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カルネアの栄光  作者: 酒精四十度
【第一章 ラヴェンシア大陸動乱】
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1_73.孤立するコルダビア軍陣地

ここサライ国境での国境防衛線にドムヴァル第三軍が大量に退避してきた後に、ヴァルネク第二軍が現れサライ国境地域では激しい交戦が始まっていた。だが、ヴァルネク第二軍司令官グジェゴシェク中将からの休戦の申し入れがあったのは数時間前の事だ。曰く、この戦いの結果、テネファとムーラの森に住む魔獣達を刺激し過ぎた、そこから魔獣が溢れる可能性が高い。恐らくは双方共に魔獣への対処に追われるであろう事から直ちに休戦を希望する、との事だった。この休戦の申し入れ自体を当初罠だ何だと同盟諸国議会は紛糾していたが、魔獣の森を監視していた中立国テネファ、そしてムーラ双方からの事前警告が届けられていた事が報告された後に、ヴァルネク第二軍は前線を放棄して後退していった。


そこで同盟軍はサライの森にほど近い方面に、殆どの地上兵力を集中させようとした。

包囲を避ける為にサライ国内に移動していたドムヴァル第三軍、そして国境警備のサライ軍、更には同盟諸国陸軍がサライ中央に後詰として集結しつつあった。また、グジェゴシェク将軍からの休戦交渉と同じタイミングで、ドムヴァル北方でもシルヴェステル将軍のヴァルネク第一軍から、そして中央戦線(既にドムヴァル中央は突破されてサライ国境まで押されていたが)のエウゲニウシュ将軍のヴァルネク第三軍もまた、同様の要請があった上で、直ぐにヴァルネク連合軍は水が引くように後退していった。


事、ここに至って同盟軍はようやくムーラとテネファの森への魔導探査や上空への浮遊機を飛ばしての偵察を開始した。

そして魔導探査結果、判明した事は森の中で何かが大量に北方方面を目指して移動中である事。だが、その何かの正体は全く分からず、兎も角も国境付近を軍で固めるより他に無し、という結論になった。


そして頼れる筈の浮遊機による目視観測は、まずムーラの森への偵察浮遊機を飛ばそうとしてムーラ政府に打診を行ったが、ムーラ政府の返事は"飛ばせられるものなら飛ばしてみよ"だった。たが、これは決して挑発行為では無かった。同盟軍が用意した浮遊機自体が魔獣の森に差し掛かると魔導結晶の暴走が発生して安定的に飛行する事が出来なくなり、操縦不能となってしまったのだ。全ての機が同様の症状を示した事から、魔獣の森からは何等かの魔導結晶石を暴走させる何かの波動が出ているのでは?という憶測が生まれたものの、ムーラに偵察を行おうとした全ての機が引き返していた。


つまり同盟諸国は魔獣が押し寄せるであろう事を理解してはいたが、その魔獣とやらの種類や性質、ましてや危険性が全く分からない状態だったのだ。果たして同盟諸国軍は何も分からない状況でこの事態を迎えようとしていた。


そして遂に魔獣の氾濫がムーラの森から始まり、そこから騒乱が一気に広がっていったのだ。

ドムヴァルの三角地帯から始まった魔獣の氾濫は、コルダビア第二打撃軍とドムヴァル残軍によって防衛陣地が形成されており、そこで魔獣の流れは左右に分けれて北方に逸れていった。左右に分かれたうち、右側の魔獣の流れはサライ国境防壁地帯に流れ込み、左側に逸れた魔獣の流れはソルノクとドムヴァルの国境線を突破して、後方を守るヴァルネク連合のエストーノ陸軍に襲い掛かったのだ。


サライ国境付近は未だ国境防壁があった事から、当初の被害はそれ程大きくならなかった。

だが、何の備えも無い平地で展開していたエストーノ軍は、ヴァルネクからの緊急連絡を受けていたにも関わらず、補給物資の集積地にのみ防衛拠点を構築していた。そして魔獣の流れはエストーノ軍の防衛拠点を次々と呑み込みながらどんどん北方に流れ込んでいった。


グジェゴシェク将軍の第二軍はドムヴァル中央の盆地を経由し北方に脱出を企画しての移動を行っていたが、直ぐに第二軍の最後尾が北上する魔獣の先頭に追いつかれた。第二軍は追い付かれた最後尾で魔獣に対して反撃を開始した。第二軍の殿軍は第二軍脱出の時間を稼ぎながら全滅し、第二軍本体はドムヴァルを北部海岸から脱出していった。


そしてコルダビア第二打撃軍とドムヴァル第三軍の残余は、未だ周囲を魔獣に囲まれながらも生き残っていた。魔獣が溢れ始めた夜から次の朝までの間、この取り残されていた集団は辛うじてイメド回廊内に防御陣地を作り上げ、脱出の機会を狙っていたのだ。


