1_69.驚愕の実験結果
山村に訪れた浮遊機に乗る日本の一行とシュリニクは、早速山間近くまで歩いた後にシュリニクが言う緑の魔獣ニェレムの手前まで移動した。とはいっても魔獣の数100m程手前であり、直接の脅威は無い距離だ。ニェレムは森の暗がりの中で、気の毒な森の動物を触手を伸ばしながら捕食中であり、この一行には気が付いていない。
「この山村近くに現れたという事で、緊急に連絡が入っていたのです。人里近くには近寄らないのが普通なのですが、北側の異変がこちらにも波及しているのかもしれません。ですが、通常ニェレムは日の下には出てきませんので、この程度の距離があれば危険はありません」
「なるほど、あれがその魔獣という奴なのですか。あれは……何かを捕食している?」
「恐らくは森の動物を捕食している様です。ちなみに、ニェレムはこの魔獣の中では弱いとされています。ただ、それは魔獣の中であって、我々人間に脅威である事は間違いありません。あの魔獣には魔導銃の類は一切効かず、炎等も効果がありません。寧ろ、魔導銃で撃つと、そのエネルギーを吸収して自らの身体に取り込んでしまうのです」
「成程、そいつは脅威だ……」
実際に目の当たりにした柊達は、沢山の触手を伸ばしながら獲物に取り付き吸い上げているニェレムの姿に生理的嫌悪感を抱きつつ、当初の目的であった実験に取り掛かった。
「シュリニクさん。私達が持ち込んでいる護衛用の銃を、この魔獣……ええと、ニェレムでしたっけ? 数発発砲の許可を頂きたいのですが、宜しいですか?」
「ニェレムも単独ですし、恐らく数発程度であれば問題は無いと思います。ですが一応緊急の事態に備えて、直ぐに浮遊機に退避出来る様にしてください。日中ですので、このまま森から出てくる事は無いとは思いますが……」
「分かりました、ありがとうございます。それでは寺田君、頼む」
寺田と呼ばれた護衛の自衛官は、装備していたMP5でニェレムに狙いをつけると、1発だけ発射した。そして寺田の放った1発の9mm弾は、正確に捕食中のニェレムに当たった。そしてニェレムは撃たれた事に気が付かぬ様子で捕食を続けていた。
「うーん……実包弾も効果無いのか……こりゃ厄介だな」
「もう数発撃ってみますか、柊さん?」
「いや、恐らく同じ結果になるだろうから、弾が勿体ないよ。ありがとう、寺田君」
「え……ちょ、ちょっとヒイラギさん、あれ! あれ見て下さい!!」
どうやら自分達が持つ武器さえも効かないのか、と落胆気味の柊達一行を横にシュリニクは興奮気味に叫び始めた。
「赤く変化してる! ニェレムが赤く変化し出した!!」
「赤くなるとどうなるんですか? 不味い兆候ですか?」
「通常、ニェレムに魔導攻撃をした場合の反応と違います。あれは……他の魔獣にニェレムがやられた場合によく見る色です!」
そのまま観察していると、身体の一部が赤くなったニェレムは自らの変色した身体を切り離した上で捕食していた獲物をその場に放置して森の中に引き返していった。これ以上は森の中に入らない限り、効果の程が分からない。だが、シュリニクは興奮状態が冷めやらぬままではあったが、小型の魔導探知機を使ってあの魔獣が森の奥に引き返していった事を確認しつつ呟いていた。
「……ニッポンが装備する兵器なら或いは?……輸出は可能なんだろうか?……」
これを横で聞いていた柊だが、まず何が作用してあの魔獣にどういう状況になったかの方が興味が沸いていた。
単発の9mmパラを喰らったあの魔獣は凡そ30cm立方程度の赤い部分を切り離していた。という事はそこがダメージが通ったと考える事が出来るんだろう。凡そ2m程度の魔獣だったが、9mmパラでも数発撃てば回復不能なダメージを与えられる可能性がある。通常の陸自が装備している89式の5.56mmでも同様の効果が得られるのだろうか。それには検証が必要だ。だが、一体何が作用してあのダメージが発生したのか。そして他の魔獣に対しても効果があるのだろうか。やはり、ある程度の装備を固めた練度の高い部隊を投入して確認する必要がある。
