1_88.コールガスとエルネスキ
包囲陣地内に収容されたロドーニア特別調査隊のマィニング大佐とモスカート大佐は、直ぐにコルダビア軍のリュートスキ大佐とドムヴァル軍のバリンストフ少佐と会い、今後の作戦行動への摺合せを行った。
「本当にここまで来るとは…貴軍の救援に感謝します、マィニング大佐」
「いやいや、我々だけではありませんぞ、バリンストフ少佐。ニッポンの協力無しでは成し得ませんでした。しかも未だこの脱出計画は始まったばかりです」
「確かにその通りです。だが…明日の脱出は本当に上手く行くのでしょうか」
バリンストフ少佐は、この包囲陣地に到達した事実を以てロドーニア特別調査隊の能力を証明した形となってはいるが、その調査隊の装備はガルディシア帝国というニッポンよりも更に東方の初めて聞いた国から輸入された武器であり、マィニング大佐を長とする特別調査隊の実体はヴォートラン王国の兵達だという。つまり彼等はニッポンの兵器を装備している訳でも無い。そんな二個中隊規模の部隊が我々16万の軍を脱出させる事など夢物語だという認識だったのだ。不安を抑えきれない固い表情のバリンストフ少佐に対して、モスカート大佐が口を開いた。
「これは私見なのだが…この脱出作戦にニッポンの援助があるという事が脱出の可能性を大幅に引き上げている事だと思って居る。我々ヴォートランは以前からニッポンという国を見続けているが、どうにも今回のニッポンの関与は彼等の支援規模が未だ本気を出している様には思えない。にも関わらず我々特別調査隊を何の被害も無く、ここに到達させたのだ。恐らくは今回もそれ程大規模な援助を行わなくとも成功する見込みには彼等ニッポンにはあるのだろうさ」
「言われてみたら確かにそうなのですが…だが、それにしても……」
モスカートの話を聞いても不安を拭えない表情のバリンストフ少佐に、リュ-トスキが声をかけた。
「バリンストフ少佐、何れ何もしなければこの包囲陣地が我々の墓場となる訳だ。とするならばこの脱出作戦に一縷の望みを賭けてみるのも良いではないか?」
「いや、リュートスキ大佐…それは理解しています。理解していますが…この人数では…」
そこに包囲陣地南方で攻撃を行っていた自衛隊の佐藤一佐が、司令部にやってきた。
「おお、ロドーニア特別調査隊も到着しましたね。それでは早速、今後の作戦について具体的に説明しましょう。ああ、その前に先程攻撃していた陣地南方の魔獣群は一先ず落ち着きました。リュートスキ大佐、これで南方からの魔獣は暫く安全でしょう」
事も無げに言い放つ佐藤一佐の報告に、リュートスキは消えかけていた希望の光が再び灯るのを感じた。こうして、この脱出作戦に関する中核の者達が司令部に集結した。
佐藤一佐の説明では魔獣へ砲撃を加えた結果、砲撃点の魔獣密度が低下した部分を埋める様に他の魔獣がその地点に押し寄せて来ようとする。結果として然程目標を大きく移動する事無く、移動のタイミングに合わせて攻撃を行う事により効率よく魔獣の排除を行っていた。これは、サライ第25地区で行った巨大魔獣への攻撃時で掴んだ魔獣の習性的な動きだったのだが、果たして違う場所で違う魔獣に対して効果があるのかどうかを試してみたのだった。そしてその結果は上々だった。空白地帯を埋めるように魔獣が移動した結果、その周辺域の魔獣密度は低下していった。
佐藤は、この結果を元にした脱出作戦を皆に提示した。
・・・
コールガスとエルネスキは、撤退準備にバタつく陣地内で自衛隊員を見かけると直ぐに話しかけた。
「な、なあ、アンタ! そうそうアンタだよ、あんたニッポンの軍人なんだろ?」
「え? …そうですが、何か?」
「いやいや、さっきのあんた達の魔導砲の砲撃! 凄かったねえ」
「はぁ…魔導砲ですか? これは魔導砲では無く、迫撃砲と言いまして…」
「おっ、ハクゲキ砲? ほほぅ、そういう名前なのか…一体どういう仕組みになってんだい?」
声を掛けられた自衛隊員の西村は、話しかけてきたこの兵がコルダビア兵である事は分かったが、その正体がヴァルネク親衛軍の間諜である事までは分からなかった。そして、彼らに無い技術で魔獣を殲滅した事から、恐らくは軍人的好奇心を満たそうと話しかけてきた、と判断していた。しかも佐藤隊長からは、兵器の情報はある程度流しても良いが自衛隊の規模に関する話は絶対に喋るな、と命令されていた事から、それなりに軽く答えた。
「これは我々が持つ迫撃砲の中でも小さ目の持ち運び可能な砲でして、放物線を描いて目標に攻撃が可能ですよ。まぁ持ち運び可能なので射程自体が結構短めでしてね。ここで照準を合わせて上から砲弾を落とすと、発射する仕組みになっているんですよ」
「持ち運び可能な小さ目の砲…? と、すると御国ではもっと大きい砲が?」
