1_82.チヌークが運んできたモノ
包囲されているコルダビア軍とドムヴァル軍は、四つ足に寄生されていると思われる仲間を自分達の手で焼却し、突如奇襲してきた四つ足の成獣に対し、ほぼ一睡もしない状態で一晩の襲撃を乗り切った。だが、その代償として両軍の士気は相当に落ちた。しかも最悪な事に朝になって四つ足の襲撃と同時に陣地に侵入してきた緑の魔獣が、数カ所に分散して保存していた食料庫のうち大多数を襲っていた事が判明した。コルダビア第二打撃軍司令代理であるリュートスキ大佐の元には、次々と来る良くない報告が上がって来ていた。コルダビア軍とドムヴァル軍双方の食料凡そ40日分が備蓄されていたが、その食料の殆どを失ってしまっていた報告だったのだ。
「リュートスキ大佐、第四貯蔵庫もやられています…」
「あと残るは第二貯蔵庫だけか。援軍は来ない、魔導通信は効かん、弾薬はあるが魔獣には対して効かん。そして最後は食料か…何ともご丁寧に窮地に追い込んでくれるものだな」
「大佐…わ、我々はこれからどうなるのでしょうか?」
「ロドーニアから救援部隊が来るとは言っていたがな、どうなる事やらだ。連合側からは何の連絡も来ない。何れにせよ、先ずは現状を把握した上で今後の対策、生き残る為の手法を考えねばならん」
「報告します! 第二貯蔵庫健在です!」
「お、そうか! ここに来て朗報だな! …おい、ドムヴァル軍のバリンストフ少佐を呼び出せ!」
そしてバリンストフ少佐がリュートスキ大佐の元に訪れた。
「おお、少佐! ご足労済まんが現状の我々の状況を把握して頂きたい。食料貯蔵庫4つのうち3つが昨夜の襲撃で失なわれた。今後、ここで防衛を行うにあたり、恐らく我々が最大に持久可能な期間は10日程度だろう。切り詰めても15日程度だな」
「なんと…それは厳しいですな…そうそう、リュートスキ大佐。例のロドーニア特別調査隊からの連絡が先程入りました。"現地点で残り200km程度までに接近するも50km後退。一度装備を整えた上で接触を試みる。接触は6日後を予定"との事です」
「…? 一体どうやって連絡を?」
「サライからの浮遊機による通信筒投下によってです。こちらからは殆ど通信が通りませんが、ギリギリ浮遊機が飛べる範囲で投下を行っています」
「成程、その手があったか。だが、その特別調査隊が来たとして、この包囲の輪をどうやって突破するのだ?」
「詳細は自分も聞かされておりません。ただ、ドムヴァル北方海岸まで魔獣が到達している筈ですが、この調査隊はその魔獣の中を海岸に上陸した上で150km程南下している様です。つまり、この調査隊は魔獣に対して何か有効な攻撃手段を持っていると自分は推測しています」
「有効な攻撃手段、か…」
リュートスキ大佐は、有効な武器があるならば浮遊機で空輸してくれたら良いのに、とも思ったが特にそれ以上は言わなかった。現時点で有効かどうかも分からず、果たしてこの陣地まで辿り着けるか不明な調査隊の事を考えるよりも、現状をどうにかするかが先の課題なのだ。この包囲された陣地は五重の塹壕と魔導自走砲群、そして後ろに丘を背負って前方からの魔獣の侵入に万全の備えだった筈だ。だが、昨晩の四つ足はあっという間に陣地中央まで突破を果たし、そこで侵入した魔獣を全滅させたものの、対魔獣を考えた場合の防衛線としては脆弱である事をリュートスキ大佐に確認させた。更には食料事情の問題もかかって来ていた。唯一残った食糧で節約しても15日しか持たない状況で、日夜間断なく襲い掛かる魔獣に対抗し続けるのは無理な相談だ。
現状を考えれば考える程に絶望的な状況である事を再認識するリュートスキは、自然とロドーニア特別調査隊が気になって仕方が無かった。
「何か新しい情報が来たら教えてくれ、バリンストフ少佐。その、調査隊の情報も頼む」
・・・
一端戻ったニッポンのサトウ隊長と彼の部下達は、正確に三日後に新たな装備を携えてやってきた。しかもニッポン製と思われる奇妙な形をした大型の浮遊機数機と共に戻って来たのだ。そしてその大型の浮遊機からは、車両や砲を運んで来ていた。
「実に正確に三日で戻りましたな、サトウ隊長」
「ええ、この三日間は特に問題は無かったとは思いますが、何かありましたか、マィニング大佐?」
「平和なモノでしたな。魔獣の襲撃もありませんし、距離は友達ですな。ところで、大層色々と持ち込まれた様ですが?」
「そうですね。我々の立ち位置が変更となりました。政府からは魔獣の氾濫に対する平和維持活動という事で、当該地域における魔獣駆逐と人命救助、そして地域の安定を主な目的として正式に派遣される事になりました。平たく言うとPKF部隊派遣となった訳で、相応の装備品持ち込みが許可されました。今後は今到着した彼らが日本国自衛隊ドムヴァル奥部方面PKF部隊として、包囲された彼等の救出に向かう事となります」
「PKF? …それは何ですか?」
「ああ、平和維持部隊と言いましてね。色々と問題がある地域に投入して平和活動を実力で行う部隊です。今回、貴方方同盟軍が連合との休戦協定を結んだ事、そして当面の敵が魔獣である事によって我々日本国が平和裏に介入する事が出来るようになったのです」
正直、マィニング大佐はサトウ隊長が何を言っているのか半分も理解していなかったが、この地域に日本が介入してくれる事は願ってもいない事だった。しかも正式に…正式に? するとサトウ隊長とその部隊は?
