1_83.サライ第25地区城壁での出来事
サライとドムヴァルの間には高い壁があった。
サライの国境防壁である。その昔、ドムヴァルとサライの間で行われた戦争を理由としてサライ王国が威信を懸けて構築したのだ。だが、その後には双方の妥協と他国との力関係などを理由に和解へと至り、取り壊すにも費用と人員がかかる事からただの過去の遺産として無為にそそり立ちながら長い年月が過ぎた。
だが、魔獣の森氾濫で再びこの国境防壁は脚光を浴びた。
氾濫した魔獣達のサライ国内への侵入を国境防壁は防ぎ続けたのだ。この防壁は50m程の高さで巨大な人型魔獣さえも侵入を防いでいたが、逆に魔導兵器を主体とした同盟軍の武器では魔獣に対して被害を与えられず膠着状態となっていたのだ。その日の朝も国境防壁では、無駄に壁に突っ込んでくる人型魔獣のぶつかる音で始まった。
「おう、今日も無駄な事やりやがるな、この魔獣共…」
城壁の上には、何時もの様に当直のエリエゼル一等兵が飽きれた顔をしながら下を覗いていた。魔獣の溢れた日から、数日後にやって来た魔獣達の中でも、この巨大な魔獣はその大きさから直ぐにサライの防壁を突破してくる物と同盟首脳たちは恐怖したが、巨大魔獣は壁を乗り越えようとはせず、ただ力任せに壁に体当たりを繰り返すだけだった。だが、築いて数十年を経た防壁はこの巨大魔獣の体当たりを跳ね除け続けていたのだ。この日も同じような事を繰り返す巨大魔獣は虚ろな一つ目を壁に向けて体当たりを繰り返しており、サライ国境防衛隊の兵であるエリエゼルは巨大魔獣の隙間から壁に張り付いて登ってくる小型の魔獣を排除していた。
だが、昼を迎える頃に突如異変が起きた。
目を皿のようにして国境城壁の下から這い上がってくる小型魔獣を排除し続けるエリエゼルの耳に、聞きなれない爆発音が遠くから聞こえてきたのだ。エリエゼルは、その爆発の元を探ろうと近くにいた監視兵に声をかけた。
「おい、今の音なんだ! なんか爆発したような音がしたぞ!?」
「分からん。だが…確かに爆発音だな。どこからだ?」
監視兵のレイゼンは爆発音が聞こえたと思われる方向に望遠鏡を向け、そしてどうやら巨大魔獣の群れの中程で爆発が発生したと判断した。何故なら、続いて次々と巨大魔獣の群れの中から爆発と飛び散る土砂やそれ以外の物を確認出来たからだ。それを確認したレイゼンは、目を離さずにその光景を見ながらエリエゼルに向かって叫んだ。
「! な、何者かが巨大魔獣を攻撃している!! …巨大魔獣がバラバラになっているぞ!!」
「え? なんだって? …同盟の新兵器か!? バラバラになっているだと!? 見せろ! 俺にも見せろ!!」
エリエゼルは城壁に配備された際に、巨大魔獣に銃撃を行った事は一度や二度では無い。
それはもう何度も出力を変え、エネルギー値の高い魔導石を使い、巨大魔獣に銃撃を加えたのだ。だが、銃撃は一度たりとも巨大魔獣を傷つけた事は無かった。まるで銃撃が無かったかのように巨大魔獣は壁に向かって体当たりを繰り返し、国境防壁はその度に巨大魔獣の体当たりを防ぎ続けてきた。城壁には旧型の魔導砲も配備されていたが、この魔導砲も同様に巨大魔獣には全く効果が無かったのだ。いつしかエリエゼルをはじめ国境防壁の守備兵達は巨大魔獣に対する攻撃を無駄と判断し、巨大魔獣に紛れて壁を乗り越えようとする小型魔獣のみを狩っていたのだ。もし、巨大魔獣にこの壁が壊されたなら…有効な防御手段が何一つ無いような気がしてならない、それが故にエリエゼル達はその事を考えないようにしていた。
今迄、かすり傷さえ負わせる事が出来なかった巨大魔獣…
その巨大な魔獣に有効な攻撃を行っている者達が居る! 一体何者だ!?
