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カルネアの栄光  作者: 酒精四十度
【第一章 ラヴェンシア大陸動乱】
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1_79.ウーラ少佐の決断

ヴァルネクの城壁は二重防壁の構造となっており、その外郭にあたるスワルコフ中尉が守備する北部防壁を突破された場合、内側の壁によって侵入した外敵を食い止める構造となっていた。ウーラ少佐が居た北部防衛要塞は二つの防壁の更に内側に存在しており、これら二重防壁が突破された場合の最後の要害となる構造だった。


その為にウーラ少佐は仮に外郭が突破された場合であっても、十分に防御が可能であり外の部隊との連結が可能な物と判断していた。それに要塞に詰めてある兵を搔き集めたならば、少なくとも現状の倍程の戦力にはなる。但し要塞内部に居る兵などは、戦闘訓練もろくに行っていない三流の兵ばかりだが、この際は居ないよりはマシだ。内側の防御に要塞の兵を配置し、外郭には守備兵を置けば魔獣の対処も可能な筈だろう。とウーラ少佐は計算していた。そして要塞に通信を開いて命令を下した。


『北部要塞内総員に通達。急ぎ北部城壁内郭に総員集合し、速やかに守備任務を遂行せよ!』


そしてこのウーラ少佐が発した守備命令は要塞内に混乱を齎した。何故ならば、要塞内総員を動員するという事は、北部城壁外郭が突破された事を意味するからだ。慌てて要塞内の兵達は、覚束ない手つきで銃を持って城壁内郭に駆け付けた。


「おい、俺達が動員されるってどういう事だ? 外郭が突破されたのか?」


「知らん。知らんが総員守備命令という事はそういう意味なんじゃないか?」


「私、随分銃を撃った事無いんですが……大丈夫でしょうか?」


「あれ、ベアーナちゃん? ああ、そうか総員か。大丈夫だ、城郭の上の方から下に撃つだけだよ。多分安全だ」


「なんなら俺達の後ろに隠れていなよ。魔導結晶石の補給さえしてくれたら良いから」


北部城壁内郭に三々五々集まった要塞兵達は、それぞれ定められた守備位置についたが、これから一体何が始まるのだろうという面もちで外郭方面を眺めていた。そこに再びウーラ少佐からの通信が入った。


『総員守備に着いたな? よし、これより外郭の門を開け、トルロフ大佐の残存部隊を要塞内に収容する。その際には魔獣の侵入が懸念される。我々は城壁内に侵入する魔獣を排除する。総員、準備良いな?』


「……え、魔獣群れてんだろ? だ、大丈夫なのか?」


「噂では魔導銃が効かん奴等も居ると聞いたが……」


既に城壁に何匹か張り付いた魔獣達は、単純に城壁を乗り越えようとしてあちこちから這い上ってきては、外郭城壁の守備兵達に撃退されていた。未だ、このヴァルネク北方に辿り着いた魔獣達への魔導銃への攻撃は効果があったのだ。その事実からもウーラ少佐は、トルロフ大佐の部隊を収容し、尚且つ周辺の魔獣も撃退可能と計算していたのだ。そしてトルロフ大佐に通信を開いた。


「トルロフ大佐、ウーラ少佐です。只今、外郭門を数分間開けます。城内にお急ぎ下さい」


『なんだと? 外郭門を開けても大丈夫なのか、ウーラ少佐?』


「大丈夫と判断しております。但し数分間だけです。お急ぎ下さい」


『分かった、感謝する。後ほど会えたら改めて礼を言う、ウーラ少佐』


「もう少し頑張って下さい、トルロフ大佐! レフール神の加護を!」


こうしてウーラ少佐は外郭門を解放した。

外郭に群がる魔獣達は入り口が分からなかった為に、ただ只管城壁を上って内部に行く行動をとっていた。だが外郭門が開いた事により、そこから中に入れる事を理解した門周辺の魔獣達が直ぐに外郭門に寄って来た。そして門が開くと同時に、トルロフ大佐率いる残存部隊の約3,500名程の兵達も門に雪崩れ込んだ。


その結果、ウーラ少佐の想像と違い外郭と内郭の間で魔獣による殺戮の饗宴が繰り広げられたのだ。


外郭と内郭の間に突入したトルロフ大佐の残存部隊は外郭門に一斉に突入していった為に、外郭門から離れた魔獣の注意を引いて魔獣達を呼び寄せてしまった。運よく外郭門を突破して中に入れた者達も、内郭の門が閉じていた事から壁と壁の間に閉じ込められた状況となり、そこに魔獣の群れが押し寄せた。内郭の兵も外郭の兵も内部の魔獣と残存兵の混沌とした状況に魔獣への発砲を躊躇した。幾人かの犠牲が出た所で慌てて発砲を開始したが、撃った射撃自体が残存兵達に当たる事も稀では無かった。


『ウーラ少佐! 何故、内郭門が開いていない!!』


「内郭門は開けられません! ここで魔獣を排除した後に、」


『馬鹿者が! こうしている間にも魔獣が我々を虐殺しているのだ、見て分からんか!!』


「で、ですが……」


『貴様、俺が生き残っていたら覚えていろよ!』


トルロフ大佐の捨て台詞にウーラ少佐は答える事が出来なかった。


・・・


このヴァルネク東端にある北部城壁周辺に現れていたのは魔獣の中でも足の早い類の魔獣ばかりだった。

その中でも最も移動が速い小型の多脚魔獣が、この北部城壁に現れた魔獣の大多数を占めていたのだ。だが、それ以外にも別種の魔獣が数種類が、この北部城壁周辺を跋扈していた。


