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カルネアの栄光  作者: 酒精四十度
【第一章 ラヴェンシア大陸動乱】
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1_86.包囲陣地の脱出前夜

コルダビア・ドムヴァル包囲陣地北方50kmにロドーニア特別調査隊が拠点の体制を整えた頃、日本からの救援ヘリであるチヌーク3機がこの包囲陣地内にやってきたのだ。チヌークには佐藤一佐が今後の脱出を説明する為に同乗していた。


この魔獣の森汚染地域である周辺域を物ともせずに飛んで来た変わった浮遊機に、陣地内の兵は狂喜乱舞した。だが、コルダビア第二打撃軍司令代理であるリュートスキ大佐は、前回のバリンストフ少佐から告げられた人工魔導石の件について、未だ疑念を払拭出来なかった。そんな心理状況の中で正体不明の国からやってきた、得体の知れない浮遊機が来たのである。喜び浮かれる兵達とは対照的にリュートスキ大佐は正体不明の浮遊機から降りて来た者達に対して慎重に対応していた。降り立った浮遊機から来たのはニッポン国という聞いた事も無い国から来た軍人と型どおりの挨拶を交わした後で、バリンストフ少佐と共に協議に入った。


「すると君達はニッポンという国から来たのだな。そして同盟にも連合にも与していない、と。その国が何の理由と権限でここに? …いや、そもそも浮遊機は魔獣の森の影響を受けて飛べぬ筈だ。一体どうやって君達の浮遊機は飛んで来られたのだ?」


「色々疑問はあるかと思いますが、その辺りはおいおい説明させて頂きます。先ずは現在の状況説明致します。ロドーニアから派遣された特別調査隊はここから北方に50km地点に拠点を構築しております。ここへの到達は明日1500を予定しています。ロドーニア特別調査隊がこの陣地に合流した時点で、東に100kmのサライ国境城壁に向けて脱出を行います」


「サライ国境城壁に脱出だと! 本当なのだな!?」


サライ国境城壁への脱出を聞いた瞬間に表情が明るくなったバリンストフ少佐とは対照的に、リュートスキ大佐の表情は暗かった。昨晩のバリンストフ少佐からの質問がずっと彼の心に重い蓋となっていたのだ。


…恐らく我が第二打撃軍はサライ国境に収容された後に武装解除された上で、脱出の為にサライの港に行く事になるだろう。だが、昨晩にバリンストフ少佐にされた質問を我々の高級将校に対して行う事になるだろう。そもそも人間を材料として魔導石にするなんぞ荒唐無稽な話なんぞ聞いた事も無い。俺が知らんのに部下達が知っているという事もあるまい。それが故に尋問事体は直ぐに終わるだろう、責任者である俺を除いて。恐らく、本当に人を魔導石に変える事がヴァルネクに可能だとした場合、これまでの潤沢な魔導石の供給も納得だ。これは想像だが、恐らくゼーダー中将はその事を知っていたのかもしれん。何故なら中将閣下も補給に関しては全く疑問を呈した事は無かったからだ。つまりはある程度はこの件に関して事情を知っていたんだろうな。参ったな…


リュートスキ大佐がずっと押し黙ったままであるのに気が付いたバリンストフ少佐は、それに気が付いて思い当たる節があったもののあえて素知らぬ振りでリュートスキに話しかけた。


「リュートスキ大佐、脱出に関して部隊の行動はどのように?」


「あ…そうだな…サトウ隊長。どのような手順となるのか教えて頂けるだろうか?」


「そうですね。現状この陣地は四方を魔獣によって完全に包囲された状況にあります。そこを北方からロドーニア特別調査隊が南下して合流します。その後、東方のサライ国境城壁に調査隊が先程のチヌーク2機と共に脱出路を作ります。それと1機は負傷者の移動に充てます。ちなみに負傷者はどの程度おりますか?」


「負傷者は…歩けない者は400人程だ。他は自力で移動可能だ」


一瞬、リュートスキ大佐は四つ足に子を産み付けられ、自分達で焼却処分にした兵達を思い出した。殆どの負傷兵はドムヴァル軍との交戦では無く、その他の魔獣によって被害を受けた者達であり殆どが回復不能な障害を負っていた。だが、その他健在なコルダビア第二打撃軍の総兵力は11万8千。この規模からすると現時点での行動不能な兵の数は少ない。そしてドムヴァル軍の残存兵は4.8万程だった。一部の部隊は森に入ったまま連絡を絶っていた為に残存兵力に含めてはいないが、それ以外はドムヴァル軍の被害の殆どは魔獣の森からの損害であり、やはりコルダビア軍と同様の状況だった。


そして総勢16万弱の脱出は困難である事が予想された事から細かい調整と脱出の為の手順策定に入っていた。だが、バリンストフ少佐は佐藤隊長から救援に来るロドーニア特別調査隊の総数がたったの500人程度である事を聞き、膨らみかけた希望があっという間に萎んでいった。


「あの…サトウ隊長…500人ですか? それは…2個中隊程度という事ですよね? つまり幹部士官のみを脱出させるという事でしょうか?」


「いえ、ドムヴァルとコルダビア軍の総勢16万全員をこの死地から脱出します」


「馬鹿な! そんな事を出来る訳が! 50km手前までは魔獣の少ないルートを通り、運よく弱めの魔獣を倒してきたのでしょう! サライ城壁前面には非常に強力な魔獣が居る。 あの、巨大な魔獣相手に一体何が出来ると言うのだ!」


