1_85.試作燃料気化爆弾
コルダビア及びドムヴァル包囲陣地から北方に120km地点。
そこでマィニング大佐とモンラード大佐のロドーニア特別調査隊は巨大魔獣を排除したニッポンの砲撃部隊と合流を果たした。といっても砲撃部隊は車両三両と砲が二門、そして人員がたったの10名程度に過ぎない。だがこのごく少数の部隊があの巨大魔獣の群れを排除したのだ。我慢出来ずにマィニング大佐は佐藤隊長に質問攻めを始めた。
「サトウ隊長…あの巨人の群れを…この人数で排除したのですか?」
「そうですね。予定通り排除出来ましたね」
「いやあの…ええと…参考までにお伺いしたい。あの魔獣に対してどの位、貴軍の砲は有効だったのだろうか? いや、勿論機密事項もあるだろうが、教えて頂ける範囲で何とかならないか?」
「あの魔獣? …ああ、あのサイクロプスに対して?」
「? …サイクロプスとは?」
「あ、これは失礼。我々はあの巨大な魔獣のコードネームをサイクロプスと設定しておりましてね。これは我々が元に居た世界で出てきた神話の物語に登場する怪物に良く似ていたので、そう名付けたのですよ」
「ああ成程、それは理解しました。で、どの程度有効だったのですか?」
「効果判定は今後の調査になりますが、着弾時の危害半径が凡そ30mと設定した場合、その半径内の魔獣に対しては非常に効果があったと言えますね。その為、予想よりも弾数を節約出来ましたし、予定の時間よりも早くサイクロプスの殲滅が達成出来ました」
「殲滅って…その30m内に居た魔獣は全て倒したという事でしょうか?」
「評価試験報告のレポートを確認した結果ですが、凡そ30mの中心部分での殺傷率は100%の結果を表しています。そこから離れるに従って殺傷率は低下していきますが、炸裂時の弾頭破片もサイクロプス、ああええと巨大魔獣には有効である為、30mを超えた場合であっても有効な損害を与えていました」
「ええと、それは…?」
「つまり30m以内であれば、あの巨大魔獣は完全に全て殺傷したという事です。そして、あの巨大な魔獣は城壁周辺2km四方に渡って密集していました。殺傷半径30mの中に3体の魔獣と想定した場合、この密集した魔獣の総数は凡そ200体程度となります。あの魔獣は非常に緩慢に動いていたので、殆どを重迫による攻撃70発弱で消滅可能と判断し、上空からドローンで観測しながら射撃を行いました。完全に無駄が無かった場合は7分以下で作戦終了の予定でしたが、緩慢とは言えそれなりに巨大魔獣が動いていた事から修正射撃に多少手間取った結果、攻撃終了まで数分間の超過が発生しました。これは恐らく観測をドローンのみで行って居た事も影響しているとは思いますが、結果としては概ね許容の範囲内ですね」
「7分以下で…?」
マィニングは絶句していた。
たったの7分で200体にも及ぶ巨大魔獣を殲滅する予定だったと?
あの砲は我々の魔導砲と良く似ては居るが、その作動原理は全く違う。言わば魔導砲はエネルギーを撃ち出して、そのエネルギーが目標を破壊する仕組みだ。エネルギーを直接ぶつけるという事は全ての砲は目標に向かって直線で進む。だが、あの迫撃砲という砲は放物線を描いて目標に飛ぶと言う。言わば、人が上に向かって石を投げる様な軌道を描いて飛ぶのだ。そしてそれは結果として、敵の直上からの攻撃となる。魔獣相手なら正面からでも直上からでも余り意味は変わらないのだろうが、これが対人となると意味は変わってくるだろう。
我々の持つ自走魔導砲は、その前面に装甲が集中している。
いや、魔導砲以外にも我々の文明圏における兵器の殆どは前面装甲、つまり直線的に攻撃を受けた場合を想定している。これは敵の魔導エネルギーを受ける方向が限られている為だ。その為、魔導障壁を含む装甲を前面に集中する事によって防御する思想となっている。だが、この攻撃は直上から来るのだ。加えてこの実弾の威力は想定以上だ。マィニングはサトウ隊長の説明の中で何点か分からない言葉も出て来ていたが、それは追々後で説明を聞くとして、暫く彼等の使用する兵器を存分に観察し、その特徴や性能を把握する事とした。
・・・
ロドーニア特別調査隊は巨大魔獣を殲滅したサライ城壁第25区から更に南下し、コルダビア軍が立て籠もる陣地まで50km地点に到達していた。そして事前にドローンによる上空偵察を行って魔獣密度が薄い場所を割り出し、その周辺を掃討した上で拠点とした。最終的にコルダビア・ドムヴァル包囲陣地までの50kmをどのように突破するかの打ち合わせが行われた。とはいえ、立場上部隊を纏めているのはロドーニアのマィニング大佐であったが、実際の戦力はヴォートランのモンラード大佐と日本の佐藤隊長であった為に、マィニングは打ち合わせに参加してはいるものの殆ど発言する事は無かった。そして佐藤隊長から翌日に行われる包囲ポケットへの合流計画と、合流後に行われるサライ国境への脱出計画が提示された。
