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カルネアの栄光  作者: 酒精四十度
【第一章 ラヴェンシア大陸動乱】
62/155

1_61.ムーラの森

ムーラの森 防衛陣地より20km地点:


ドムヴァル第二歩兵師団 第七連隊 第26大隊を指揮するベイエップ中尉は自分の部隊が相当に本隊から先行している事を自覚していた。そして後に続く筈の38大隊からの連絡が途切れて久しい。だが、ノーデン大尉からの指令は"後続に構うな。只管サライに脱出を優先せよ"だった事から、それを忠実に実行していたのだ。現時点で魔獣と呼ばれる怪生物との接触も無い。そしてベイエップ中尉は地図に記載された予定ルートを忠実に辿っていた。40kmの道の半分を経過した現在、恐らくは何も問題が無ければ2、3日以内にはサライに辿り着ける筈だ。後続が追い付く事を祈りつつ、ベイエップ中尉は歩を進めていた。



ムーラの森 防衛陣地より東に13km地点:


ドムヴァル第二歩兵師団 第七連隊 第29大隊、44大隊、38大隊は、その装備の殆どを失いながらも未だ数人が生き残っていた。彼等三個大隊の総勢1,800人は、多脚生物との戦いで既に60人程に減らされていたが、必要となる装備を失った彼等の命運は凡そ簡単に想像が出来る程にボロボロであり、彼等の希望はともかくも生き残る事だけに絞られていた。その生き残った中でも最も高級将校であったガリンストス少尉は残存戦力を取りまとめ、サライに脱出する為に足掻き続けていた。


「少尉殿、どうしましょう。誰も地図も魔導通信機もありませんや」


「通信機はどこにも無かったのか? ……むう、どうしたもんか。この森の深さだと太陽の位置もよく分からんな。誰か森で迷った時に正確に抜ける方法を知らんか?」


「もうそんな事出来る奴は誰も残ってませんやね。残った連中は役立たずの生き汚い連中ばっかりでさ」


「生き残った幸運を素直に喜べ、バルベル軍曹。さて、どの方向がサライへの近道だ?」


「どこでしょうかねぇ……あっちの方の気はするんですが」


「それよりもあの化け物の類が居ない道を進みたいもんだな」


「化け物! 魔獣の森というだけあってややこしいのが山程居るみたいすね。それにしても、もうあんな思いはゴメンですよ、少尉殿。あれは生き残れるだけで御の字だ」


「ああ……あの化け物は親も子蟲も厄介だったな……」


多脚生物から生まれた子蟲は自らのテリトリーが決まっていたらしく、そのテリトリーに居る限りは無限とも思える数が襲ってきたが、その範囲から逃れた瞬間に、子蟲同士が自らのテリトリーを主張して共食いを始めた。運よくガリンストス少尉は、その光景を目の当たりにして、早急にこの場を離れれば生き残る可能性があるかもしれん、と自分の部下達と共にそのテリトリーを抜け出した。他の大隊からも、脱出するガリンストス少尉を追いかけて脱出に成功したのが、全部で60人程だったのだ。だが、彼等は脱出の最中で方位と自分達の現在位置を見失っていた。


「あいつら、デッカくなったら自分のテリトリーも当然広くなるでしょうから、よりヤバくなりますね」


「そうか? 俺はもう金輪際こんな森の中なんぞに立ち入らんから、二度と会う事も無い」


「違ぇねえ。そいつは俺も同意見でさ」


「まあいい。まずはサライに脱出する。周辺に警戒しつつ前進!」


そして方向を見失っていた彼等は知らずして、森の深部に向かう様に進んでいった。



ムーラの森 防衛陣地より北東に9km地点:


