1_68.広がる混乱
ロドーニアではヴァルネク連合からの一方的な停戦通知が届き、混乱する最中で魔獣氾濫の報が届いていた事から収拾不能に近い混乱がロドーニア議会に発生していた。反与党派閥の議員達は16ヵ国同盟の敗走続きを理由に、これ以上同盟側への関与を避けて単独で講和を結ぶ事を主張し、エルリング国王の引きいる王党派はヴァルネクが結局は大陸を統一した場合のロドーニアが完全に孤立するであろう事から、引き続き同盟との抗戦を主張していた。だが、ここに来て魔獣氾濫の報によってヴァルネクとの一時的休戦の締結と個別に防衛線を張り始めた事から、情勢は急展開の状況となっていた。
「ミハウ総統の判断で一時的に全戦闘が凍結された。ヴァルネク連合では同盟と戦うより先に魔獣の氾濫を抑える事が第一義となった様だ。それが証拠にドムヴァル東部戦線の戦闘と、サライ西部の戦闘は全て停止して一次的休戦を結んでいる。これは中立国テネファからの警告でも明らかな様に魔獣の氾濫が起きる事が確実視されているからだ。そこで諸君に問う。我々ロドーニアの今後についてだ。ハルワルド軍務局長、現状の説明を頼む」
「承知致しました、陛下。現在ヴァルネク連合軍の地上戦での攻勢はドムヴァル全域に及び、ヴァルネクの支配域はドムヴァル東部のサライ国境付近まで、また南部においてはイメド回廊を越えサライ、テネファ、ムーラの国境が接する三角地帯にドムヴァル軍3個師団が封殺された状況にあります。ですが、ここに来てムーラの森に侵入したコルダビア軍、そして脱出を図るドムヴァル軍によってムーラの森では魔獣が活性化、これを監視していたテネファ、ムーラ両国により緊急の警告が出されました」
「魔獣の氾濫……ダーレントの惨劇再び、か……」
「左様に御座います。ダーレントの場合と違うのは今回の魔獣の氾濫が南部では無く北部で起きる可能性が非常に高い事です。北部での魔獣の氾濫は過去に記憶がありませんが、もし北部で発生した場合は恐らくソルノク及びドムヴァルと接する魔獣の森が発起点となりまして、予想としてはそのまま魔獣の突進は北部海岸域、つまりベラーネ、サダル、ドムヴァルの北部海岸線諸国が蹂躙される物と見ております。またサライ、ヴァルネクもまたこの危険から逃れている訳ではありません。この魔獣の群れが西では無く東を向いた場合は逆の方面、つまりサライ、オラテア、そしてオストルスキが魔獣の蹂躙に遭うでしょう」
「もしオラテアやオストルスキに魔獣の群れがやって来たら、それこそ直ぐに戦争は終結するぞ、ヴァルネクの勝利で。どうあっても魔獣の群れをヴァルネク側に誘導する様な防衛を行わないと、魔獣の群れを撃退しましたが、その後国が無くなりましたでは本末転倒だ。どうするべきなのだ、ハルワルド?」
「はっ、同盟軍の判断では戦力の全てをサライに投入し、サライ以北への魔獣の侵入を防ぐ事が主眼になると思います」
「他にテネファからの情報は無いのか、第一外務局長オームスン?」
「はい、テネファからの警告内容ですが……ムーラの森に侵入したドムヴァル、コルダビア両軍と思われる部隊によって魔獣が活性化している。また数部隊の壊滅を魔導探知で確認している。魔獣の類によっては魔導兵器を受け付けぬ種類もあり、例え軍と言えども対応に難がある場合がある故、双方の軍は早急にムーラの森から退去させられたし、と。その後のテネファからの警告では、既にムーラの森での魔獣活性化は相当な範囲に広がっており、魔獣氾濫の可能性が高まっている。早急に対処させられたし、と」
「魔導兵器を受け付けぬ、か……ハロワルド、どう思うか?」
「我々ロドーニアとしては地上戦力を一時的に引き上げ、情報収集に専念すべきかと。それと援軍要請に関しては浮遊戦力のみとし、何時でもラヴェンシア大陸から引き上げるのが可能な体制を取っておかねば、魔獣によって思わぬ被害を受ける可能性があると思います」
「それを行った場合、同盟諸国から裏切り行為の誹りを受けぬか?」
「その可能性は否定出来ませんが、何せ相手は魔獣の群れ。ここで戦力を失った場合、この魔獣の群れが収まった後を考えた場合、ヴァルネクの侵攻を食い止める戦力が必要となっても、その戦力が無い、という事態を避けねばなりません」
「ふうむ……」
ロドーニア国王エルリングは、深い溜息と共に深く椅子に座り込んだ。そのエルリングの沈黙に乗じて、ここぞとばかりに反与党派の代表である人民党の議員オスツールが勢い良く話し始めた。
