1_05.炸裂する大規模魔法
「敵の航空偵察が盛んに行われているな。ロドーニアの魔法士は準備出来たのか?」
リェカ王国西部の突端は、マゾビエスキ領に食い込む形で突出部を形成していた。この突出部を包囲する形でヴァルネク連合軍の主力と思われる戦力が国境沿いに展開していた。そしてマゾビエスキから来たと思われるヴァルネク連合の偵察浮遊機は同盟軍主力の集結状況を確認する為に、リェカ上空を頻繁に飛び回っていた。その高度も速度も同盟浮遊機には追い付けない。恐らくは出力に二倍近い能力を有しているのは想定出来るが、同盟国では同様の出力を達成する事は出来ない。瞬間的には可能かもしれないが、エネルギー源である魔導結晶石が持たないのだ。それが故に、偵察浮遊機を撃墜しようとするのは迎撃機ではなく地上の砲火の役目だったのだ、だが、地上の砲火は全く当たらない。逆にマゾビエスキに強硬偵察に向かった同盟側偵察浮遊機は全て落とされていた。
「明らかに浮遊機の性能は向こうが圧倒しているな。好き勝手に飛び回りやがって。」
「まぁ、それも今のうちよ。例の魔法士が大規模魔法とやらを撃ち終わる迄は飛ぶのを控えろと命令が出ているしな。」
「おい、どうやら魔法士の準備が出来たらしい。前線南部の兵は10km後退せよとの事だ。」
「10kmか。どれ程の威力なのかな……」
この魔法士による作戦は、リェカ突端部とサダル国国境周辺に居るヴァルネク包囲軍に対する一撃を加えるという作戦で、ロドーニアから派遣された4名の魔法士のうち1名がこの一撃を担当した。他の3名はそれぞれ違う場所での作戦を担当していたのだ。この戦線を担当した魔法士トルライフは既に大規模魔法を行使する為の魔法陣を形成し終わり、あとはその展開を待つだけだった。
「兵の後退が完了しました! 敵は兵の後退に合わせて前進してきております。魔法士トルライフ殿!」
「ふむ……了解しましたぞ。それでは久方振りに振るいますかな。」
「どうかお願い致します!」
「お任せ頂きたい。」
ロドーニアの魔法士トルライフは前方に向けて精神を集中した。
・・・
「南方前線の同盟軍が後退していきますが。」
「ふむ…偽装ではないのか? 前回よりも連中は粘っているが後退する理由があるか?」
「恐らく後退は偽装かもしれませんが、彼奴等の後退に乗じて攻め込めば連中に抵抗出来るとは思えません。我々の戦闘力を考えれば奴らがそれに抗し切れる筈がありません。」
「ふーむ…よし。我が第二軍はその場に留まれ。追撃にはエストーノ軍を充てる。」
「成程、了解しました、グジェゴシェク将軍。」
ヴァルネク第二軍を率いるグジェゴシェクは、ヴァルネク軍をそのままに待機させエストーノ軍に後退する同盟軍への追撃を担当させた。エストーノ軍自体は今迄の戦闘で、何時もヴァルネクが前線で戦い戦果を上げ続けている事に不満を抱いており、この追撃戦要請はエストーノの将校を歓喜させた。
「よし、グジェゴシェク将軍から直々の要請だ! 我等エストーノがこの戦闘で戦果を上げ、この連合内で不動の地位を占めるのだ。浮遊機を送れ!リェカ上空の制空権を確保したまま、地上部隊を前進させろ!」
リェカの突出部南方の付け根に対してエストーノ軍は前進を開始した。リェカ南方に殺到するエストーノ軍は全く同盟軍と会敵しないままに前進を続けたが、遂には敵の最後尾を捕らえた。だが、その敵を攻撃する前に異様な気配がエストーノ軍の周辺を包み始めた。
「な、なんだ……これは何だ? 何が起きている!?」
地上に居るエストーノ軍と同様に上空を制圧していたエストーノ空軍の浮遊戦闘隊もまた異様な気配を感じていた。
「きゅ、急激に出力低下! 魔導結晶石が強制消費されている!?」
「隊長! こちらも出力が急激に低下しています! な、何事が!?」
「くっ、不味いぞ……全機帰投せよ! 速やかに基地に戻れ!」
