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カルネアの栄光  作者: 酒精四十度
【第一章 ラヴェンシア大陸動乱】
57/155

1_56.彼女の今際の際に

この小さな生き物からの予想外の反撃に彼女は心底焦り始めていた。既に散々動き回り今迄感じた事の無い程の疲労感が身体を覆っている。そして、この小さな生き物の反撃は、自分の利点を効率よく削っていて、既に何本かの足を失ってしまった。なんという事だろう、この小さな生き物を侮っていた。このまま小さな生き物の攻撃が続けば私は死んでしまう。とにかく急いでこの場所から離れなくては。その為には何かこの小さな生き物の注意を逸らす必要がある。そして彼女は長い間使う必要が無かったとある事を始めていた。彼女の長い身体を構成する短い節々に小さく飛び出た背中の突起の一つ一つに魔力を集中した。


・・・


「完全に動きが止まったぞ! 各小隊! 撃ち続けろ!」


「散々好き放題喰い散らかしやがって!」


「行けるぞ、さっさと死んじまえ! この化け物!!」


総勢約三個大隊、凡そ25個小隊の全ての火力が動きを止めた多脚生物に集中していた。だが、その時この生物の異変に気が付いたのは偵察監視を担当していた部隊だった。それは携帯用の魔導探知機に動きを止めた生物からの魔導反応が増大した事で、慌てて警告を出そうとした瞬間だった。


「え? ……おい、魔導反応が、」


瞬時に多脚生物の背中から火が噴き出し、辺り一面を青白く染めた。この生物から噴き出した魔炎は周辺を包囲していた兵達にも及び、何十人もの兵を青白い炎の中に取り込んだ。しかも、この炎を吹き出し終わった多脚生物は、その魔炎を纏いながら動き始めたのだ。


「なんだ、炎を噴き出したぞ!!」


「おい、け、消してくれ!!」


「消えない! 消えないぞ!! 助けてくれ!!」


「ああ……あの化け物、動こうとしているぞ!」


「馬鹿な! あの状態で?」


「畜生、また喰い始めたぞ! 離れろ! 皆、離れろ!!」


そして多脚生物は再び何人かの炎を浴びて逃げ惑っている兵の捕食を始めた。


・・・


どうやらあの小さな生き物は炎に弱いらしい。これは幸いだ。この炎が消えぬうちに、一旦この辺りに居る生物を喰らって力を取り戻さなければ。ある程度喰らえば先程喰らった分も合わせて再度力を使える様になるだろう。そうなれば、この小さな生き物から離れる事も容易になるに違いない。


それに、何時までも同じ場所で喰らい続けると別の危険がやってくる。早く移動をしなければ、私も彼等同様に捕食される立場になる。ここ何十年か遭わずに済んだ森の奥に蠢く連中に、出来れば出会わずに済ませたい。ここはまだ森の端とも言える浅い森だ。あの連中がこんな浅い森に来るとも思えないが、念には念を入れなければこの森で生き延びる事は出来ない。

こうして再び彼女は身近で燃え上がっている小さな生き物を一心不乱に喰らい続けた。


・・・


「ノーデン大尉! 44大隊から報告です。怪生物は炎を周囲にまき散らし、再び動き始めました!」


「何ィ、炎を噴くだと? 魔導生物なのか。くそっ、被害はどれ程だ?」


「包囲をしていた44大隊と29大隊に被害集中。炎に巻き込まれた兵と再度の捕食で4個小隊程度が壊滅との事」


「4個小隊だと? ……200も喰われたのか……被害が大き過ぎるな。大体手持ちの武器だけではどうにもならん。包囲の輪を大きくして追い払え。その上で進路を奴の居る場所を迂回して進む。これ以上は奴に構うな。やって来た場合のみ、銃の出力を上げて足を集中的に狙え。足を失えば動けなくなる筈だ」


「しかし大尉……向こうから来る分には迂回も出来ません。それに新手が来たら……」


「飽く迄も目的はサライへの脱出だ。そんな得体の知れん化け物との交戦ではない。新手が居るかもしれんが、今はここには居らん。幸いにも銃の出力を上げれば効く事は分かっている。後続の部隊にも周知しろ」


「了解しました」


だが、相当な被害が出ていた第29、38、44大隊の兵達はノーデン大尉の後退後迂回の命令を受けつつも、必ずやあの怪生物を倒さずには居られなかった。喰われた仲間の仇を討つ、それだけの思いを込めて怪生物への包囲と攻撃を続けていた。包囲していた兵達は、示し合わせた様に怪生物の右側の足だけを集中的に攻撃していたのだ。


「ウルマス! そっちに行ったぞ、奴の足止めろ! 右側だ! 撃て!」


「馬鹿野郎、こっちも弾切れだ! 弾持って来い! 止められねえ!!」


「任せろや、喰らえ!!」


「やりやがったぞ、シュベステル! 待て、未だ近づくな!! おいウルマス! 今のうちに補給受けろ!」


「すまん、ミスカ。一旦下がる」


「奴の胴体半分辺りから避け目が入ったぞ、あそこに集中攻撃しろ!!」


移動に必要な数を割り込んだ怪生物は遂に足を止め、その行動ももっさりとした状態になった。

その上、あの怪生物の胴体下部部分に裂け目が走り始めた。漸く、この怪物を仕留めたのか、と皆は本気で思っていた。


・・・


なんてこと!?

