃で掃討されておりましたが…あの爆弾は試作と仰ってましたね。あれは我々に供与可能ですか?」
「その辺りは、サライまで無事脱出した暁に改めて願えますか?」
マィニングはこの会議の趣旨を改めて思い出して、謝罪の上で引き下がった。
ロドーニア特別調査隊隊長という肩書であっても、実働はモンラード大佐率いるヴォートラン兵達だ。実際にはマィニングはヴォートランが日本によってこの戦争に介入する為の方便の一つとして、ロドーニア隊の隊長という肩書を得ているに過ぎない。だが、マィニングはロドーニア軍部より日本の陸上部隊に対する実力と情報を探り、そして日本からの協力を最大限得られるべく佐藤一佐に張り付いていたのだ。そこに田所が遅れて入ってきた。
「すいません、遅くなりました。例の二人を大島技官の所に案内して気化爆弾の説明聞いていたら遅くなっちまいました」
「ああ、大島技官か。彼も話が長くなりそうだからな…で、彼等は満足したか?」
「満足と言っていいのか…彼等の常識と照らし合わせて、色々面食らってましたね」
そして田所はコールガス達二人の対応を話し始めた。だが、日本人以外も居るこの場では日本側の真意を悟られぬ事を留意した、表面上の会話に終始した。こうして、脱出初日は特に問題も無く、そして魔獣の襲撃もないままに暮れていったのだった。
何時もお読み頂き有難う御座います。
なんか進行が遅くて申し訳ありません、来週は無事脱出作戦が終わると良いんですが…
次回更新は月曜日(予定)です。




