1_80.防衛陣地の数日間
コルダビアとドムヴァルの残存兵達がロドーニア特別調査隊出発の報を聞いてから3日目。彼等が作った防衛陣地は昼夜を問わぬ魔獣達からの襲撃に因って次第にその防衛範囲を狭めていた。そんな中でそれは起きたのだ。
防衛陣地は楕円の様な形で幾重にも防衛線を引き、その陣地中央部分に司令部と簡易の宿舎、そして怪我人や病人を収容する簡易病院があった。その簡易病院に収容されていた数十人の昏睡状態だった兵達が突然目覚めたのだ。彼等は四本足の魔獣から腹を刺され、そのまま昏睡状態となっていた兵達だった。この陣地の中に彼等を数十人ばかり戦場から回収して病院に収容していたが、彼等の身体に関しては一見問題が無さそうに見えたが、ただただ起きる事無く眠り続けるばかりだった。その彼等が起き上がったのだ。陣地の中では久々の朗報に沸いた。
だが、起き上がった彼等は一行に何も食べようとしなかった。
軍医は起き上がった兵達に聞くと、腹も減らぬし喉も乾かぬ、と言う。そこで彼等を調べようとしたが、如何せん身体の内部を調べる様な装置は何一つ無かった。軍医としては、当座彼等を要監視という状況で、一端他の怪我人達とは離れた病棟に隔離した。
そしてその夜、コルダビア軍の若い兵士達が久々に意識を取り戻した戦友を迎えに、離れの病棟にやって来た。
「先生、フォクス伍長はこちらに収容されていると伺ったのですが?」
「ああ、この奥のベットがフォクス伍長だ。静かにしとけよ」
「感謝します、先生。こいつはお礼の……」
仲間の兵士達は、そこの医者にタバコを捻じ込むとフォクス伍長が寝ているベットまで向かった。
フォクス伍長は病棟奥で本を読んでいる最中だったが、ドカドカとやってきた仲間の兵達を見つけて嬉しそうな顔をしつつ、本を仕舞い始めた。
「おいおい、本当に起きてやがる! あの四本足のバケモノに腹刺されたのに!」
「あ。お前等久しぶりだな。心配かけたな、来てくれてありがとう」
「元気そうじゃねえか。もう腹は大丈夫なのか?」
「それがな……もう刺された跡も繋がっていて、引き攣った傷跡しか残って無いんだ」
「痛く無いのか? 傷、見せてみろ」
「ああ、全く痛く無いんだ。傷か? こんな感じさ」
「何だこの傷跡……何か古傷みたいになってんじゃねえか」
「そうなんだよな。訳が分からん。ともあれ皆、本当に良く来てくれた。俺はもう大丈夫だ」
「本当か? そんじゃもうここから出られるのか?」
「それがな。一定期間監視するから外出禁止なんだとさ」
「固ェ事言うなよ。どうせ美味い飯喰って酒呑みゃすぐ復活するだろうよ」
「ああ、まあな。だがなぁ……」
フォクス伍長の躊躇を見た仲間の兵達は、軍医や規則違反を気にしているのだと思っていた。そこで彼等はフォクス伍長を密かに連れ出して、自分達の宿舎で酒盛りに参加させようとしたのだ。その目論見は結果的には成功した。つまり、フォクス伍長を病棟から連れ出して宿舎に連れていった。
だが、彼等が行った酒盛りは凄惨な状況となった。
フォクス伍長に酒を進めても一行に呑もうとしない一同は、それでも化け物に腹を刺されたのだからと最初は遠慮していたのだ。だが、皆が飲み進むにつれ遠慮なくフォクス伍長にやれ酒を呑め、やれこれを喰え、という輩が出没し始めた。それでもフォクス伍長は頑なな飲食を拒んでいたが、遂に酔った兵たち数人がかりで押さえつけられ、酒を口から注ぎ込まれたのだ。
途端にフォクス伍長は痙攣を始めた。