第一梯団最後尾であったドムヴァル第二歩兵師団 第七連隊 の第13、30大隊が、連絡を断った38大隊、44大隊、29大隊の代わりに先頭を進んでいた。その後続には第二梯団の第三歩兵師団が続いていた。彼らは、38大隊、44大隊、29大隊が遭遇した多脚生物の地域を避ける為に、より森の浅い部分を進んでいたが、その森の左手を進むとコルダビア軍の偵察部隊が壊滅した緑怪ニェレムの巣がある場所だったのだ。既にドムヴァル軍は最初の接触で魔導銃が効かない事を把握していた為、発見した瞬間に刺激を与えずに遠巻きにしようとしていた。だが、コルダビア軍偵察部隊を捕食して興奮状態にあった緑怪は、直ぐに新しい餌がやってきた事を感知しており、すぐにこの餌を捕食しようとゆっくりと新しい餌を求めて移動していた。


「やばいぞ、次々と集まってきたぞ」


「こいつら攻撃を受けたら、反撃しながら人を吸うと聞いた。では攻撃しなければ、手を出さないんじゃないか?」


「馬鹿な。たまたま攻撃と捕食のタイミングが合っていただけだ。そんなあやふやな根拠を元にした挙句に吸われちゃ敵わん。少しでも危険な兆候が現れたら直ぐに全力で逃げる」


「逃げるってもなぁ…左に緑怪、右に多脚、進めるのは前か後ろだけだが、後ろは見ての通り満員御礼だ。進むしかねえ」


「ああ。だから前に逃げるのさ。その先はサライだろ?」


「そんな簡単に行くなら問題ねえけどな」


兵達が左手前方にちらりと見え隠れする緑怪を警戒しつつ、森を進んでいると何やら森のあちこちに緑色の紐のような物がぶら下がっていた。緑怪を警戒していた兵達が全く何の気無しにその紐を手で避けようとすると、その紐はべったりと兵の腕に貼り付いた。

「あ、なんだこれ? ……え、と、取れない?」


「なんだ、どうした。何かあったのか?」


「なんか、木からこの緑の紐が……ぶら下がって……取れな……あれ……?」


状況を説明しようとしていた緑の紐を腕に絡みつかせていた兵は、説明を話しつつどんどんと干からびていった。緑の紐の正体は緑怪が地面から木の枝にまで触手を伸ばし、警戒センサー代わりにあたりに張り巡らした物だった。緑怪の生態をよく知らないドムヴァル軍第30大隊の兵達は、まさか待ち伏せの罠があるとも思えず無警戒にこの紐に突っ込んで絡め捕られたのだ。


「総員注意! 緑の紐は例の緑怪の罠だ!! 絶対に近づくな!!」


だが、緑怪の罠は既にあちこちの木にぶら下がっている様に見え、つまりは緑怪の本体も直ぐ近くにあるという事だ。


「……絡め捕られた奴は諦めろ。前進を急ぐ。早急にサライに脱出を目指せ」


第30大隊から多大な犠牲を出しながら、緑怪の巣を後目にしつつドムヴァル軍は進み続けていた。後続は先行部隊の犠牲の報告を聞きながら、その危険を避けて比較的被害を出さずに前進した。


・・・


柊は、ただ事ではないヴァルネク側の蒼白な顔と、慌てた様子のテネファの外交官シュリニクを見て尋ねた。


「一体何が起きているのですか?」


「ああ、ヒイラギさんにもお伝えしなけらばなりません。我が国の北方には魔獣の森と呼ばれる地帯があります。何十キロにも及ぶ森林地帯が続いているのですが、そこには非常に危険な魔獣が多数生息しています。魔獣も人間も、その地域に立ち入らなければ問題は発生しません。ですが、そこに大量の人間が行くと…非常に厄介な事象が発生します」


「厄介な事象?」


「はい、大昔に我が国はそれにより滅びかけた事があります。人間を喰らって興奮状態に陥った魔獣が森から溢れて人の町を襲うのです。以前、我が国のレフール教教皇ダーレントの北部縦断道路開拓計画によって大量の人間が魔獣の森に入った事によってそれは起きました。結果として、我が国は国土の70%に及ぶ破壊と大量の死者を出しました」


「はあ……魔獣、ですか?」


「はい。そして今回もまた大量の人間が魔獣の森に入った事から、その兆候が見えています。しかし今度は大陸の南側、つまり我々テネファやそれ以外の中立諸国側ではなく、ヴァルネクを含む北方諸国の方に魔獣が森から溢れ出ようとしています。私は直ぐにツェザリ殿に警告を行ったのですが……」