そして城内に入り込んだのは多脚の魔獣が殆どだった。城壁に張り付いていた多脚状の魔獣はスルスルと外郭と内郭の間に入り込み、そこに逃げ込んだ残存部隊の兵達を次々に捕食し始めていた。そしてムーラの森周辺には居なかった魔獣で、大きな爪を持つカマキリの様な昆虫じみた魔獣が少数居たが、この昆虫の様な魔獣の甲殻は通常出力の魔導銃を弾いたのだ。


「爪持ちは魔導銃を弾くぞ!! 出力上げろ!」


「ちくしょう動きが早すぎる! 石持って来い! 石だ!!」


「はいっ、魔導結晶…」


「そこ置いとけっ!! あの多脚を城壁上に上げるなっ!!」


「あ、ちっ、また外れた……こっちにも石寄越せ!!」


城壁上の防衛隊は入り込んだ魔獣に対して有効な射撃を行う事が出来ない。それは日頃の訓練の成果云々の状況ですら無く、彼等防衛隊の能力を遥かに上回る速度で動き回る多脚魔獣に翻弄され、当たらない魔導銃を振り回し撃ち続けた。既に内郭上部の兵達の意識は下に居て人々を喰らっている魔獣を倒す事では無く、如何に内郭城壁に取り付いた魔獣を駆逐するかになっていた。


そして、ウーラ少佐はこの光景を茫然としながら立ち尽くしていた。

眼下に広がる凄惨な光景は、助ける筈だったトルロフ大佐の残存部隊である兵達が逃げ惑いながら、爪を持つ巨大な昆虫に切り刻まれ、生きたまま貪り喰われる兵達の絶叫で満ちていた。城内に入りさえすればなんとか生き延びられる、そんな希望を持って持てる体力の全てを振り絞った残存兵達は、城壁内に入った時点で逃げる体力さえも残っていなかったのだ。


この凄惨な光景の中でも内壁の一画に、何とか魔獣に対抗している一団が居た。

それはトルロフ大佐とその護衛と思しき兵達だ。彼等は、壁を背に半円形の即席防御陣を組み、近づく魔獣に魔導銃と銃剣によって対抗し続けていたのだ。そしてその光景を偶然目にしたウーラ少佐は、先程のトルロフ大佐の言葉を思い出して心の底から戦慄した。慌てたウーラ少佐は、再び命令を発した。


「外郭門を閉じろ! 今直ぐ閉じるんだ!!」


「ですが、未だ外には生存者が!?」


「馬鹿者、命令が聞けんのか!! このままだと内郭に魔獣が溢れるぞ!! 早く閉じろ!!」


「ウーラ少佐、了解しました。直ぐに外郭門を閉じます」


そしてウーラ少佐の判断で北部城壁の外郭門が閉じ始めた事によって更なる悲劇を生んだ。門が閉じ始めたのを察知した生き残りのエストーノ陸軍兵達は、城壁外にとり残されてなるものかとばかりに門に殺到した。だが、門は魔導動力にて何かが挟まっていようがお構いなくギリギリと閉じて行く。こうしてエストーノ兵数人が門に胴体を切断され、門は真っ赤な血に染まった。この血を目指す更なる魔獣を呼び寄せたのだ。だが一瞬で死ねた者達は幸運だったのだ。この血塗れの門の匂いに引き寄せられた魔獣達は門の外に居た数多の兵達という餌を見つけ、狂喜乱舞しながらこの餌の群れに襲い掛かっていた。


外郭門と内郭門の間に閉じ込められた魔獣は、狭い空間の中であっても人類にとっての脅威だった。だが、これらの魔獣を効果的に倒す手段は防衛隊には無いが、それでも何とか魔獣の数が減り始めたのだ。それはトルロフ大佐の一団が持つ魔導銃と剣に因ってだった。彼等は魔導銃の出力を可能な限り最大限まで上げて射撃を行い、その上で魔導銃につける銃剣によって近づく魔獣を刺し殺し続けていたのだ。


魔獣の体液に塗れたトルロフ大佐は漸く内壁内で優勢となりつつある事を確認し、真っすぐにウーラ少佐を見上げながら、ただ一言"開けろ"と口が動いた。だがこの光景に息を飲まれたウーラ少佐は咄嗟に動けなかった。


「ウーラ少佐、この門を開けろ!!」


トルロス大佐は残った人員を纏めて内郭門に移動して、残った魔獣を対処しつつウーラ少佐に大声で命令した。この声でようやく我に帰ったウーラ少佐は、慌てて部下に命じて内郭門を開けトルロフ大佐の一行を迎え入れた。そして、この内側で生き残ったのは僅かに5人しか居なかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 国境線が短い? 実は国土的には小国? いや、記述的には国力の大きな国のようですが… 国をぐるりと2重壁で囲ってるという事でしょうか? まあ、壁を構築したのは過去の魔獣氾濫の教訓かもですが……
[一言] 内郭門を抜けた魔獣は無ですか?
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