皆が一斉にフォクス伍長から距離を取り、その宿舎の責任者だったウルトス曹長は直ぐに軍医を呼ぶ様に指示した。痙攣しながら口から泡を噴き始めた頃に軍医がやって来て、床に転がって泡を噴くフォクス伍長を見るなり怒り始めた。
「この騒ぎは一体何だ。フォクス伍長の退院を許可した覚えは無い! ここの責任者は誰だ!」
「すいません先生、自分です」
「お前か、ウルトス曹長! お前等は彼に何をした!?」
「いや…押さえつけて酒をちょっと飲ませただけなんですが……」
「酒だと? 病人に酒だと? 貴様等の頭の構造は一体どうなっているのだ?」
「あ……せ、先生? 伍長の様子が……だ、大丈夫なんですか?」
床に転がっていたフォクス伍長は、口から大量の白い泡を噴いていた。
だが次第に白い泡は赤い泡へと変わりはじめ、大量の血と泡をゴボゴボと吐き始めたのだ。そして血と泡を吐きながらフォクス伍長は叫び始めた。
「な、何が起きてるんだ、先生!?」
「……分からん! だが近寄るな!!」
フォクス伍長はガクガクと身体を痙攣させながら大きく口を開けて叫び続けていた。だがフォクス伍長の叫び声は不意に止まり、その口の中から見慣れた足の爪が出て来たのだ。
「よっ、四つ足だ! 四つ足が潜んでいるぞ!!」
「だっ、誰か銃持って来い!! 撃て!」
「フォクスが……あああ……フォクスの中から……!?」
既にフォクス伍長の顔の上には人間を模した気味の悪いミニチュアの上半身と蜘蛛の様な四つ足の下半身があり、そしてその顔は苦悶に満ちた表情で叫び始めた。いち早く状況を把握したウルトス曹長は直ぐに魔導銃を手に取ってフォクス伍長の顔の上で叫びつ続ける小さな四つ足に向けて連射した。そして小さな魔獣はバラバラに飛び散った。そして小さな魔獣が死んでいる事を確認したウルトス曹長は軍医に聞いた。
「なあ、先生……もしかして、今病棟で昏睡の連中は……」
「うむ……恐らくは……ウルトス曹長、何人か兵を借りるぞ!」
「了解です。お前等、聞いていたな? 急いで病棟に向かうぞ!」
こうして軍医の指示でウルトス曹長旗下の部隊は、病棟に並べられた昏睡患者達を全員外に運び出した。そしてウルトス曹長からの報告を受けたリュートスキ大佐が現場にやって来た。
「フォクス伍長の件、確かだな?」
「はい、リュートスキ大佐。軍医殿を始め我々全員が目撃しております」
「そうか。……軍医殿、どうにか彼等を助けられないか?」
「大佐、可能性は無いでは無いかもしれません。ですが、ここには機材がありません」
「分かった……ウルトス曹長。彼等全員を埋葬可能な穴を掘れ」
「たっ、大佐、まさか!?」
「昏睡した彼等から例の四つ足が孵化する事を考えた場合、我々の防衛陣地は内部から崩壊する。そのような危険を内包したまま彼等を生かす事は出来ない。大丈夫だ、貴様等には責任は無い。命令する、穴を掘れ」
「……了解しました。おい、お前等、ここに穴掘るぞ!」
こうして彼等は埋葬用の穴を掘って昏睡し続ける患者たちを穴の中に並べた。そして松明用の油を中に注ぎ込み火をつけた。彼等が何も感じないままに死ぬ事が出来ますように、とレフール神に祈りながら兵達は燃え上がった炎を眺めていた。だが、燃え上がる彼等の身体の中から小さな四つ足の魔獣が腹を破って出て来たのだ。この阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、直ぐにウルトス曹長は射撃を命じ、炎に炙られ奇妙な叫び声を上げ始めた小さな魔獣達に銃撃を繰り返した。