「シュリニクさん、今回を踏まえた上でやはり我々は調査隊を派遣したく思います」
既にニェレムに効果が多少確認出来たシュリニクは、日本の持つ装備への関心が飛躍的に増大していた。今迄、魔導結晶を用いた武器体系に絶大な信頼を置きつつも、唯一効果の無い魔獣という存在に対しては、そういうものだという諦めにも似た気持ちであった事に気が付いた。魔獣に対する効果が多少でも認められたという事は、このラヴェンシア大陸において様々な分野における革命が起きる事を意味していた。それは魔獣の森によって南北に分断されたこの大陸の物流に革命を齎す事になるかもしれないのだ。魔獣の森が存在する事により、ラヴェンシアの物流はおろか発展の余地が全て海岸線とその周辺部の森から離れた地域に限定されていた。だが、魔獣への対抗手段が無い以上、是迄は仕方が無い事と思っていたのだ。
「柊さん。是非ともニッポンの調査隊を受け入れたい。私が評議会を説得します。その際には様々な武装を持ち込むのでしょうが、その辺は私が何とかしましょう。それともう一つ進めたい話があります。貴国ニッポンとの早急な外交の締結、そして武器輸出に関する協議。貴国が持つ兵器にはどのような資格や能力が必要とされているのか、その辺りを詳しく詰めたい」
「いや、そういう事になりますよね。ただ、我々としては魔獣?に作用した原理をまず知りたい。今回はたまたま効果があったのかもしれないし、偶然かもしれない。その辺りの判断がつかないんですよ、現状だと。それ故の調査隊です。それなりの装備を整え安全を確保した上で調査を行い、効果の裏付けを担保したい。サンプルも欲しいですしね」
「そうですね……私の方でも評議会側に早急に報告を上げて、速やかにニッポンの方々が動けるように手配しましょう。ニッポンの兵器が魔獣に対しての効果が立証された場合、そこから得られる効果は絶大という言葉では足りない程です!」
多少興奮気味のシュリニクを前にして、柊は日本の武器輸出がどの程度が可能かを考えていたが、確かガルディシア帝国への武器輸出が相当に制限されていた事を考え、あとで同僚であるガルディシア帝国担当の高田氏に確認を取ろうと考えていた。だが、どちらにしても、何が作用してあの魔獣に対して効果があったのかを調べるのが先だ。使えもしない武器を輸出した挙句に非難されるのは柊では無く日本国政府なのだ。
そしてこの時、柊は知らなかった。
そのガルディシア帝国では、既に亡命中国人による密造カラニシコフがエウグストのル・シュテル伯爵領地内に秘かに作った密造工場で製造が続けられていたのだ。この中国人の企みは結果として日本側に暴露し、逆にエウグスト解放戦線への供給拠点として日本側の手が入った上でカラニシコフの秘密製造拠点として動く事になった。つまりはその時点で日本が輸出する武器の上限が秘密裏に動く事となったのだ。結果として将来的にラヴェンシア大陸にも影響する事となるのだった。
この後に日本に一端戻った第3護衛隊旗艦ひゅうがと柊達の一行は直ぐにテネファ魔獣の森への調査隊を編成した。柊が選ぼうとした人選は、既にガルディシア帝国におけるエウグスト人秘密工作要員養成の為に大多数が確保されていたが、この話を第一空挺団長の大泉陸将補が聞き付け、直ぐに手を挙げた。結果として大泉陸将補の強い働きかけで第一空挺団第3普通科大隊第7中隊の一部が派遣される見込みとなった。
その上でテネファ側の要望でもあった100人程度に抑えた上で数名の研究員と100名近い戦闘員という構成での調査団は、護衛艦ひゅうがに搭乗してテネファに向かった。この調査団の目的は魔獣と呼ばれる生命体への装備品が通じるか、魔獣の捕獲、最悪でも生体サンプルの確保等としてテネファの北方、魔獣の森への調査を開始した。この調査団にテネファ側からも外交官シュリニクを筆頭として、数名の科学者達も参加したのだった。
