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カルネアの栄光  作者: 酒精四十度
【第一章 ラヴェンシア大陸動乱】
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1_84.膠着状態打破の為の一歩

「法王猊下! 緊急の要件につき失礼します!」


慌ただしく法王執務室に飛び込んできたのは親衛軍のマキシミリアノ将軍だった。

ヴァルネク連合では、既にコルダビア第二打撃軍の命運は尽きたものとして判定しており、その第二打撃軍の損失が連合全体に如何なる結果を生み出すのかを想定した動きをしていた。即ちコルダビアの連合離反をどのように食い止めるか、である。勿論コルダビアの離反は最悪の場合であり、その状況に至らずともコルダビアのヴァルネクに対する悪感情は、戦争に勝っていれば気にする事も無い程度であるのだろうが、魔獣の氾濫によってラヴェンシア大陸征服戦争が強制停止となった現在に於いては、ヴァルネクとしては早急にコルダビアを懐柔せねば。連合の瓦解に繋がる芽となる可能性に留意していたのだ。


「何だ、何事だ、マキシミリアノ?」


「こ、これをご覧ください。これはロジュミタールに忍ばせている密偵からの報告です」


「…掻い摘んで話せ」


「はっ、密偵が送ってきたのはサライ最前線の国境防壁よりの報告です。"サライ中央軍事評議会より発表、同盟軍実験部隊による対魔獣攻撃評価試験によって、サライ国境防壁17地区から25地区に至る魔獣の排斥に成功。尚、実験部隊は魔獣による包囲下のドムヴァル及びコルダビア軍の包囲ポケット地帯最北端まで120km手前まで到達"との事です」


「むぅ…サライ国境付近のあの魔獣の群れの中をか? 一体どうやってだ…?」


「それと未確認情報ですが、実験部隊は見慣れぬ装備と人員であるとの事」


「もしや……それはニッポンか?」


「私もそれを疑っていたのですが、実験部隊の名称はロドーニア特別調査隊と名乗っていおりますが、奇妙な事に実験部隊の中核兵力はロドリア海北方の国ヴォートランから派遣されてきたとの事です。何やら魔導兵器では無い武器を装備した増強中隊規模の部隊で、この装備が魔獣に通用するかどうかの実験部隊だった模様です」


「ヴォートラン? …ああ、あのヴォートランか。魔導技術も無い劣等国と思って居たが…あの東方の機械文明に属するのであれば、例のニッポンと何等かの交流がある可能性もあるな。…待て! 増強中隊規模だと!?」


「左様に。つまりたかだが多少増員した中隊規模の兵力のみで、あの魔獣の群れを突破しているという事になります。正直、どの程度魔獣に対して有効かどうかは不明ではありますが、その進軍速度を考えると相当に効果を発揮していると見るべきかと思います。」


「…何れにせよ、その機械文明の武器が魔獣に対して有効である可能性が高いという事だな。マキシミリアノ、貴様の親衛軍を使って何とかそれを入手せよ。もし仮に魔獣共が同盟側からその兵器によって追い立てられた場合、我々連合側に魔獣が押し寄せる可能性がある。その場合の結果は明らかだ。我々にそれを押し止める力は無い。この戦争が連合側に対しての魔獣による蹂躙という結果での終結は全く納得が出来ぬ。我々も魔獣に対抗出来る手段を早急に確保せねば、我々の敗北は必至だ」


「はっ、猊下…必ずや」


「それとだ。そのロドーニア特別調査隊とやらはコルダビア第二打撃軍包囲陣地まで120kmと言う話だな」


「この報告にはそう書かれておりますな。ただ、その包囲陣地までは余りに遠すぎて情報の裏を取る事が出来ません。偵察浮遊機を送り込んではおりますが、魔獣の生息範囲拡大に伴って浮遊機が飛べぬ領域が広がっており…」


「それは分かっておる。そしてその特別調査隊とやらは恐らく現時点で更にコルダビア軍の包囲陣地へと近づいている事であろう。マキシミリアノ、親衛軍の手はコルダビア第二軍にも当然入っているのであろうな?」


「…! 成程、猊下!! 確かに左様に御座います!」


「うむ、恐らくはその特別調査隊はコルダビア第二軍と接触するであろう。であるならば、当然貴様の親衛軍の手も同様に接触が果たせる筈だ。ロジュミタールの密偵に連絡し、何とかコルダビア第二軍に潜ませた親衛軍と接触するのだ。目的は理解しておるな?」


「はっ…ヴォートランが使用する武器の正体確認、そして奪取ですな」


「うむ、そうだ。必要であれば海軍を動かせ。それとそのヴォートランにジグムント少将の教化第二艦隊をヴォートランに派遣し、東方域支配の前工作を行う。その例の兵器がヴォートラン製であるならば、最初は平和裏にヴォートランとの取引で武器を購入し、我々からはレフールの神聖なる教えを布教し、その後にゆっくりと支配下に置くのだ」