「陛下! ここはヴァルネクの停戦を受け入れ、和睦しましょう! この魔獣の騒ぎが収まったとしてもヴァルネクの攻勢は再び始まります! 我々だけでも生き残る術を考えねば!!」
「馬鹿を言うな、オスツール! 仮に魔獣の氾濫が収まった後にオストルスキが壊滅していたとしても、そんな事は受け入れられん! 人を魔導石に変える連中の戯言を唯々諾々と受け入れるとは何事だ!」
「馬鹿を言っているのはどっちだ、ハルワルド! そもそも我々ロドーニアが同盟に関与して戦況は変わったのか? 参戦以降、16ヵ国同盟は国を失い既に十三か国も脱落しているのだ。たったの三か国しか残っていないこの現状で、現実を見ろ!」
「であってもだ! 我々だけが講和を結んでその後は何とする! 反逆行為を理由としてオストルスキがロドーニアに攻撃を仕掛けぬとも限らんのだぞ。そうなれば我々に対抗する術は無い。今は未だオストルスキが健在である以上、彼等にそれを行う実力は残っている」
もしオストルスキ共和国がロドーニアへの敵対に舵を切った場合……
ロドーニアは島国という地勢から、ある程度の交易によって資源食料を得ている。その主な交易相手はオストルスキ共和国だ。この国との敵対はロドーニアとしては絶対に避けなければ、国が干上がる可能性がある。勿論、オストルスキによる海上封鎖などを仕掛けられた場合、最低限それを排除する能力程度を有するが、それと引き換えに得る物はオストルスキからの資源食料の断絶だ。ロドーニアとオストルスキはある意味運命共同体の状況だったのだ。
「それにだ。仮にオストルスキが敵に回った場合、我がロドーニアを支える資源と食料の供給は全く断たれる。それの代替案は当然あるのであろう、オスツール。まさか、それをヴァルネクから供給して貰おうという腹ではあるまいな?」
ハルワルドの指摘にオスツールは押し黙った。
再び議会に沈黙が訪れようとしたその時、外務局長のオームスンが口を開いた。
「そういえば、例のニッポン国がヴァルネクと接触していた様です。その辺りに関しては、我が外交局の一等外交官スヴェレから報告をさせますが」
「ほう、あの例のマルギタ艦隊を一方的に殲滅した、と称する国か。確かテネファでヴァルネクと交渉を行うと聞いていたが、その後に何か進展があったのか?」
「スヴェレからの報告書ですが、まずこのラヴェンシア大陸で行われている戦争に関しての即時停戦要求をしていた様です。ですが、これはヴァルネクは拒否回答をしています。正確に言うと、ヴァルネクとしてはニッポンと敵対したくはないが、この戦争には干渉して欲しくない、という感じです。その上で、我がロドーニアとの敵対を解消した上で、この条件を上乗せしてニッポンからの回答待ち、という状況でしょう」
「突然、ヴァルネクが我が国と停戦すると宣言したのはニッポンの関与があった、という事だな?」
「そうです、ヴァルネクはロドーニアはニッポンとの友好関係を結び、それを元にしてこの戦争に同盟側として参戦しようとしている、と判断した模様です。その為、まずロドーニアを同盟から切り離して、この戦争と無関係の立場にする。そしてニッポンの参戦理由を潰したい、という所でしょう」
「奴等がそれ程までにニッポンに対して気を遣う理由は何だ?」
「恐らくは数度のニッポン国艦船との交戦結果から判断した物と思われますが」
そこで漸く国王エルリングが口を開いた。
「スヴェレの報告書は儂も読んだ。正直、あの報告内容は荒唐無稽過ぎて儂も真実かどうかというよりも、報告書を書いた者の正気を疑っていた。だが、その後に見るヴァルネクのニッポンに対する外交姿勢は、極力ニッポンを敵に回したくない現れであろう。ただ、ニッポンの外交姿勢も対外戦争や戦争への不参加というモノばかりが目に付く。これはどういった解釈をすれば良いのだ、オームスン?」
「ニッポンという国は、我々の王国憲章にあたる憲法という最上位の法が存在し、その中で戦争の放棄を謳っております。それが故に対外戦争の放棄や戦争への不干渉という物が法体系の中に組み込まれており、所謂軍事力を行使しての解決という事が国内での世論に反発し易い状況となっております」
「なんだそれは。当事国が戦争を放棄しようが、そんな物は他国にとっては全く関係が無い代物ではないか。寧ろ、そんな物を持つ国など容易に攻め込める国として敵対する諸外国の餌食になるであろうが」
「その辺りは私には何とも……確かに陛下の仰る通りだとは思いますが、その辺りを外交手段によっているものかと」
「そんな片務的な宣言を謳っている国など阿呆の国としか言いようが無い。まさかヴァルネクめも額面通りにこの話を受け取っているとは言うまいな?」