エリエゼルはレイゼンから望遠鏡を代わって貰うと、その正体を確かめるべく周囲を見渡した。だが、一向に攻撃している者達を確認出来ない。だが、巨大魔獣達への攻撃は止まず、そして巨大魔獣は自分達が有効な攻撃を受けている事に気が付き始めた。だが、彼等にとってもどこから攻撃されているかは分からない。逃げようとはし無い迄も、雨の様に自分達に害為す何かから逃れるように、巨大魔獣達の群れはゆっくりと動き始めた。
「お、おい…壁に張り付いている巨大魔獣が動き始めた…ど、どこに向かっているんだ?」
レイゼンは、エリエゼルと代わって防壁を見ていたが、この防壁に向かって体当たりを繰り返していた巨大魔獣は壁から離れていったのだ。この巨大魔獣の移動と共に、他の魔獣も巨大魔獣と共に移動していった様で、防壁周辺にはすっかり魔獣の姿は無くなった。
「エリエゼル! 何時まで望遠鏡覗いている!! 隊長に連絡だ!! 早く!」
「お、おう!」
結局誰が攻撃していたかも分からないままに、巨大魔獣の群れが謎の砲撃によってバラバラに散らされたと報告に行ったエリエゼルは、さっぱり貴様の言っている意味が分からんと隊長に怒られた。だがエリエゼルと共に城壁に上がった隊長は壁下の光景を見て言葉を失った。
「…何だ、これは! 一体何が起きている?」
「何者かが魔獣に攻撃を行っている様です。連続して砲撃を行っております!」
「いや、その連続して攻撃した何者かはどこの軍だ?」
「目視確認出来ておりません」
「なんだと? 望遠鏡寄越せ!…相当遠くから砲撃を行っているのか? 一体どこの軍だ…いや、それよりだ。あの掘り起こされている場所に散らばっているのは巨大魔獣の死骸だな? あの巨大魔獣相手に有効な武器があるのか…」
そうこう呟く防壁守備隊長ハリクの耳にも連続して爆発音が続く。望遠鏡を覗くハリクにも攻撃元は確認出来ない。だが、空から黒い物が落ちて来て巨大魔獣の群れの中に落ち、その度に巨大魔獣はバラバラに分解され飛び散っていた。
「空から…? どうやら爆弾の様だが…。一体どうやって…?」
見た所、空には飛ぶものは何一つ無いように見えた。つまり浮遊機から爆撃している訳でも無い。だが、目を凝らして見ていたハリク隊長は、空に浮かぶ小さな物を見つけた。それは同じ場所に滞空し続け、時折移動してはまた同じ様に滞空し続けていた。
「…なんだ、あの小さい飛ぶのは? 浮遊機みたいだが…誰が…何が起きているんだ、これは…?」
ハリクは自分の想像を超える状況にある事を認識し、そして割り切った。
分らん事は考えても分からん。自分の職務を忠実に行うだけだ。
「ふむ…周辺に魔獣は居ないな。おい、エリエゼル。監視兵を5人選抜して日没までにあの巨大魔獣の死骸を調べてこい。十分に魔獣には気を付けろ。危険を感じたら直ぐに引き返せ、何か起きたのか分かるかもしれん。レイゼンは引き続き監視を続けろ。魔獣が戻ってきたらエリエゼルに連絡しろ。出来れば攻撃した者を確認したい。何か確認出来ればすぐに俺に知らせろ、良いな?」
「了解です!」
ハリク隊長が調査を命じたエリエゼル達が巨大魔獣の死骸調査に向かう頃に、ようやく砲撃の音が止んだ。そしてエリエゼル達は巨大魔獣の死骸を調査した結果、何か強力な刃物を滅多矢鱈に浴びた結果のようなザクザクに切り刻まれた死骸や、そこかしこに散らばった巨大魔獣の破片を見て、その凄惨な光景を見たエリエゼルは流石に魔獣に同情した。そこらあたりの散らばる死骸の写真を撮り、そして爆弾の破片と思われる鉄片が刺さった死骸の一部を持ち帰った。
