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カルネアの栄光  作者: 酒精四十度
【第一章 ラヴェンシア大陸動乱】
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1_59.ダーレントの惨劇

コルダビア第二打撃軍の攻撃は早朝から始まった。

だが、彼等の攻撃は当初から正確無比を極め、一番最初の塹壕は突破寸前となっていた。塹壕で受け持つ各部隊の切れ間を切断し、敵側の歩兵が陣地左翼側から浸透を開始してきたのだ。更に同時のタイミングで中央の防衛線に装甲を施した直射型自走魔導砲が群れを成して塹壕を突破し、防衛線を切り裂いてきた。


……何故にこんなにも陣地の状況が把握されている!?


防衛線を指揮するバリンストフ少佐は、コルダビア第二打撃軍の攻撃開始早々に防衛線の穴とも言える地点を集中的に、しかも効率的に攻撃を仕掛けられ、一体どういう事かと訝しんだ。そして、次から次へと防衛線からの情報を精査しながら何が起きているかを推測した。


数日前に作った防衛線全体の地図に前線からの報告を加えた上で、じっとバリンストフ少佐はある点に気が付いた。これは正面からの装甲車両と戦線左からの歩兵の浸透であり、半包囲を画策していると言える。だが、どうして左翼からの攻撃はこれほど強力なのか。今の所、守備する我々の方が人数が多い。その為、ある程度損害を無視しながら守っているとも言える。その上で戦線は互角で膠着する筈だ。ところが現実には敵歩兵が第一防衛線に取り付き浸透を開始している。それは左翼を攻撃するコルダビア軍に無駄が無いからだ。つまり第一防衛線に対して有効で的確な攻撃を仕掛け、我々に後退を強いている。


だが、何故にこれ程正確にこの防衛線の穴を突いてくるだろうか? 再びバリンストフ少佐は、この防衛線を観測するのに最も適した場所はどこかを調べた。まさか、森の中に観測拠点が作られた? いや、だが魔獣の森に? しかし自分達も魔獣の森に突入をしている事から、その可能性は排除出来ない。


「左翼の受け持ちは第六歩兵師団だな……空襲で戦死なされたルデートス少将の部隊か。現在の指揮官はエーダー少佐だな。エーダー少佐を呼び出せ、大至急だ!」


「エーダーだ。何用だ、バリンストフ少佐?」


通信機から不機嫌な声が聞こえてきた。

エーダー少佐は、同階級のバリンストフが指揮をしている事に多少不満があったが、それよりも自分が受け持つ戦区が次から次へと危機的状況が発生し、その対策に追われている状況だったのだ。


「エーダー少佐、忙しい状況で済まない。君の受け持ち区域で魔獣の森の中に観測拠点を作られた恐れがある。動かせる部隊があるか?」


「魔獣の森だと? しかも観測拠点か……だとすると納得出来る。分かった、その拠点はどこかアタリはついているか?」


「恐らくはここだという場所はある。そこに出力を上げた魔導銃で攻撃を仕掛けて欲しい。増援は必要か?」


「その座標を寄越せ。だが増援は要らん。ああ、そうだ。観測拠点の点は助かる、バリンストフ少佐」


「まだ礼は要らん。早急に頼む」


「ふふん、通信切るぞ」


こうしてエーダー少佐が選抜した第24連隊旗下の第98防衛大隊を派遣した。

彼等はバリンストフ少佐からの怪しいと思われる数カ所の座標に向かって一斉に射撃を行った。すると撃ち込んだ森の中から反撃が始まった。つまり潜んでいたコルダビアの観測拠点が反撃によって浮き彫りとなり、コルダビアの観測中隊は一応反撃と防衛用に持ち込んでいた手持ちの魔導砲によって数度の反撃を行ったものの、所詮中隊程度の戦力で大隊からの攻撃を受け止めきれず、この森から後退していった。


ドムヴァル軍が観測拠点を撃退するまでにコルダビア軍が稼いだ距離は第一防衛線を越え、第二防衛線に取り付いた状況だったのだ。だが、装甲と木材を括りつけて塹壕を超えてきた魔導自走砲と共に第二防衛線まで浸透したコルダビア軍の歩兵の前進は、ここでその突進力を失った。観測拠点が暴露され、後退した事により効果的な攻撃が出来なくなった事に加え、塹壕突破用の資材が足りなくなってしまったからだ。