深夜に脱出指揮所からコルダビア軍陣地までの後退戦を行いつつ合流を果たしたノーデン大尉は、コルダビア軍陣地の中に入って直ぐに戦闘指揮所に向かうと既にコルダビア軍指揮官ゼーダー中将の姿はそこには無かった。代わりにリュートスキ大佐が、この陣地をまとめ上げ、ドムヴァルのバリンストフ少佐と共に陣地を構築しながら、魔獣に対応していた。幸いな事に魔導銃の効かない緑の魔獣に対し、小型の四本足魔獣が襲い掛かり、次々と巨大化した緑の魔獣を喰らっていた。だが、大型の四本足魔獣は人間を襲っている。そして遠くに見えた巨大な人の様な魔獣はイメド回廊側には向かわず、サライの防衛線側方面に向かった為、一先ずコルダビア第二打撃軍の陣地は即時の殲滅を免れ、そして朝を迎えた頃にこの防御陣地は一息ついていた。


「バリンストフ少佐! ドムヴァル軍のバリンストフ少佐は何処に?」


「ノーデン大尉、此処だ。良く生きて戻ってきたな。こちらはコルダビア第二打撃軍の後任指揮官リュートスキ大佐殿だ。大佐、こちらはサライ脱出を指揮していたドムヴァル軍のノーデン大尉です」


「魔獣の森最前線からか。良く生きて戻ってきた、大尉。少ない時間かもしれんが宜しく頼む」


「こちらこそ宜しくお願いします、大佐殿。現状はどのような状況に?」


「夜から朝にかけて、例の緑色の魔獣がそこらをウロウロしていたが夜が開ける頃には皆、森に戻っていった。それと共に緑の魔獣を喰らっていた小型の四本足も引き上げた。今、ここに居るのは腹を刺す四本足が殆どだ。こいつらを駆逐したら脱出の機会も出来るだろう」


「成程、テネファの森周辺部も似たような状況でした。……未だ希望が持てるのかもしれませんね」


「この状況が続けば或いは、だろう。貴軍の脱出方向としてはやはりサライ方面か? 参考までの教えておくが、サライへの脱出は極めて難しいぞ。我等の左翼を守る筈のヴァルネク第二軍は既に北方に去った。この空いた穴に魔獣が雪崩れ込んで来ている。つまりは我が軍とサライ国境の間は魔獣の回廊状況だ」


「すると……ソルノク方面も恐らくは…?」


「ソルノクは……恐らく絶望的だろう。真っすぐに海に逃げるしかないだろうな。だが、夜が明ける前に我々の側面を通りながら名も知らぬ魔獣が北方に突進していくのが確認出来た。恐らくは我々が北方に向かう頃にはドムヴァルの北方海岸は魔獣によって地獄と化している事だろう」


「それは……どこにも逃げ場がありませんな、大佐殿……」


「ああ、そういう事だ。諸君らドムヴァル軍には大変申し訳ないが、我等コルダビア軍と共にここで戦い、そしてここで果てる運命の様だ。すまんな」


「ははっ、そうとなれば仕方がありませんな。我々も腹を括って最後まで足掻きますか。バリンストフ少佐殿、武器弾薬の類は?」


「それですがコルダビア軍からも融通して頂いて貰いました。現状で我々に足りぬ物は魔獣に良く効く魔導銃ですかな」


「そんなモノがあれば真っ先に我がコルダビア軍が使っておりますぞ、バリンストフ少佐」


「違いないですな、大佐殿」


このイメド回廊の防御陣地周辺では未だに四本足の魔獣を駆逐する戦いが続いていたが、昼頃には概ねの駆除が完了していた。再びノーデン大尉が陣地指揮所に戻った頃には、陣地のあらゆる場所で希望の声が聞こえ始めていた。だが彼等の希望を打ち砕く咆哮と地響きが突如辺りに響き渡ったのだ。


「! な、なんだこの鳴き声は……?」


そこに姿を見せたのは巨大な牛のような生き物だった。

だが牛と違うのは身の丈が10m程もあり、巨大な角が両脇に突き出ており、そして燃え上がるような赤い目と共によだれを口元から大量にたらしながら、言葉を喋り始めたのだ。


「ヲマエラニンゲン……ハ……マタ……モリヲ……ケガシタ……ナ……ソノミヲモッテ……ツグナエ……」


言葉を発するには合わない器官から無理矢理に発した言葉ではあったが、その場に居た全員の耳にこの巨大な牛が発した言葉が聞こえた。未だ士気の衰えぬ防御陣地のコルダビア軍とドムヴァル軍は一斉に射撃を開始した。

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