「東方世界の機械文明をヴォートランを足掛かりに吸収してしまえば良いと!?」


「そうだ。ヴォートラン如きはロドーニア攻略後の話と思って居たが、魔獣の氾濫によっても我々の進軍は止められた。だが、ヴォートランの武器が魔獣排除に有効であれば、この膠着を打ち破る楔となろう。それは即ち東方に残った同盟諸国の攻略と同時にラヴェンシア大陸中央部の平定をも実現する事となるだろう」


そして行く行くは…

既にボルダーチュクはラヴェンシア大陸平定は済んだ物と思っていた所への魔獣の氾濫だったのだ。この魔獣の問題さえ片付けば、大陸平定、そして東方世界へ向けた遠征が始まる筈だ。今自分達が持つ魔導文明の力、そして未だその正体が分からぬ機械文明の力、その両方を統べる事が出来たならば、この星の隅々までレフール教を伝播し、その頂点として自分が君臨する事も夢ではない。


「その為にはヴォートランとの国交を樹立し、彼等の持つ技術を奪い、魔獣と対抗する術を得るのだ。可能であるならば、砲艦外交となっても構わん。仮にヴォートランと戦闘となった場合であっても教化第二艦隊だ。ヴォートランが如何なる国かは知らぬが簡単に落ちぬまでも、それなりに交渉し易くなるであろうよ」


未だヴァルネクが誇る教化第二艦隊主力は、その殆どが無傷であった。その艦隊司令として新たに迎えたジグムント少将は敬虔なレフール教信徒であり、法王ボルダーチュクの忠実な僕である上に、その法王からの覚えも目出度い。付け加えるならば彼の経歴は、特務艦隊を率いてロドーニアへの奇襲攻撃を成功させ、そして正体不明の国であるニッポンと接触し、そしてニッポンから生きて帰ってきた英雄である。その彼にヴォートランとの外交をボルダーチュクは任せた。当然それなりの成果を期待して送り出すのだ。その成果はヴァルネクの今後を左右するものとなるだろう…


恐らくはステパン中将がその場に居たならば即座に反対意見を述べた上で陰に陽に働きかけ必ずや中止に追い込むであろう教化第二艦隊のヴォートラン派遣は、然したる反対も無いままに決定した。仮にラヴェンシア大陸を制圧しロドーニアまでを支配下に置いた状態での決定であったならば法王の決定も有効だったのかもしれない。だが魔獣に対する決定的な対処方法が無い状況がヴァルネクの選択肢を狭め、ロドーニア実験部隊の成果が法王の目を曇らせたのだった。


そしてオルシュテイン級二番艦である戦艦エーネダーに乗艦するジグムント少将は教化第二艦隊を率いてヴォートランへと出港した。


・・・


コルダビア第二打撃軍陣地では俄かに救援隊が来る噂に沸き立っていた。

魔獣に包囲された上に残りの食料もあと5日程度しか残っていない状況の中で救援部隊接近中との報告は、余りに悪いニュースが続くコルダビア軍、そしてドムヴァル軍双方に希望を齎していたのだ。そしてこの傾向を不安に思う者が居た。ドムヴァル軍のバリンストフ少佐である。そしてこの不安をコルダビア軍のリュートスキ大佐にぶつけた。


「リュートスキ大佐、お話があります」


「おお、バリンストフ少佐、私もだ。まずはそちらの話から伺おう」


「ありがとうございます。まずは既に噂となっている救援部隊の件、どうやら実験部隊は魔獣への攻撃と排除に成功した様です。現在救援部隊はこの陣地より北方100kmまで接近し、この陣地への接触は2日後を予定しております。そこで相談があります」


「そうか…二日ならば食料も持つな。相談とは何かね?」


「はい。まずは一番最初に、ロドーニア特別調査隊がこの陣地に合流してサライまでの退路確保に成功した場合。我々ドムヴァル軍はそのまま収容されるのですが、貴軍の扱いが如何なるものとなるのか。現在休戦中である為に捕縛や拘禁という形にはならぬと思いますが、かといってサライから連合までの移動が可能かと言えば陸路は無理であります。とすると海路なり空路なりを確保せねばならなくなりますが…」


「確かにそうだな。だが、我々も連絡手段が無い…どうしたものか」


「直ぐには答えは出せぬものだと思います。次の二つ目の問題として、ヴァルネク軍が行っている人間の魔石化。同盟陣営としては看過する事が出来ませんが、これをコルダビア軍はどのようにお考えなのか」