しかし、この膠着状態からこの戦線は意外な方向に進む事となる。


・・・


ドムヴァル軍の防衛陣地は最終的に四段の防衛線を構築していた。

その最初の防衛線を突破し、第二防衛線まで取り付いたコルダビア軍だったが、そこで突進力を失い双方が膠着した段階で、突然グジェゴシェクからの緊急入電がゼーダー中将の元に入った。


「ゼーダー中将です、グジェゴシェク将軍、緊急の要件とは?」


「ゼーダー、貴殿に確認したい事がある。先程、テネファから我々に緊急の連絡が入った。貴殿のコルダビア軍は魔獣の森に入ったか?」


ゼーダーは、直ぐに観測拠点の件に思い当たったが白を切ろうとした。


「いえ。魔獣の森ですか?」


「テネファは魔導探知による観測で森への侵入を確認した、と言っている。これはムーラ側でも同様の抗議が来ておるのだ。おまけに、現在外交交渉でテネファに入っておる我が国の外交局局長ツェザリ殿からも同様の抗議が入ってきた。貴殿のコルダビア軍は魔獣の森は絶対に入っては居らぬだろうな?」


なんだと……? テネファもムーラも国境付近を魔導探知していたのか。迂闊だったな。連中、そんな監視方法をしていたとは。これはどうにも白を切り通せるのは無理かもしれん。


「戦闘の経過として我が軍の一部の兵が入った可能性は否定出来ませんが、寧ろドムヴァル軍の魔獣の森への侵入が疑われ…あっ!」


ゼーダー中将は遂に思い当たった。

そうだ、連中の防衛線が八万もの兵力を擁する規模かというと、その半分程度に見える。巧妙に構築された塹壕や陣地も、その戦力を考えると相応では無い。この狭い正面にそれだけの戦力を潜ませるのは無理だ。では、居ない戦力はどこに行ったのか。それは魔獣の森だ。奴等ドムヴァル軍の残存戦力は魔獣の森を突破してサライへ行こうとしているのだ!


「なんだ、どうした、ゼーダー中将?」


「いえ、恐らくドムヴァル軍残党はサライへの脱出を企画し、そのルートは魔獣の森です、グジェゴシェク将軍。我々が相対しているのは、二つに分けたうちの片方である残置部隊かと思われます」


「それはどうでも良い。大局的には主戦線に影響すら無いとも言える。問題はテネファからの警告だ」


「テネファからの警告、と申しますと?」


「このまま、その魔獣の森を刺激し続けると大変な事になるのだ、ゼーダー中将。貴殿は知るまい、ダーレントの惨劇を」


「ダーレントの惨劇ですか? 昔、魔獣が溢れて現在の中立を宣言している国々を襲ったという話は知ってはおりますが、その詳細までは……」


「このままだとそれが起きる。しかも今度は我々ヴァルネク側で起きる」


「な、なんですと!? いや、しかし……我々にもそれなりの対応可能な装備が……」


ここまで言った後でゼーダー中将は、左翼の森に放った偵察部隊の最後の言葉を思い出していた。そう、魔導銃が全く効かない、と報告を入れた後に全滅した偵察部隊を。


「ゼーダー、一旦ドムヴァル側に休戦を申し入れろ。早急に魔獣の森を鎮めねばならん。刺激を与えるな、良いな?」


「しょ、承知致しました、グジェゴシェク将軍」


こうしてコルダビア軍は、休戦旗を掲げてドムヴァル軍防衛陣地へと赴き、休戦交渉に入った。

だが、この休戦協定を結びに行くにあたり、ゼーダー中将は魔獣の森の件をドムヴァル軍に伝えなかったのだ。それは、自ら魔獣の森への偵察部隊を派遣し壊滅させた結果、もしかしたら森を起こしてしまったのかもしれない、という疑いを否定し切れなかったからだった。結果的にドムヴァル軍が脱出の為に魔獣の森を突破して、何等かの事態を引き起こしたのなら、その事態はドムヴァルの責となる。果たしてその事態はゼーダーの想定よりも悪い方向へと進んだ。


