1_04.攻撃意図と次なる目標
マゾビエスキ会戦の結果、戦場となったマゾビエスキ王国と、ヴァルネク法国に隣接するセレ王国、キウロス国、そしてキウロスの隣であるロジャイネ国が脱落し、結果として16ヵ国同盟の戦力は大幅に縮小した。そして新しくヴァルネク連合と隣接する前線となった国々は、どれ一つとしてヴァルネクに単独で対抗する国力も無かった。それら新しく接した諸国を前に、ヴァルネクの法王ボルダーチュクは次なる併呑目標を定める為に連合諸国の代表を呼び出していた。
「ヴァルネクのボルダーチュクである。諸国代表の皆、お集まり頂き感謝する。我々は現在、マゾビエスキ王国を陥落させ、この前線を押し上げた結果として、新たに接した国々がある。我等がそれらの国々に対し、どのような攻略を行っていくかを諸国の皆と協議したく思う。」
「まず狙うべきはリェカ王国、そしてベラーネ公国とジリナ公国でありましょう。彼の国はマゾビエスキに一部食い込む形となっており、リェカ王国への前線に突出部を形成しております。仮にこのリェカ王国を占領した場合に、ベラーネとサダルからの挟撃を受ける可能性もあります。それ故に次なる会戦にて前述の三か国を一息に制圧する事が可能であれば、我が方の戦線縮小と戦力の集中に適っております。」
「ふむ、コルダビア国王フランシェク殿、貴殿の申される事も最もだが、他に意見は無いかな?」
「待って欲しい。もしそうなったとしても我がザラウ、そして隣国のオラデアは戦力を動かせん。オクニツァからの防衛の為に戦力を我が国に集中して配備している状態だ。これで攻勢計画を建てられても我々は何も出来ん。そもそもコルダビアは、その攻勢計画に出兵なさるのか?」
「出兵と言われてもな。我が国と相当に離れているが故に出兵する予定も無いであろうな。我々はキロウスとロジャイネへの進駐を行い、ヴァルネク法国への輸送計画を邁進するだけであるな。これは単純に戦略的に各軍戦力をどうするかだけの提案だ。」
現状ではマゾビエスキにヴァルネク主力戦力が集中して配備されている。この戦線の南端部分であるオラデア公国とザラウが同盟軍陣営のオクニツァ国軍から国境線を守る状況となっていた。新たにリェカ王国を攻めるにしてもマゾビエスキに集中している戦力をそのままに攻勢の先端とした方が他の国々にとっても都合が良いのだ。それに、ヴァルネク製兵器は他国を圧倒している。それゆえにザラウ国首相ヘンリクは攻勢計画の中で自国に割り当てられるであろう役割を国境守備に限定したかった。
「ふむ、皆の考えている事は理解した。だが、次なるはサルバシュ国を攻めと決めておったのだ。その理由はお分かりかな?」
「ほう、サルバシュか……つまりは16ヵ国同盟西部の小国5か国を孤立させようという腹だな、ボルダーチュク法王。なるほど。」
「左様、マルギタ国主ミロスワフ殿。16ヵ国連合はサルバシュを落とされる事によって、更に西方のジリナ、ベラーネ、リェカ、サダル、オクニツァへの補給線が切れる。東南方面の中立国共は我々の勢いを確認して中立を宣言し、双方に軍や物資の通行を認めては居らん。まずはサルバシュを落とし、その上で孤立した諸国を併呑する。奴らも補給線が切れれば攻勢計画処の話では無くなるであろうよ。つまりは今ある突出部など恐るるに足らん。」
そこで全体の空気がサルバシュ方面攻略に傾きつつある事に、コルダビア王フランシェクは異論を唱えた。
「待って頂きたい。現在リェカには16ヵ国同盟の主力が集中配備されておる。もし仮に我々がサルバシュを攻めた場合、同盟軍主力がリェカからマゾビエスキに攻勢に出る可能性もあると思うのだが?」
「フランシェク殿、その心配は要らぬよ。我等ヴァルネク軍がマゾビエスキを抑え込む。その間にサルバシュを貴軍のコルダビア軍が攻め込めば良い。そうなれば前述の通り同盟軍主力は補給も補充も断たれた状態となる筈だ。」