この急激な異変に浮遊機は直ぐに基地に引き返していったが、地上の軍は直ぐには引き返せない。エストーノ地上軍司令のセヴェリンはこの明らかな周囲を包みこむ異変に、前進していたエストーノ軍全軍へ後退を指示しようとした。
だが、その指示を出す声を出す事も出来ずにセヴェリン司令は息絶えた。ロドーニアの魔法士トルライフが放った大規模魔法は召喚された精霊によって、突出してきたエストーノ軍を包み込み、その指定された空間に存在する全ての魔導結晶石の力を吸い上げ、その力を利用して包囲した全ての酸素を燃やし尽くした。そしてリェカ王国南部に突進したエストーノ軍陸戦力主力は酸素を断たれ全滅した。
「グジェゴシェク将軍! ほ、報告します!エストーノ軍が、リェノに攻め込んだエストーノ軍が全滅しました!」
「ふん、やはり罠だったか。だが、何ゆえに全滅した?」
「エストーノ軍浮遊機部隊の報告ですが、突然空間が揺らぎ始め、魔導結晶石が強制的に消費されたかのように出力が低下して、そのまま全機帰投した後に、エストーノ陸軍からの連絡が途絶えた、との事です。」
「ふーむ…そんな攻撃方法を隠し持っていたか。だが、それなら連中は何故マゾビエスキ会戦の時にそれを使わなかったのか。迂闊に我が軍を動かさなくて良かったといえば良かったのだが…さて、これは問題かな?」
「は? ……いえ、大きな問題であろうとは思うのですが……」
グジェゴシェクにとっては二線級の戦力であるエストーノ軍ではあったが、纏まった戦力を一気に殲滅可能な攻撃方法が未だ同盟にある事が判明したのはエストーノ軍主力を失ってさえも引き合う物だった。何故ならば今後の戦線においても、同様の機会があれば同盟は同じ手段を使ってくるだろう。だが、この攻撃範囲や条件さえ掴めるならば回避が可能だ。グジェゴシェク自身は、これを何等かの魔法攻撃か魔導攻撃の類と判断していた。恐らく強制的な魔導結晶石の消費がそれに関連しているだろう。そして、これは連発の効く類の攻撃方法では無い筈だと。何故ならば、初戦の段階でこの攻撃方法を連発していたならば、この戦いも同盟有利で進められていた筈だ。しかし連合軍側がある程度纏まった形のままの状態に攻撃を仕掛けてきたという事は、大掛かりな仕掛けと時間と場所が必要な攻撃であるという事の証左だ。それが故に連発可能な攻撃方法ではないだろう。
「そうか、問題か。だが、今は我々は飽く迄も防戦に徹するように全軍に指示せよ。エストーノの穴はラビアーノで埋めよ。敵同盟主力をここに釘付けにするだけで良い。そして、敵が後退しても絶対に追うな。我が攻勢計画はここでは無い。」
この攻撃の方法は指定の場所に何等かの攻撃を仕掛けるという事だろう。追撃する軍に対しては非常に有効なのだろうが、攻勢に出た場合は自軍をも巻き込むような攻撃の手段だ。であるならば、こちらが防戦に徹し続けた場合、奴ら同盟もおいそれとは連発出来ないであろう。グジェゴシェクは全軍に対して防戦に徹する様に指示し、リェカ王国南部戦線は膠着した。そして連合軍司令であるボルダーチュク法王に同盟が行った大規模魔法攻撃に関して報告を上げた。
・・・
「トルライフ殿! す、凄い戦果ですぞ!!敵軍が全滅しましたぞ!」
「ふむ、それは良かった……お役に立てて光栄ですな……」
「トルライフ殿! ど、どうしました?」
「なに、一度大規模に精霊を召喚するに辺り、私の魔力を最大に使用しますでな……次を召喚する迄にはやや暫くの時間を擁するもの故に、私の生涯に次があるかどうかですな……」
「なんと……とするならば、ロドーニアの魔法士の方々はそれぞれが一度魔法を行使するのが限界という事でしょうか?」
「そういう事になりましょう。では私はここで戻ります。」
同盟軍はリェカで局地的な勝利を収め、次なる攻勢を計画した。だが、ヴァルネク連合の本当の狙いがサルバシュ国であると判明したのはサルバシュの第一次防衛線を突破された後だった。