・・・


レフール教の聖地でもあるテネファは、かつて大陸を統一する程の勢力があったにも関わらず現在では衰退し、レフール教教皇庁は今やヴァルネクにあり、しかもヴァルネクから教皇を輩出している。その原因はダーレントの惨劇にあったのだ。


その昔、テネファはレフール教の浸透と共にほぼ大陸を統一する程の勢力を伸ばしつつあったが、ラヴェンシア大陸の中央に横たわる魔獣の森が大陸の南北の流通や発展を阻んでいたのだ。南北の流通が出来ない事により、大陸内での流通は遠大な迂回路か、海路によって行うしか無かった。


当時のテネファを治めるレフール教の教皇ダーレントは、流通の利便を図ろうと魔獣の森を開拓してラヴェンシア大陸南北縦貫道路の整備に乗り出したのだ。だが、魔獣の森の中は奥に進めば進む程に厄介な魔獣が生息し、偵察を行っていた部隊を次々と呑み込んでいった。


そこでダーレント教皇は、テネファ側から現在のドムヴァルにあたる魔獣の森を分断する一大開拓団を結成した。何万にも及ぶ開拓団及びそれを守備する開拓団守備隊を魔獣の森に突入させたのだ。ダーレント教皇を始め、誰もがこの開拓団の成功を疑わなかった。これが成功したならば、テネファによるラヴェンシア大陸統一も為されたのかもしれず、ダーレント教皇の名は偉人として永遠に歴史に刻まれたのかもしれなかった。


だが、ダーレントの名は別の意味で歴史に刻まれた。


開拓団の大部分は魔獣の森の中で非業の死を遂げた。

一部の開拓団と守備隊が命からがら逃げてきた事によって、この惨劇が明らかになった。森の奥に進むにつれ、剣や弓が効かぬ、ましてや当時の原始的な魔導兵器を以ても、全く抵抗出来ない強力な数々の魔獣達に襲われ、彼等の腹の具合だけが生き残る唯一の機会だった。だが、そんな具合も関係の無い、どういう目的で存在しているかも不明な怪生物の数々によって更に沢山の人が死んだ。現在、テネファが持つ魔獣達の知識はその時に得られた物だった。


だが、単に森の中だけでこの惨劇が終わるのであれば未だマシだったのだ。

森の中の魔獣達は、大量にやってきた人間という餌に狂喜乱舞した。随分と久しくこれほどの餌を見た事が無い魔獣達は森のあらゆる場所で殺戮の饗宴を繰り広げ、それは森全体に波及していった。


そして、饗宴に狂った魔獣達は安全な自らの寝床である魔獣の森から抜け出し、テネファとその周辺国に溢れ出したのだ。そして或る程度満足行くまで、或いは森から離れすぎて戻れなくなり自らが死滅するまで、この魔獣達の饗宴は続いた。


ダーレント教皇は最後まで襲って来る魔獣を撃退する為に、レフール教教皇庁と称する頑強な要塞に立て籠もり抵抗を続けたが、敢えなく教皇庁の聖騎士達と共に喰われて果てた。


この魔獣達の饗宴が終わる頃には、テネファには殆ど廃墟しか残って居なかった。テネファの凋落はここから始まり、今に至るまでその勢力を戻すような力も何も無かった。レフール教の本拠地はテネファでは魔獣が溢れ出した時に危険と判断され、当時全く被害のなかった北側のヴァルネクへと移された。そしてテネファとその周辺国によって、魔獣の森を離れて観測し、魔獣が森から溢れ出す事を魔導探知によって発見する為の魔導監視塔がいくつも建てられたのだった。そしてこれ以降は魔導の森の中に立ち入る者達はラヴェンシア大陸南側の諸国では誰も居なかったのである。


そして今、再び魔獣の森は目覚めようとしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] うわぁ… 米軍とかだったら即核兵器orナパーム弾or枯葉剤で始末しに行く案件だぞこれ…
2021/09/29 12:55 退会済み
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