ハリク隊長の元に同盟軍中央からの緊急通信が入ったのは、持ち込まれた鉄片の破片が刺さった死骸を調査していた時だった。
「こちらサライ中央軍事評議会のヒンドゥスである。第25地区城壁守備部隊の責任者は誰か?」
「お疲れ様であります、ヒンドゥス議員閣下。自分が第25地区城壁守備隊隊長のハリク中尉です」
「よし、ハリク中尉。良く聞け。現在我々の城壁前面に展開する魔獣に対する武器に関して有効と思われる兵器で構成された実験部隊がそちらに向かっている。第25地区に出現している魔獣は大型のモノが多く、その大型魔獣に対して有効かどうかの実験を本日に行う予定だ」
「はぁ…それは…もしかして…」
「聞け、ハリク中尉。その実験部隊は現在貴様の守備する第25地区周辺で大型魔獣に対する威力確認試験を行う予定だ。彼等はそれを城壁外にて行っている。絶対に攻撃を控えよ」
「あ、なるほど…それは、あの…」
「最後まで聞け、ハリク中尉! 彼等はそこから30km北方の城壁付近で中型魔獣の掃討を行っている。その後、そこで群れている大型魔獣への威力確認試験を行う筈だ。ハリク中尉、貴様はその状況を確認の上、報告せよ」
「いや…その…それは既に…」
「なんだハリク中尉。質問があるのか?」
「いえ、あの…その…既にそれは終わった模様です」
「なんだと? 貴様の言っている意味が分からん。きちんと説明しろ」
…ああ、なるほど。エリエゼルはこんな気分になったんだな…と思いつつ、ハリクはヒンドゥス議員に説明した。
「先程、第25地区城外にて断続的に砲撃音が発生しました。砲撃元は確認出来ませんでしたが、その砲撃対象は25地区城壁外の巨大魔獣の群れでした。結果としてですが…恐らくその威力確認試験の結果と思われますが、15分程度の砲撃で巨大魔獣は殆どが駆逐されました。魔導銃を一切受け付けなかった魔獣ですが、その砲撃は有効で魔獣の群れは散り散りになりました」
「なんと…なんだと…? 既に、もうそこまで!? いや、まだ17地区の射撃は続いていると先程連絡があったばかりだ。一体…それ程の兵力も無かった筈…どういう事だ…?」
ハリク中尉の報告を聞いたヒンドゥスは逆にその言葉を失ってしまった。
「ともあれ魔獣に有効である兵器の様です、ヒンドゥス議員閣下。宜しければ質問をよろしいでしょうか? 一体どこの国の部隊なのですか? あの武器は我々にも支給されるのでしょうか?」
どうやらあれは自分達の陣営の秘密兵器か何かの試験部隊らしいと判断したハリク中尉は、失礼を承知でヒンドゥス議員に質問をした。だが、ヒンドゥス議員からの返答は無くそのまま通信は切れてしまったのだ。だが、ハリク中尉は別に失礼とも何とも思わなかった。何故なら、自分達の陣営側に魔獣に対して非常に有効である強力な武器がある、という理解だったからだ。
そしてハリクは浮かれた気持ちで、通信室を後にした。
そして守備部隊のエリエゼル達と合流してべらべらと今の通信に関して希望を持って話した。我が陣営に魔獣に効果的な新兵器があるぞ、と。そしてこの話はサライ第25地区から、あっという間に同盟諸国へと伝わっていった。更には同盟諸国に留まらずヴァルネク連合にも伝わっていったのだ。そしてそれがどんな結果を齎すかを知らずに。
今週の更新はこれで終わり。
力いっぱい三連休を…酒呑んで過ごします。