「となると、そのサトウ隊長の立ち位置というのは?」
「法的には我々はここには居ない事になっていますが、引き続き同行はします。但し、我々の存在は他言無用に。それとチヌークで派遣された自衛隊は正式なPKF部隊としての派遣ですので、以降は彼らが日本国の人員として表に立つ事になります」
「ああ、それは勿論。それとサトウ隊長、持ち込まれたあの装備はなんですか?」
「ああ。あれはですね…」
3機の輸送ヘリCH-47JAチヌークによって運ばれたのは、3台の高機動車と2門の120mm迫撃砲だった。佐藤隊長の説明では、これらの車両によって巨大な人型魔獣を重迫によって駆逐する予定なのだという。ただ、その手前に居る中型魔獣はヴォートラン軍とサトウ隊長の部隊で駆逐を行い、移動ルートと射撃拠点を確保した上で5km手前まで接近した上で人型魔獣に砲撃を行う、というのだ。
「最大射程で狙えば8km手前からでも行けますが、何分にも砲も弾も潤沢という訳ではありません。その為、必中を期する意味でも多少の危険はやむを得ないと考えております。ですが恐らく5kmの空間があれば、万が一の撤収も容易でしょう」
「ん? …そうすると、モスカート大佐の部隊は?」
「500人からの移動を行うには機動力が足りません。高機動車部隊による人型魔獣への砲撃は、この部隊だけで行います。モスカート大佐の部隊は中型魔獣の注意を引き付けておいて頂きたい。宜しいですか?」
「あ、ああ…りょ、了解だ」
正直言ってマィニング大佐は、たった三両の車両と二門の砲だけであの巨大な魔獣に立ち向かうのは正気の沙汰ではないと思ったが、だが彼等の持つ兵器群が魔獣に有効であるだろう事から、一抹の不安を抱きつつもサトウ隊長に同意した。
だが、その移動計画はマィニング大佐が考える速度では無かった。
ドローンによる偵察によって確認されていた65km先の中型魔獣が群れる地帯まではマィニング大佐のロドーニア特別調査隊が向かい、時折現れる魔獣を撃退しつつ前進を続けた。そして到着して直ぐに事前通達通りにモスカート大佐のヴォートラン兵300は中型魔獣の群れに向かって射撃を開始した。マィニング大佐が射撃結果に満足する頃には既に高機動車部隊は更に35km先に居る巨大魔獣の駆逐に向かっていたのだ。
実地訓練を兼ねたヴォートラン兵操るカラニシコフは存分にその性能を発揮していた。そして中型魔獣達に7.62mm弾を撃ち込むと即座に効果を発揮した。撃ち込まれた魔獣は人間の一団が大きな音を立てながらこちらに向かっているのを理解しつつも、突然自分の身体に撃ち込まれた弾丸の痛みに驚き、怒り、そして自分達を傷つけた人間の一団に向かって行き、そして撃ち抜かれて次々と果てた。序盤ではとにかく魔獣に当てる事を目的としていたヴォートラン兵も、段々と慣れてくるにつれて魔獣のどの辺りに当てるのが有効打となるか探りを入れ始め、1発で魔獣を倒せる者も出始めた。
「よーーっしゃ! 1発で仕留めたぜ! 24匹目だ!」
「マジかよ、ガレアッツォ! 俺も……ちっ、駄目か、まだ生きてやがる」
「フェデンツィオ上等兵! 遊ぶな! 引き続き魔獣を排除しろ!」
「すいません、ガースパレ曹長…了解です」
「ああ、でも1発で仕留めたとは中々だ。どこを狙った?」
「1発で倒したのはガレアッツォ上等兵であります」
「そうか。どこに撃ったかガレアッツォに聞け、フェデンツィオ上等兵!」
「了解です!」
中型魔獣達は引く事を知らず、既に怒りの対象はサライ城壁内に立てこもる人間達では無く、目の前に突然やって来た五月蠅い音を発する人間達になっていた。だが300丁のカラニシコフで武装した、たった300人のヴォートラン兵の壁を突破する事は出来なかった。凡そ3時間余りの攻撃の結果、中部サライ城壁近くに終結していた中型魔獣の群れは殆どが死骸と成り果てた。
「魔獣共が…本当に駆逐したのか…なんという事だ。なんという威力だ…」
マィニング大佐は、この結果に驚きつつも悩んでいた。
このカラニシコフという銃を我々も欲しい。だが、今迄の我々の補給体系とは全く異なるこの自動小銃というモノは、延々と補給体制を圧迫し続ける筈だ。現実にモスカート大佐の部隊も弾切れが近い筈だ。これらをどうやって入手し、補給されるか。ごく一部の部隊に導入して、その部隊に潤沢にこれらを支給する程度しか出来ないだろう。だが、彼等の兵器体系は魔獣に対して有効過ぎる。何ならラヴェンシア大陸中央部の魔獣の森を殲滅する事も可能かもしれない。16ヵ国同盟の人間ならそう思うだろう。そしてそれはヴァルネク連合も同様だ。つまり…このニッポンの銃はヴァルネクには漏らしてはならない。
そんな悩むマィニング大佐の元に、先行した高機動車の部隊から通信が入った事を佐藤隊長が伝えてきた。そしてそれは驚くべき内容だった。
「人型魔獣の排除に成功したようです。一旦彼等と合流しましょう」
え、排除?どうやって? という気持ちを隠し切れないマィニング大佐だった。