「人間の魔石化? 馬鹿な…そんな事が可能なのか? いや、それをヴァルネク軍が行っていると?」


「ええ、ご存知ありませんでしたか? 既に併呑した国々の人々がどこに消えたかを。そしてまるで無尽蔵かのように補給されてくる魔導結晶石。貴軍への補給も潤沢だった筈だ」


「いや、確かに…まさか…何か証拠でもあるのか?」


「今ここで提示する事は出来ません。ですが現時点で貴軍の魔導結晶石の保有量は通常の量とは思えぬ程に潤沢だ。既にこの大陸からは魔導結晶石の採掘事体が各鉱山の発掘量の低下と共に如何に安定供給するかが各国の課題となっていた筈だ。然るにこの戦争に使われた魔導結晶石は、これまでの1年の採掘量を遥かに上回る消費が行われている」


「つまり…その非人道的な方法によって得られた魔導結晶石を使う連合軍を受け入れる事がサライ、いや同盟としては受け入れられぬ可能性が高いという事か?」


「有り体に言えばその可能性が高いと思われます。ですが、我々ドムヴァル軍としては対峙した貴軍がどうしても非道な集団とは思えない。確認ですが、人造魔導結晶石の件、本当にコルダビアはご存知無かったのですね?」


「成程…いや、我々は知らぬ。ただ、ヴァルネクは戦争遂行の為に補給に関しては潤沢に行うとの通達があり、事実そのように行われていた。その出所に関しては我々は一切関知していない。そもそもそんな眉唾話、誰も信じぬだろうし、私も信じぬ」


人造の魔導石だと…? 人を材料として魔導石を作るだと?そんな事が可能である筈が無い。幾ら何でも、こんなヨタ話を俺から聞く為に、この重大な局面で話す事か?! リュートスキ大佐は余りにも荒唐無稽な話を聞かされ気分を害しつつあった。しかも、こんな与太話を真に受けて、希望が芽生えたコルダビア軍をサライへの受け入れが出来ずに、このイメド回廊の中で枯死させる積りは全く無かった。そして相当の覚悟をもってリュートスキ大佐は、バリンストフ少佐を睨みつつ話を続けた。


「…だが、そんな与太話を理由に我々を拒絶するならば、我が軍は即座に休戦破棄の上、サライに攻め込むぞ」


「落ち着いて下さい、リュートスキ大佐。貴軍は人造魔導石に関しては何も関与していないという事ですね?」


「当たり前だ! 大体そんな人から魔導石を作るなどという馬鹿話を同盟軍は信じておるのかっ!!」


遂に余りの馬鹿々々しさにリュートスキは激高した。

だがバリンストフ少佐は落ち着いて提案してきた。


「貴軍のサライ領内への収容は私が掛け合います。ただ、武装解除が条件となる事はご了承下さい。その収容後に関しては、また改めて話し合いましょう。どうか休戦協定は引き続き保持を願います」


リュートスキ大佐は、激高しつつも計算していた。

ここは武装解除してサライに収容された方が生存確率は上がるだろう。先程は馬鹿らしさの余りにサライに攻め込む等と言ったが、勿論そんな気力も戦力も、そして食料もコルダビア軍には残ってはいない。それにサライ城壁前面に張り付く魔獣よりも、圧倒的な量の魔獣がラヴェンシア大陸中央部を席捲し、ヴァルネクの補給路をズタズタにしているのだ。つまり陸路西側に活路は無い。


「ともあれ、その救援隊が来ない事には何も始まらぬだろう。貴殿の話は分かったが、話は以上だな?」


「はい、リュートスキ大佐。それと大佐のお話は?」


「…もう良い」


リュートスキ大佐は、何を言おうとしたのかすっかり忘れてしまった。何故ならば、この会話の中で出て来た人造魔導石について考えてみると、確かに辻褄が合う状況が多々あったからである。そしてもし仮にヴァルネクがその人造魔導石とやらを、人を材料に本当に作っているとしたら?


…果たしてレフール教に従わぬ異教徒を戦争によって教化を行うという当初の目的からは考えられぬ事象が余りにも多い。潤沢な補給も確かにそうだ。捕虜は全てヴァルネク本国に後送していた。あれは教化を目的とした物では無かったのか? この戦争、何かがおかしい…リュートスキ大佐の疑問は膨らみ続けた。

誤字脱字報告大変感謝です。

先週一瞬だけ日間順位4位まで上がりました!

ブックマーク、評価大感謝です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 あーそっち(ヴォートラン)に行っちゃった。しかも力づくの方向で行っちゃった。 おまけに色々と夢見がちなジグムントさんだ。 確かに今のヴォートラン一国なら砲艦外交であっさ…
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