「巨大な魔獣? あの一つ目の?」


「そうだ! この陣地とサライ城壁を分断するのは、この100kmの間にあの巨大魔獣が居るからだ。我々の武器は一切届かなく、あの巨大魔獣と敏捷な小型魔獣が群れを成しているのだ! あれをたったの500人でどうやって突破するのだ!」


「ああ。そういう事ですか。…これをご覧頂けますか?」


佐藤は小型のノートパソコンを取り出して昼間に200匹もの巨大魔獣を120mm重迫によって殲滅する様を記録した録画をバリンストフ少佐とリュートスキ大佐に見せた。食い入るように見つめる二人は上空から撮られた巨大魔獣が次々に砲撃によって倒れてゆく様を見続け、最後に上空から撮影していた物が攻撃を行っていた二門の砲と10名に満たない部隊の所に戻ってきた所で撮影が終了していた。


「た…たったの二門の砲だと…???」


「しかもあの砲を操作していたのは10人に満たなかった…魔獣が…こちらの砲を一切受け付けなかったあの魔獣が…」


「サ、サトウ隊長…あの砲は現在どこに?」


「ええとですね、それをこれから説明しますね。基本的には我々ドムヴァル派遣PKF部隊が上空支援となります。それと同時にサライに持ち込んだ砲をここの陣地に空輸します。明日の脱出の際には支援砲撃を行う予定です。この砲撃によって退路上の大型の魔獣をある程度掃討する予定です。ですが撃ち漏らしや手負いが出ると思いますので、それはロドーニア特別調査隊のヴォートラン兵部隊が先頭となって切り開きます」


「そうすると退路そのものは良いとして側面防御は?」


「それはある程度上空支援部隊によって行います。ただ支援に割けるヘリは3機しか居ないので、当初はこの陣地をヘリの補給拠点にし、負傷者の後送が終了次第の事となります。その為、1段階目として重砲による砲撃、2段階目としてヴォートラン部隊の前進、3段階目として退路の安全確保と支援、4段目として全部隊の脱出という流れになります。ただ、やはり100kmという距離は長い。その為、支援部隊も要請しておりますが、間に合うかどうか…いずれにせよ、側面防御は上空支援部隊が行います」


そして佐藤の部隊に課せられた任務は魔獣の誘引にあった事から、陣地の中から攻撃する予定だった。元々佐藤の部隊はサライの港に入った護衛艦いせからサライ南部へと空輸によって中継拠点を作り、適時補給を受けてきていた。その中には武器弾薬・燃料の他に魔獣の規模を確認し、それがロドーニア特別調査隊の手に余る規模であれば追加の部隊派遣を行う手筈となっていたのだ。そして巨大魔獣の規模を上空から確認した結果、追加の応援要請を行っていた。その応援とは西部方面隊の第3対戦車ヘリコプター隊だった。だが、その部隊は移動中であり、未だ退路に一番近いサライ国境城壁の最南部には届いていなかった。


・・・


そしてその夜…

コルダビア第二打撃軍陣地の中で、一部の兵が怪しい動きをしていた。


「おい、どうする、コールガス?」


「どうするって何がだ、エルネスキ?」


「なんか救援部隊が明日来るらしいぞ。何か指示とか来ていないのか?」


「通信が全く通じんのはお前も知っているだろう。こっちもさっぱりだ」


「まぁそうだろうな…このままサライに脱出するなら…だが恐らくだがサライに行けば武装解除される。そうなった場合は連絡手段も何も無くなる。噂のニッポン軍とやらの情報を早く送りたいものだが…」


「サライ国内に誰か潜入しているなら、何れ接触もあるだろうよ」


「ふむ…いや、恐らくサライの海岸に出るまでは監視されて、接触出来んだろうな」


「それもそうか…身動きが取れんな…」


「おーい、お前ら何やってんだ、こんな所で。飯だ、飯! もしかしたらココで喰う最後の飯だぞ!」


「あ、おお、今直ぐ行く。教えてくれてありがとうよ。優しいなアンタ」


「なあに、ようやくこの地獄の底から脱出出来るんだ。優しい気持ちにもなるってモンよ」


「違いないな。よし飯だ、飯だ。行こうぜコールガス」


コールガスとエスネスキはコルダビア第二打撃軍に潜入していたヴァルネク親衛軍の工作員だった。この陣地で包囲中の二人にヴァルネクからの指令は全く届かなかった。そして今も届いてはいない。法王からの命令を受けた親衛軍マキシミリアノは何とかコルダビア軍の潜入工作員に連絡を取ろうとしたが、包囲下にある連絡員には全く連絡は回復しなかった。その為、サライとロジュミタールに潜入した工作員への連絡を行ったが、浮遊機も飛ばせず、かといって戦闘艦を出す訳にも行かず、秘かに連絡を付ける方法として魔導潜水艦で行った。その為、サライとロジュミタールの工作員と連絡がついたのは全てが終わった後だったのである。

誤字脱字指摘大感謝です。

ブックマークと評価ちょこちょこ増えてきて感謝感激です。

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