この私が、遂に動けなくされてしまった。あの小さい生き物は、私の片側の足だけに攻撃を集中し、私の行動の自由を奪ってしまった。こんな手があるなんて……こうなってしまえば、あの炎を1回放つだけで私は終わってしまう。だけど、このままでは終わらない。彼女は既に炎では無く、別の対抗手段を講じる準備をしていた。


次第に彼女の意識はそれに集中し始めていた。

どんどんと小さき生き物の攻撃も意に介さなくなっていた。そもそも既に避ける事も出来ないのだ。だが、この攻撃が対抗手段たる胴体下部への攻撃に集中し始めたその時だけは一瞬の焦りを感じたが、それまでだった。


そして彼女は、事切れる前に何千匹もの彼女の分身たる子供達を周囲にまき散らした。子供達は、自分の周辺に自分と同等の大きさの大量の餌がある事に直ぐに気が付いた。そして彼女の子供達は嬉々として周囲の餌に襲い掛かった。


・・・


「なんだ! 腹から何かが出てきたぞ、気を付けろ!!」


「この化け物から沢山子供が出てきた!!」


「うわわわ、こいつ、動き速いぞ!」


怪生物の腹から這い出てきたのはまるで怪生物の姿が親と全く同一ではあるが全長が2m程であり、しかもその動きの速さが段違いに速く、森の中に解き放たれたのと同時に素早く森と同化したかの様に周囲に散り始め、直ぐに周辺に居る兵達を認識すると、直ぐに近くの兵に飛び掛かった。危うく難を逃れた兵は掠り傷だけを負っただけだったが、怪訝な顔をした後に目を真ん丸に開いて動かなくなった。慌てて駆け寄った他の兵が、動かなくなった兵の方を揺らしながら叫んだ。


「シュベステル! おいシュベステル!! どうした!」


「……」


「おい、シュベステル!!」


「……」


傷つけられたシュベステルは駆け寄ったミスカに助けを求めたが身体が動かず、何とか目だけを動かして情報を伝えようとした。だが、シュベステルはそれも敵わず、ガクガクと全身を震わし始めた。


「……これは……毒か!? こいつら神経毒を持ってるぞ!! 皆、気を付けろ」


「気を付けろって、何をどう気を付けるんだ!!」


「兎に角、まずは後退しろ。ここは危険だ! 後続の部隊に連絡つけろ!」


「待ってろ、今魔導無線を……うがっ」


「ウルマス! ちくしょう、誰か、誰でも良い!! 本体に連絡を!!」


そして辺りを動き回る怪生物の子供が徘徊するゾーンの中に三個大隊は孤立した。なんとか少し離れていた事で被害状況が少なかった38大隊が、44大隊に代って本隊へと連絡を付けたが、彼等三個大隊総勢1,500が包囲されている状況に変わりは無かった。しかも当初ノーデン大尉が、この怪生物を遠巻きにした上で迂回命令を出していた事から、この三個大隊と本隊との間には相当の距離が開いていたのだ。


「ノーデン大尉! 先発第38大隊より緊急連絡!」


「何事だっ!」


「怪生物活動停止! その後、怪生物より子蟲が大量に発生し周辺に拡散、現在跋扈中」


「なんだと? 38大隊は後退したのでは無かったのか? 怪生物の子蟲だと?」


「尚、怪生物の子蟲により後退路が遮断され、後方との連絡付けられず包囲状況にあり、至急応援求む。尚、この子蟲は神経毒と思われる何等かの攻撃方法を持っており、接触した兵が相当数喰われた、との事です!」」


「……救助に行っては被害が拡大する。第29、38、44大隊は自力で包囲を突破し、先行する第26大隊と合流せよ、と伝えろ。現在の我が軍の第二梯団は……第13大隊か。13大隊は進路を変更し、怪生物との遭遇地点を迂回し前進。怪生物との接触を避けろ」


「それでは……第一梯団は見捨てるという事でしょうか、ノーデン大尉!?」


「復唱しろ、アウレード曹長」


「はい、大尉。第29、38、44大隊は自力にて包囲を突破し、先行第26大隊と合流。後続の第二梯団第13大隊は、怪生物遭遇地点を迂回し前進せよ、以上です」


「良し。我々は無駄に被害を出せん。可能な限り戦力を保持しながらサライに後退するのだ。理解しろ」


「……はい、大尉」


納得出来ない表情のまま、アウレード曹長は引き下がった。だが、見捨てる判断をしたノーデン大尉もまたこの判断が正しかったのかどうか分からなかった。

追加更新しました@9/24

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これから酒飲むので、一旦ここでタイムアップ。

でも後日に追加します。明日かな…明後日かな…

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