1_08.第二打撃軍の突破作戦
サルバシュ国境の第一防衛線内側の街カドリナは圧倒的な戦力を以て攻め込んだコルダビア軍が占領していた。次なる目標に向けて、コルダビア第一打撃軍はサルバシュの第二防衛線に向けてイェルヴァ街道を南進していた。南進する第一打撃軍西側には、第二打撃軍が併進する。そしてカドリナの街一番のホテルがコルダビア軍に臨時司令部として接収されていた。
「アンゼルム将軍。第一打撃軍の補給は大丈夫か?」
「良くないな、ボレスワフ将軍。第二打撃軍はキウロスから来た補給線が、ロジャイネから来た第一打撃軍との補給線が重なったここカドリナで渋滞している。別の補給線を結ぶか、迂回路を構築せんと前線に十分な補給が行き届かん。」
コルダビア軍は、ロジャイネから出撃したコルダビア第一打撃軍とキウロスから出撃したコルダビア第二打撃軍が、それぞれサルバシュ国の防衛線を突破した後に国境傍の街カドリナで合流した事が原因で補給に渋滞が生じていた。今の所、同盟軍の反撃の動きは鈍く、サルバシュ自体の守備部隊も抵抗が激しく無かった事から今の所はコルダビア軍の補給線は破綻はしていない。だが何かが起きると直ぐに危険が訪れる危険な綱渡り状態なのだ。その為、第一打撃軍司令官アンゼルム将軍は、第二打撃軍司令のボレスワフ将軍と補給の解決に関しての協議をカドリナの臨時司令部で行っていたのだ。
「ジリナとベラーネに対してはヴァルネクが同盟の鉄道線路を集中的に浮遊機による攻撃していると聞く。とするならばリェカに居る同盟軍主力がサルバシュに来るには早くて3日はかかる距離だ。それまでの間にサルバシュを無力化させなければならん。最悪、我々がサルバシュと同盟主力に挟撃される事になるぞ。」
「敵の残存勢力を考えると杞憂に思えるな、アンゼルム将軍。サルバシュの取り得る戦術は防衛と時間稼ぎだけだ。同盟主力が来るまでに持ち堪える事しか選択肢が無い。と、するならば間断なく敵戦力を削り続ければ何れ連中は持てる戦力を全て失って降伏に至るだろう。」
「確かにな。無論、それを実行するにはやはり補給が問題となると思うのだが。」
「それ程補給が問題となるか? 第一、サルバシュの防衛戦力は少ない。我々を押し止める程の戦力が残っているとは思えん。こちらの補給が問題となる前に終わるだろうが。」
「つまりは貴公はどうあってもこのままサルバシュリアを急襲した方が良いという事だな。ボレスワフ。」
「ああ、その通りだ。やはり当初の計画通り敵の首都サルバシュリア前面に展開する第二防衛線を一気に正面から潰す。補給の問題は速度で解決する。」
「それであるなら、カドリナを迂回する補給路を設定する事だけは行って欲しいぞ。両軍が集中する事でカドリナが捌ける量以上がこの街に流入している。それが補給部隊遅延の原因だ。」
「いや、貴公の第一打撃軍側でカドリナを迂回する補給路を設定すれば良いだろうが。」
この戦いでフランシェク国王から全権委任されているコルダビア軍第一打撃軍司令アンゼルムと、次席扱いの第二打撃軍司令ボレスワフの仲は決して良くはない。一つにはこの戦いをきっかけに更なる地位の向上を目指すボレスワフと、自軍の兵を失いたくないアンゼルムの間では当然戦略の違いが出る。ともかくに戦果を上げたいボレスワフは補給を無視してでも敵を落としたいが、兵の損失を考えるとそのような戦略を選択出来ないアンゼルムとの間で、補給線問題を互いの話し合いで解決が得られなかったのは当然の事だった。
「分かった、それでは第一打撃軍はカドリナを迂回する補給路をこれから設定する。だが、その間は補給路新設の為に一部防衛部隊を割かねばならん。カドリナ前面の我が第一打撃軍は一時的に停止するぞ。」
「ああ、それで構わん。我が第二打撃軍だけで敵の薄っぺらな第二防衛線でも首都サルバシュリアでも落としてしまうが、そうなったとしても貴公は文句は言わぬよな?」
実際の話、ボレスワフの読み通り、どちらか片方の打撃軍だけであっても現在のサルバシュが持つ陸戦力では防衛は不可能なレベルだったのだ。だが、第二打撃軍先遣部隊によるサルバシュ第二防衛ラインへの攻撃を何とか抑えていたのはサルバシュの空軍浮遊機部隊と砲兵が全力で抵抗していた為だった。対空部隊をそれほど持たないコルダビア第二打撃軍は、空軍に迎撃を要請していたが、補給の問題でコルダビア空軍の動きは鈍く、一時的にサルバシュ第二防衛線はサルバシュ空軍が制空していたのだ。そして、そこに同盟国浮遊機部隊とロドーニアの魔法士が第二防衛ラインに到着した。
「さて、これからどう致しますか、アベルト殿?」
「そうですね……」
浮遊機上でパイロットに話しかけられたアベルトは戦場を見渡した上で判断した。
「当初聞いた話と若干状況が変わっていますね。どうも先行している敵軍と後方待機の軍に分かれている様ですが、全てを撃滅するのはあれほど離れているのなら難しいですね。」
「そうですか……それでは先行している敵軍を叩けますか?」
「承知致しました。先行している敵軍を殲滅したならば、後方の敵軍も警戒して前進を躊躇いましょう。それでは準備に入りますので、下に降ろして頂けますか? それと浮遊機部隊は15分後に上空から撤退してください。」
「了解しました、それでは第二防衛線内側の方に降ります。」
後方に降り立った魔法士アベルトは詠唱を唱え始めた。
ちょうどその頃、アンゼルム将軍の元を去ったボレスワフは第二突撃軍全軍に防衛線正面への前進を命じた所だったのだ。ボレスワフは重装甲の自走魔導砲を先頭に、第二突撃軍全軍を第二防衛線前面に圧力を加えてきた。既にボレスワフ将軍はアンゼルムとの話し合う前の段階で第二突撃軍に突撃体制で待機を命じていたのだ。その為、コルダビア第二突撃軍の動きは早かった。更に、上空をこれまで制圧していたサルバシュ空軍が引き始めた事を見たコルダビア第二突撃軍のボレスワフは決断した。
「ボレスワフ閣下、上空の敵浮遊機が後退して行きました。」
「うむ、魔導結晶石は無限ではない。恐らくは連中の魔導結晶石がそろそろ切れたのであろう。であるならば煩い浮遊機が居らん今が突撃の好機だ。全軍に命ずる。前方敵第二防衛線を突破せよ! 敵防衛線を食い破り、敵の首都サルバシュリアに到達せよ!」
ボレスワフの命令一下、全軍はサルバシュの第二防衛線に向かって突進を開始した。