こうして、この件は終わったかに見えた。だが、防衛線外周部の森側では森から小さな叫び声に呼応するかのように、四つ足の魔獣が大量に押し寄せてきたのだ。外周を守備していた兵達は、牛の様な魔獣が汚染した後に出来た森から出て来た大量の魔獣を見ながら慄いた。
「お、おい、今迄に無い程の数来たぞ?」
「司令部に判断仰げ! 前方の森より大量の魔獣接近中、魔導自走砲部隊の応援頼むと。送れ!」
「来た! もう来たぞっ! 早い!!」
「ちくしょう抜けられた!! そっち行ったぞ!!」
大量の四つ足の魔獣は外側の防衛線からの攻撃を無視するかのうように真っすぐ司令部の方に向かっている様だった。突破された最外周の防衛陣地は、真っすぐに四つ足が中央に向かって行く姿を見て、直ぐに司令部に警報を発していた。直ぐにその警報を受け取ったリュートスキ大佐は魔獣が突進してくる方向に兵力を集中する様に指令を出した。
一匹の人間の上半身を持つ四つ足が、殆どが防衛線によって駆逐されて行く中で最終防衛線にまで辿り着いた。その四つ足は憤怒の表情にも似た顔つきで防衛線に居た兵達を自らの足で刺し殺しながら、小さな鳴き声を探し求めて周囲を見渡した。そして遂に、その四つ足は探し求める目的の場所に辿り着いた。
ウルトス曹長を始めとする四つ足の化け物に寄生された犠牲者達を、燃やし尽くした後に埋め戻す作業を待機していた。
だが、その場所に上半身が裸の女で下半身が四つ足の化け物が現れた。その化け物は怒りに燃えた表情で、ウルトス曹長達を見下ろして言った。
「オマエタチ……ヨクモ……ワガコタチヲ……」
言い終わるか終わらないかのうちに四つ足の化け物はウルトス曹長達に襲い掛かった。
ウルトス曹長達は、まさかこの防衛陣地の中央にまで化け物が来る事こそ想定していなかったが、つい先程まで寄生した人間から這い出してきた小さな四つ足を撃っていた事から、直ぐに化け物に対抗する事が可能だったのだ。この四つ足はコルダビア軍とドムヴァル軍が幾重にも張り巡らせた防衛線を突破してきたが流石に無傷では無かったのだ。四つ足が襲い掛かった兵は、刺し抜かれれる瞬間に辛うじて身体を捻りつつ反撃を行った。
「こいつ思ったより動きが遅いぞ!」
「何発か喰らってやがるな。おい、固まるな! 散れ! 囲んで仕留めろ!」
「オマエタチ……カナラズ……カナラズ……コロシテヤル」
女のような顔から出た地の底から振り絞る四つ足の化け物の言葉は、その場に居たウルトス曹長達全員の心胆を寒からしめた。だが、目の前で昏睡中の戦友達を焼き、そしてそこに銃撃を行っていたウルトス曹長達は怒りの方が上回っていたのだ。
「このクソが勝手な事を言ってんじゃねえぞ!」
「死ぬのはテメエだ。よくも戦友をあんな目に遭わせやがって!」
「おい、こいつ逃がすんじゃねえぞ。必ずここでぶっ殺してやる!」
「撃て! 動き止めろ!! おい、顔撃つんじゃねえぞ、最後に頭にぶち込んでやる!!」
そしてウルトス曹長の部隊はこの四つ足の足を魔導銃の射撃で破壊して素早い動きを奪い、次々に四つ足の化け物に命中させていった。最後に動けなくなった四つ足を見下ろしながら、ウルトス曹長は銃口を頭に向けて言った。
「おう化け物、何か言う事があるか?」
そしてウルトスは何かを言おうと口を開いた瞬間の彼女の額に魔導銃をぶち込んだ。
夜の部更新しました。明日明後日はお休み予定。
最近ブックマークがどんどこ剥げてます。ここの所の流れ、あんま評判良くないのかな……
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昼の部更新です。夜更新出来るかな…