作戦内容としてはロドーニア特別調査隊は南下を続けた後に、コルダビア陣地へと収納される。収納後は包囲陣地東方のサライ国境に向けてヴォートラン部隊が脱出路を切り開き、その援護を3機のチヌークが負傷者の収容と上空支援を行う。最終的には全部隊収容後に集まる魔獣に対し、チヌークから試作のサーモバリック爆弾を投下して仕上げるという事だ。この説明を受けていたモンラード大佐は、佐藤隊長に質問をした。
「佐藤隊長、宜しいか? 何点か質問があるのだが…」
「勿論どうぞ」
「その…我々が脱出路を切り開くのは理解した。その補給に関しては潤沢に与えられるのだろうか?」
「予定では包囲陣地下にチヌークが各種の補給を行う予定です。その中にはヴォートラン部隊への補給も含まれておりますので、その際に補給品を受け取ってください。現時点でチヌークは先行して既に包囲陣地に移動し、サライと包囲陣地下で負傷兵の収容を行っている状況です」
「成程。それとチヌークとはあの砲を運んできた航空機ですな? あれはどの程度の積載が可能なのですかな?」
「そうですね…人で言えば操縦士を除いて50名以上は乗せる事が可能ですね。荷物であれば最大12t位でしょうか」
「50名か…つまりは包囲陣地下の兵を脱出させるには荷が重いという事ですな。佐藤隊長の部隊はこのまま我々と共に南下するのですか?」
先程の作戦内容には佐藤の部隊の行動計画が示されていなかった。その為、モンラードは佐藤の部隊がこのまま同行してくれるならば、この作成は容易に進むであろうし、別行動となるのなら面倒な事になるのかもしれないと判断していた。その事から、さりげなく佐藤に以降の行動に関する探りを入れたのだ。だが、この話をしていた最中にマィニング大佐が割り込んできた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、サトウ隊長! サライと包囲陣地の間をあの浮遊機で補給を行うだと?」
「ん? ええ、その予定です」
「無理だ。浮遊機は魔獣の森に影響を受ける。魔獣の森の上は浮遊機が飛べないんだ!」
「あ、ああ、その事ですか。チヌークは魔導技術とは別の技術で空を飛んでいるんですよ。魔獣の森の影響は全く受け無い事も確認済みです。即ち森の上でも問題無く行動が可能です」
「いや、そんな馬鹿な…影響を受けないだと…?」
「ほう、ロドーニアでは航空機の事を浮遊機と読んでいるのですな。何れにせよ、我々も航空機は多少持っておりましてな。だが、ニッポンの航空機と比べると児戯に等しい段階ではありますが、何れ同等の航空機を飛ばしてみせましょう」
モンラード大佐の何かに触れて自国ヴォートラン航空機に関して熱く語り始めたが、ふと我に返って最後の質問をした。
「そうそう、最後に一点。その何とかいう爆弾は試作との事ですが、それはどのような爆弾なのでしょうかな?」
「これはですね…気化爆弾と申しまして、一定の高度から投下した後に瞬時に周辺に燃えやすい物を散布し蒸気雲を構成した後に着火する爆弾ですね。恐らくは包囲陣地からの圧力が無くなった瞬間に、周辺の魔獣は一気に包囲陣地内に押し寄せると想定しております。そこで集まった魔獣を殲滅する方法として、我が国の方で試験的に数発製造した物です」
「…それは高い所から燃料をばら撒いて、それに着火という感じで宜しいでしょうかな?」
「ま、概ねその理解で正解です」
モンラード大佐は、燃料を空からバラ撒いた上で火を付けるという原始的な想像をしつつも、まぁ魔獣と言って獣には違いないであろう事から燃やすのが一番簡単な処理方法なのだろうと納得していた。
実の所サーモバリック爆弾に関しては、防衛装備庁の方で必要となった場合には直ぐにでも実用化が可能となる様に研究事体はしていたが、この移転によって開発を進める気運が高まっていた所に内閣情報調査室から早急な開発と実用化依頼が内密にあり、結果として試作1発目は秘密裏に北海道の矢臼別演習場でヘリコプターからの投下試験として行われた。この結果を受けて直ぐに、その最初の試作品中うち3発がここラヴェンシア大陸に持ち込まれたのだった。この試験結果を持って帰る為に、防衛装備庁からも装備開発官が派遣され、チヌークに同乗していたのだ。この装備開発官である特別研究員の大島は揺れるチヌークでサライに向かっていた。
「全くあの内調の人に酷いスケジュール押し付けられたけど、何とか形になったよな…形になったのは良いけど、評価試験で俺まで異国に派遣されるとは思っても見なかったよなぁ…ヘリ揺れるなぁ…しかし気化爆弾の何がスペクタクルなんだよ、おかしな事言う人だったなぁ…」
「大島技官、そろそろサライ領内に到着します」
「あ、了解です、ありがとう」
こうしてサライ領内に防衛技官と外交官、そして大量の燃料と3発の試作サーモバリック爆弾が到着した。
大体、週三回更新ペースで行きます。月・水・金位な感じで。
勢いがついたりしたら、毎日更新になるかも。
それと総合評価が1,000超えました。皆さま有難う御座います。
とても励みになります。