「何等かの理由で情報が伝達されなかったか、それともあえて無視したか。ともあれ森の中に人が入り続けているんですね?」


「ええ、その通りです。魔獣が溢れでた場合、相当数の被害が予想されます。そして例え軍隊と言えども対処は厳しい物があると考えております。中には魔導銃の類が効かない魔獣や、火が効かない魔獣、人間の心を惑わす魔獣、ありとあらゆる厄介な性質の魔獣が森の中には詰まっています。それが町を襲ったならば……」


ツェザリはこの話を聞きつつ自らの想定でもし魔獣が溢れた場合の被害を算出していた。どう少なく見積もっても、ヴァルネクにまで到達するような魔獣が居た場合はヴァルネクの存続も危うい事態となるだろう。そうなれば戦争遂行どころの話ではない。そもそも魔導銃が効かないとなると、兵が持つ武装なんぞ農民が持つクワと意味的に大して変わらない。


……今ならボルダーチュク法王に、戦争の即時停止と日本国との外交交渉も進められるかもしれん。いや寧ろ、これは好機と捉えて良い話だ。


魔獣が森から溢れ出す、しかも北側となると我々の被害は尋常では無くなる。

そもそもヴァルネク本国では生産機能を最重要視して生産と兵站機能しか無いような有様で、防衛力といえるのはマキシミリアノ将軍率いる親衛軍しか無く、しかもその親衛軍は内部のスパイ探しに奔走している。そんな中でヴァルネクまで魔獣が押し寄せたら……直ぐに、法王に連絡を取らなくては。


その時、ヴァルネク側の護衛兵が持つ通信機に連絡が入った。


「ステパン閣下、オルシュテインから伝言が入りました」


「おお、読み上げろ、今ここで!」


「え、宜しいのですか? ええと……申し上げます。"発グジェゴシェク、宛ステパン中将。コルダビア軍は停戦交渉時にドムヴァル軍へ森の危険を伝えず" 以上です」


それを聞いていたステパンは言葉を失い、ツェザリの顔は一層青くなった。


「な、なんとかコルダビア軍に連絡は付けられないのですか? 早急に森から引き上げるように出来ないのですか!?」


「コルダビア軍は装備の大半を失い、長距離魔導通信機は既に稼働していない可能性がある。持っていたとしても精々数キロ程度の近距離魔導通信しか動いては居ないだろう。直接連絡可能なコルダビア軍に要請するしか無い」


「それでは再度コルダビア軍に! 早急に連絡を!! 彼等を止めなくては!」


「我々もそれは承知している。改めてグジェゴシェク将軍に要請するので暫しお時間を頂きたい」


「もう遅いかもしれませんがね……南側に溢れ出さないとも限らない。なんとか早急に連絡をして下さい!」


「分かっておる、シュリニク殿。だから少し時間を頂きたいのだ」


ようやくシュリニクはここで引き下がった。そして日本の面子側を向いた時、柊と目が合った。


「そんな訳でヒイラギさん。もし魔獣が溢れ、しかも南側に来るような事があれば、我が国も安全ではありません」


「なるほど。んー……シュリニクさん、その魔獣とやらの種類や特徴ってどの程度分かります?」


「全てを把握している訳ではありませんが、ある程度ダーレントの惨劇が起きた時に遭遇した魔獣に関しては多少の情報がありますが……」


「それって教えて貰える事、出来ますか?」


「ええ、勿論それは可能ですが……どうする積りですか?」


「いや、僕らも魔獣とやらに襲われたら嫌なので、ある程度情報が欲しいなぁ、と」


柊は、魔獣討伐にかこつけて日本が介入出来そうな隙を探っていた。

だがその魔獣に対して日本が持つ兵器が通用しないのであれば手を出す意味が無い。そこでシュリニクから、魔獣の情報を引き出せるだけ引き出そうとしていた。日本が介入可能かどうかを見極める為に。

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