「その辺りは私にも何とも判断が付かぬ所でして」
「今一つ、ニッポンという国の立ち位置が分からん。オームスン、引き続きニッポンとの交渉を続けて内実を探れ。戦力になるのであれば、我が陣営に引き込む事も忘れるな。それとヴァルネクとの単独講和など論外だ。この魔獣氾濫という事態を受けて、我々が行うべきは戦力の温存と可能な限りヴァルネク側へと魔獣を追いやる事だ。勝手にヴァルネクがその様な宣言を出すのは勝手だが、我々に従う義理は無い。我がロドーニアは引き続き、ヴァルネクに対する徹底抗戦の方針は変わらん。良いな、オスツール」
不満な表情を改める事も無く、オスツール議員はただ黙って頷いた。
こうしてロドーニアがヴァルネクへの徹底抗戦と、先ずはサライ王国への戦力支援で方針を決定した頃、テネファでは未だ日本との外交交渉が行われていた。
「こういった訳で、我々は今回のラヴェンシア大陸に於ける戦争には中立の立場であり、貴国の言う紛争当事国ではありません。そちらの外交的な要件は満たしていると判断しております。そして我がテネファは貴国ニッポンとの外交を希望する物でありまして、これを踏まえた上での交渉を願いたいと思っております」
「成程、貴国テネファが仰る内容は理解しました。ただ、我々は貴国との交渉を前提とした外交使節団ではありません。一応、希望を伺った上で一度国に戻って検討したく思います。その際には改めて外交使節団を派遣する事になるとは思います」
「成程わかりました、ヤマモトさん。検討の上、お早い返答をお待ちしております」
概ね話が終わりそうな段階で柊が割り込んできた。
「我々を紹介する映像資料等は後程お見せ致します。で、相談なんですが……」
「はい、なんでしょう、ヒイラギさん」
「公式なお話としてはここ迄という事で、以降はオフレコで願いたいお話です。先程、魔獣に関するお話を色々とお伺いしました。そこで我々としては、魔獣に関する調査団を派遣したい。未だ国交が樹立されていない中で、魔獣の氾濫という緊急事態が勃発した事により、ラヴェンシア大陸を巻き込む非常事態となっているのは理解しています。そこで特例という形で、我々日本国から魔獣に関する特別調査隊の派遣を受け入れて頂きたい。勿論国交に関しては前向きに検討し、可及的速やかに締結するように我々も動きます。様々な細かい話し合いを行わなければならないのは承知しています。ただ、この魔獣に関して、また荒廃した国土の復興に我々が何かのお役に立てるかどうかを確認したく思っています」
「魔獣の特別調査隊……一体どんな調査を?」
「そうですね、魔獣の生態。そして我々の持つ武器が通じるのかどうか」
「……そうすると、軍隊の派遣も同時に行うという事ですか?」
「そうですね、それ程大きな規模ではありません。あくまでも調査隊という体なので。ただ、我々が持つ兵器体系とは違う原理で動く兵器群が全く使用不能という状況であれば、我々の武器が通じるかの確認だけはしておきたいかと」
「恐らくは……これは当然なのですが、その規模にも因りますが他国軍隊の駐留に関しては我々テネファ評議会が難色を示すかと思います。通常であれば調査隊の護衛という形で100人程度の規模であれば許可が出るのではないかとは思いますが、何分この時期なので難しいかと」
「それは、つまり北側で起きるであろう魔獣の氾濫が、調査をきっかけに南側にも押し寄せてくるのでは、と?」
「ええ、そういう事です」
「そうですか、仕方が有りませんね。例えば、この近隣で魔獣が発生しそうで、尚且つ比較的魔獣がそれほど居ない場所とかはありますか? 可能であれば、一度この目で実際に確かめてみたいのですが」
「うーん、そうですね……それであればご案内可能な場所もあるにはあります。浮遊機で行く距離がありますが、そちらでご覧頂いた方が一目瞭然かと思います。手配しますので、少しお待ちください」
「ああ、助かります、シュリニクさん」
こうして日本の外交使節団の一行は、テネファ北方の魔獣の森にほど近い山村を訪れる事になった。この魔獣見学の際に起きた出来事はテネファ政府中枢に衝撃を齎したのだ。それは柊がシュリニクから許可を得て、外交使節団に帯同する護衛自衛官2名に魔獣に対する銃撃を命じた結果の事だった。
後半UPしましたー
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今日も途中まで分を昼にUP、夜に後半を再度UPします。