そしてこの調査団の出した調査結果は期待以上の成果を上げたのだった。
第一に、陸上自衛隊第一空挺団第3普通科大隊第七中隊から派遣された二個小隊による魔獣の森で最初に接敵した緑の魔獣ニェレムに対する射撃効果は絶大の一言だった。ニェレムに対し試験的にバースト射撃を行い、反応を観察していると果たして柊達が行った射撃と同様の変色が発生し、ニェレムは弾が当たった場所から赤く変色を始め、最後には赤くなった部分を切り捨て半分程のサイズとなった。弾があたった部分の組織が死んで赤く変色する為、ニェレムはその組織を自ら切り離しているのだ。更に何度かの射撃を行った結果、ニェレムに対して89式の5.56mm普通弾(B)での攻撃は有効と判断された。数度の射撃の結果、組織を切り離して小さくなったニェレムを捕獲し、サンプルとして持ち帰る事とした。
更に森の中で突然遭遇した別種の魔獣、同行したシュリニクの説明によるとロルベルと呼ばれる大型の熊のような魔獣が出現した際の射撃も有効だった。ただ、このロルベルという魔獣に関してはマガジンが空になる程に撃ち込まなければならず、より強力な兵器の必要性を実感した。
だが、この時点で遭遇した魔物に対して陸自の装備が有効だった事から、ある程度は自衛隊の装備品での対処が可能であろう、と日本側では判断していた。そもそもは遭遇していない魔獣も多い事から控えめな判断だったが、同行していたテネファ側全員の反応は狂喜乱舞と言える様な舞い上がり方だった。
「シュリニクさん! 見ましたか、ニェレムの反応を!! 未だかつて人間の攻撃でニェレムがあそこまで怯む事なんて無かった!ニッポン側の攻撃によってあれ程に縮んでいる! 信じられない!!」
「見ましたよ! 言った通りじゃないですか、前に私が見た通りですよ!!」
「すいません、正直疑っていました。何かの偶然が作用したものとばかりに……あのニッポン側の銃は我々にも撃つ事が出来るんでしょうかね。私はあの銃が欲しい。シュリニクさん、なんとかニッポン側に掛け合って貰えませんか?」
「いや、そうしたいんですがね、ネーマ研究員。一応、未だニッポンとは外交交渉中なので、本格的に我が国とニッポンが国交を結んだ後の話になるでしょうね」
「早く、評議会で国交を結んで欲しい。あの武器の何が作用して魔獣を倒すのか。しかし実際に魔獣達を倒せる事が可能であるならば、この森を切り開いて北方との連絡を回復し、我々テネファは嘗ての栄光を取り戻す事が出来るかもしれないですよ」
「いや、それやると今度はヴァルネクと面倒な事になりそうな気がするよ……」
「そうかもしれませんがね……でも魔獣に怯えずにすむ世界がやってくる未来が見えますよ」
こうしてテネファ側が浮かれる一方、日本側では粛々と各種サンプルを確保し、遭遇した魔獣達を確認の上で数匹狩って行った。僅か三日程の滞在の間に派遣された調査団は相当の実績とサンプルを入手して引き上げた。これらは評議会にも同時に報告されたが、そもそも評議会は日本が遭遇した魔獣を捕獲もしくは殺傷しているという事実が理解出来なかったのだ。
テネファでは戻って来た研究員達に評議会側が緘口令をひいたが、日本が行った調査について静かに噂が広がって行った。曰く、ニッポンの軍隊は魔獣に対しても効果的な武器を持ち、魔獣の森深く少人数で分け入って出会う魔獣を全く被害を受けずに全て殺傷していた、と。そして、それは概ね事実だったのだ。
完全版UPしましたー
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ちょいお出かけ中につき、一部だけ更新。
夜には完全版にします。