「ああ、そうですね。貴国の魔導自走砲に近い車両化した砲もありますし、牽引するタイプではあれよりももっと大きい物もありますよ」
「魔導自走砲に近いだって? じゃあんた達の軍隊もあの類を持っているのか?」
エルネスキは、コルダビアの自走魔導砲を眺めていた自衛隊が驚かなかった事で、彼等も似たような兵器を運用している事は気が付いていたが、この確信の言質を取る為に西村に質問をした。
「そうですね。我々は直接攻撃を行う事が可能な戦闘車両を戦車と呼んでいますね。昔は特車と呼んでいたんですけどね。この戦車というのが貴国で言う所の魔導自走砲というカテゴリになります。ちなみに自走砲という名称もありますが、それらは直接砲撃を行わずに後方から放物線軌道の砲弾を撃つ車両を指しますよ」
「成程なぁ…大したもんだ。放物線を描きながら当たるとなると確かに便利な局面もあるんだろうな。その弾は、1発撃ったらお終いなのかい? いや、魔導自走砲は弾の出力を調整して何度かに分けて撃ったり、1発で魔導結晶石を全部使い切るような砲撃をしたりするからさ」
「ああ、つまり魔導結晶石からエネルギーを引き出して、出力を調整しながら撃つ事が可能なんですね。いや、私達の砲は1発撃ったらその弾は終わりですよ」
「すると相当な数の弾を用意しなきゃならんね。運ぶのも大変そうだ…」
「ええ、まあ。通常はそういった場合に不都合が無いように補給はしっかりするでしょうね」
西村は、他人事のように言いつつも潤沢に補給が得られる今回の作戦を除いては、いつも弾薬の類はカツカツである状況を思い出し自嘲気味に笑った。相変わらず様々な要因で自衛隊の弾薬は何時も極めて少ない。何時も他に優先順位が割り当てられ、極めて苦しい備蓄状況であるのは移転前と一緒だった。だが、ガルディシア帝国の一都市だったマルソーでは、日本から様々な機械が持ち込まれ、一大工業地帯として稼働し始めていた。そしてかつて中国の秘密工作員によって作られた弾薬製造の秘密工場は、その持ち主を変えてエウグストの武器工場となり、更には大量の自衛隊用の弾薬を生産し始めたのだ。比較的に小さい小火器から始まった弾薬製造は、やがて口径の大きな砲弾へとその製造範囲を広げ始めていたのだ。だが、まだまだ潤沢という状況ではない。その為、西村は自嘲気味にも一般論的に答えていたのだが、コールガスは別の受け取り方をした。
ニッポンという国はどこにあるのかは知らんが、その軍は兵站を重視する組織の様だ。
そもそもこの陣地に入ってきて連中が最初に行ったのは補給物資の集積だ。しかも、この目の前の兵が言うのは、あれだけ補給を受けていても、まだ完全じゃないという印象で不満な部分が話していても垣間見える。つまり今は彼等にとって普段よりも補給が得られていない状況なんだろう。とすると、それだけの兵站を支える事が可能な軍であるという事だ…これは想像していたよりも、大きな力を持つ軍隊なのかもしれない。一応魔導自走砲の類は存在する事は確定情報だ。もっと他にも何等かの運用方法や戦術でも分かれば良いのだが何をどうやって聞けば良いのか…
コールガスが黙り込んだ所で、エルネスキが西村に対して質問を続けた。
「そういえば、あんた達なんか小さい浮遊機飛ばしていたけど、ありゃ一体なんだい?」
「ああ、ドローンですか? あれは、ええと…そうですね。偵察や観測を行う事が出来る無人機ですよ。我々が実際に目標地点まで行かなくでも先にこいつを飛ばして状況を確認し、砲撃等を行う場合には観測を行ったり、砲撃のダメージ判定を行ったりします」
「…え? む、無人機? 人が乗っていない?」
「ええ、人は乗っていません。この程度のサイズですしね」
西村がジェスチャーで両手を大きく広げた程度の大きさを表した。
そしてコールガスは、その程度の大きさに過ぎない無人の浮遊機がどういった方法で観測や偵察をしているかを知りたがった。西村は近くに居たドローン操縦士を連れて来て、そのシステム一式を見学させる事を約束した。ドローンには小型のカメラがついており、そのカメラから送られたリアルタイムの映像が手元のノートパソコンに送られて来る。その説明を聞いてもコールガスには理解出来なかった。そもそも彼の中でのカメラの常識は、白黒の荒い画面であり詳細を調べる為には面倒な拡大作業が必要な筈だった。その後に、コールガスは高精細画質の上空からの映像を見て驚愕する事になった。
こうしてコールガスとエルネスキは、見たモノと説明を受けた内容を自分なりに解釈した結果、ニッポンという国の情報を佐藤一佐の狙い通りに誤った解釈のまま情報を集積していった。
そして、脱出当日の朝を迎えた。
誤字脱字、ブックマーク、評価感謝です!
次回は金曜位を予定しています。