このボルダーチュクの読みは正しかった。
同盟軍主力はリェカ王国に集中しており、支軍としてオクニツァにも航空戦力を集めていた。そして遠大な補給線を支える国の中で一番脆弱なところはサルバシュだったのだ。だが、自らの軍を減らしたく無かったコルダビア王は、あれこれと理由を付けて兵の供出を出し渋っていた。主に輸送任務ばかりを請負い、後方にばかり戦力を傾けていたコルダビアを苦々しく思っていたボルダーチュクは、サルバシュ国攻略戦の主力としてコルダビア軍を当てたのだ。
中立国国境要塞は双方に対して固く門を閉じたままだ。一旦サルバシュを落とされた場合、西方の同盟諸国は軍主力と共に孤立する。この容易に思われた計画は思わぬ方向に展開した。
・・・
オクニツァの軍港には久しく見なかったロドーニア王国の船が何隻も付けていた。そしてこのロドーニア王国の船は輸送艦隊であった。オストルスキ共和国軍の部隊や兵を乗せ、更にはロドーニア軍の兵をオクニツァ軍港に次々と降ろしてゆく。そして補給物資として最も重要な大量の魔導結晶石をも運んできていたのだ。これらの兵や武器、そして結晶石を運ぶ運搬車両をロドーニア海軍が港に降ろしていた。港ではこの光景を満足げに見守る二人の男が居た。
「ふむ、予定通りに到着しましたな、サダル王。」
「そうですな。敵主力のヴァルネク軍はマゾビエスキに展開しています。恐らくはリェカ王国西方に攻め込むと判断しています。そこで、ここで降ろされた荷や兵は我が国サダルを経由してリェカの同盟軍主力に運ばれる手筈となっておるのですよ、オクニツァ首相シルベステル殿。」
「ふむ。それにしてもロドーニア王国が味方についたのは心強い。この輸送船団もよくもあれほど急な話であったのに良くここまで対応してくれたものですな。」
「ああ、それなのだが……妙な噂が出ておりましてな。ヴァルネクの連中は人造の魔導結晶を作る方法を確立したと。」
「ほう、それはまた厄介ですな。人造で魔導結晶石を入手可能とするならば、理論的には出力に関係無く石を消費する事が可能となるでしょう。これ程の戦闘力の差も頷けるな。その噂は誠なのですかな?」
「恐らくは。そしてその人造方法は、人を苗床にして石を作るという話だ。」
「……なんと…それは……誠の話なのですか?」
「冗談でもこんな事は口が裂けても言えんよ。併呑されたマゾビエスキやら他の国々は、どうやら全員とまでは言わんだろうが、相当数に結晶化されておるであろうな。あの無尽蔵とも言える魔導結晶石の消費具合を見ると、どうにも本当の様だ。我が軍も早急に手を打たんと苗床にされてしまうな。」
「ですが……何か我が同盟軍にも切り札がありましょうや?」
「ああ、それが船に乗ってロドーニアの魔法士達がこの港に来た事がそれだ。封印されし大規模な魔法を構築して敵陣で炸裂させる予定らしい。それがどんなモノなのかは知らんが、我々にはこれにしか縋れんのだよ。それと、ロドーニアが提供してくれた魔導結晶石を使えば、敵の攻撃兵器とも互角とまではいかんが、多少なりとも抵抗は可能だろう。奴らの行動が停滞した所を以って大規模魔法を直撃させる、という流れらしい。」
「なるほど……それでは未だ希望は失われてはいないのですね?」
「まぁ、恐らくは対抗が可能だろう、と判断している。ただ、ロドーニアの大規模魔法がどんな物かは使う者達しか知らんのだ。それが故に、どこまで何が出来るのか、は全く分からん。対抗可能だろうというのも希望的観測に過ぎん。そもそも、それが失敗するならば我々もどうなるか、だな……成功を祈るしかないのだ。」
「確かに……」
藁にも縋る気持ちでオクニツァの首相シルベステルはサダル王に相槌を打った。
そして連合と同盟の両軍は別々の場所を主戦場として行動を開始した。